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え? あの殿下、それは私ではないのですが
謝罪と惚気
しおりを挟む「夜会の件は本当に申し訳なかった」
他に何を会話の糸口にすればいいのかと決めあぐねているところでフロイデン殿下がそう言って頭を下げてきました。
「フロイデン殿下。謝罪は受け取りますが、王族であるあなたがそう簡単に頭を下げるのはあまり外聞が悪いと思います」
「いや、この場を過ぎれば正式に謝罪できる場はない。俺の軽はずみな行動で迷惑をかけてしまった以上、しっかりやらなければならない」
こういうところが少し苦手なのですよね。
今まで直接関わることはありませんでしたが、目立つ方ですからあれこれ話は聞いたり、直接見たりしていたのです。
この愚直というかなんというか、思い込んだら一直線なところがどう対処したらいいのかわからないのです。
根が悪い方ではないのは何となくわかっています。今回もこのように家の格が低い私たちにもしっかり謝っていただけていますし、普段の態度も悪いわけではないのんですよね。
ただただ、その性格がローズお姉さまも私も苦手というだけで。
「ローズさんも本当に申し訳なかった」
「い、いえ」
フロイデン殿下の謝罪の勢いに気圧されたローズお姉さまはギリギリ笑顔を維持しながら返事をしています。
私の服を握っている手がさらに強くなったのを感じますね。というかローズお姉さま、さらに服を引っ張って私を自分の方へ引き寄せようとするのはやめてほしいです。
「読書しているところに声をかけてしまったのは迷惑だっただろう。本当にあなたのことを考えずに行動してしまった。申し訳ない」
「いえ、私は殿下にそう言っていただけただけで十分です」
これ以上、フロイデン殿下と会話をしたくないのでしょう。ローズお姉さまが少し強引に会話を終わらせにかかりましたね。
そういえば、フロイデン殿下はどうしてローズお姉さまに声をかけたのでしょうか。図書館で本を読んでいるだけのローズお姉さまに対して何か思うところがあったのでしょうけれど、その理由が分かりません。
デリア様という美人な女性を婚約者にしている方なので、まさか一目ぼれというわけではないでしょうし。
「あの」
「どうした?」
「フロイデン殿下がローズお姉さまにお声をかけた理由を伺ってもよろしいでしょうか」
話を長引かせず、さっさと切り上げてこの場を終わりにした方がいいのはわかっていますが、気になってしまったためいっそ聞いてみることにしました。
ローズお姉さまが嫌そうに服を引っ張ってきますが、そもそもこのようなことになったのはお姉さまが報告を怠った結果ですので、自業自得として受け入れてほしいところです。
「まあ、なんだ、今思えば一目ぼれ…だな」
まさかの一目ぼれですか。
いえまあ、双子の妹である私が言うのは自画自賛になってしまいますが、見た目はいいですからね。特に図書館で本を読んでいるときはなかなか様になっていると思います。中身はどうあれ。
話によればその姿を見るために図書館へ行く方もいるとかいないとか。
「噂で聞いてな、図書室に美しい女性がいると。その真偽を確認するために図書館に行ったわけだが、あの時は本当に噂は本当だったのだな、と思ったものだ。その時は他に予定があったから声をかげずにいたが、気づいたら翌日同じように図書館へ足が向いていた」
思ったよりもしっかり一目ぼれしていて驚きます。再度足を運んでいるのはフロイデン殿下の行動力の高さもあるのでしょうけれど。
噂の確認に行くのもらしいと言えばらしいですね。
「殿下にはデリエント様という婚約者がいたと思いますが」
すでに2人の婚約は白紙になっていますが、その時はまだ婚約している状態でしたし、その中で他の女性のもとへ行くというのはあまりよくないですよね。
特にフロイデン殿下は王族である以上、どこにいても目立ちますし、いらぬ噂を建てられる可能性もありました。
これはフロイデン殿下に関する噂もありますが、ローズお姉さまに関する噂が流れる可能性もあったのです。結果として運よく悪い噂が立たなかったのはよかったです。まあ、なんの話題に上がることもなかったようですが。
「あの時はいろいろ悩んでいた時期だったのだ」
「悩んでいた?」
フロイデン殿下はあまり悩むような性格の方ではないと思うのですが、そんな方が悩むことがあったというのは少し驚きです。
「殿下が悩むようなことがあるとは思いませんでした」
「俺だって悩むことはある。デリエントが優秀過ぎることとかな」
デリン様は勉学でも武術でもとても優秀な方です。確かに他の方から見れば優秀過ぎるというのはわかりますが、フロイデン殿下も特別勉学ができないわけではありませんし、武術に関しては学院では敵う者はいません。
なのでフロイデン殿下がデリン様のことを優秀過ぎると表すのは少しおかしいような気がします。得意分野が違うだけでお二方どちらもとても優秀な方なのです。
「フロイデン殿下も優秀な方だと思いますが」
「確かにそうだがデリエントに比べれば劣るだろう?」
「そうでしょうか」
はたから見ても一切劣っているとは思えませんが……
見た目は美男美女で成績も優秀。武術もできて王族と公爵家の令嬢。普通に考えたら劣るようなものは存在していないはずです。
「デリエントは勉学では学院で1位。武術もできてあの見た目だろう?」
ん? 何やら雲行きが怪しくなってきたような。
「ローズさんも美しい女性だと思うがデリエントはそれ以上に美しいだろう。俺はデリエントよりも素晴らしい女性は見たことがない。お母さまも美しい女性だとは思うが、やはりデリエントの方が美しいだろう」
これは惚気……でしょうか。フロイデン殿下が言っていることは確かに間違いはないのですが、殿下が悩んでいたことについて聞いたはずなのにどうしてこのような話に?
「デリエント様がとても優秀で美しい方なのは同意しますが、それがどうして殿下の悩みにつながるのでしょうか」
「俺とデリエントでは釣り合わないだろう? 当然俺が釣り合わないという意味だぞ」
話の流れ的にそこは理解できましたが、フロイデン殿下とデリン様が釣り合わないということはないと思います。
「そんなことはないと思いますが」
「いや釣り合ってないだろう」
しかし、この言葉どこかで聞き覚えがありますね。主に私の婚約者から。別にこちらは気にしていないですし劣っているとも思っていないのですが、あの人はすごく気にしていましたからね。フロイデン殿下も同じ気持ちなのかもしれません。
まさかこのような理由でフロイデン殿下が行動していたとは思いもしませんでした。
フロイデン殿下の気持ちについて陛下や公爵家の方々は把握しているのでしょうか。いえ、話し合いはすでに終えられているということはしっかり把握しているのでしょう。あの陛下のことです、何もかも洗いざらいはかせているでしょう。その結果の殿下の顔なのかもしれません。
もしかしたらそれがデリン様との婚約は白紙になった、ということなのかもしれません。陛下がそう言った際に少し含みがあるような言い方をしていましたし。
なぜ釣り合わないという悩みが婚約破棄するまで行動が飛躍したのか、その辺の考えが理解できませんが、殿下のいつもの暴走の可能性もありますからね。
まあ、婚約相手と釣り合っていないと悩んだ末の行動だったとしても、他の女性に好意を表すのはよくないでしょう。しかも夜会のような公の場で誰に相談もせず、巻き込む相手にも説明せず、強引に婚約破棄を宣言するのは論外でしかないです。
巻き込まれた側からしても、もう少し考えてから行動に移してほしかったですね。
「なるほど。とりあえず、殿下がローズお姉さまに声をかけた理由はわかりました。ありがとうございます」
「…それならよかった」
このままだとずっと話を続けそうな雰囲気を感じたので私が話を切り上げると、少し話し足りなさそうな表情を浮かべながらフロイデン殿下はそう言って口を止めました。
「私たちから聞きたかったことはこのくらいですね。お父様はどうですか?」
「そうだな。――――」
私からお父様に話を振った後、フロイデン殿下とお父様がいくつか言葉を交わして、殿下の謝罪の場は終了しました。
「この度は本当に申し訳なかった」
フロイデン殿下はそう言うと部屋から出ていきました。そして、予想通り殿下が出て行って少し間を開けて案内役の方が部屋に入ってきました。
そして、私たちはその方の案内で王宮を後にし、それからフロイデン殿下と直接関わることはなくなりました。
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