プロミネンス【旅立ちの章】

笹原うずら

文字の大きさ
40 / 102

この子は信用できる子だ

しおりを挟む
「わかったよ。じゃあとりあえずサン、そこに座ってくれるかい? きっと長くなるだろうからね。まああまりいい椅子ではないんだけど」

 そう言ってベアリオが進めた椅子に腰掛ける。たしかに少しだけ傷が目立つが、元が上質なものだからか、思ったよりも座り心地はいい。またシェドは椅子に座ることなく、入り口のドアの前で腕を組んでいた。おそらく何が起きてもすぐ対応できるようにだろう。

「そうだね。どこから話そうか。ああ、まず、サンはグレイトレイクを知っているかい?」
「知ってます。ジャカルの息子から説明を受けました。あの湖が戦争の原因だって」
「ああ、ジャックか。そうそう、彼をレプタリア軍から守ってくれたんだよね。ありがとう。大切な部下の家族を守ってくれて。まあその湖が原因なんだが、その湖を使った産業を営んでいた南の峠でね。ある事件が起こったんだよ」

 スラスラと部下の息子の名前が出てきたことにサンは驚く。この国の兵士だけでも100を超える数はいるはず。それなのにその子どもの名前も覚えているとは、きっとこの獣人は、それほどまでに、自分の部下を愛しているのだろう。そんなことを思いながら、サンはベアリオの話に耳を傾ける。

「事件ですか?」
「その産業はね。レプタリアとカニバルの二つが協力して経営していた。当時は仲睦まじい関係を築いていたようだからね。でも、そこでレプタリアの獣人たちが裏切ってしまったんだ。ん~そして、なんと言ったらいいかな」

 言葉を選んでいるベアリオの説明を、後方にいるシェドが受け継ぐ。

「その事件は凄惨を極めたんだ。そこに勤めていた武器も持たない一般人が、武装したレプタリアの奴等に制圧された。被害獣人は何十人にも上ったし、南の峠付近のグレイトレイクの水源の使用権も奪い取られた。お陰で、カニバルの獣人は、以前よりも水の確保がむずかしくなり、そして、毎日カニバルの国民は、南の峠からレプタリアが攻めてくるのに怯えている」

 徐々に語気に力を込めていくシェド。不思議と彼の熱い思いが、サンにも伝播していく。まさか、そんな苦しみを、カニバルの獣人たちは背負っていただなんて。

 次いでベアリオが言葉を紡ぐ。

「そうだね。サン。だから我々は戦っているんだ。サンもジャカルとジャックの家族の温もりを見たかい? 僕はあの2人が仲良くしているのを見ると、心から闘志が溢れてくる。彼らのような人々の笑顔を守らなければと。だから、サン。君に声をかけたんだ。正直、カニバル国になんの関係もない君にこんなお願いをするのは適切ではないのかもしれない。だが、正しさで誰かの笑顔を守れるわけじゃないんだ。僕には、国王として、国民の笑顔を守る義務がある。だから君にもこうして声をかけさせてもらったんだ」

 ベアリオの真っ直ぐな視線がサンに届けられる。本気だ。この人は本気で、国民のために少しでも軍を強くしたいと思っている。サンは十分わかっている。兵士になったら、カニバルの小さな駒の一つに過ぎなくなるということを。ただサンは、それでも、この真っ直ぐな目をした国王の気持ちに応えたいと思ってしまった。

「シェド、少し出てくれないか?」

 そんな気持ちがサンの中で渦巻いているとき、ベアリオがふとそうシェドに声をかけた。

「なんでだ? 流石にそれは聞けない願いだぞ」
「大丈夫だよ。シェド。何も起こらないさ。この子の目を見て確信したよ。この子は信用できる子だ。味方になろうがなるまいが、僕と2人残しても、何か被害を受けることはないよ。僕を信じて」

 シェドは少しだけ考えるような仕草をすると、じっとサンとベアリオを交互に見つめた。そして一つため息をつくとこうこぼした。

「わかった。なんか話したいことがあるんだろう。聞こえない位置で待ってるよ。ただ30分以内にしろよ。その時間を超えたら飛び込んでくるからな」
「ああ、ありがとう。シェド。やっぱりお前は俺の親友だよ」
「親友って言うならあまりそいつに心配かけさせないでくれ。じゃあ、待ってるぞ」

 そういうとシェドは、振り向くことなく、この部屋を去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...