落ちこぼれの魔獣狩り

織田遥季

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王と忠誠

暗いキッチンで

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「リンネさんが抱えているもの、少しだけ私にも背負わせてくれませんか」

 水に濡れた手でリンネの手を掴み、真っ直ぐに目を見てベルが言う。
 リンネはそんなベルから逃げるように目を逸らした。

「それは……できない」

「どうしてですか」

「あんたを、巻き込みたくない」

 それを聞いたベルは真剣な表情のままリンネの顔を掴み、その蒼い瞳を覗き込む。
 自分から目を逸らしてほしくはなかったから。

「巻き込んでほしいって言ってるんです。私を言い訳に使わないでください」

 強い語気ではっきりと言い切るベルに、リンネもとうとう観念して苦笑を浮かべて見せた。

「……あんたも厄介な性格ね」

「あはは、リンネさん程じゃないですよ」 



「『悪を滅ぼすのは正義か?』ですか……」

 蠟燭の灯りのみが照らす、仄暗いキッチンでベルが呟く。
 リンネは一つ頷いて言葉を続けた。

「『悪を滅ぼすのはいつだって別の悪だ』とも言ってたわ。それと、私はどう思うのか考えておいてほしい、とも」

 「ふむ」とベルが口元に手をやる。

「……で、どう思うんですか?」

 ベルからの問いに、リンネはどこかうんざりしたような表情を浮かべる。

「答えが出てたらここまで悩まないわよ……ただ、私が人を助けるのは、自分がそうしないと生きていけない異常者だから。それは誰かの窮地を、不幸を願っているだと言われてしまえば反論のしようがないわ」

「なら、リンネさんは〈魔獣王〉の言うことが正しいと思うんですか?」

「いや? そう簡単に賛同はできない。けど、まったくの間違いってわけでもないと思うわ」

「……そうですか」

 小さな静寂を挟み、ベルは再度口を開く。

「私はリンネさんのことを悪だとは思いません。感謝だってしてる。リンネさんがどう思うとそれは変わらない」

 そう言って、ベルはリンネに微笑みかける。

「そのことだけは、どうか覚えていてください」

 リンネはなんと返していいか分からなくなり、少しの逡巡の後、小さく呟いた。

「……ありがとう」

 そしてリンネは精一杯笑って見せる。

「駄目ね。なに言われても関係ないって思えるくらい、もっと強くならないと」

「リンネさんはもう強いですよ……だから、抱えすぎたと思ったら私に分けてください。それで少しでも軽くなるなら、私は喜んで背負います」

 月明かりがベルの横顔を照らす。
 リンネは、嬉しいような、安心したような気持ちになって、ベルを強く抱きしめて、泣いた。
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