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この子は信用できる子だ
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「わかったよ。じゃあとりあえずサン、そこに座ってくれるかい? きっと長くなるだろうからね。まああまりいい椅子ではないんだけど」
そう言ってベアリオが進めた椅子に腰掛ける。たしかに少しだけ傷が目立つが、元が上質なものだからか、思ったよりも座り心地はいい。またシェドは椅子に座ることなく、入り口のドアの前で腕を組んでいた。おそらく何が起きてもすぐ対応できるようにだろう。
「そうだね。どこから話そうか。ああ、まず、サンはグレイトレイクを知っているかい?」
「知ってます。ジャカルの息子から説明を受けました。あの湖が戦争の原因だって」
「ああ、ジャックか。そうそう、彼をレプタリア軍から守ってくれたんだよね。ありがとう。大切な部下の家族を守ってくれて。まあその湖が原因なんだが、その湖を使った産業を営んでいた南の峠でね。ある事件が起こったんだよ」
スラスラと部下の息子の名前が出てきたことにサンは驚く。この国の兵士だけでも100を超える数はいるはず。それなのにその子どもの名前も覚えているとは、きっとこの獣人は、それほどまでに、自分の部下を愛しているのだろう。そんなことを思いながら、サンはベアリオの話に耳を傾ける。
「事件ですか?」
「その産業はね。レプタリアとカニバルの二つが協力して経営していた。当時は仲睦まじい関係を築いていたようだからね。でも、そこでレプタリアの獣人たちが裏切ってしまったんだ。ん~そして、なんと言ったらいいかな」
言葉を選んでいるベアリオの説明を、後方にいるシェドが受け継ぐ。
「その事件は凄惨を極めたんだ。そこに勤めていた武器も持たない一般人が、武装したレプタリアの奴等に制圧された。被害獣人は何十人にも上ったし、南の峠付近のグレイトレイクの水源の使用権も奪い取られた。お陰で、カニバルの獣人は、以前よりも水の確保がむずかしくなり、そして、毎日カニバルの国民は、南の峠からレプタリアが攻めてくるのに怯えている」
徐々に語気に力を込めていくシェド。不思議と彼の熱い思いが、サンにも伝播していく。まさか、そんな苦しみを、カニバルの獣人たちは背負っていただなんて。
次いでベアリオが言葉を紡ぐ。
「そうだね。サン。だから我々は戦っているんだ。サンもジャカルとジャックの家族の温もりを見たかい? 僕はあの2人が仲良くしているのを見ると、心から闘志が溢れてくる。彼らのような人々の笑顔を守らなければと。だから、サン。君に声をかけたんだ。正直、カニバル国になんの関係もない君にこんなお願いをするのは適切ではないのかもしれない。だが、正しさで誰かの笑顔を守れるわけじゃないんだ。僕には、国王として、国民の笑顔を守る義務がある。だから君にもこうして声をかけさせてもらったんだ」
ベアリオの真っ直ぐな視線がサンに届けられる。本気だ。この人は本気で、国民のために少しでも軍を強くしたいと思っている。サンは十分わかっている。兵士になったら、カニバルの小さな駒の一つに過ぎなくなるということを。ただサンは、それでも、この真っ直ぐな目をした国王の気持ちに応えたいと思ってしまった。
「シェド、少し出てくれないか?」
そんな気持ちがサンの中で渦巻いているとき、ベアリオがふとそうシェドに声をかけた。
「なんでだ? 流石にそれは聞けない願いだぞ」
「大丈夫だよ。シェド。何も起こらないさ。この子の目を見て確信したよ。この子は信用できる子だ。味方になろうがなるまいが、僕と2人残しても、何か被害を受けることはないよ。僕を信じて」
シェドは少しだけ考えるような仕草をすると、じっとサンとベアリオを交互に見つめた。そして一つため息をつくとこうこぼした。
「わかった。なんか話したいことがあるんだろう。聞こえない位置で待ってるよ。ただ30分以内にしろよ。その時間を超えたら飛び込んでくるからな」
「ああ、ありがとう。シェド。やっぱりお前は俺の親友だよ」
「親友って言うならあまりそいつに心配かけさせないでくれ。じゃあ、待ってるぞ」
そういうとシェドは、振り向くことなく、この部屋を去っていった。
そう言ってベアリオが進めた椅子に腰掛ける。たしかに少しだけ傷が目立つが、元が上質なものだからか、思ったよりも座り心地はいい。またシェドは椅子に座ることなく、入り口のドアの前で腕を組んでいた。おそらく何が起きてもすぐ対応できるようにだろう。
「そうだね。どこから話そうか。ああ、まず、サンはグレイトレイクを知っているかい?」
「知ってます。ジャカルの息子から説明を受けました。あの湖が戦争の原因だって」
「ああ、ジャックか。そうそう、彼をレプタリア軍から守ってくれたんだよね。ありがとう。大切な部下の家族を守ってくれて。まあその湖が原因なんだが、その湖を使った産業を営んでいた南の峠でね。ある事件が起こったんだよ」
スラスラと部下の息子の名前が出てきたことにサンは驚く。この国の兵士だけでも100を超える数はいるはず。それなのにその子どもの名前も覚えているとは、きっとこの獣人は、それほどまでに、自分の部下を愛しているのだろう。そんなことを思いながら、サンはベアリオの話に耳を傾ける。
「事件ですか?」
「その産業はね。レプタリアとカニバルの二つが協力して経営していた。当時は仲睦まじい関係を築いていたようだからね。でも、そこでレプタリアの獣人たちが裏切ってしまったんだ。ん~そして、なんと言ったらいいかな」
言葉を選んでいるベアリオの説明を、後方にいるシェドが受け継ぐ。
「その事件は凄惨を極めたんだ。そこに勤めていた武器も持たない一般人が、武装したレプタリアの奴等に制圧された。被害獣人は何十人にも上ったし、南の峠付近のグレイトレイクの水源の使用権も奪い取られた。お陰で、カニバルの獣人は、以前よりも水の確保がむずかしくなり、そして、毎日カニバルの国民は、南の峠からレプタリアが攻めてくるのに怯えている」
徐々に語気に力を込めていくシェド。不思議と彼の熱い思いが、サンにも伝播していく。まさか、そんな苦しみを、カニバルの獣人たちは背負っていただなんて。
次いでベアリオが言葉を紡ぐ。
「そうだね。サン。だから我々は戦っているんだ。サンもジャカルとジャックの家族の温もりを見たかい? 僕はあの2人が仲良くしているのを見ると、心から闘志が溢れてくる。彼らのような人々の笑顔を守らなければと。だから、サン。君に声をかけたんだ。正直、カニバル国になんの関係もない君にこんなお願いをするのは適切ではないのかもしれない。だが、正しさで誰かの笑顔を守れるわけじゃないんだ。僕には、国王として、国民の笑顔を守る義務がある。だから君にもこうして声をかけさせてもらったんだ」
ベアリオの真っ直ぐな視線がサンに届けられる。本気だ。この人は本気で、国民のために少しでも軍を強くしたいと思っている。サンは十分わかっている。兵士になったら、カニバルの小さな駒の一つに過ぎなくなるということを。ただサンは、それでも、この真っ直ぐな目をした国王の気持ちに応えたいと思ってしまった。
「シェド、少し出てくれないか?」
そんな気持ちがサンの中で渦巻いているとき、ベアリオがふとそうシェドに声をかけた。
「なんでだ? 流石にそれは聞けない願いだぞ」
「大丈夫だよ。シェド。何も起こらないさ。この子の目を見て確信したよ。この子は信用できる子だ。味方になろうがなるまいが、僕と2人残しても、何か被害を受けることはないよ。僕を信じて」
シェドは少しだけ考えるような仕草をすると、じっとサンとベアリオを交互に見つめた。そして一つため息をつくとこうこぼした。
「わかった。なんか話したいことがあるんだろう。聞こえない位置で待ってるよ。ただ30分以内にしろよ。その時間を超えたら飛び込んでくるからな」
「ああ、ありがとう。シェド。やっぱりお前は俺の親友だよ」
「親友って言うならあまりそいつに心配かけさせないでくれ。じゃあ、待ってるぞ」
そういうとシェドは、振り向くことなく、この部屋を去っていった。
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