宇宙を超えて

荒谷宗治

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3章

第15話 突入と救出

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 窓から覗く範囲だけでもわかる荒れた室内。雨ダレのような錆がいくつも刻まれている外壁。長いこと人の手が入っていないということが一目でわかるその廃ビルは、雲が月を隠し、光ない夜の中でより一層不気味さを醸し出している。
 通常ならば誰もいないその敷地内に、2つの影があった。

「ここなの?」
「ああ」

 影の一つである志穂の問いかけに、もう一つの影であるベムが答える。

「見た感じ人気が無さそうに見えるけど……いるんでしょ?」
「そう思っていいだろう」
「……確認するけど、あたしはそういう……暴力系の奴は一切やらない……というかやれないからね! 全部ベムに任せるからね!? 邪魔になるかもしれないけどいいんだね!?」
「ああ、それでいい」

 手を上げて簡素な応答をするベムに志穂は口をつむぐと、目の前のビルを見据える。

「よ、よーし……。そ、それじゃあ……。い、行こうか!?」
「駄目だ志穂、お前はここにいろ」
「え?」

 突然の待機命令に、志穂が膨らませていた緊張感の風船が呆気なく弾け飛び、ぽかん口が開いてしまう。そんな彼女を見もせず、ベムは廃ビルへ近づき外壁に手を触れたかと思うと、彼の手から電流がパリパリと放電している。数秒後、放電を止めると今度はビルを見上げ始める。そして振り返り口を開く。

「……もう少し離れてろ」
「……え? ああ……うん……」

 ベムの意図がわからない指示にとりあえず従い、後ずさって廃ビルから離れる志穂。充分な距離を取れたのか、ずっとこちらを見ていたベムが再びビルに向き直ると志穂も歩みを止める。
 その後数秒の沈黙があり、志穂がベムの後ろ姿を見ながら疑問符を浮かべて首を傾げた瞬間だった。廃ビル全体に激しい電流が走り、ビルを発光させる。瞬く光に志穂の目が丸くなる。
 時間にして1秒もないその一瞬が終わると、割れたガラス片が降り注ぐ。人間ならズタズタの血だるまになっているであろう雨の中、佇むベムの姿が彼女の視線を奪っていた。雨が止み、ベムは軽く頭を振った後肩を払って払い、身体のガラスを落としていく。

「……何したの?」
「先制攻撃だ。これで多少は敵の数が減った。投げるぞ志穂」
「は? 投げるって何を何処へ――」

 言い切るより先にベムに頭を掴まれたかと思うと身体が一気に宙へ舞い上がる。頂点に到達したのか、勢いが落ちふわりとした浮遊感に包まれる。回っていた風景が止まり、遥か下方にいる地面とベムの姿が志穂の目に映る。

「はえ――?」

 間の抜けた声を漏らす志穂。頭が現状を理解するより早く、放物線を描いて彼女は落下を始める。
 その落下軌道は、志穂を10数メートル離れた地面ではなく、割れた窓から数十センチ離れたビルの床へと降ろす。

「痛っ!」

 受け身など取れる訳もなく、志穂は床に叩きつけられ短い悲鳴を上げる。

「あ~……もうなんなのあいつ――」

 身体へ走る痛みに耐えながら起き上がると、鼻先へライフルの銃口を突きつけられる。目だけを動かして銃の先へ視線を這わすと、覆面を被った兵隊然とした格好をした男がいた。

「あ、いえ、あたしはその……あの……」

 自分を見下ろす覆面から覗く男の目は、冷たく無機質で、それでいて澄んでいた。そんな男の瞳に恐怖を感じながら意味のない言葉を漏らしながら両手を小さく振る志穂。すると、男の頭部が巨大な黒い手に包まれる。続いてその手の中で電撃が炸裂する。頭に電撃を受けた男は気を失ったのか、ライフルを地面に落とし、脱力する。
 思わず志穂が振り返ると、ガラス片の残っている窓のサッシを足場にして男の頭を掴むベムの姿が見えた。ベムが手を離し、ビルの中へ侵入する。

「お前の元カレは突き当たりの部屋にいる。行くぞ」
「……なんでわかんの?」

 放り投げられてから目まぐるしく変化した状況についていけず、回転が非常に遅くなった頭でなんとか言葉を絞り出す。

「先制攻撃の前に弱めの電流を流していた。その電流から発する電磁波の反射を読み取った」
「……そんなことできるんだ? 何でもありだね宇宙人……」
「まあ多種多様ということだ。行くぞ」

 そう言って移動を開始するベムだが、志穂はその場から動かない。

「行くぞ」
 
 再度促されるが志穂は立ち上がらず、ゆっくりとベムの方へ向き直り口を開く。

「……ねえベム」
「なんだ?」
「今度から投げる時は『投げますよ』って一言――」
「言っただろう」
「……そーだね。言ってたね……。確かにちゃんと言ってた……。はは……。はあー……」

 乾いた笑いの後に志穂はため息を吐く志穂。ベムの独断による行動で放り投げられてから銃を突きつけてきた兵隊の男が気を失うまで生きた心地がしなかったことに抗議をしたかったのだが、ベムは家を出た直後に自分が提示していた約束を守っていたため、志穂はそれ以上何もいうことが出来なかった。

「……グズグズしていると元カレが死ぬぞ。先程の電撃で私達の存在には気づかれているだろうからな」
「え、嘘。なら早く行かないと!」

 そう言って勢いよく立ち上がり走り出す志穂。そんな彼女の背を眺めながら、ベムは呆れたように息を吐くのだった。





 時間は少し遡り、廃ビルの一室。天板は落ち、かつてあったであろう設備もほとんどないゴミと埃とカビの匂いが漂うそんな場所には不釣り合いなスーツ姿の集団がいた。一見すると単なるサラリーマンのようにも見えるが、彼らの体格はよく見ると、ガッシリしているものが多く、威圧感のある表情をした強面だけで構成されている。
 そんな彼らの前にいる男が一人。茶髪に緑のメッシュを入れた鼻筋が通ったつり目気味の彼は、猿ぐつわを噛まされ、身動きができないよう荒縄で手足を拘束されていた。表情は恐怖で引き攣っており、目尻には涙が溜まっていて今にもこぼれ落ちそうだった。

「悪いね。君にはなんの恨みも無いのだけれど、色々と不自由な今の時代で組をここまで大きく自由にしてくれたスポンサー様経っての依頼じゃあ、俺たち下っ端は従うしかないんだ」

 1人だけ椅子に座っている、黒いサングラスをかけた細見で一際身長のある男が落ち着き払った態度で彼にそう告げる。
 
「さて、次の予定を話しておこうか。このままなにも無いようなら君はここから別の移動してもらうことになる」

 そう言って立ち上がり自分へ近づくサングラスの男に縋るような視線を送るメッシュの男。

「……残念だけど君の期待通りにはならないよ。次の予定は『痴情のもつれで元カノに滅多刺しにされた』という体で君に死んでもらうからね。殺すときの映像、そして死体は君の元カノの罪を作り出す素材として使わせてもらうよ。捨てるところのない、優秀な人材だ君は」

 告げられた己の運命に彼の表情が歪み、目から大粒の雫が流れ落ち猿轡越しからでも呼吸が浅くなっているのが分かる。そんな彼をサングラスの男は薄ら笑いを浮かべながら顎を上げて見下ろしている。次の瞬間、月明かりしか光源の無い筈の廃ビルが電気の弾ける音と共に一瞬光に包まれる。とうの昔に役目を終えた蛍光灯が一斉に砕け、窓ガラスが割れると焦げ臭い匂いと火花を撒き散らす。その場にいたほぼ全員がざわつきながらキョロキョロと周囲を見渡していると、バン!と勢いよくドアの開く音が部屋に響き、その場にいた全員の視線が扉を開いた人物に向けられる。
 ぜえぜえと息を切らし、薄らと汗を滲ませたその人物は、黒髪を肩のところまで伸ばした細身の女性だった。畑野志穂が到着した。

「……おいおい姉ちゃん。こんなところになんの用だい?」

 サングラスの男がゆっくりと志穂に近づいてくると顔を近づける。彼女は息を整えると口を開く。

「……あそこ……あそこで縛られてる人を開放してもらいたいんですけど……」

 志穂が拘束されている男を指さしてそう言うと、サングラスの男は顎を上げ、志穂を見下すような姿勢で口を開く。

「……いんや、それはできないね。彼は君に対する人質でもあるからね。もし開放して欲しいならそれなりの対価を示してもらわないと」

 そう言って笑う男に、志穂は怪訝な視線を送ると話始める。

「……対価って……具体的になんですか?」
「ウチのスポンサー様と『お話』してもらいたいんだ。そのために今から俺達と来てもらいたいんだ。いいね?」
「……『いやです』って言ったら?」
「それなりの対応を取らせてもらう」

 男がそう言うと、さっきまで元カレの周りにいた面子が集まってくる。皆一様に薄ら笑いを浮かべ、志穂を嘲笑うような視線が彼女に集まる。だが彼女はそれに怯むことなく彼らを真っすぐに見据えると口を開く。

「……そっちがそうならあたしだってそれなりの対応を取るわよ……」

 そう言って身構え、不適に笑う志穂。

「はい! というわけだからやっちゃってベム! よろしく!!!」

 そう言って勢いよく右隣の方へ首を動かす志穂。そこには何もない真っ暗な空間が広がっていた。

(いなーーーーーーーーーーーい…………)

 頼みの綱である存在の不在による衝撃は計り知れなく、志穂は振り向いたままの姿勢と表情のまま数秒間固まっていた。

「……くだらない冗談に付き合う程俺たちも暇じゃないんでね……」
「あ、いえ……あの……その……これは……」

 凄むサングラスの男に、志穂は冷や汗をダラダラと流しながらしどろもどろになっている。すると、先程志穂へ銃を突きつけた者と似たような武装をした人間が男達と志穂の頭上を通過し、彼女の背後に転がる。気を失っているのか、ぐったりとしたまま動かない。全員の視線が一斉にそれが飛んできたであろう部屋の後方へと向く。
 そこには月明かりを背に黒い怪物、ベムが立っていた。

「!!」

 驚きながらも頬を弛ませる志穂。そんな彼女を他所に男達は一斉に銃を取り出し同時に発砲を始める。鳴り響く銃声と同時に鉛玉が飛び出し、ベムの黒い肉体にいくつもの白い火花が咲き乱れていく。銃弾が打ち込まれているというのにベムはまるで意に介さず咆哮し、部屋の空気がビリビリと震える。
 瞬間、弾かれたようにベムが駆け出しすと、一瞬の内に最前線で発砲していた男達が蹴散らされる。一段後ろの中腹にいた男達の脳が目の前の出来事を認識するより早くベムが腕を振ると、空のペットボトルを弾くかのごとく人体が軽々と周囲に散乱し、ベムは一人残された目の前にいるサングラスの男に威嚇するように唸り声をあげる。

「おいおい……こんなふざけた化け物だなんて……俺は聞いてねえぞ……」

 引き攣った笑い声を発して銃を取り出すサングラスの男。その刹那、ベムの手が男の頭を掴み、彼の両足が地面から離れ宙に浮かぶ。バチリという音と光が鳴ったかと思うと男は脱力し握られていた銃が床の上に転がる。怪物は興味を失ったおもちゃを捨てるかのように男を投げ捨てる。両足を地面につけている存在は志穂とベムだけになった。

「も~……いきなりいなくならないでよ~……死ぬかと思ったじゃん……」

 戻ってきたベムに安心を覚えつつも苦言を呈する志穂。しかし、ベムは彼女の言葉に答えることなく周囲を見渡している。

「まだいるな」
「え?」
「潜んでいる奴がまだいる」

 そう言った次の瞬間、ベムが飛び上がり天井を突き破る。志穂が見上げると、ぽっかりと空いた穴からパラパラと残骸がこぼれている。

「……まあ、あいつが言うならそうなんでしょう……」

 天井を見上げたままそう呟いた志穂は視線を正面に戻す。その先には今だ縛り付けられた男の姿が目に入った。
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