8 / 38
「私なんて」「本が好き」な「寂しがり屋」
3
しおりを挟む
一瞬で学校中に広まった私と遥の噂も、一週間したら飽きられてしまったようで、私たちの周囲はすっかり大人しくなった。自分の成績にしか興味のない人間が多数を占めているこの高校ならではだろう。
けれど、どんなところにも少数派は存在する。私たちのクラスの吉田絵理奈がその一人だ。
校則よりほんの少し短いスカート、先生に気付かれないくらいのナチュラルメイク、長い髪をサイドにまとめた可愛らしい外見、愛嬌のある仕草、人懐っこい笑顔、それでいてどことなく強気な話し方。
吉田さんの雰囲気は、遥に少し似てい人のて、目を引く「特別」が彼女にもあった。
でも、遥にある鮮やかさや華やかさが、吉田さんにはない。その代わり、その目の奥には獲物を狙う獣のような冷たい獰猛さを潜ませている。
まだ始まったばかりの高校生活だけれど、このクラスでは、彼女を中心にしたコミュニティが出来上がりつつあった。
それは、女王蜂を守るように巨大化していく蜂の巣の生成過程を見るようだった。
昼休み、お弁当を食べようとしていた私と瑞希のもとに、その吉田さんがやってきた。
「ねえ、澤野さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、一緒に来てくれない?」
「……いいけど、食べ終わってからにしてくれる?」
私がそう返すと、教室の空気がぴりっと緊張をはらんだ。クラスメイトの視線が私たちに集まる。
「すぐ済むから」
「早くしてよ」
吉田さんの後ろに控えた取り巻き――西岡さんと伊東さんが、急かすように私の椅子を小さく蹴飛ばした。
「ちょっとだけだよ。ね?」
にこにこと嘘くさい笑顔の吉田さんが私の腕を取る。粘つくような嫌な感触だった。
誰かに触れられるのは嫌い。振り払いたくなるのを必死にこらえる。
「うっざ」
一瞬、自分の心の声が漏れたのかと思った。けれど、吉田さんたちの視線が向けられたのは、女子にしては大きすぎる弁当箱の蓋を開けている瑞希のほうだった。
「すぐ済むことなら、ここで聞けばいーじゃん」
挑みかかるような口調は、いつものへらへらした瑞希からは想像がつかなかった。
弁当箱の中身は焼きそばと白ご飯。茶色と白。申し訳程度に添えられた紅ショウガの赤が鮮やかだ。
「どうせだったら一緒に食べる? チッカとお話したいんでしょ。それとも、教室じゃできない話がしたいとか?」
「なによ、あんたに関係ないでしょ!」
「黙ってなさいよ!」
顔を真っ赤にした西岡さんと伊東さんが口々に叫ぶ。うわあ、こんな漫画みたいなことって本当にあるんだ。私はなぜかそんなことに感動を覚えていた。
「こわっ! えーなに? 大勢で囲んでリンチするつもりとか? まじヤバすぎ。誰かー先生呼んできてー」
瑞希がおどけたように叫ぶと、取り巻き二人はたじろいだ。しかし、その中心にいる吉田さんは笑顔を張り付けたまま、微動だにしない。さすが女王蜂。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな。でも、タイミング悪かったみたいだね。邪魔してごめん。また今度ね、澤野さん」
私から手を離した吉田さんは、可愛らしくにっこり笑うと教室を出ていった。西岡さんと伊東さんが慌ててその後を追う。
「お腹空いちゃったー。早く食べよ」
瑞希は裏返した蓋の上に紅ショウガを除けた。そして、焼きそばの上に残った赤い色をつつきながら、最悪だーと笑った。
「なんかごめん。あと……ありがと」
「じゃあおかず一個ちょうだい。その卵焼き」
「別にいいけど」
「いいんだ。卵焼きってお弁当のメインなのに、チッカは欲がないなぁ」
ケラケラと屈託なく笑う瑞希はさっきとは別人だ。
「瑞希、吉田さんたちとなんかあったの?」
「えー、なんで? 中学だって違うし、ここに来るまで会ったこともないよ」
吉田さんたちをにらみつけていた目は、あんたたちと違うって主張しているようだった。
どちらかと言えば、瑞希と吉田さんと同じカテゴリーに入るはずなのに。
入学式のあの日、瑞希が声を掛けるべきだった存在は、私じゃなく吉田さんたちのほうだ。
私だって別に吉田さんが好きだとかそういうわけじゃないけれど、あんなはっきりとした拒絶を示すほどの関係性もない。
なのに、どうして?
「んーっ、この卵焼き美味しい! チッカのお母さん、料理上手なんだね」
「あ……まあね」
レシピ本に掲載されているように美しく詰められたお弁当からミニトマトをつまみ上げる。艶やかな赤。だけど、ちっとも食欲をそそらない。瑞希の焼きそばにべったりと残った赤のほうが、ずっとずっと美味しそうだ。
けれど、どんなところにも少数派は存在する。私たちのクラスの吉田絵理奈がその一人だ。
校則よりほんの少し短いスカート、先生に気付かれないくらいのナチュラルメイク、長い髪をサイドにまとめた可愛らしい外見、愛嬌のある仕草、人懐っこい笑顔、それでいてどことなく強気な話し方。
吉田さんの雰囲気は、遥に少し似てい人のて、目を引く「特別」が彼女にもあった。
でも、遥にある鮮やかさや華やかさが、吉田さんにはない。その代わり、その目の奥には獲物を狙う獣のような冷たい獰猛さを潜ませている。
まだ始まったばかりの高校生活だけれど、このクラスでは、彼女を中心にしたコミュニティが出来上がりつつあった。
それは、女王蜂を守るように巨大化していく蜂の巣の生成過程を見るようだった。
昼休み、お弁当を食べようとしていた私と瑞希のもとに、その吉田さんがやってきた。
「ねえ、澤野さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、一緒に来てくれない?」
「……いいけど、食べ終わってからにしてくれる?」
私がそう返すと、教室の空気がぴりっと緊張をはらんだ。クラスメイトの視線が私たちに集まる。
「すぐ済むから」
「早くしてよ」
吉田さんの後ろに控えた取り巻き――西岡さんと伊東さんが、急かすように私の椅子を小さく蹴飛ばした。
「ちょっとだけだよ。ね?」
にこにこと嘘くさい笑顔の吉田さんが私の腕を取る。粘つくような嫌な感触だった。
誰かに触れられるのは嫌い。振り払いたくなるのを必死にこらえる。
「うっざ」
一瞬、自分の心の声が漏れたのかと思った。けれど、吉田さんたちの視線が向けられたのは、女子にしては大きすぎる弁当箱の蓋を開けている瑞希のほうだった。
「すぐ済むことなら、ここで聞けばいーじゃん」
挑みかかるような口調は、いつものへらへらした瑞希からは想像がつかなかった。
弁当箱の中身は焼きそばと白ご飯。茶色と白。申し訳程度に添えられた紅ショウガの赤が鮮やかだ。
「どうせだったら一緒に食べる? チッカとお話したいんでしょ。それとも、教室じゃできない話がしたいとか?」
「なによ、あんたに関係ないでしょ!」
「黙ってなさいよ!」
顔を真っ赤にした西岡さんと伊東さんが口々に叫ぶ。うわあ、こんな漫画みたいなことって本当にあるんだ。私はなぜかそんなことに感動を覚えていた。
「こわっ! えーなに? 大勢で囲んでリンチするつもりとか? まじヤバすぎ。誰かー先生呼んできてー」
瑞希がおどけたように叫ぶと、取り巻き二人はたじろいだ。しかし、その中心にいる吉田さんは笑顔を張り付けたまま、微動だにしない。さすが女王蜂。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな。でも、タイミング悪かったみたいだね。邪魔してごめん。また今度ね、澤野さん」
私から手を離した吉田さんは、可愛らしくにっこり笑うと教室を出ていった。西岡さんと伊東さんが慌ててその後を追う。
「お腹空いちゃったー。早く食べよ」
瑞希は裏返した蓋の上に紅ショウガを除けた。そして、焼きそばの上に残った赤い色をつつきながら、最悪だーと笑った。
「なんかごめん。あと……ありがと」
「じゃあおかず一個ちょうだい。その卵焼き」
「別にいいけど」
「いいんだ。卵焼きってお弁当のメインなのに、チッカは欲がないなぁ」
ケラケラと屈託なく笑う瑞希はさっきとは別人だ。
「瑞希、吉田さんたちとなんかあったの?」
「えー、なんで? 中学だって違うし、ここに来るまで会ったこともないよ」
吉田さんたちをにらみつけていた目は、あんたたちと違うって主張しているようだった。
どちらかと言えば、瑞希と吉田さんと同じカテゴリーに入るはずなのに。
入学式のあの日、瑞希が声を掛けるべきだった存在は、私じゃなく吉田さんたちのほうだ。
私だって別に吉田さんが好きだとかそういうわけじゃないけれど、あんなはっきりとした拒絶を示すほどの関係性もない。
なのに、どうして?
「んーっ、この卵焼き美味しい! チッカのお母さん、料理上手なんだね」
「あ……まあね」
レシピ本に掲載されているように美しく詰められたお弁当からミニトマトをつまみ上げる。艶やかな赤。だけど、ちっとも食欲をそそらない。瑞希の焼きそばにべったりと残った赤のほうが、ずっとずっと美味しそうだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる