プロミネンス【旅立ちの章】

笹原うずら

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シェドが、デレたクマ

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 それからしばらくしてベアリオとアリゲイトの対談は終わった。そしてアリゲイトはそのままレプタリアへ帰っていった。どうやらこれからの策としては、グレイトレイクの流域を拡大していく方向で進めていくらしい。

 そして後日、レプタリアとカニバルの全土に、アリゲイトとベアリオで終戦を告げるラジオが流れることになった。ラジオ自体はシェドなどが護衛につき、今度は、レプタリアで収録することになった。

 アリゲイトもベアリオも見事な言葉で、この戦争を締めくくっていたが、これはサンの冒険の話。彼らが何年も続いた戦争にどんな言葉で終止符を打ったかは、ご想像に任せるとしよう。

 ただレプタリアの民もカニバルの民も、その言葉を聞き、戦争の終結を喜んでいた。和平という結末への戸惑いよりも、彼らにとっては家族を失う恐怖から解き放たれたことの安心の方が強かったようだ。

 サンはそんな民衆をみて、きっと彼らならば、どんな困難があっても再び素晴らしい国を作ることができると思った。家族を傷つけた人と共に歩く苛立ちよりも、これからも大切な人と変わらない日々を過ごせる喜びの方を大切にできる人たちだから。

 そして戦争の終了を告げる放送が流れ、数日経った頃、カニバル国が南の峠で、宴を行うことになった。

 なぜこの場所で行うかというと、レプタリアの国力が回復するまで、この南の峠を明け渡すことになったからだ。どんな交換条件になったのかはわからないが、ベアリオは、グレイトレイクの流域拡大が軌道に乗り、新たな飼料栽培の中心地が開発されるまで、この地は、レプタリアに明け渡したらしい。だからこそ今晩は、この南の峠から見えるグレイトレイクを肴に、酒を楽しむ、最後の夜ということだった。

「みんな! 今日は集まってくれてありがとう! 放送で伝えた通り、戦争はもう終わった! もちろん今まで戦ってきた者と歩んでいくこれから先の未来に不安を感じるものは多いと思う。ただ、それでも確かに、もう誰かを恨み恨まれ、突きつけられる現実に立ち尽くすことしかできないような日々はここに幕を下ろした。グラスを持とう、皆。今日は、戦いの終わりを祝う日であると同時に、未来に向かって決起する会でもある! この夜が明けるまで、皆で騒ぎ明かそうじゃないか! 乾杯!!」

「乾杯!!」

 あの南の峠を取り戻した日を越える喧騒で、獣人たちが互いにグラスを合わせる。そして、一人ひとりが月にかかる雲さえも吹き飛ばすような満面な笑みで、口々に戦争の終結を喜ぶ。

 兵たちは、これから自分が何をしたいか、妻子たちとどんなふうに時間を過ごすか、そんなかつて口にすることも憚られたような未来の話を口々にこぼし、酒を口にするのだった。

 さてそんな宴会の中、ここに一際、周囲の注目を集める男が1人いた。

「おい、サン! アリゲイトを説得したんだってな! どうやったんだよ!」
「きゃあぁぁぁ! 本物のサン様よ! かっこいい!」
「サン! お前まだ16なんだって!? もう少ししたらうちの娘もらってくんねぇか!」
「一片にしゃべんないでよ。わかんないから。後誰だよ! ここにジョッキスレスレにお酒注いだ人?」

 ――ああ大変だ、アリゲイト倒した時より疲れる。

 それは今回の英雄サンだった。ちなみに、サンがアリゲイトを倒したという経緯は、レプタリアの民衆への配慮と、カニバルの増長の防止として、シェド、ネク、ベアリオの中で留められている。

 しかし、放送によってサンの存在は、ベアリオとアリゲイトの対話の機会を設けた使者として紹介された。戦争を開始したレプタリアを説得し、和平への道を説いた。そしてそれに同意したアリゲイトがベアリオと対談し、戦争を終わらせた。民衆にはそのように今回の顛末が語られた。

「ガタガタ言わずに、飲めよ! サン! これを残したら、ビール作っている生産者の方々が悲しむぞ」
「それ飲みきれなかったらうちの娘と結婚しろよー」
「くそ、そう言われたら、俺は飲むことしかできない。このビールいっぱい作るにもたくさんの苦労があるはず。でも残しても結婚はしないからね」

 体内に十分なアルコールを入れていて震える手でジョッキに手を伸ばすサン。すると横からそのジョッキをひったくって、ある女性がそれを一瞬で空にする。

「……そこまでくるとバカだよ。サン」

 それはネクだった。同い年とは思えないほどの宴会場での頼もしさに。サンは思わず言葉を漏らす。

「かっこよ。俺が女子なら惚れてるよ」
「……酔ってるの? 私は女だよ。それよりも、ごめん、皆。ちょっとサンのこと借りてくね」

 ネクは、サンの周りにいる兵たちに対して、申し訳なさそうに言葉を告げる。カニバル兵たちは、そんなネクの言葉に反発する。

「おいおい、今日の主役を独占かよ。そりゃねえぜ」
「同じシェド隊で話すこともあるだろうけどなあ。俺たちだってこいつに感謝を伝えたいじゃねえか」

 するとネクは、彼らに対して笑みを浮かべた。そして、彼女は彼らへの言葉を口にする。

「……じゃあサンをかけて勝負でもする? まあみんなが、この宴会開始早々に酒に潰れたいっていうなら、私は相手になるけど」
「あ、どうぞ、連れて行ってあげてください」

 クルリと踵を返し、去っていくカニバル兵たち、おいおい、そんなことで国が守れるのかとサンは思ったが、きっと宴会でのネクは、彼らにとってゲッコウをも凌ぐ強敵なのかもしれない。

「……じゃあ行こっか。サン」
「ああ、助けてくれてありがと。ネク」

 そうして、一度宴会の喧騒から抜け出そうとするネクとサン。

 そんな2人を宴会場の端から、じっと眺めている男がいる。

 ジャカルはそんな彼に対してからかうように言葉をかけた。

「随分と2人のこと見るじゃないですかシェド隊長。気になるんですか?」
「うるせぇなジャカル。別にみてねぇよ。あっちにうまそうな料理があっただけだ」
「大丈夫ですよ! ネクはシェド隊長にお熱なんですから、他の男に目が眩むことはないですよ!」
「だから、気になってねぇよ。ちょっと最近仲良いなぁとか、そんなこと全く思ってない。あんまりふざけたこと言ってると除名にするぞ」

 酒が入ると少しだけ、感情の隠し方が下手になるシェド。ジャカルは、そんなシェドのことをニヤニヤした目で眺めながら、言葉を発する。

「じゃあ、まだ自分はシェド隊なんですね。あんなに休んでいたのに」

「当たり前だろ。休んでいたから除名なんて、そんな規則はねぇよ。ちゃんと軍の規則読んどけ。別に俺がお前に居なくなって欲しいわけじゃないんだからな」
「はいはい、わかりましたよ。にしてももっとみんなの前で、今の姿を晒せばこんなところで一人で飲むことにならない程度には人気が出るでしょうに」
「何わけのわかんねぇこと言ってんだ。飲む前と飲んだ後の俺は全くかわんねぇだろうが」
「ははは、そうですね」

 そうやってのんびり談笑をしながら、宴会を彼らのペースで楽しむジャカルとシェド。しばらく、つまみと酒を口に運んだ後、シェドは、呟くようにジャカルに語りかける。

「別に心配してなかったが、もう、大丈夫なんだな。体の方は」
「ええ、もうなんともありません。これからたくさんジャックに家族サービスしてあげるつもりです」
「……そうか、それはジャックも喜ぶだろう」

 そして、また一口酒を口に運ぶシェド。するとシェドとジャカルの元に、ベアリオが現れた。

「またこんな隅っこで飲んでるクマか。シェド。お前だって今回の宴会の主役だっていうのに」
「別にいいだろ、そんなの俺の勝手だ。それよりも今日は一杯しか飲んでないんだな」
「なんでわかるクマか。まあこの後予定があるからな。しかし、シェド、というかカニバル兵は、俺が飲んだ酒の量をいつも当てるから困る。一体どんなトリックがあるんだ」

 ――言えねぇよ。飲んだ量と語尾のクマの数が比例するなんて。

 流石にその秘密だけは簡単に明かしはしない。ベアリオはそんなシェドの横に、どっしりと座る。

「しかし、随分と静かな席だクマな。普通こんなことになるか? お前はちゃんと楽しんでるかい、ジャカル」
「ええ、楽しんでますよ! まあ今一求心力のない隊長に付き合うのは大変ですけど」
「うるさいなぁ。どこへなりともいっていいんだからな。別に寂しくなんかないぞ」

 ジャカルの言葉に不貞腐れるシェド。そんな彼をまるで弟を慈しむような目でベアリオは眺める。そして彼は、少しだけその瞳に寂しさを混ぜ、シェドに向かって言う。

「……いく訳ないクマ。だってしばらくなくなるじゃないか。こうしてお前と飲むのも」
「……そうですね」

 ジャカルは、ベアリオの言葉に静かにうなずく。2人は知っていた。シェドとネクが、サンと共に、明日にはこのカニバルを去ると言うのを。

 つまりシェドにとっても旅する前にこうしてベアリオとジャカルと会話するのは、これで最後となる。だからこそ彼は普段あまり飲まない酒を、今日はこうも口にしているのだ。

「……ああ、それはどうも」

 シェドは少しの照れを隠しながら、再び酒を口にする。ベアリオはそんな彼を優しく眺めながら、ゆっくりと過去を語り始める。

「しかし、懐かしいクマねぇ。ここにきた頃はあんなに小さかったお前が、今やこうも大きくなって、そして旅立つなんて。俺は想像もしてなかったよ」
「僕も覚えてます! きた時から隊長は軍で訓練してましたもの。しかしまさか、そんな隊長も自分の定年前に退くなんて。隊長みたいにアツい人がいなくなったら、軍も寂しくなりますね」
「そう言ってくれるのなんてお前らだけだよ。ごめんな。急に出ていくことになっちまって。でも、俺にはさ。果たさなきゃならねぇことがあるんだ。そしてきっとあいつとならその目標が見えてくるかもしれない。だから、俺はいくよ」

 一言一言に心を込め、2人に言葉を届けるシェド。ジャカルは、そんな彼の不器用な誠実さを真摯に受け止めながら、彼に対して、優しく微笑む。

「そうなんですね。自分にはあなたが背負っているものは分かりません。でもきっと誰よりもアツい心を持つサンとあなたならどんなことでもできる。自分はそんな気がします!」

 そしてベアリオもまた、彼に対して真っ直ぐに言葉を返す。

「まあ俺も、シェドが何を相手にするかはよくわかってないんだけどな。ただ今までこのカニバルを守ってくれて本当にありがとう。どこにいっても無理だけはするなよ。あと、ネクのことを、大切にな」
「……ああ」

 ――それとちゃんと言わなきゃならないな。

 2人の言葉を受け止めると、シェドは立ち上がった。なぜ立ち上がったのか、シェドに対して不思議そうな目を向ける2人。するとシェドは、2人の前に立ち、少しだけ目を逸らしながらも、不器用に2人に心の内を伝える。

「……ああ、それと、えと、あのだな。一回しか言わないからちゃんときけよ。昔の親代わりに追い出されてからさ。俺は俺の性格は曲がってるんだって思ってた。だから人との関わりを持つことは怖かったんだ。でもお前らは、こんな俺を、俺のまま受け止めてくれた。だからカニバルで暮らした日々は、退屈しなかった。ありがとよ。お前らのこと、忘れない」

 顔を真っ赤にしながらも、吐き出されたシェドの言葉。ジャカルとベアリオは何が起こったのか訳が分からず、しばらく口を開け唖然としていた。

「――なんか、言えよ」

 沈黙に耐えられずシェドがそう声を発すると、ベアリオが小さく言葉を漏らす。

「……シェドが、デレたクマ」
「……デレましたね! 隊長が」
「デレたよな!! え、どうしよ!? 明日雨降るよ! いや、でもとりあえず飲むか!!」
「飲みましょう! 国王! これは宴だ! 給仕係に赤飯も炊かせましょう」
「……お前ら、ぶっとばすぞ」

 それから結局、3人の卓はどこよりも騒ぎ立て、結局は全ての卓を巻き込んで、大盛り上がりすることになるのだった。
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