聖女の証を義妹に奪われました。ただ証だけ持っていても意味はないのですけどね? など 恋愛作品集

にがりの少なかった豆腐

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転生したら婚約破棄され負け確定!? ※1話長め

裏舞台 付き人のメイドより

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 今日は夜会。なので私はお嬢様の付きメイドとして王宮に来ています。

 ここの所、王宮内がきな臭いのでお嬢様もこの夜会も本当は断りたかったらしいです。ですが、今回の夜会の主催がお嬢様の婚約者である王子様だったために断れなかったらしいですけれど。

 私はお嬢様が待機されている客室の前に立ち、入室して良いかの確認のためにノックと声を掛けます。

「お嬢様。ご支度は済まれていらっしゃいますか?」

 中から声が聞こえました。あまりよく聞こえませんでしたが、お嬢様は駄目な時ははっきり言う方なのでたぶん入っても大丈夫でしょう。

 客室の中に入ります。お嬢様は…ソファの所に居ますね。
 む、御髪が乱れています。まさか今まで寝ていたのではないでしょうね?
 とりあえずお嬢様のドレスを確認します。跡が付いていては恥ずかしいですからね。

「ドレスの方は問題ないようですね。ですが、お嬢様。転寝していましたね? 御髪が乱れておりますよ?」

 私はそう言いつつ、持ってきた荷物から大き目の手鏡を取り出してお嬢様に渡しました。
 まあ、必要は無いでしょうけれど、お嬢様の御髪がどうなっているのか自身で確認してもらいましょう。
 さて、お嬢様が鏡で自身の御髪を確認している間にそれを整えるための道具を用意していきましょうか。

 そして、その用意が終わったのでお嬢様の元に向かうと何やら鏡を覗き込んで驚いたような表情をしています。どうしたのでしょうか? いくら御髪が乱れたからってここまで驚いた表情をするような方ではないのですが。

「どうなさいましたか? 何やら驚かれているようでしたが」
「あ、いえ。何でもないわ。気にしないでくださいませ」

 ん? 何やらいつもとは雰囲気が異なる気がします。いつもならもう少し落ち着いた雰囲気の方なのですけれど。

「本当に大丈夫でしょうか。何やらいつもと雰囲気が違うように感じられますが」
「大丈夫よ。髪の方、直してもらっていいかしら?」
「はぁ、わかりました。何かあったら言ってくださいね」

 やはり、少しおかしい様な気がします。ですが、大丈夫と言うのならそれに従いましょう。私はあくまでメイドであって世話係ではないのですからね。


 お嬢様の御髪を整え終えたところで、私は何時もなら居るはずの人物がこの場に来ていないことに気付きました。

「そういえば、グレテリウス王子の姿が見えませんがどうしたのでしょう。夜会の時は何時もお出迎えに来られておりましたのに」

 部屋の中を見渡しても王子が居たような形跡は見当たりません。これも何時もとは違いますね。お嬢様の態度がおかしいのと王子様が来ていないと言うのは何か関りがあるのでしょうか?

 とは言え、何時までも王子様が来るまで待っているわけにはいきませんね。私はメイド服のポケットに入れていた時計を取り出し、現在の時間を確認しました。
 ああ、そろそろ移動しないと夜会の挨拶に間に合いませんね。

 もう少ししたら時間であるとお嬢様に伝え、お嬢様のドレスの最終確認を済ませます。そして準備が整ったところで夜会の会場に向かうことになりました。


 暫く廊下を歩いたところで夜会の会場の入り口に着きました。そして嬢様の方に向き直り、いつも通り直ぐに会場に入って行かないお嬢様に対して、会釈をしながら会場に入るように促した。

「では、お嬢様。行ってらっしゃいませ」
「ええ、行ってくるわ。ああ、でももう少しここに居てくれる? 何となく嫌な予感がするのよ」
「え? あ…いえ、了解しました」

 何時もだったら不安そうな表情で入って行かれるのに、今日はどうして覚悟を決めたような表情で入って行かれたのでしょうか? それに少しここに居てって直ぐに出て来ると言うことなのでしょうか?



 
 お嬢様に言われた通り会場の出入り口の近くで待ちます。
 でも、何かが起こるなんて言ったのかしら。いつもだったらすぐに出て来ることが決まっていても、待っていてなんて言わないのに。

 ん? 他のメイドですか。今ここを通ると言うことはどこかの家に所属しているメイドでしょう。

 って、ちょっと!? 目の前を通り過ぎた時に、何か笑われたのだけど!? はぁ? 何様のつもりだ、こいつ? 私は公爵家のメイドなのよ? それに私も伯爵家の出だしね!

 と言うことで、とりあえず小ばかにした表情をして鼻で笑って差し上げましょう。おっと、思いの外大き目の音が出てしまいました。

 む、さすがに気付きますか。っと、おや? 何故こっちに戻って、文句でも言いに来る?ですが仕事は良いのでしょうか?

 明らかに怒った表情のメイドが近づいてくる。さすがにこのままでは拙いかも? そう思った瞬間に会場のドアが開き、中からお嬢様が出て来た。
 あ…うん。同時に近づいて来ていたメイドは、いきなり開いて来たドアに顔面を打ち付けて倒れた。

 ざまぁ、とは思うけど、さすがに同情もする。と言うか、直ぐに立ち上がってこないから、もしかして気絶している? まあ、その辺は私には関係ない事か。

 とりあえず出て来たお嬢様に声を掛ける。

「お嬢様。お早いお帰りでしたね。何かございましたか?」
「ええ。まあ、予想通りだったけどグレテリウス王子から婚約破棄の申し出があったわ」
「は? ええ? 何故そのような事に?」
「よくわからないけど、王子は真実の愛を見つけたそうよ」
「は?」

 真実の恋? 何ですかそれは。子供の頃によくある、妄想と言うか夢とか希望ではなく? 一端の王子が言う言葉ではないと思うのですが?

「とりあえず控室へ戻りましょう」
「あ、はい!」

 はっ!? 呆けている場合ではありませんね。とりあえず、お嬢様の言う通り一旦控室に戻りましょう。



 控室に着くまでに大分気持ちが落ち着きました。ですが、王子の婚約破棄発言は何かしらの行動はしないといけませんね。

 そもそもこの婚約は前国王とレフォンザム公爵様の間で取り纏められた物ですから、簡単に破棄できるものではありませんし。ただ、現王政の状態を考えるとこのまま話が進みそうです。

 それに、新興子爵の令嬢の色仕掛けを受け入れて、真実の愛って笑わせてくれますね。あの王子は。

「この話は旦那様に通しておかなくてはなりませんね」
「そうね。でもその内王族側から婚約破棄についての書面が届くと思うわ」
「そうでしょうね。この婚約は王族とレフォンザム公爵家との公式なやり取りで取り成ったものですから」

 ええ、どんな形であれ抗議は必要でしょう。なので、今回の夜会で起こったことは公爵様にしっかりと伝えなければなりません。

 と言うか、あの駄目王子はお嬢様のどこが気に入らなかったのか。ああ、もう。次に会ったら1回殴らないといけないかもしれません。

 

 あの夜会から数日が経ちました。
 夜会での出来事はしっかり旦那様に報告し、その後それを確認するための諜報員が数人王宮内に出ています。
 私たちが屋敷に戻った時には既にいくつかのうわさ話が出回っていたようですが、どう考えても事が起きてからの時間を加味すると、その前から流れていなければ在り得ない程に広まっているようです。十中八九、現王政側の手が入っていると思われますが、証拠が無いのでどうにもできませんね。憎たらしい事です。

 そして、屋敷に戻って来て夕食を食べた後から、お嬢様の姿を見ていません。もしかしたら、あの夜会や噂のことを引き摺って、部屋に引きこもっているのかもしれません。ですが、理由はわかりませんが旦那様の指示で、お嬢様の部屋に立ち入るどころか近づくことすら禁止されていますので確認も出来ません。

 しかし、お食事をとっている様子も無いので、確実におかしいです。

「旦那様、少々よろしいでしょうか」

 雇い主である旦那様の命令を無視するわけにもいきませんし、私だけではどうやってもお嬢様の現状を知ることは出来ませんので、確実に事情を知っているであろう旦那様に直接聞きに来た次第です。
 あ、別に仕事をサボっている訳ではありませんよ? 今は休憩時間ですからね。

「む?」
「ミリアお嬢様の付きメイドのクロエです。少々聞きたいことがあるのですが」

 執務室の中から旦那様の声が聞こえたので、扉越しに名前と要件を伝えます。

「ふむ。なるほど、まあ、良いだろう。入れ」
「ありがとうございます」

 旦那様から許可が出たので執務室の中に入ります。旦那様の声が聞こえると同時に、何やら中から、カンッ、と言う金属同士が当たったような音が聞こえましたが、もしかしたら執務の邪魔をしてしまったのかもしれません。

「失礼します」
「ああ、とりあえず、こちらへ来い」
「? わかりました」

 何時もだったら執務室の都合で、使用人は扉付近から旦那様に話しかけることになっているのですが、どう言うことでしょうか? 指示されたので、それに従いますが。

「ち……?」

 近づいて大丈夫かの確認をしようと声を出そうとしたところで、旦那様に手で制止されました。

 そして、それから数秒も経たないうちに扉の外側から扉を叩いた音が聞こえてきました。あれ? 私がここに来た時は近くに他の使用人は居なかったと記憶しているのですが。

「入れ」

 旦那様の呼びかけで扉を叩いた人が中に入ってきます。見たことが無い方ですが、どのような方でしょうか。

「どうだ?」
「2名、近くに潜んでいました」
「そうか。処理は任せる」
「了解」

 そう言って今入って来た人は旦那様と短く会話すると直ぐに執務室から出て行きます。え? 本当に誰だったのでしょうか。

「お前は、ここに来るまで付けられていたことに気付いていたか?」
「はい? 付けられて?」

 何を言っているのか理解できません。何故、屋敷の中で私を付けるようなことをする必要があるのでしょうか。

「お前がおそらく知りたがっていることに少なからず関係することだ」
「お嬢様に関係する事…ですか?」
「そうだ。まぁ、直接ではないがな」
「と言うことは、現王政関係ですか」
「ああ、そうだ」

 なるほど、付けられていたのは私が目的ではなく、旦那様との会話を盗み聞きするためでしょうね。

「お嬢様のことを聞きたかったのですが、今聞いても大丈夫でしょうか?」
「問題はない。時間はあまりないが、聞き耳を立てているような輩は排除したからな」
「では、お嬢様の現状をお聞きしたいのですが」

 これでようやく本題に入れます。まあ、それほど時間が掛かった訳ではないのですけどね。旦那様の時間もないようですし、さっさと聞いてしまいます。

「ミリアは体調を崩し、療養している。…と言うことになっている」
「…と言うことになっている?」

 私が最初に言われたことと同じことを言われ、反論しようと身構えたところで後につけられた言葉が理解できず、そのまま聞き返してしまいました。

「そう言うことになっている。と言うことだ」
「え? それは、どう言う……」

 いえ、なっている。と言うことは、実際はそうではないのでしょう。ですが、何故、ここに来て今まで教えてもらえなかったことを話してくれたのでしょうか。

「何故、今更教えて下さったのでしょう?」
「お前に関しての調査は終わったからだ。現王政との関りが無く、それに口も堅い方だ。このまま何も教えないままだと、こちらに不都合なことをされる可能性があったからな」
「不都合、と言われるのはあれですが、確かにこのまま知らなかった場合、強引にお嬢様の部屋に侵入していたかもしれません」

 お嬢様のためなら多少の無理も出来る自信があります。口数も少なく、おとなしい方ですが、小さい頃から見て来たので可愛い妹みたいな存在なのですよ。なので、困っているなら手を貸したくもなります。

「それと、こちらも手を借りたいところだったからな」
「…なるほど、何をしているかはわかりませんが了解しました。私は何をすればいいのでしょうか」

 教えてもらった以上は手伝わなければなりませんよね。さすがに無償で教えてもらえる何てことは無いでしょうから。

「理解が早くて助かる。まあ、それは追って伝える。今は、元の仕事に戻れ」
「わかりました。では失礼します」

 私が今ここに来たことは、予定外でしょうからやることが決まっていないのは仕方が無いことですね。そんなことを考えながら元の仕事場に戻りました。

 旦那様から話を聞いて、その後の3カ月は一気に過ぎました。
 問題の無い他家への打診。地方貴族への根回し、クーデターを成功させるための侵攻する道筋を決めるなど、さまざまな仕事をこなしました。

 さすがにメイドの仕事を逸脱しているものも多くありましたが、お嬢様が屋敷に居ない以上、私の仕事は殆どありません。故に暇である私の元に仕事が次々と舞い込んで来るのです。まあ、給金を貰っている以上しますけどね。

 ここ3カ月で一番疲れた、と言うか驚いたことは何と言っても、私の実家に協力を打診しようと王都にある屋敷に行ったらもぬけの殻だったことですね。これには私茫然としましたよ。実家に帰ったら誰も居ないんですよ? それも使用人も含めて全員ですから、何があったのかと戸惑うよりも恐怖が勝りますよね。

 まあ、後から報告が来て領地の方に逃げていただけだったようですけど。安心よりも呆れましたよ。付いた側が負ける可能性を考えてどちらにもつかないとか、保身に入り過ぎです。
 いえ、確かに可能性がある以上、それも選択肢の中には入るのですけれど、国が乗っ取られそうになっているのですよ? 

 それに後のことを考えれば、こちらに付いた方が良かったのです。そもそもどちらにもつかないと言うのは、どちらにとっても敵扱いです。そして、どちらにも付かないで逃げると言う選択をした私の実家は、他家からの信頼を確実に失った訳です。

 まあ、そんなこんなありまして、明日はクーデター実行予定日です。お嬢様もお戻りになられまして、ようやく私の本来の仕事が出来るようになったのですよ。

 ただ、気になる事と言えば、お嬢様がお帰りになられた際に隣国の皇子と一緒だったのですが、あれはそう言うことなのでしょうか? 何やら良い雰囲気でしたからおそらくそうなのでしょう。

 ……あの自己主張の薄かったお嬢様が、と思うと感慨深いですが、私はどうなのでしょうね?

 このまま独身を貫かないといけないのでしょうか? 
 このまま行けば最低でもお嬢様は新国家の重鎮でしょうし、私はそれについて行くことになるでしょう。そうなれば、結婚するような余裕はない気がします。

 ……まあ、今それを考えるような状況ではないですね。まずは、クーデターが成功するようにしっかりと確認をしませんと。

「お嬢様。クロエです。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「ん? ええ、大丈夫よ」

 お嬢様の許可が出たので部屋の中に入ります。それにしてもお嬢様の声を聴いたのは久しぶりですね。さすがに3カ月ぶりともなると、なつかしさを感じます。いつも聞いていた分余計にそう感じますね。

「失礼します」

 お嬢様は部屋に置いてあるソファに座り、寛いでいるようです。ここ3カ月、家を出て慣れていない場所で過ごされていたのでしょうから、久しぶりに気を張らずに過ごせているのでしょう。
 存分に寛いでいて欲しい所ですが、明日はクーデター当日ですからそうも言っていられませんね。

「要件は何かしら?」
「旦那様から、お夕食はどうするのかと。それと、私的な様子見も兼ねています」
「夕食はいつも通り食べるけど、様子見?」

 お嬢様は私の発言が理解できないと言った様子で首を傾げています。自分のことを心配してくれる人が親以外に居るとは考えていないお嬢様らしいですけれど、さすがにそのような反応をされると心配損な気がしてしまいます。まあ、そんなことは絶対に在り得ないのですけれど。

「いきなり居なくなったお嬢様がどうしているかを確認しに来た、と言うことです」
「え? あー、そう言うことですか」
「そうです」
「何も言わずに行ってしまってごめんなさい。でも、あの時は貴方も信頼できるかどうかの判断が出来なかったから仕方なかったのよ」
「え? どう言うことですか?」

 お嬢様が小さい頃から仕えている私が信頼できないと言うのはどう言うことなのでしょうか。

「どうも我が家の諜報関係の者が王政側に取り込まれていたみたいなの。だから身近な者であっても下手に言えなくて」
「え?」

 え? 何それ。私そんな事聞いていないのですけれど? いやいや、この家の諜報は先代から仕えている者たちのはず。それが寝返っていた?

「少しでも情報を外に漏らさないようにしないといけなかったから」
「そうでしたか。完全に信用できないと言う判断をされたのは少し寂しいですが、それなら仕方がないですね」
「ごめんなさい」

 反省。お嬢様が凄く申し訳ない表情をしています。
 こういう表情をさせたかった訳ではないのです。後悔先に立たず。こういう状況がまた会ったら、その時はもっと情報を集めてからにしないといけませんね。

「申し訳ありません、お嬢様。余計なことを言いました」
「いえ、良いのですよ」

 お嬢様の優しさが身に沁みます。

「とりあえず、お夕食の件を旦那様に伝えに行きます」
「ええ」

 私は後ろめたさから逃げるようにお嬢様の部屋から出て、旦那様の元へ向かいました。

  
 王宮への侵攻が始まった。
 私はお嬢様の隊、ではなく後方での支援が主な仕事になりました。そして私が配属されたのは、公爵家のホールです。そこで、侵攻の中で怪我をした人達を治療することになっています。
 出来ればお嬢様の居る隊に付いて行きたいところでしたが、私では足手纏いにしかならないことは分かっていましたので文句はありません。

 既に幾人かの怪我人が運び込まれてきているのですけれど、お嬢様は大丈夫でしょうか。先ほどから大きな音が響き、床が揺れる時があるのです。それは先ほど入ってきた話からして鉱山などで最近使われている爆弾を、王宮側が使って来ているらしいのでそれが原因でしょう。

 しかし、仮にも王宮側は国を守らなければならないと言うのに、率先して王都を破壊していると言うのはどう考えても問題しかないのですが。これは、もう勝てばいい、自分たちの立場さえ守れればいいと言う考えが見え透いていますね。
 おそらくその指示を出しているのは、元々この国に居た者ではなくグラハルト商国から入ってきた者でしょう。

 まあ、王宮側が周囲に気を使わないことは最初から分かっていたことではあります。元より今の王政はグラハルト商国に毒されていますから、この国がどうなろうと良いのでしょう。



 そして、暫くすると爆弾が使われているような音は響いて来なくなり、外の騒がしい声も減って来ているようです。
 それに、先ほどからここに運び込まれてきているけが人も少しずつではありますが、減って来ていますので戦いは収束に向かっているのでしょう。
 最初の頃は酷かったですからね。爆弾による影響で家屋が崩れそれによる負傷者が後を絶ちませんでしたから。残念なことに爆弾による直接の被害を被った方は、ここへ運び込まれてきましたが助けようがないほどの怪我をしていて、治療も出来ずに見ている側も辛い状況でした。

 ああ、また負傷者が運び込まれてきましたね。では、治療を? …何故、ここではなく奥に運び込まれていったのでしょうか? もしかしてお亡くなりになって? いえ、見た限りまだ生きていましたから、何か理由があるのかもしれませんね。
 しかし、身なりがどこかで見たような方でしたが、顔が見えなかったので判断しかねますね。もしかして顔にけがを負っているから奥に運び込まれたのでしょうか。
 まあ、ここに来ない以上私が気にする必要はありませんね。

 そうして、その怪我人を最後に、大きな怪我でここに運び込まれてくる人は居なくなった。一応その後にも運び込まれてきた人は居たのですが、それは戦いによるものではなく避難中に転んで足をくじいたとか、王宮側の貴族関係で色々あった人などが大半でしたね。

 そしてその怪我人も来なくなったところで、お嬢様がこちらにお戻りになられました。多少の擦り傷はあるようでしたが、それ以外に大きな怪我はなく安心しました。ですが何故、お嬢様はオルセア皇子に横抱きされてお戻りになられたのでしょう? 別に脚を挫いたという訳でもなさそうですが。

「あの、お嬢様は何故そのような状態に?」
「ああ、ちょっとあってね。別に怪我をしているとかではないよ」
「いえ、それは見ればわかるのですが……」

 私がそう言ってお嬢様のお顔を覗き込むと、お嬢様のお顔が真っ赤になっていることに気付きました。まさか、ここに連れてこられるまでに何かをされたのでしょうか?
 嫌な事でもされているのかとさらにお嬢様のお顔をより覗き込もうとすると、お嬢様は私が様子を窺っていることに気付いた様子で、オルセア皇子側にお顔を埋め私から見えないようにされました。

「え? お嬢様?」
「はは、すまない。これは私の所為ではあるのだが、どうも恥ずかしいようでね」
「恥ずかしい…?」

 確かに恥ずかしがっている様子ではありますが、どうしてこのような状況になったのかがわかりません。

「それはまあ、置いておいて。公爵は戻っているかな?」
「え…ええ、戻っております。今は奥の部屋で入って来る情報から被害状況の確認をしています」
「そうか。なら、すまないがミリアを頼んで良いかな?」
「ええ、わかりました」

 オルセア皇子はそう言うとお嬢様を床に下ろし…、何で床に座らせているのでしょうか? え、腰が抜けている? 何故そのような事になっているのでしょう。

「ミリア、また後でな」
「…はぃ」
「では、よろしく頼む」
「畏まりました」

 オルセア皇子はお嬢様の頭を撫で、そう言うと奥の部屋に向かって行きました。

 しかし、お嬢様の反応とオルセア皇子の対応は、もしかしてそう言うことなのですかね? 直ぐこの場で聞くことはよくありませんし、後々機会があれば聞いてみましょう。
 まあ、お嬢様が素直に答えてくれると良いのですけど、さてさて、どのような反応をするのでしょうね? 
 



 
 クーデターも終わり、1年程が経ちました。

 ベルテンス王国は国名を変えることなく存続し、オルセア皇子が国王の座に就きました。そしてお嬢様はその妃として娶られ、今では王城での生活を送っています。

 私はというと未だにお嬢様、もとい王妃様のメイドとしての生活を送っています。

 今では、何事も無く生活出来ていますが、クーデターが終了した後にオルセア皇子が王座へ着いた後はそれなりに国内が荒れました。
 国民の大多数は特別反応を示すことはありませんでしたが、グラハルト商国に侵略されている最中に逃げ出していた貴族たちが反発して来たのです。

 まあ、そもそも重要な時に逃げていたような貴族にそんなことをする資格はありませんが、ああいった輩は自分のことを棚に上げて言いがかりをつけて来る生物です。はっきり言って見苦しいの一言でしかありませんが、それが理解できないからこそ、そんなことを言えるのでしょう。

 オルセア新国王はそういう輩には一切目もくれず、クーデターの際に被害に合った王都の復興と居なくなった貴族の補填に力を入れていました。ただ、現在でも減ってしまった貴族の補填は進んでいません。むしろ、戻ってきた貴族から離反が出てしまっているので減っているくらいです。

 王都については早々に済ませ、元通りに近い生活が戻っています。こちらに関しては建物以外の被害は少なかったので、復興自体はそこまで大変は無かったようです。まあ、クーデター中に家屋が壊れてしまった貴族に関しては、居なくなった貴族が使っていたうち、被害の受けなかった家屋を代わりに使っているようですけど。

 現在ベルテンス王国は、倉の備蓄などがグラハルト商国の陰謀で殆ど無くなってしまっているため、他国からの支援を受けています。主に支援をしてくださっている国は、オルセア皇子の故郷でもあるアルファリム皇国ですが、他の国同様に無償という訳ではないようですね。おそらく、ベルテンス王国にある鉱山から排出される鉱石の融通などを目当てに行っているのでしょう。

 国としては無償よりも、しっかりと契約を通しての取引なら問題ないとの判断によるらしいですが、私も無償で支援すると言われたら裏を疑いますからね。しっかり契約していた方が安心です。まあ、アルファリム皇国との契約は他国に比べて返す量が少ないようですけれど。



 まあ、そんなこんなで1年程が過ぎたのですよ。

「クロエ。ちょっと良いかしら?」
「あ、はい。おじょ…王妃様」

 ああ、またお嬢様と言いかけてしまいました。もう1年は経つというのに、まだ慣れませんね。

「これを国王に届けてもらいたいのです」
「はい、では他の者に届けさせま…」
「貴方が持って行って」

 私は王妃様の近くに従事して何かと手伝うのが仕事なので。それでは職務を全うできません。なのに何故そのような指示を出されるのでしょうか。それに私が居なくなっている間はどのようにするおつもりなのでしょうか。

「え? いえ、ですが私は王妃様の筆頭の付き侍女ですし」
「貴方が居ない間は他の者を近くに置きます」
「ですが」
「いいから行ってきてください」
「……はい」

 半ば強引に指示されてしまいました。ですが何で私が持って行かなければならなかったのでしょう?

 王妃様から書類を渡されます。中身を覗くべきではないのですけど、一番上にある書類の内容が目に入りました。これは、まさか…

「お嬢様、これは誰が、いつ作られた書類でしょうか」
「……そこは気にしなくともいいのでは?」

 これは確実にこの書類を作成したのはお嬢様でしょう。しかし、私が見ている時に作っていた様子は見られませんでしたから、夜中に自室で作成したのでしょう。基本的に私は夜間などを除いて、常にお嬢様と一緒に行動していますから、その時くらいしか出来ないはずです。

「お嬢様、無理はしないで下さいと常々言っていますが、何故守ってくださらないのでしょう。お嬢様は今身重なのですよ!」
「そうね」
「そうね、ではありませんよ! 何かあったらどうするのですか!」

 何で、このお嬢様は自分の体よりも仕事の方を優先しているのでしょう。ただでさえ妊娠するのが初めてですのに、もう少し安静にしていて欲しいものです。

「わかったわよ。それと、呼び方が戻っているわよ」
「あ、申し訳ありません。ですが」
「わかっているわよ。無理はしない。約束するから早く言って来て」
「…わかりました。行ってまいります」
「よろしくお願いします」
「はい」
 
 仕えている身である以上、余程無理のある指示以外は無視できない。ならばすぐにこの書類を届けて王妃様の元に戻ればいいのです。

 しかし、何でこのような指示を出されたのでしょうか。いつもなら他の者に頼んでも問題は無かったのですが、今回に限って駄目だと言うのはおかしい気がしますね。もしかしたら何か別の意図があったのかもしれません。

 まさか、私が見ていない所で何か駄目な事をするつもりなのでしょうか? いえ、最近のことを鑑みれば王妃様の事ですからそう言ったことは無いでしょう。


 国王の執務室の前に着いたので、ノッカーを使い来室を知らせます。

「少々お待ちください。ああ、それと、所属をお願いします」

 ノッカーの音に気付いたのか執務室の中から声が聞こえました。声の感じからオルセア国王ではなさそうですね。補佐官の方でしょうか?

「ミリア王妃様付のメイドになります」
「了解しました。こちらから扉を開けますのでお待ちください」
「はい」

 まあ、王妃付きとはいえ私はメイドですからね。見せられない書類も多いでしょうからちょっと時間が掛かるかもしれません。

「どうぞ、入ってください」

 私の予想とは裏腹にそれほど間も空かずに執務室の扉が開きました。
 あら? 思いの外早く扉が開きましたが、直ぐに中に入れなかった理由は書類ではなかったのでしょうか。
 だとすれば、身だしなみを整えていたのでしょうか? いえ、私に対してそんなことをする理由がありませんね。

「失礼します」

 執務室の扉を開けた男性が笑顔で私を執務室の中に迎え入れました。確か、何度か見たことのある顔ですね。先ほどの声はやはり国王の補佐の方の物のようです。

「それで何の用事かな?」
「王妃様から書類を国王に直接渡すよう指示を受けまして、書類はこちらになります」

 王妃様から受け取った書類を直接ではなく、補佐官に一旦渡す。
 さすがに王妃様の指示とは言え一メイドである私が国王へ直接書類を渡すのは憚られますからね。なので、補佐官に渡したのですが、碌に確認しないまま国王に渡しました。

 どういう事でしょう? 普通でしたら書類の中身を確認して国王に見せて良い物かどうかの確認をするはずなのですけれど。

 んん? オルセア国王も渡された書類をちらっと見ただけで読み進めているというよりも、枚数の確認しかしていないような? あ、最後の1枚はしっかり確認するのですね。

「ふむ。なるほど確認した。ご苦労、と言いたいところだが、これを確認してくれ」
「なんでしょうか?」

 オルセア国王は私が渡した書類の内にあった1枚を渡してきました。見間違いでなければ国王がしっかり確認していた最後の1枚のはずですが、何故私に?

 国王から受け取った書類の内容を確認する。内容は…ああ、別に重要な内容は書かれていませんね。まあ、国王にとってはですけど。

 渡された書類の内容は簡単に言えば、王妃様から私に対しての心配と言えばいいのでしょうかね。

『クロエが婚期について悩んでいるのは把握していますが、婚姻に関しては私が口を出すべきではないと考えています。私が口を出した結果、嫌な相手と婚姻を結んでしまったという嫌な思いをして欲しくないのです。
 ただ、確かに今の環境では出会いがないのは事実です。ですので、そちらの提案を全面的に支持する訳ではありませんが、一考の余地はあるでしょう。
 お相手に関しては陛下に任せてしまう形にはなりますが、出来る限りクロエに配慮していただけるようお願いします』

 この文の前後にあったオルセア国王との惚気とも取れる部分は省いて抜き出した文がこれです。

 確かに王妃様の付きメイドをしている限り出会いは殆どなさそうなので、このまま独身のままなのではという不安はあります。

 しかし、しかしですよ。こういった場でこんなことを知らされる身にもなって欲しいものです。

 提案自体は有り難いです。国王直々の紹介ですから変な方が来るとは思えませんから…ん? もしかして、執務室に来てからの対応と反応を思い返してみると、オルセア国王から紹介されるお相手って、補佐の方?

 そう思い、国王の横に待機している補佐の方を確認すると、少し恥ずかしそうにこちらを見ていました。ああ、これは、当たり…のようですね。

 ごめんなさい。先ほど考えたことは訂正します。ご紹介していただけるのは有り難いですが、国王付きの補佐の方は私には荷が重すぎると思います。

「ああ、気付いたようだな。紹介するのはここに居るヒルトだ。私付きの補佐ではあるが、君と同じ伯爵家の出だ。君と同じようにヒルトも私の補佐をするようになって、出会いが減ってしまったようでな。さらに寄って来るのも問題がある者が多くなってしまった。それに国王付きと王妃付きなのだから立場も近いだろう」
「いえ、あの」

 いえ、立場が近いとは、確かに私も王妃様付きでたまにですが補佐はしています。ですが、あくまでメイドなのです。それと国王付きの補佐となると大分遠いと思うのですが。

「なに、別に強制する訳ではない。ただ、この場で直ぐに断るよりも、互いにもう少し関りを持ってからでも遅くはあるまい」
「えぇ…」

 もう、何でしょうか。どう返したらよいのかがわかりませんね。
 確かに、直ぐに断るのは良い機会を無駄にするかもしれません。今後のことを考えてもこれ以上の縁は来るとは思えませんし。

 そう思って補佐の方をもう一度確認します。すると、補佐の方は満更でもない様子で私に向かって微笑みかけてきました。

 ……補佐の方も満更ではなさそうですので、直ぐに断るのは難しそうですね。
 あ、いえ、別に笑顔が好みだったとかではないです。とりあえず、様子見も必要だろうと思っただけですよ。それだけです。



 こんな感じで彼と出会った訳です。
 あ、別に婚姻を結んだわけではありませんよ。あれから数カ月ほど付き合いが続いている、という事です。

 これから先、どうなるかはまだわかりませんが、悪い事にはならないでしょう。少なくとも、彼は良い方ですからね。私もこの関係が長く続いて行けたらとは思っていますし。


 さて、ここから先の話は、表舞台どころか裏舞台にも上げる部分ではありませんので、ここまでとなります。
 そもそも私はお嬢様の付きメイドであり脇役ですから、これ以上、私に関して語るのは蛇足でしかありませんからね。
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