宇宙を超えて

荒谷宗治

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4章

第19話 弔いと過去

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 出発から2時間後の駅で降りた2人は外へ出る。強く照りつける太陽の眩しさに志穂が目を細める。

「ここが目的地か?」
「違うよもっと別のとこ。とりあえずバス乗ろっか」

 そう言って志穂が指差した先にはちょうど次のバスが停車していた。
 数十分後、市街から離れた郊外の停留所でバスが停車し、志穂とベムが降車する。駅周辺とは違い商業施設はまばらで民家が大半を占めている。

「行こう」
 
 そう言って志穂が歩き出し、ベムもそれに着いていく。少しして、志穂が何かに気づいたのか小走りである場所に向かう。

「それじゃ、あたしちょっと買い物してくるから待ってて」

 そう言って志穂は花屋の中へと入っていった。



 
 人の気配が消え、住宅すらまばらになり、あるのは田んぼと畑だけ。そんな田舎道を白い花を中心とした花束を持った志穂と一緒に歩くベム。

「着いた。ここ」

 道を外れ、田畑に囲まれた閑静な場所で志穂は足を止める。彼女の目の前の敷地にはいくつもの墓石が等間隔で並んでいる。

「墓地……来たかった場所というのはここか」
「そ、行くよ」

 そう促され、志穂の後ろをついていく形でベムは霊園に足を踏み入れた。



「あ~、やっぱり汚れてるな~……」

 そう声を漏らしながら荷物からブラシや雑巾、ゴミ袋を取り出すと志穂は墓石に生えた苔や周囲の雑草を毟っていく。

「最後に来たのはいつなんだ?」
「もう一年近く来てないかな~。花もとっくに枯れて何も残ってな……あ、見てこれ。花入れるやつ、中の水が腐ってる」
 
 そう言って花立てに溜まった水を見せそのまま捨てると、ブラシで花立ての掃除を始める。せわしなく動き回る彼女と違い、ベムは周囲を観察するように首だけを動かしている。すると、何かを見つけたのか、彼の視線が一点に注がれる。そんなベムに気づくことなく、志穂は掃除を続けていた。

 「よし……」

 少しして、仕上げである墓石への雑巾掛けが終わると花束のビニールを破り、2つに分けると花立てへ入れる。そして手持ちのペットボトルから水を注ぐと、線香を取り出し火をつける。煙が立ち昇り線香特有の香りが鼻腔をくすぐる。志穂はそれを線香皿に置きフッと口角を上げ、手を合わせる。すると、ベムが志穂の隣に立ち同様に手を合わせる。彼のその行動に志穂は目を見開き、パッとベムの方へ視線を向ける。

「意外か?」

 彼女の視線に気づいていたベムがそういい放つ。

「え、あ、うん……正直……」
 
 自分の思考を見透かしたかのようなベムの発言に志穂は戸惑いつつも肯定する。

「死者を弔い、悼むことは知的生命体が最初に行う宗教的行為だ。私の星の先祖も例外ではない」
「そうなんだ……」

 不意に見せた地球人と似通った感性が志穂の心を波立たせる。それがベムは自分とかけ離れた存在だという無意識の刷り込みへの揺らぎだとは志穂は理解できていなかった。

「姉妹の墓参をしたかったのだ。お前は」

 だがその揺らぎも聞こえてきたベムの声に吹き飛ばされる。志穂はハッと目を見開きベムの方へ首を向ける。

「なんでわか……」
「墓誌に書いてあったぞ」
「あ……」

 ベムの一言に声を漏らす志穂。

「ああそっか……そうだよね……はは……馬鹿だなあたし……」
畑野結衣はたのゆい。享年5歳。墓誌にはそう書かれていたな」
「……本当は4歳だよ。あれって一歳足した年齢で書くから……」
「病気か事故か?」
「あえて言うなら……病気……になるのかな……」
「そういう言い方をするということは病気でも事故でもないのだな」

 ベムの一言に志穂は言葉を返さず、2人の間に静寂が横たわる。そして、その禁を最初に破ったのは志穂だった。彼女は息を吐いて立ち上がり、ベムの方へ振り返る。

「あたしさ……施設育ちなんだよね……」

 力無い表情で絞り出すように言葉を発する志穂。ベムは無言で次の言葉を待つ。

「あたしの母親が……まあ……虐待……ネグレクトって言った方が近い……どっちも一緒だね……する人でさ……小学生の頃に親と離れて……施設に入ったの……」
「妹の死が原因でか?」

 ベムの質問に志穂はゆっくりと首を縦に振り再び口を開く。

「あたしが入った施設の人は……いい人多くてさ……はは……クソ彼氏引いちゃったのはそこで運使っちゃったからかもねー。なんて……」
「……何がおかしいのかわからんな」

 普段と変わらぬ調子で放たれたベムの言葉に志穂の顔から作り笑いが消える。

「……ごめん」

 謝罪の言葉を述べる志穂に対し、ベムは何も答えない。それは決して怒りや非難からくる無言ではないことは志穂も理解していた。それでも口に出さずにいられなかったのだ。己の軽率な発言を咎めてくれたような気がして。

「今日が命日だったといったところか……」

 ベムの質問を志穂は顔を動かし無言で肯定する。

「……妹にあたしがしてあげられることってもうこれしかないから……だから命日の時だけは絶対に来るようにしてるの」
「そうか……殊勝なことだな……」
「……ありがと」

 ベムの言葉に志穂がクスリと笑顔を浮かべ、そう言い放つと再び手を合わせる。

「……帰ろっか」

 数秒後、志穂が顔を上げベムにそう促す。
 
「もう良いのか?」
「だってもうやること無いし。午後からバイトもあるから」

 そう言いながら掃除用具をリュックに詰めると早足でその場を離れる。ベムは墓石を一瞥すると彼女の後を追い、歩き出した。


「ねえベムにも家族とかいるの? っていうか家族みたいな概念あるの?」

 駅に戻り、電車の中でノートにペンを走らせながら出発を待つ志穂がベムにたずねる。

「……ああ、私にも父と弟がいた」
「……いた?」
 
 ベムの物言いに志穂は顔を動かす。

「だがもう死んだ」

 続くベムの言葉に志穂の瞳孔が開く。

「私が殺した」

 2人の間に数秒間の静寂が横たわると発車のアナウンスが流れる。そんな中、志穂はゆっくりと顔を背けるようにして目を伏せる。

「……ごめん」
「……気に病む必要はない。貴様には関係の無い話だ」
「そっか……ありがとう……でもやっぱりもう1回言うよ……ごめん……」
「なら私ももう一度言おう。気にするな」

 志穂は唇を結び、広げたノートに向き直ると再びペンを動かし始める。2人の間に会話は無く、静けさだけがそこにあった──。




 父が事故で亡くなってから、母はしばらく不安定だった。いつもお金を気にしていて、お酒を飲んで妙に上機嫌な時もあれば何もないのにさめざめと泣いていたり、今までなら気にも止めなかった些細なことで叱られたかと思うと大げさなまでに優しく接してくることもあった。そんな母があたしは怖かった。早く優しかった頃の母に戻って欲しいと毎日願っていた。
 ある日のことだった。あたしが夜中トイレに起きると、リビングの電気が点いているのが見えた。恐る恐る覗き込んでみると、机に突っ伏して肩を震わせ泣いている母の姿が電気の明かりに浮かび上がっていた。あたしは何故かその光景から目を離すことができなかった。少しして、泣き止んだのか母が顔を上げると勢いよく立ち上がりリビングを後にする。

「あ……お母さ……」

 声が聞こえていないどころかまるで存在を認識していないかのようにあたしを通り過ぎると母は自分の寝室に戻っていく。そんな母の後ろ姿に、胸が締め付けられるような感覚になったことを、今でも覚えてる。
 それから母は家を留守にすることが多くなった。それだけじゃない、メイクの量も増えたし誰かと電話することも多くなった。電話口から漏れ出てくる声は決まって男の人だった。本人は「お母さんはお仕事で忙しいの。少し考えればわかるでしょ? いちいちそんなことを聞いてこないで」と言っていた。ならどうしていつも知らない男の人と一緒にいるの? あたしのその質問に母は舌打ちをするだけで何も答えてはくれなかった。
 母は決まった時間、決まった日にちで帰ってくることはなかった。不規則で気まぐれ、体感的に朝の時間が多いように思えた。帰ってきた母は着替えて眠り、起きるとまたメイクをして出かけていく。部屋には決まって鍵をかけて、あたし達のことなんてまるで見えていないかのような振る舞いをする。

「お母さんがいない間は勝手に外に出ないで。もし出たらあんた達のことなんかお母さんもう知らないから」

 ある日のことだった。母が出かける前にそんなことを言ってきた。玄関先で、あたし達に背を向けてヒールを履きながら。それを聞いた時の嫌な緊張感と不安は今でもはっきり覚えてる。

「わかった?」

 振り返った母の冷たい視線に、心臓が跳ね、目に涙が滲んできたことも、覚えている。

「う……うん! わかった! わかったよお母さん! あたし言う通りにするから! 良い子にして待ってるから!」

 反射的に母の機嫌を取る台詞を並べるあたしに、ヒールを履き終わった母は何も言わず家を出る。勢いよく閉まる扉の音に、肩を跳ね上がらせる。
 
「お姉ちゃん……。お母さん……。私とお姉ちゃんのこと嫌いになっちゃったの……?」

 服の裾を引っ張って尋ねてきたのは妹の結衣だった。お母さんと違って無造作に伸ばした黒髪を揺らして、静かに涙を流しながら縋るような目であたしを見てくる。あたしは彼女を安心させる為にぎこちない笑顔を作る。

「大丈夫だよ。お母さんお仕事で忙しいだけだから。あたし達のこと嫌いになったわけじゃないよ」

 お母さんが言っていたことほぼそのままを伝えるが結衣の表情は晴れず、何も言わないままあたしに抱きついてくる。あたしはそのまま抱き返すと「大丈夫。大丈夫だから」と自分にも言い聞かせるように繰り返した。
 そんなあたし達の想いも虚しく、状況は悪くなっていく一方だった。管理するものが居なくなった家には段々と埃が溜まり、ゴミが増え、物は散乱し始める。空気は澱み、独特の嫌な臭いが漂ってくる。そんな中をよれて汚れた服に身を包んで過ごすあたしと結衣。当然、毎日の食事の用意なんてあるはずもない。あたしは家に残っている食材で、記憶にある母の姿を真似て下手くそな料理を作る。期限切れのパンで作った黒焦げのトースト、跳ねた油で火傷をしながらいつ買ったのかわからない卵で作ったスクランブルエッグ、今日はしなびた野菜で作った焦げと生焼けの混ざった野菜炒め。

(美味しくない……)

 一口食べた瞬間、思い浮かんだ言葉がそれだった。食感は硬く、味は苦味の中に変な塩辛さがある。とてもじゃないがまともな料理とは言えない。だけどあたしはそれを無理矢理口の中に押し込んでいく。

「うえ……」

 けれど胃から迫り上がってくる不快感に耐えきれず、あたしは詰め込んだ物を吐き出してしまう。目に涙を溜めながら唾液塗れの野菜を受け止め、視線を落とすと結衣が顔をしかめながらも料理を口に運んでいく。

「結衣……ごめんね……美味しくないよね……その……無理しないで……」

 あたしの言葉に結衣は無言で首を横に動かす。

「お母さんの代わりに……お姉ちゃんが……頑張って作ってくれたから……」

 それだけ言って結衣は食事を続ける。幼いながらもあたし気遣ってくれた結衣はきっと自分が置かれている状況も、なんとなく理解していたんだろう。母は帰ってこない。家にある食材はもう残り少ない。皿の上にある料理と呼べるかも怪しいそれを食べなければ、次またいつ食事を摂れるかわからないと。

「結衣……」

 そう呟いてあたしは結衣を抱きしめる。そして頭の中で繰り返す。「きっと大丈夫」「お母さんは帰ってくる」「また昔みたいに戻れる」何度も何度も繰り返す。これ以上辛いことなんてない。そう思いたかった。必死に思い込んだ。だけど現実はいつだってそんな思いを無感情に踏み潰していく。
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