落ちこぼれの魔獣狩り

織田遥季

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追憶の中に

とあるエルフの追憶〈その5〉

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 春雨の降る日のことだった。
 しとしとと地面に落ちる雨の音だけが、山中にある魔女の家に静かに響いていた。
 思えば、この家からリンネが出ていってもう四ヶ月が経つ。
 銀髪の魔女は読んでいた魔導書から顔を上げると、曇天に目を向け、エルフの少女に想いを馳せていた。
 願うはリンネが平穏を受け入れられること、ただそれだけであった。
 不意に、ノックの音が雨音に割って入る。
 こんな雨の日に客人だろうか。
 珍しく思いつつシンピが扉を開けると、そこには今まさに想い巡らせていたエルフの少女、リンネが立っていた。
 その美しい金の髪は雨ですっかり濡れてしまっていて、どれほどの距離を歩いてきたのか、足などは傷だらけであった。

「お久しぶりです……シンピさん」

 シンピがすっかり呆気にとられていると、リンネの方が先に口を開いた。
 鈴のように綺麗だったその声は、長旅の影響かすっかり掠れてしまっていた。

「……なんでここにいる」

 シンピが尋ねると、リンネは自嘲気味に少しだけ笑った。

「やっぱり私、駄目みたい。自分のためには……幸せには、生きられないよ」

「そう、か」

 シンピはもう、堪らなく悲しかった。
 救えなかったのだ。
 たしかに、奴隷商のもとからは救ったと言えるのかもしれない。
 しかし、この美しい少女の心を救うことまでは、ついぞできなかったのだ。

「だから、さ」

 リンネが膝を着き、深く首を垂れる。
 それはシンピの故郷で言う“土下座”と同じ意味合いの行為であった。

「私に……魔法を、教えてください……っ!」

 リンネの膝元に、雨とは違う雫が落ちる。
 シンピはもうなんと言えばいいのか分からなくなって、ただ、そっとその頭を撫でた。

「……私の教える魔法は難しいぞ」

 その言葉に、その手の温もりに、リンネはまた、涙した。


 糸のように降り注ぐ雨の日に、そのエルフは魔女の弟子となった。

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