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転生したら婚約破棄され負け確定!? ※1話長め
アルファリム皇国にて
皇都に入ってから、会話らしい会話は無かった。何かさっき受け止めて貰ってから皇子の態度がおかしい。その前までは何をするでもなく私の方を見ていることが多かったのに、今はたまにこっちを見ては直ぐに視線を外に向けてしまっている。本当に何をやってしまったのだろうか。いや、思い返してみても失礼になるようなことはしていないし、言ってもいないはずだから、正直見当がつかない。
まあ、嫌われた感じではなさそうだからずっと見られているよりも何倍もましなのだけどね。
オルセア皇子の態度が元に戻らないまま、皇城に到着した。
私たちは一旦客室で待機してくださいとの指示を貰っているので、おとなしく案内された客室で待つことになった。
城の内部や客室の構造はどうやらベルテンス王国の王城とそう変わらないようだ。いえ、むしろ部屋の中に設置されている調度品はアルファリム皇国の方が質は良いようね。ベルテンス王国の客室に置いてある調度品は、客人が良く触れるような物は質を少しだけ下の物を置いていたのよね。
客室の中を見ているとドアからノックの音が聞こえて来た。
「どうぞ」
私が入室の許可を出すと、執事とメイドが1人ずつ部屋の中に入って来た。執事はこの客室に案内してもらったのと同じ人のようだけど、メイドが入って来たのはどうしてなのかしら。
「何かありましたか?」
「その、皇からお呼びがかかりましたので、それを伝えに参りました」
「え? そ…そうですか。今すぐに…ではないですよね?」
いや、客室に待機しろと言われていたから、ほんの少しだけ呼ばれるかもしれないとは思っていたけど、まさか直ぐにではないわよね? 一応身なりは整えているけど、皇の前に出るにはもう少し準備した方が良いと思うのだけど。
「いえ、出来るだけ速やかに来るようにと、そう言伝を預かっております」
まじかー。まあ、皇ともなればあまり時間は取れないから仕方がないのかもしれないけど、少しくらい猶予をくれても良いのだけどね。あ、と言うことはこのメイドは身支度の補佐要員という事かしらね。
「わかりました。急いで支度をしますので外で待っていてくださいますか?」
「はい」
そう言って執事は部屋の外に出て行った。ディレンも何をいう訳でもなく、それに続いてついて行った。メイドはそのまま部屋の中に残っているので、予想通り身支度を手伝うためにここに来たようだ。
「お手伝いさせていただきますね」
「ええ、お願いします」
そうして身支度を終えた私は外で待機していた執事に連れられて皇の待つ場所へと向かうことになった。
連れて行かれた場所は想像していたよりも近くだった。皇が居る場所だから客室からは遠くの場所だと思っていたのだけど、もしかして最初から呼ばれることが決まっていたという事は無いわよね? 多分決まっていたら最初から身支度を済ませるようにと進言があるはずだから。
「連れてまいりました」
そして先導していた執事が部屋の中に確認を取ると中からオルセア皇子が現れた。
「ありがとう。ではミリアさん、申し訳ないのだけど中に入ってください。ああ、正式な場ではないからそこまで気張らなくても問題は無いよ?」
オルセア皇子はそう言って私を部屋の中に誘導した。いや、正式な場でなくとも皇に会うのは誰だって緊張はすると思うのだけど?
まあ、オルセア皇子からしたら皇は父親だし緊張はあまりしないのかもしれないけど、一応私も公爵家だからベルテンス王国の王家に連なる血筋ではあるけど王にはそう簡単に会えるものではないのだけどね?
「失礼します」
部屋の中に入るとそこは執務室と思われる場所だった。え? 皇に会うならもう少し広い部屋だと思っていたのだけど、何で執務室に呼ばれた? 侵略を手伝うと言っても一応他国の貴族が皇の執務室に入って大丈夫なのかしら?
「ようこそ。我がアルファリム皇国の国皇の執務室へ。売国のお嬢さん」
部屋に入ると直ぐに執務机の奥に座っていたおそらく皇が声を掛けて来た。売国って、事実だけどこれは探られているのかしらね? それとも単に弄ったら面白そうだとでも思われているのかしら。
「お初にお目に掛かります。ベルテンス王国のレフォンザム公爵家の長女、ミリア・レフォンザムと申します。以後、よろしくお願いいたします」
私がそう返すと皇は何やら面倒臭そうな表情をした。あー、何か拙い事でもしたのでしょうか。一応ミリアが覚えている通りにやったのだから不手際は無いと思うのだけど。
「ああ、そう言うのは無しでいい。あくまで今日は顔合わせみたいなやつだ。だから一々そういう感じで話されると肩が凝るから止めてくれ」
「え? い…いえ、そういう訳にもいかないかと…」
さすがに皇に向かって畏まらないで話すのはどの場であれ駄目だと思うのだけど。そう思ってオルセア皇子の方へ向いて助けを求める。
「あぁ、父上はこういう方なのだ。あまり気を張らなければ大丈夫だよ。父上もそう言っているしね」
いやいや、皇本人がそう言っていたって周りに聞かれたら問題視されるでしょう!? しかも初対面なのだしそう簡単に気張らずに会話なんて出来ませんよ。
何か、もうこの段階で面倒なことが起こる気がして仕方がないのですけど、出来れば少しでもいいから穏便に話が進んで欲しい所ね。
「君は我が息子であるオルセアが計画し指揮する予定のベンテンス王国への侵略に協力するとの話だが、その話はどこまで知られている? まさか協力関係にあるのが君の家だけではあるまいな?」
「うっ、あ、いえ。すいません。計画してから皇子に会うため直ぐに家を出たため、私が家を出た時点では協力の確約を得たのは2家のみです」
お父様に話を通してから1日で確約出来たと考えれば少なくは無いのだけど、さすがに侵略、いや内部からだと反乱か。反乱をすると考えれば少ない。出来れば10家くらいは協力の確約は欲しいところだね。
「ふむ。まあ、他に居るだけましか?」
「今もお父様、レフォンザム公爵が他家へ協力の打診は行っているはずですので、最終的には10家程が協力関係になるかと思います。ただ、それ以上となりますとベルテンス王国内の現状を考えると厳しいかと思われます」
「なるほど。まあいい。君の家だけではないのなら問題は無い。さすがに独り勝ちのような状況になるのは良くないと言うことで聞いただけだ。それでオルセア。先ほども聞いたが、改めて最終的にどう収めるのかを聞きたい」
ああ、私と話し合った内容についてはもう皇には報告済みなのね。でも、侵略の後についてはまだ決まっていないと。そう簡単に決める訳にはいかないし、その後のことも考えると慎重にもなるよね。
「先ほども言いましたが、私はレフォンザム公爵に王位を継がせるのが妥当だと思います」
え? いや…は? 何故ここでお父様が出て来るのでしょうか。いや、確かに王族の引いてはいますけど、歳を考えると結構な無理が出ると思いますよ?
「オルセア。それでうまくいくと思うのか? それでは十中八九、反論なり離反者が出るだろう。そうなれば復興半ばで国が維持できなくなるだろうな」
「いえ、ですが…」
「だから、先ほど言ったようにお前が上に立てばよかろう? 侵略の際に一番上で指揮を執っているのだから、別におかしなことではないと思うが」
オルセア皇子が上に立つ、という事はベルテンス王国の王になると? うーん、どうだろうか。いや、立場的にはおかしくは無いのか。でも、歳のことを考えるとちょっとどころか大分周りから軽く扱われそうな気がするのだけど。ただ、お父様が王になるよりは現実的かな。まあ、国を売った娘が居るって言うだけで反発する貴族は出て来るだろうし、外聞も悪いからね。
「だったらミリアさんが上に立てばいいのでは?」
いやいや、さすがそれは無いでしょう!? お父様が王になるよりも確実に反発が大きくなるのは目に見える。確実に最初から敵対心剝き出しの貴族が出て来るでしょうからね。さすがにあり得ない。
「いえ、それだけは在り得ませんよ。オルセア皇子」
「どう考えてもあり得ない選択肢だ。はやりオルセアが上に立った方が良いだろう。そうすればお前が気にしていたことを払拭するのにも役立つだろうよ」
ん? オルセア皇子は何かしたいことがあったという事なのかしら?
皇との話し合いは直ぐに終わった。と言うか私はそんなに話していないのだけど、あれでよかったのかしら? やっぱり探られたと言うか、人となりを確認された感じかしらね。
それでオルセア皇子に至っては一緒に皇の執務室から出て来てまだ隣に居るのだけど、皇に言われたことについて考えているのか黙ったままだ。
しかし、皇子が気にしている事とは何だろうか。皇の言い方からして皇自体は気にしていない、と言うか関係ないと言うことなのでしょうけど。皇家関係のことかもしくは別のことか。
ん? いや、それよりも皇はオルセア皇子にベルテンス王国の上に立てばいいと言ったけどアルファリム皇国の皇位継承はどうなるのだろうか。確かオルセア皇子は第1皇子だったはずだから継承権としては1位なのでは? と言うことはオルセア皇子が気にしていることはこれに関係しているのかもしれない。
「あの、お聞きしたいことがあるのですけど、よろしいでしょうか?」
「ん? あ…ああ、良いよ。何が聞きたいのかな?」
私が声を掛けたことで私が近くに居ることを思い出したのか、部屋を出てからずっと考え込んでいたオルセア皇子は少しだけ遅れて言葉を返してきた。
「オルセア皇子は確か第1皇子でしたよね? それなのにベルテンス王国の王になるように言われると言うのはどういう事なのでしょうか」
「あぁ、そのことか。うーん、まあ単に私が第2夫人の子供だからと言うだけだよ。偶然第1夫人の子供より早く生まれたから第1皇子なだけで、父上の子供の中では継承権は2位なんだ」
「なるほど。そう言うことでしたか」
ああ、面倒臭いやつですね。第1夫人と第2夫人の権力争いと言うか勢力争いの一旦かなぁ。当時は相当荒れたでしょうね。この辺りのことは後ろについている貴族も多くいるだろうし、そう簡単に解決することではないと思う。
「はは。いや、別に揉めたとかは一切なかったらしいよ? 私が生まれて直ぐに父上が第1夫人の長男を後継者にすると言ったらしいから。それに私もこの国の皇にはならない方が良いと思うしね」
ああ、あの皇ならそう言うかもしれない。先ほどの会話を聞いている限りだと結構決断は早そうだし思い切りも良さそうだったから、大いにありそうだ。でも、自分から皇にはならない方が良いって言うのはどういう事なのかしら。
「ならない方が良い、と言うのはどういう事なのでしょうか」
「うん、まあ…この国って結構皇の判断だけで動いている所があってね。それで損切りとかも即座に対応ってことが良くあるんだけど、そう言うのって結構俯瞰的に物事を見ないといけないんだよね。そう言うのが私はあまりうまくないと言うか、まあどうしても感情的に物事を見てしまうから向いていないってことだね。他の国ではどういう判断で物事を進めて行くのかがわからないから、父上の提案も受け入れられないってのもあるけどね」
なるほど、国としての体系がオルセア皇子の性格に合わないと言うことね。確かに数日一緒に馬車に乗っていてわかったことだけど、あまり大を生かすために小を切り捨てるような判断は出来そうな性格ではなさそうだったから、わからなくはないわね。
「そういえば、皇が言っていた皇子が気にしている事とはどのようなことなのでしょうか」
「ああ、それは…そうだな。ミリアさんの持っているこの国、アルファリム皇国の印象はどのような物でしょうか?」
「それはこの国に来る前の…いえ、正確な情報を得る前と言うことでしょうか?」
「ああ、そうだね」
「それでしたら、まあ、あまり良い印象はありまでしたね。悪辣国と呼ばれていましたし、奴隷を使って戦争をするとか、侵略した国を使い潰すなどいろいろありましたからね」
まあ、ミリアは私が中に入って来る前にはそれが嘘だと気付いていたみたいだから、おそらくしっかりと調べればわかる程度の嘘なのだろうけど。平民とかはそれを調べる手段がないから、特別な何かが無い限りその印象は変わらないだろう。
と言うか、なるほど、皇子はこの印象を気にしていて、それを払拭したいと言うことか。確かに国の上に立って、しっかりと国を導けばその国にあるアルファリム皇国の印象は改善するかもしれない。それも上手く行けば周辺国にもそれが広まる可能性は大いにあるわね。
「まあ、ミリアさんが持っていた印象がアルファリム皇国に対する大多数の人が持つ印象なのですよ。ただ、アルファリム皇国はその印象にあるようなことは一切やっていません。まあ、周辺国に対して侵略をしているので完全には否定することは出来ませんが」
「おそらくグラハルト商国の情報操作…と言うよりも印象操作ですね。それによるものだと思いますけど、一度ついた印象はそう簡単に無くなることはありませんからね」
グラハルト商国が何で自国よりも大国であるアルファリム皇国に喧嘩を売っているのかはわからないけど、おそらく侵略予定の周辺国にアルファリム皇国へ逃げづらくするためと言う理由もあるとは思う。
もしかしたらアルファリム皇国を孤立させてから、最後に侵略するつもりなのかもしれないけど、そうだとしてもさすがに上手くいかないと思うけどね?
「父上や他の兄弟はあまり気にしていないのだけど、私はどうしても間違った印象を持たれているのが嫌でね。それをどうにかしたいと考えていたのだけど」
「それで先ほど、強引な解決策を示されたと言うことですか」
「そう言うことだね。出来れば強引な方法は取りたくないのだけど、確かに効果的な方法ではあるのだよね」
まあ、これに関しては私がとやかくいう物ではない。ただ、この方法を取ると言うことはオルセア皇子が現ベルテンス王国の王になると言うことだから、その辺りは私も気にしていかなければならないと思う。
オルセア皇子と一応、数日間一緒に居たから多少の評価は出来るけど、王として受け入れられるかと言われれば、まだ何とも言えない程度であるからもう少し皇子の人となりを見て行こう。まあ、私は最終的に決める立場にはいないから、お父様に報告するためにだけどね。
皇都に着いてから1週間ほどが経過した。私はオルセア皇子が所有する屋敷の一室を借りて生活している。本当は断りたかったのだけど、断ろうとすると皇子は食い下がって来るし、長期間ここに滞在することになると持ってきた物を換金したところで何時まで居られるかわからない。
それにここを借りた方が皇子の人となりを確認できるから、と言うことでこの屋敷の一室を借りることになったのだ。デュレンもこの屋敷のどこかを借りているらしいけれど、詳しくは教えてもらえなかったため私は知らない。
そもそも私と同じくらいの年齢であるオルセア皇子が何で屋敷を持っているのかが疑問だったのだけど、聞くところによるとアルファリム皇国の皇族は基本的に放任主義らしく成人したら1人1つの屋敷が与えられるらしい。まあ、先代の子が使っていたお下がりらしいので、新築が与えられるのは稀だと聞いた。
「おはよう。ミリアさん」
「おはようございます。オルセア皇子」
まあ、同じ屋敷に居て別々で食事をとることは非効率とのことで、一緒に食事をとることになっているのだけど、どう見ても皇子の私情が入っているでしょうね。一緒に食べるのは他に居ないし。
「今日は何をする予定なのですか?」
「昨日とそう変わらないね。私に振り分けられた政務と指揮している隊の訓練を見るくらいかな。ミリアさんは何をするつもりなのかな」
「まあ、街を見て回るくらいですね。特にやれることが無いので」
本当にやることが無い。一応皇子の観察はしているけど常にしているわけではないし、出来ない。下手に一緒に行動して変な噂が立つのも良くないから仕方がないことだけど。
「だったら、隊の訓練でも見に来るかい? あそこなら多くの人に見られるってことは無いと思うよ」
「うーん…いえ、止めておきます。確かに人は少ないと思いますけど、軍の中で噂が立つとそれはそれで面倒な気がします」
「あー、まあそうかもしれないね。仕方ないか」
そうして、食事を追われセルと皇子は一旦自分の執務室の方へ向かって行った。私はとりあえずデュレンを呼んで街に出ることにした。
ここに向かうまでとここに来てからの期間でオルセア皇子の人となりはそれなりに把握できている。
性格は穏やかな方。完全におっとりとしたものではないけれど、周りの者が失敗してもあまり怒るような人間ではない。大きなことを決める時の決断は確かに遅いけど、多少のことになれば決断は早い方ね。駄目な物は駄目だときっぱり言うことも出来る。
執務能力についても悪くはなさそう。少なくとも現ベルテンス王国の王に比べれば結構上だ。碌に政務が出来ないベルテンス王国の王と比べるのは良くないと思うけど。
結論から言えば悪くは無いけど決定打に欠けると言ったところね。おそらく公爵であれば真っ当な貴族として成り立つと思う。
けれど、王の器かと聞かれれば悩むところね。まだ、完全に皇子のことを理解している訳ではないから、もう少し様子を見てからになるのかしら。
ベルテンス王国を出てから2カ月ほどが経った。皇子の人となりに関しては大体理解できた。まあ、最初の評価とそれほど変わらなかったから、無駄な時間だったかもしれないけどね。そしてオルセア皇子が王になるのは有りか無しかで言うと、優秀な補佐役が居れば問題は無いのではないかと言うことだ。
そもそも最初は皇子1人で国を動かすことを考えて判断していたのだけれど、よく考えてみれば国は1人で動かすものではないし、足りない部分は他の人が支えればいいのだから問題は無いのでは? と言う結論に至ったわけです。
それと、さすがに皇子の観察を続けるのが飽きて来たと言うのもあるのだけど、そこは皇子の評価には関係ないからいいわよね?
「そろそろ軍での侵略計画が纏まりそうだけど、ミリアさんはどうすんだい? たぶん計画が纏まったら本格的に動き出すことになると思うけれど」
「侵略が始まる数日前に状況の確認と王国内からの指揮をするために我が家へ戻る予定でしたが、ここまで計画が早く進んでいますからそれを伝えるために早めに戻る必要がありそうですね」
本当なら半年の計画だったのだけど、まさかその半分も経たない内に計画が纏まるとは考えていなかった。ベルテンス王国とは違ってアルファリム皇国の皇族の権力が強いからこそ出来たことだけど、むしろ皇子に全責任を負わせているなんて考えてもいなかった。
そう、この侵略計画はオルセア皇子が全指揮を執っているのだ。どうやら皇が自身の子供に実績を積ませるためにいろいろやらせていて、その内の一つが侵略だったと言うことらしい。
何でそんなことをやらせているのかとも思ったけれど、アルファリム皇国は完全な実力主義の国らしく、皇族であっても実績が無いと下に見られることが多いそうだ。
「ああ、そういえば計画を実行するに当りベルテンス王国内の協力者との連携を取るために、現在王国内で準備を指揮しているお父様と皇子は会った方が良いのかもしれませんね」
計画ではアルファリム皇国による侵略をより確実にするために国内で反乱を起こし、王国軍を混乱させることになっている。それをより上手く行うためにも両方で指揮する者同士の事前の確認は必要なのではないかしら。
「ふむ。それは確かに必要かもしれない」
「ですよね? デュレン。お父様との連絡は可能かしら?」
「既に確認の連絡は取っております。おそらく数日以内には返答があるかと」
「あらそうなの? いつの間に」
とりあえずお父様との連絡はつきそうだからいいわね。後は待つだけ…かしら?
そう思っているとオルセア皇子が私の方へ近づいて来た。何かいつもよりも笑顔なのだけど何かしらね?
「ミリアさん。君のお父様に会わせると言うことに深い意味はあるのかな?」
そう言うと皇子は私が座っている手前に跪いて私の手を取った。ああ、またこれか。
最近、ちょくちょくオルセア皇子からアプローチされているのよね。最初は何かの冗談かと思ったのだけど、どうも本気らしく何度も同じようにこういったことをされている。正直私もミリアもこういった経験が乏しいからどう返したらいいのかがわからないのよね。
「いえ、そう言った意図はありませんよ」
「そうか、残念だな」
「そもそも皇子には婚約者候補がいるのではないですか?」
皇子なのだからむしろいない方がおかしいと思うのだけど、いままでそう言った影を見たことが無いのよね。本当に居ないと言うことなのかしら?
「そう言うのは居ないね。うちの家系は基本的に婚約者を自力で探すと言う方針でね。だから父上の兄弟には結婚していない方も居るんだよ」
まさか、ここでも実力主義とは。無理やり好きではない相手と婚約させられるよりは良いのかもしれないけど、下手したら一生結構できないと言うことよね。実際にそうなっている方も居るようだし。
「だから、私と婚約してくれないかな?」
ちょっと!? えぇ? いつもみたいにもう少しやんわりと伝えて来るかと思ったら、いきなり真正面から攻撃されたような感覚になったのだけれど!?
いやいや、待って。不意打ちは駄目でしょうよ。
「あ、いえ…あの、ちょっと待ってください」
あ、手の甲に口づけとかしないで! もう王子様じゃないのよ。…って皇子だったわ、この人。もう、こういうのに慣れていない所為で受け止めきれないから止めて欲しいわ。
「ダメかな?」
だから、そうやって迫って来るのは止めて欲しいのだって。何度も似たようなことをやっているから皇子に私がこう言ったことが苦手であることが気付かれている所為で、的確に私の精神的に弱い所を突いてくる。
いや、オルセア皇子は身長も高くて見た目も良いし頭も良いから、結婚相手としては申し分ないのだけれど、どうも通常時の性格とこういう時の性格が大分違うのよね。何て言うのか、好きな子は苛めたくなる系と言うかSの気がある気配がするのよね。その所為で踏ん切りがつかないと言うか。
いや、そもそも計画が始まる前からこう言うことをしているのはどうかと思うって言うのもあるけれど。
「ミリアさん?」
しかし、今回のこれはどうやら簡単には引いてはくれなさそう。このままだと、強引に押し切られそうだから、どうにかしたいところなのだけれども。
あ、いっそここから逃げた方が良いのではないかしら? うん、それがいいわね。
「え、ちょっ! ミリアさん!?」
私はそう考えて後ろから聞こえて来たオルセア皇子の声を無視して、屋敷から逃げ出した。
とりあえず逃げ出したけれど、この後どうしようかしら。時間的にはもう夕方だし、オルセア皇子にこの後の予定はないだろうから、おそらく追いかけて来るはず。
前も同じように逃げ出した時にも追いかけて来たから。
まあ、その時は直ぐに見つかったから戻って来たのだけど。今回はそれを踏まえて見つかり辛い裏路地の方に逃げ込んだから、そう簡単には見つからないと思う。たぶん。
このまま立ち止まっていたら見つかる可能性があるので、薄暗い路地裏の奥に進んで行く。思い返してみればここに来てからこういった路地裏に入った記憶は無い。それに皇都の裏側の治安を確認するにはいい機会かもしれない。
そう言えばいつもは護衛としてデュレンが付き添っていたけど、咄嗟に屋敷を出て来てしまったから今は居ない。これは大丈夫かしらね? こういった世界観の裏路地と言えばガラの悪い人たちの巣窟になっていることが多いのだけど。さすがに皇都の裏路地には居ないかもしれないわね。そもそも皇子の屋敷付近でもあるし。
路地裏を皇都の大通りに向かって進んでみる。最初の頃とは違って、少しずつ道にゴミが目立ち始めた。やはり、皇子の屋敷付近は人が少ないと言うか、裏で生活している人にとっては居心地が悪いのかもしれない。
そろそろ大通りに出られそうだけど、どうも少し前から何かしらに後を付けられているようね。
後ろから足音が聞こえている。ただ、足音が聞こえている時点で裏家業の人とかではないかもしれない。そう言う人って普通だったら足音を消して近づいてくるし。もしかしたらあえて音を出して付けられていると言うことを知らせて、恐怖を煽っているのかもしれないけれど。
「おんやぁ? お嬢ちゃん。こんなところで何やってるんだぁ? もしかして、俺らと遊んでくれるのかい?」
足音が聞こえ始めてしばらくすると目の前に、ゴロツキやってますと言わんばかりの服装をした男が3人現れた。
まあ、お約束の展開ね。おそらく後ろに居る人とグルでしょう。
「いいえ、私はただ皇都の裏を探索していただけよ。貴方たちと遊ぶような無駄な時間は無いわ」
「いいじぇねぇか。少しぐらいよぉ。おっと、向こうから俺の仲間が来たなぁ? 逃げられねぇぜ、嬢ちゃん?」
うーむ、前に3人、後ろに2人か。それと刃物は持っていないか、出していないと。無理やりやればどうにかなるわね。面倒だからさっさとしましょう。
「お前ら、囲ぶぇっ!?」
最初に向かって来る男から対処しようと構えたところで、リーダーらしき男が変な声を出して路地の壁に叩きつけられた。それを見た他の男たちはそれに気を取られて惚けている。
「お前ら、その子に手を出すつもりか?」
壁に叩きつけられた男が倒れたことで、男の向こう側に居た人物が確認できた。まあ、案の定オルセア皇子なのだけど、何か今まで見たことが無いくらいに怒っている。
「その子は私の物だから手を出そうとしたお前たちはお仕置きしないとなぁ?」
いや、いつもとキャラが違うのですけれど? 普段怒らない人を怒らせるとあれ的な奴なのかしらね?
そんなことを考えている内に私を囲んでいた男たちはオルセア皇子によって無力化されていた。さすがに皇都の中では人殺しはしないのだろうか? もしくは警備の兵士に引き渡すためかもしれないわね。
「……さて、ミリアさん」
ああ、次は私がお仕置きされる番と言うことなのかもしれない。ここはまた逃げた方が…。そう思うよりも早くオルセア皇子は私が逃げられないように路地の壁側に追い込まれた。
正面には怒った表情のオルセア皇子。背中には壁。そして逃がさない様に私の顔の横に突かれた腕。これは、もしかして漫画とかとよく見た壁ドン!? もうテンプレとなって久しい壁ドンではないですか。
いや、中学生くらいまではあこがれていたけど、漫画とかで何度も見ている内に気持ちが冷めたと言うかここに来る前には、あーはいはい壁ドンね、くらいの感じになっていたのよね。
で、実際やられてみた感想を言うと、正直怖い。
うん。単純に自分より大きな人が迫ってきているのだからはっきり恐怖を感じている。これが好きな相手とか憧れの相手だったらよかったのだろうけど、現時点で私はオルセア皇子のことを好きとは断言できない。いや、確かにいい人だしかっこいいのだけれど、完全な好意を持っている訳ではないのよ。
「君は何でこんなところに1人で入ったりしたんだ!? いくらこの辺りの治安が良いと言っても路地裏にはああいった輩が居るんだぞ。何かあったらどうするつもりだったんだ!」
「あ、いや…その」
オルセア皇子が本気で心配してくれているのがわかる。嬉しいと言う気持ちもある。ただ、やっぱり少しだけ怖い。
「君を追い込んだ私も悪いが、心配になるようなことはしないでくれ」
「っ!?」
オルセア皇子が優しく私の頬に触れた。それを感じて私の心臓が大きく鼓動した。ああ、これが胸キュン? ってなんで私は冷静にこんなことを考えているのかしら。混乱しすぎで一周回って冷静になったとか、そんな感じかしらね。
頬を優しくなでられる。オルセア皇子のその行為を受け止めていると胸の奥がじんわり暖かくなっていくのが感じられた。
あれ? 私、皇子のこと実は結構好きになっているのでは? 何か吊り橋効果みたいな感じはするのだけれど、少なくとも触られていることに対しては全然嫌じゃない。
「ミリア。今後はこんなことはしないでくださいよ?」
「え? あ、はい。ごめんなさい」
ここに来て呼び捨てかぁ。もう嫌って思っていない段階で、私はオルセア皇子のことをかなり好きになっているのかもしれないわね。
うん? 私がじっとオルセア皇子のことを見つめていたら、皇子の顔が段々迫ってきているような?
え、ちょっと待って! まさかキスしようとしているの!? いや、まださすがにそれは早いと思うのだけれど!?
「おっと?」
私は迫って来ていたオルセア皇子の顔を遠ざけるために、反射的に皇子の体を押し返した。
うん、咄嗟にこう動いたってことは、まだキスしたいと思う程は好きではないと言うことかしらね?
私が押し返したことでオルセア皇子は少し我に返ったようで、私の表情を見て驚いたように目を見開いた。まあ、壁ドンと言うか薄暗いところで迫られた恐怖から半泣き状態だから、仕方がないわよね。おそらく皇子は私を怖がらせるつもり何てなかっただろうし。
「す、すまない。泣かせるつもりはなかったのだけど、少し冷静さを欠いていたようだ」
皇子はそう言って私の目線に会わせるように身を屈めた。そしてどこに持っていたのか、ハンカチを取り出して零れ駆けだった私の目に溜まった涙を優しく拭った。
優しい手つき。本当にオルセア皇子は優しい性格だと思う。ただ、ちょっと暴走しやすいと言うか、気持ちを抑えるのが下手なのかもしれないけれど。それも皇子の魅力の一つなのかもしれないわね。
「いえ、こうなった原因を作ったのは私ですから謝る必要は無いですよ。まあ、確かに迫って来たオルセア皇子は少し怖かったですけれど、それも自業自得ですから」
「いや、そもそもミリアさんがここに入り込んだ原因は私だから、謝る必要はあるだろう」
そう言えばそうだった。でも、路地裏に入る選択をしたのは私だ。だから皇子が謝る必要はあまりないと思う。
…そう言えば、オルセア皇子はいつ私を解放してくれるのだろう? 確かに屈んで私の視線に合わせてくれてはいるのだけど、どうも逃がすつもりはないのか私の前からずれてくれる気配はない。涙を拭ってくれた時に壁に突いた手はどいているのだけど、その代わりに屈んだ際に足を少しだけ前に出しているから結局、壁ドン状態と変わっていないのでは?
「あの、オルセア皇子?」
「何かな?」
うわー、もの凄い笑顔だよ。今までの経験から明らかに何かを狙っている表情だとわかる。いや、誰が見てもそう思うかもしれないくらい何かが感じられる笑顔だわ。
「えっと、もうお屋敷に戻った方が良いのではないでしょうか?」
「うん。そうだね」
あ、ようやく退いてくれるみたいね。ん? 何で私の腕を引いて…え? ちょっと待って何で後ろに回って…うわっ、持ち上げられた!?
「ちょっ、あの皇子!?」
背中と膝の後ろに腕を回せされて持ち上げられた。ちょっと持って、なんで横抱きされているの!? いやいや、え? この行動の意味が分からないのだけど、オルセア皇子は優しいながら悪戯が成功したみたいな笑みを浮かべている。それを見て私はこれがお仕置きの一環だと理解した。
顔が近い。先ほども近かったけれど、横抱きされた状態では何故か無性に恥ずかしい。それに不自然に鼓動が跳ねて顔が熱くなっていく。
こう言うことをやられても完全に嫌な気分にならないって、すごくオルセア皇子のことが好きでしょう私。おそらく皇子に初めて会ったくらいだったらこういうことをされる以前に触れられる前から拒絶していたと思う。
今だったらキスされそうになっても、さっきみたいに拒めないかもしれない。
だからそう言うことはしてこないで欲しいと思う私と、少しだけ期待している私が葛藤している内に路地裏からでて、近くに止まっていたオルセア皇子が用意したと思われる馬車に乗って屋敷に戻ることになった。
オルセア皇子に叱られてから1週間ほどが経った。アルファリム皇国の軍に提示した計画は完全に纏まったらしく、皇子は計画の実行に関わるため忙しそうに書類と格闘している。
私には一切その辺りの話をしてこないので、おそらく進軍の際に掛かる費用や武器の調達などに関わることだと思う。さすがに協力関係とは言え他国の貴族には軍内部の資料や情報は出せないと言うことなのだと思う。単純に忙しくて話しかける暇がないだけかもしれないけどね。
その間の私は何をしていたかと言うと、まあ、何もしていなかったとしか言えない。いや、本当にやることが無いのよ。アルファリム皇国軍は皇子の管轄だし、ベルテンス王国の協力者に関してはお父様がどうにかしているらしいから、他に何をしろと言うのか。
いえ、何もやっていない訳じゃないのよ? ベルテンス王国の城の内部構造は既に私が書きだして皇子に渡したくらい。まあ、書いたのはここに来る前だけど。
暇ね。皇都は最初の1カ月で大分見て回ってしまったし、お金がたくさんある訳ではないから買い物に行くことも出来ない。まあ、食べ物を買っても食事は用意されているし、物を買ったところでその後はどうするんだって感じよね。一旦ここに置いてもらって置いて、後で回収するのもありだけど、そこまでして欲しいと思う物は無かったから。
しばらく屋敷の談話室的なところで何もせず座っていたら、デュレンとメイドが部屋の中に入って来た。
「あの、レフォンザム様。少々よろしいでしょうか?」
何事かと思って入って来た2人を見ていたら、メイドが申し訳なさそうに話しかけて来た。隣に居るデュレンは何か心なしかニヤついているような。
「何でしょうか?」
「その…ですね、そろそろオルセア様にお出ししていた飲み物が無くなる時間だと思うのです」
「? そうなんですか?」
うん? 何でそのような事を私に言いに来たのかしら。いつも通りなら普通に持っていけば…あぁ、もしかして私に持っていかないか、と言う提案でもしに来たのかしら。それなら隣に居るデュレンの態度も理解できるわね。
「もし宜しければ、レフォンザム様がオルセア様にお飲み物をお出ししてはみませんか? ……とデュレン様から提案されまして」
あ、うん。やっぱりね。と言うかこのメイド最後にヘタレたわね。
「そうですね」
そう言えばここに来てから皇子の執務室に入ったことは1度もないわね。個人の執務室に入るなんて事、普通は無いから当たり前なのだけど。
「お嬢様はお暇されているようですから、ちょうどいいのではないでしょうか?」
「何か含みがありそうなのだけど時間もありますし、良ければ私が持って行ってみましょうか」
メイド、と言うよりもデュレンの提案を受け入れて、私は皇子の執務室に飲み物を運ぶことになった。まあ、飲み物を運ぶだけだから何も起きないと思うし、時間つぶしには良いでしょう。
……何かフラグが建っていたりしないわよね?
皇子の執務室の前まで来た。そこでメイドが持っていた飲み物が乗ったトレイを受け取る。……なんで2つもコップが載っているのかしらね?
トレイを渡してきたメイドを見つめるとほんの少しだけ強張った笑みを浮かべている。ついでにデュレンを見るとさっき見たものと同じ笑みを浮かべていた。ああ、デュレンの指示と言うことか。何がしたいのかしらね? と言うか勝手にやっているのかしら? それとも誰かから指示を受けているのかしら。まさかお父様からの指示ではないでしょうね? もしくは皇とか? まあ、聞いたところで教えてくれそうもないから、気にしても仕方がないわね。
「皇子。お飲み物をお持ちしました」
「ああ、入ってくれ」
執務室のドアの前で中に居る皇子にメイドが声を掛けた。すると直ぐに中から皇子の返答があったので、そのままドアを開けて私だけ中に入って行く。出来れば名メイドも一緒に入って欲しいところだけれど何人も中に入るのは良くないと諭された。
執務室の中はそこまで広くはなかった。物の配置とかはお父様の執務室とは異なるけれど雰囲気は似たような感じがする。まあ、執務室なのだから似たような感じになるのは当たり前なのだけれど。
オルセア皇子は書類を見ているらしく入って来た人物が私だとは気づいていないようね。ちょっとだけ立ち止まって皇子の様子を観察する。
美男子の執務風景はやっぱり映えるわね。何だろう、真剣な表情で書類を見たり書き込んだりしている姿を見ていると、胸の奥がじんわり暖かくなっていく。っと、変に思われる前に飲み物を運ばないとね。
執務の邪魔をしない様に音を立てないように注意してトレイを持って執務机に近づいて行く。そして、私が執務机の前まで来た時にオルセア皇子が顔を上げた。
「ああ、ありが…とう? え、何でミリアさんがここに?」
「メイド…いえ、デュレンに皇子に飲み物を運んでみないか、と提案されまして。ちょうど時間もありましたから、このように」
何か悪戯が成功したみたいな感じね。オルセア皇子の戸惑った表情を見られて嬉しく感じるわ。もしかして皇子が私にちょっかいを掛けて来る時もこんな感じなのかしら?
「ああ、なるほど。そう言うことか」
「そう言うことです。どうぞ」
皇子に飲み物が入ったコップを渡す。そう言えばこの後どうすればいいのかしら。何も聞いていないのだけれど、空になっているコップを回収して部屋を出ればいいのかしらね?
「もう1つ飲み物があるようだけど、それはミリアさんの分なのかな?」
「多分そうなのだと思います。私はこれについて全く聞かされていないのですけれどね」
「一緒に渡されたと言うことはここで飲むようにと言うことだろう?」
「まあ、そうでしょうけれど、邪魔をする訳にもいきませんし」
計画が纏まって、それに対しての物資の融通とかの調整で忙しそうだから、本当に邪魔だけはしたくないのだけれど。
「いいさ。ちょうど切りの良い所だから休憩にするさ。その間の話し相手になってくれるとなお良いのだけどね」
「わかりました。皇子の休憩中、少しの間だけ話し相手になりましょう」
うーん。見ていた限り切りの良い所って感じではなかったのだけど、皇子が良いと言うのだから良いのかしらね?
そうして少しの間、皇子と他愛ない話しをしてから執務室を後にした。
「あら、皇子お疲れ様です。今戻られたのですか?」
皇子の執務室に初めてお邪魔してから数日。夕食に呼ばれたので屋敷のホールを通ってダイニングに向かう途中、軍の準備で外に出ていた皇子がちょうど帰って来た場面に遭遇した。
「ん? ああ、ありがとう。そうだね。今戻ってきた所だ」
ダイニングに向かうのを一旦やめて皇子の元へ向かう。
「今、ちょうど夕飯に呼ばれたのですけれど、皇子はどうされますか?」
少し疲れた表情をしているから時間を置いてから夕飯を食べるかもしれないけれど、ここのところ一緒に食べているから一人で食べると何か味気なく感じるのよね。前はそうでもなかったのだけど。
ん? 意図してないけど、皇子の帰りを出迎えて後の予定を聞くって何か、夫が帰って来るのを待っていた新妻みたいな感じなのでは? 何か皇子も嬉しそうに対応しているから余計にそう感じるし。
そう思うと一気に恥ずかしさが募り、顔が熱くなっていった。たぶん私の顔は今かなり朱くなっていると思う。
「ふふ、出来るなら一緒に食べたいね。少し待つことになると思うけど大丈夫かな?」
流れるように皇子の手が私の頬を撫でる。最近よく撫でられるようになっていたので慣れ、と言うか全く嫌だと思わなくなっているから直ぐに反応出来ないのよね。いや、婚約もしていない男女が気軽に良くないから! この世界、その辺りの常識って結構厳しめなのよ!?
「ぇあ、ではそのことはメイドに伝えておきますので! 先に行って待っていますね!」
恥ずかしさから私は皇子にそう言って脱兎のごとく逃げ出した。
恥ずかしさで半分くらいしか味がわからなかった夕飯も終えて、食後の紅茶を飲んでいる。さすがに食べ終える頃には恥ずかしさは無くなっていたのでいつも通りのゆっくりとした雰囲気で過ごしていると、皇子が手にしていたコップをテーブルに置いてから私の方を見つめて来た。
「そうだ、ミリアさん。今日やっと進軍の準備が整ったんだ。私は2日後にまた前線基地の方に出向くことになるのだけれど、その時にミリアさんも一緒に行くと言うので大丈夫かな?」
「そうですか。私は問題ないです。元より荷物は少ないので直ぐに移動となっても大丈夫なようにしていますので」
「そうか、わかった」
ここでの生活も、もうすぐ終わりかぁ。まあ、計画のために来ているのだから何れ終わるのはわかっていたし、仕方がないのは理解している。
でも何かしらね。もやもやするわ。たぶん終わらせたくないってことなのだろうけど、どうしてそう思うのかしら。
……ああ、もしかしたら私はオルセア皇子と一緒の生活が終わるのが嫌なのかもしれない。何だかんだ2か月くらい同じ屋敷で生活して、最近だと一緒の部屋に居ることも多かったし、この世界に来てまだそれほど経っていないから、たぶん私の中でこの生活が当たり前に成りかけていた。
それに、これが終われば皇子と一緒に過ごすことは無くなるだろうから。
夕食を食べ終えると、そのまま借りている部屋に戻った。
どうやら皇子はあの話の後に私の雰囲気が少なからず変わったことに気付いているらしく、大事を取って部屋で休むように言ってきた。優しいと思うけど、あからさまに私の雰囲気が変わったからそう言われてもおかしくは無いわね。あれを見た皇子がどう思っているのかが気になるけれど、今更どうこうしても時間はないのだ。
皇子は私と婚約したいとか言っていたけれど、侵略した後がどうあれ私は傍から見れば売国した人間だ。皇子が王に成ろうがなるまいが、少なくとも重要な立場にはなるはずだ。そんな人物が売国した人物と一緒に居るのはどう考えても良い印象を持たれない。だから、これが終わった後は何処かに消えた方がいい…って、これだと私は結局死ぬことになるのでは?
自殺ルートに進まないように始めた計画だけど、このまま進めて行くと結局死ぬことになりそう。ああ、バッドエンドルートでは描写の必要が無いってだけで、ミリアは死んでいる可能性もあったわね。でも、出来れば生き延びたいところだけど、どうしたものかしらね。
まあ、結局のところそれが出来るのは、ほとぼりが冷めるまで他国で静かに暮らすか、皇子と一緒になるかなのだけれど。ただ、他国に行ったとしてもそれを探し出そうとする輩は少なからず出るだろうから、確実とは言えないわね。
皇子の方は、たぶん受け入れてくれるだろうけど迷惑はかけたくないし、そもそもそんな打算を持った状態で一緒に居たくない。
やっぱり私は事が済んだら消えた方が良いのかもしれないわね。
私はそう結論付けてその日は就寝した。
そして、それから前線基地に行くまでの間は皇子とは会うこともなく過ごし、移動の日を迎えた。
移動に使う馬車は皇都に来るときに使った物と同じもののようで、乗っている人も同じ。私の向かい側には皇子が座っているけど、来た時ほど浮かれた様子は無い。これから侵略を始めるのだから当然だけど。
かく言う私も来た時とは違う。まあ、これから侵略するからではなく、もうあの生活には戻れないからと言うのが大きいのだけれど。それを意識してからはそれまで感じていた充実感と言うかわくわくするような感じは一切なくなって、何をやってもつまらないしやる気も出なくなった。
まあ、私が計画を持ってきたのだからことが終わるまではしっかりやらないと。終わらせた先のことを考えるよりも目先のことを優先しないとね。
さあ、後少し頑張りましょうか。
前線基地では着々と侵略の準備が進んでいる。私たちがここに到着してから次々と後から軍人が集まっていており、最初に来た時に比べて基地の範囲は数倍に膨らんでいる。さすがに多くの軍人を長時間一か所に留めておくには費用が嵩むため、予定通り準備が整い次第侵略を始めることになっている。
そして、私は今から公爵家に戻りベルテンス王国内の予定を確認した後、国内の反乱軍の指揮をしながらアルファリム皇国軍の合流することになっている。
指揮をすると言っても戦いの中で指揮をするのではなく、オルセア皇子が率いるベルテンス王国城突入組と合流して城の中に入り、中に居る人たちを制圧することが目的であって私が直接戦うことはない…と思う。一応防具は着ていくけど、さすがに訓練している兵士とかには勝てる気はしないし。
夕方、そろそろ日が完全に落ちる前の時間帯に私とオルセア皇子、付き人としてデュレンと皇子の補佐役の兵士は馬車に乗ってベルテンス王国に向かっていた。前に王国から皇国に向かった際には検問や盗賊が出てきたのもあって馬車は途中までしか使う予定はない。
しばらく馬車を走らせて前回盗賊が出た所を通過する前に馬車を降り、森の中に入る。本来なら夜の森の中に入る事は問題外の行動だけれど、なるべく見つからない様にするには森の中を進むしかない。ただ、この森にはそれほど凶暴な生き物は居ないからそこは気にしないでも良いのだけれど、問題は暗い森の中をなるべく音を立てずに移動しなければならないことである。
まあ、要するに私がお荷物になっていると言うことだ。当たり前だけど貴族の令嬢が暗い所を、音を立てずに歩く訓練なんてする訳がないのだから当たり前なのだけど。
予定よりも時間が掛かってしまったけれど、森を抜けてベルテンス王国の王都に辿り付くことが出来た。
2か月ちょっと振りのベルテンス王国である。さすがに何か変わったと言うことは無いようだけど、どうも雰囲気はあまり良い感じではない。時間帯もあって人の気配はかなり薄いのは仕方がない事ではあるけど、どうもそれだけではなさそうだ。
これはもう少しの猶予もないのかもしれない。計画が早く纏まったのは救いだったのかもしれないわね。って、こんなことを考えていないで公爵家の屋敷に早く向かうべきだわ。こんな時間に外に居ること自体怪しまれる要因になるのだから、さっさと移動しないと。
人目に付き辛い道を進み、公爵家の屋敷の裏口…は監視されている可能性があるから、普段一切使わない使用人用の入り口から屋敷に入った。
入って直ぐの所は使用人が使う通路になっているので、そこを進んで行き屋敷のホールに出た。するとそこには私たちが来るのを待っていたらしく、ホールに置いてあるソファにお父様が座っていた。
「お帰り、ミリア。それとデュレンもここまで娘を守ってくれて助かった」
「ただいま戻りました。お父様」
お父様の声を聴いてようやく我が家に戻ってきたことと、少なくとも公爵家は変わっていないことを実感できて安心することが出来た。まあ、移動に関しては大して不安があった訳ではないのだけれど、もしかしたら腐敗政権の影響で我が家が変わり果てている可能性もあったからそこは少し不安だったの。
私が安心しているとお父様はオルセア皇子の前まで移動して頭を下げた。……いや、そう言えば今更だけど、本当だったら私とデュレンに声を掛ける前に皇子への挨拶が先だよね、お父様?
「それと、初めまして。私はミルゼア・レフォンザム。アルファリム皇国の第1皇子であるオルセア様に我が家までご足労していただき痛み入ります」
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