あなたの代わりに恋をする、はず、だった

清谷ロジィ

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「私なんて」「本が好き」な「寂しがり屋」

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 一瞬で学校中に広まった私と遥の噂も、一週間したら飽きられてしまったようで、私たちの周囲はすっかり大人しくなった。自分の成績にしか興味のない人間が多数を占めているこの高校ならではだろう。
 けれど、どんなところにも少数派は存在する。私たちのクラスの吉田よしだ絵理奈えりながその一人だ。
 校則よりほんの少し短いスカート、先生に気付かれないくらいのナチュラルメイク、長い髪をサイドにまとめた可愛らしい外見、愛嬌のある仕草、人懐っこい笑顔、それでいてどことなく強気な話し方。
 吉田さんの雰囲気は、遥に少し似てい人のて、目を引く「特別」が彼女にもあった。
 でも、遥にある鮮やかさや華やかさが、吉田さんにはない。その代わり、その目の奥には獲物を狙う獣のような冷たい獰猛さを潜ませている。
 まだ始まったばかりの高校生活だけれど、このクラスでは、彼女を中心にしたコミュニティが出来上がりつつあった。
 それは、女王蜂を守るように巨大化していく蜂の巣の生成過程を見るようだった。
 昼休み、お弁当を食べようとしていた私と瑞希のもとに、その吉田さんがやってきた。

「ねえ、澤野さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、一緒に来てくれない?」
「……いいけど、食べ終わってからにしてくれる?」

 私がそう返すと、教室の空気がぴりっと緊張をはらんだ。クラスメイトの視線が私たちに集まる。

「すぐ済むから」
「早くしてよ」

 吉田さんの後ろに控えた取り巻き――西岡にしおかさんと伊東いとうさんが、急かすように私の椅子を小さく蹴飛ばした。

「ちょっとだけだよ。ね?」

 にこにこと嘘くさい笑顔の吉田さんが私の腕を取る。粘つくような嫌な感触だった。
 誰かに触れられるのは嫌い。振り払いたくなるのを必死にこらえる。

「うっざ」

 一瞬、自分の心の声が漏れたのかと思った。けれど、吉田さんたちの視線が向けられたのは、女子にしては大きすぎる弁当箱の蓋を開けている瑞希のほうだった。

「すぐ済むことなら、ここで聞けばいーじゃん」

 挑みかかるような口調は、いつものへらへらした瑞希からは想像がつかなかった。
 弁当箱の中身は焼きそばと白ご飯。茶色と白。申し訳程度に添えられた紅ショウガの赤が鮮やかだ。

「どうせだったら一緒に食べる? チッカとお話したいんでしょ。それとも、教室じゃできない話がしたいとか?」
「なによ、あんたに関係ないでしょ!」
「黙ってなさいよ!」

 顔を真っ赤にした西岡さんと伊東さんが口々に叫ぶ。うわあ、こんな漫画みたいなことって本当にあるんだ。私はなぜかそんなことに感動を覚えていた。

「こわっ! えーなに? 大勢で囲んでリンチするつもりとか? まじヤバすぎ。誰かー先生呼んできてー」

 瑞希がおどけたように叫ぶと、取り巻き二人はたじろいだ。しかし、その中心にいる吉田さんは笑顔を張り付けたまま、微動だにしない。さすが女王蜂。

「そんなつもりじゃなかったんだけどな。でも、タイミング悪かったみたいだね。邪魔してごめん。また今度ね、澤野さん」

 私から手を離した吉田さんは、可愛らしくにっこり笑うと教室を出ていった。西岡さんと伊東さんが慌ててその後を追う。

「お腹空いちゃったー。早く食べよ」

 瑞希は裏返した蓋の上に紅ショウガを除けた。そして、焼きそばの上に残った赤い色をつつきながら、最悪だーと笑った。

「なんかごめん。あと……ありがと」
「じゃあおかず一個ちょうだい。その卵焼き」
「別にいいけど」
「いいんだ。卵焼きってお弁当のメインなのに、チッカは欲がないなぁ」

 ケラケラと屈託なく笑う瑞希はさっきとは別人だ。

「瑞希、吉田さんたちとなんかあったの?」
「えー、なんで? 中学だって違うし、ここに来るまで会ったこともないよ」

 吉田さんたちをにらみつけていた目は、あんたたちと違うって主張しているようだった。
 どちらかと言えば、瑞希と吉田さんと同じカテゴリーに入るはずなのに。
 入学式のあの日、瑞希が声を掛けるべきだった存在は、私じゃなく吉田さんたちのほうだ。
 私だって別に吉田さんが好きだとかそういうわけじゃないけれど、あんなはっきりとした拒絶を示すほどの関係性もない。
 なのに、どうして?

「んーっ、この卵焼き美味しい! チッカのお母さん、料理上手なんだね」
「あ……まあね」

 レシピ本に掲載されているように美しく詰められたお弁当からミニトマトをつまみ上げる。艶やかな赤。だけど、ちっとも食欲をそそらない。瑞希の焼きそばにべったりと残った赤のほうが、ずっとずっと美味しそうだ。
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