上 下
8 / 46

第8話 時坂杏奈とおニューの武器

しおりを挟む
【登場人物】
時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。ラッキーウーマン。


「ラッキー……。うん、まぁ周りの人からはそう見えるわよね」

 杏奈は何も無い空を見、苦笑いを浮かべた。


「やっぱピンと来ない」 
「そのへっぴり腰じゃなぁ。かえって自分が怪我しそうだ。ま、やめといた方がいいだろ」

 杏奈はドリアナの町の武器屋にいた。
 キャブリの町も大きかったが、ドリアナの町も同じくらい大きかった。
 そこの武器屋だけあって、品数も豊富だ。
 
 キャブリの町でゴブリン討伐をしたとき、鉄串をあっという間に使い切った。
 しかも、手で投げるタイプの武器だから、戦闘中に腕が疲れてくる。
 そういった反省点から、自前の武器を、もっと効率がよく、弾切れを起こさない何かに替える必要があると思ったのだ。

 杏奈は店の隅に置いてある、鎧を着せたマネキンに向かって、店主に差し出された大剣を振ってみた。
 だが、重すぎて、五回と振れなかった。
 杏奈の武器に関してのスキルは、『攻撃の結果を変えられる』であって、『武器の重量を無視できる』では無い。

 では、短剣はどうだろうか。
 振ってみたが、どうにも上手く扱えない。
 
 杏奈は地球では一人暮らしをしていたが、料理は作らなかった。
 基本的にガサツで、お腹がいっぱいになればいいという考えなので、家で食べるものなど、コンビニ弁当やカップ麺ばかり。 
 
 だから、食器棚のお皿も長らく使っていないし、自宅の冷蔵庫の中身も、ビールやおつまみばかりで食材などまるで入っていない。 
 
 そんな生活だから、包丁もまともに扱えない。
 ましてや、短剣など。 
 
「剣って感じじゃあねぇな。打撃系武器を持ってるイメージが湧かねぇもん。弓はどうだ?」

 杏奈は壁に掛かってあった弓を取った。
 一メートルくらいの大きさの弓だ。
 思ったほど重くない。
 だが。

「むーーーー、くぁーーーーーー、ダメだぁ」

 弦が硬すぎて引けない。

「んじゃ、こっちはどうだ。そいつよりは手軽で連射も効くぞ」
「何これ」
「ボウガンだ。引けるか?」

 試してみる。
 弓ほどではないが、やはり硬い。
 一、二回ならともかく、それ以上となると、手が震えてくる。

「やっぱダメみたい。もうちょっと軽ければいいんだけど」
「見た感じ、近距離より遠距離の方がしっくり来てるな。だが、これより軽くってなるともうこのくらいしか……」

 店主が引き出しから何かを取り出し、カウンターの上に置いた。
 ゴムが付いた鉄製のパチンコだ。
 腕に装着出来る仕様になっている。
 
「スリングショットだ。左腕に装着してみろ。それでも狩猟用だから、殺傷力もそれなりにある。ただ、矢のような貫く攻撃では無いから、弱点を的確に狙う必要がある。どうだ?」 

 杏奈はスリングショットを左腕にはめ、右手でゴムを引っ張った。
 いける。
 非力な杏奈でも連射出来そうだ。 
 折りたたみ式となっており、普段は左腕にバンドで留めておく仕様となっている。
 発射モードにするのも、さほど手間が掛からない。
 
 収納モードと発射モードを、何度か切り替えてみる。
 慣れれば切り替えに、一秒と掛からないだろう。 

「うん、悪くない。これにするわ。玉は鉄球?」
「規格品はこの鉄球だ。一番ポピュラーなタイプだから、どこの町の武器屋でも入手可能だ。いざとなれば、そこらに落ちてる石でも撃てるから、戦闘時の自由度は高いわな」

 杏奈は、百発入りと書かれた小袋を持ってみた。
 それほど重くない。
 不意の戦闘用に、一袋をベルトに結び、予備弾をリュックに入れておけば、換装も簡単だろうし、重さもそれほど感じずに済みそうだ。

「いいわね。弾はとりあえず、三百発ほど頂こうかしら」
「毎度あり」

 この買い物で急激に財布の中身が減ったが、それでも財布はまだ潤沢だ。
 やはり、ゴブリン退治の報酬が大きかった。
 ともあれ、こうして杏奈は、新しい武器を手に入れたのであった。


 新しい武器を入手したら、それが極力早く手に馴染むよう、使い込む必要がある。
 まして、杏奈は勇者。
 魔王と敵対する者だ。
 
 杏奈には無敵防御のスキルが付与されているが、敵は魔王だ。
 何らかの手段でそれが無効化されることだって考えられる。
 万が一、そんな状況に陥ったとき、武器も使い物にならないとなると、一巻の終わりだ。
 チェックも入念にしておきたい。

 杏奈は歩きながら手首を軽く振った。
 カシャン、と音を立て、スリングショットが展開する。
 レバーを引っ張りながら収納する。
 また軽く手首を振って展開させる。

 悪くない。
 咄嗟の戦闘にも対応出来そうだ。

 杏奈はちょうど横を通った隣町、エドモント行きの乗り合い馬車に飛び乗った。
 本当は、自分専用の乗り物が欲しいところだが、さすがにそこまでの金は無い。
 御者にコインを何枚か渡して、座席に座る。
 杏奈の他にも、五名ほど乗客がいるが、席数に余裕があるので、問題なく座っていられる。

 風を感じる。
 このタイプの馬車は、荷台に座席を付けただけで屋根も無いので、自然の風を直で感じられる。
 気持ちいい。
 杏奈は席にふんぞり返り、目を閉じた。


 何か、動物の吠え声が聞こえた。
 杏奈は薄っすら目を開ける。
 振動が激しい。
 乗ったときののどかさとは、大違いだ。
 確実に、馬車の速度が早くなっている。
 他の乗客も異変に気づいたのか、ザワつき始める。

「なに? 何かあった?」

 杏奈はそっと前に移動し、御者に声を掛けた。
 御者が必死な顔つきで、手綱たずなを操っている。
 
「イビルウルフの群れだ。この馬車に近づきつつある」

 杏奈は周囲をグルリと見回した。
 後ろだ。
 何かの動物の群れが、土煙を上げて、どんどん近づきつつある。
 その距離、約百メートル。
 
 馬車は二頭立てだが、重い荷物を引いている。
 この速度だと、馬がへばるのが先か、車輪の軸が折れるのが先か。
 うん、その前に追いつかれるな。
 ならば。

 杏奈は最後尾に移動した。
 乗客は、杏奈と御者以外、女子供ばかりだ。
 不安そうな表情をした子供と目が合う。
 杏奈はウィンクをしてみせる。

 杏奈は荷台の上で仁王立ちした。
 手首を軽く振って、スリングショットを展開する。
 弾をセットし、発射状態を維持しようとするが、馬車の揺れが激し過ぎて、狙いが全く定まらない。

「速度落とせない?」
「そんなことしたら、食われるぞ!」
「ここで迎撃する。わたしを信じて!」
「しかし……えぇい、分かった! あんたを信じる! 頼んだぞ!」

 馬車のスピードがガクンと落ちる。
 距離二十メートル。
 敵は二十匹。
 よし、狙える。

 杏奈は目を凝らした。 
 赤い目、尖ったツノ。
 イビルと言うだけあって、魔物の特徴そのまんまね。
 
 でもさ、魔王直属のヤツならともかく、この手の動物系の魔物ってきっと普通に生きてるんだよね。
 殺害するのは極力避けたいなぁ……。
 ツノをへし折ったら、戦意喪失してくれるかしら。
 
 ヒュン!
 バシーーーーン!

 先頭のイビルウルフのツノがへし折られて、吹っ飛ぶ。
 スキル補正もあるのだろうが、手投げした鉄串とは比較にならないほど、攻撃力が高い。 

 キャウーーーーン! 

 続けてもう一発!
 後続のイビルウルフも、ツノを弾き飛ばされて倒れる。
 つがえ、撃つ。
 つがえ、撃つ。

 杏奈は機械のような正確さで腰に結わえた袋から鉄玉を出し、撃った。
 撃つ行為に迷いが無ければ、あとはスキルが補ってくれる。
 
「凄いな、姉ちゃん。百発百中じゃないか」

 魔物が襲って来なくなったとみて、御者が馬車を止める。
 杏奈はいつでも発射出来るよう、スリングショットの発射体勢を維持しつつ、イビルウルフにゆっくり近寄った。

 イビルウルフは、ことごとく地に這っている。
 ただし、ツノを折られただけだから、死んではいない。
 痛みに耐えつつ、微かに動いている。
 だが、杏奈の狙い通り戦闘意欲は無くなったようで、こちらには向かってこない。
 
「……目の赤みが取れてる?」

 杏奈は思い切って、一番近くでプルプル震えているイビルウルフに近寄り、その背中を撫でてやりながら、顔をこちらに向けさせた。

「おい、姉ちゃん、危ないぞ!」

 御者が剣を片手に、杏奈の近くまで来る。
 あは。一応、わたしを守ろうとしてくれてるんだ。
 馬車に残っている乗客が、じっと杏奈と御者の動きを見ている。

「ほら、邪気が抜けてる。普通の犬みたいな表情だよ」
「ホントだ。こいつはどうしたわけだ……。おい、姉ちゃん、あれ!」

 杏奈は、御者に指差された先を見た。
 ツノだ。

 イビルウルフから外れたツノから触手が生えて、それが動いている。
 杏奈はツノをそっとつまんでみた。

 ツノの根元から出た触手が、ウニョウニョ動く。
 う、気持ち悪っ。

 杏奈はツノをポイっとその場に捨て、御者に合図する。
 意図を汲み取った御者が、捨てられたツノを大剣で叩き潰す。
 ツノの動きが止まった。

「そっか。こいつが宿ると、森の動物たちが魔物化するんだ。まず間違いなく、魔王の仕業でしょうね。ってことは、ツノを落とせば動物たちを解放出来るかも……」
「理屈は分かったが、戦闘でピンポイントにそこだけ狙えるなんてあんたぐらいだよ」

 御者が落ちている他のツノを一個一個潰して歩く。
 多少なりとも動けるようになったオオカミが、仲間を庇いつつ、一匹、また一匹と森の方へ去っていく。

 彼らとて生き物である限り、食事は必要だ。
 生きる為に他の生物を襲うこともあるだろう。
 場合によっては、人間を襲うことだってあるかもしれない。
 でも少なくとも、今開放した子たちは、今後魔王の手下として無闇に人を襲うことは無くなるだろう。
 ならば、それでよし。

「さ、そろそろ出発するぞ」
「うん」

 杏奈は馬車に戻り、自分の席に座った。
 馬車は再び走り始めた。
 
 
 エドモントの町は、城に併設されている。
 御者からの情報だが、ここの領主は町の人たちに慕われている
 良い領主だそうで、とりたててマイナスな情報は出て来なかった。
 うん、いけ好かない。

 杏奈は御者に礼を言って、馬車を降りた。
 なにはともあれ、まずは腹ごしらえだ。
 杏奈は人混みに向かって歩き出した。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

魔法少女じゃなくたって

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

三色の楽譜 全5話

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

悪徳領主追放される(喜)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

魔王と勇者のPKO

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

処理中です...