あなたの代わりに恋をする、はず、だった

清谷ロジィ

文字の大きさ
12 / 38
「優しい」私は「頼まれたら断れない」

しおりを挟む
「いやー、ぴーちゃん。やるねぇ」

 吉田さんとのことを話すと、瑛輔くんはお腹を抱えてひーひーと笑い転げた。下にいるママに聞こえないかヒヤヒヤしてしまう。

「だって言われっぱなしなんて性に合わないし」
「でもさ、そういう裏表のある女子って面倒よ。ぴーちゃんも気を付けないと」

 病院の跡取り息子だけあって、瑛輔くんは人間関係の機微を捉える能力に長けている。

「ぴーちゃん、窮鼠猫を噛むっていうことわざ、知ってるよね」

 私がうなずいたのを確認して、瑛輔くんは「これは親父から聞いた話だけど」と続けた。

「むかしむかし、うちの病院の経理に勤続何十年っていうお局さまがおりました。仕事はまあまあできたらしいんだけど、パワハラ、モラハラ、エトセトラ。ハラスメントのデパートみたいなその人は、それはそれは嫌われていたのです」

 瑛輔くんの頭は、シルバーアッシュから鮮やかなブルーに変わっていた。季節より早いその変化に人間の頭皮はどこまで耐えられるのなのだろうか。

「ある日、その人が長年に渡ってちまちまと経費をちょろまかしていたのがバレてしまいました。当然仕事はクビ。でも、全額弁済するってことで、親父は警察へは訴えないことにしたんだ。最終日、誰もその人に声をかけなかったし、目も合わせない。送別会も見送りもなし。花束も用意されなかった。それどころか、早く出ていけとばかりにデスクは綺麗に片付けられて、ゴミ一つ残さず詰められたダンボール箱が乗っかってるだけ」

 いたずらっぽく笑いながら私のほうへ身を寄せた瑛輔くんは、声を潜めて囁いた。

「それをじぃっと見つめていたお局さまは、なんとそのまま院長室に直行して火を点けたんだ。幸い小火ぼやで済んだけど、結局警察に御用ってわけ。あのまま黙って辞めてれば、どこかで再就職できたはずなのにね」

 勢いよく体を起こした瑛輔くんに、椅子の背もたれがぎしりと軋んだ。

「なにが言いたいかっていうと、追い詰めすぎに要注意ってこと。女王様は我慢と屈辱がお嫌いだからね。――それはさておき、肝心の遥くんとはどうなってんの?」
「うん……」

 私の返事は、少し歯切れが悪い。
 遥との関係は、幼馴染としてこれ以上はないくらいうまくいっているし、遥は私がチーじゃないなんて、ちっとも疑っていない。
 恋の始まりは、瑞希のレクチャーを受けながら時間をかけるしかない。
 チーの身代わりになる、なんて無茶苦茶な計画にしては順調すぎるほどだ。それなのに、

「ときどき変だなって思う。遥が口にするチーは、私が知ってるチーと違うから」
「まあ、人間誰しも別の顔を持ってるもんだしね。それに、チーちゃんは遥くんのこと好きだったんだろ? だったら、ぴーちゃんの前で見せる顔とは違って当然だよ」

 階段を上ってくる足音が聞こえてきて、私たちは慌てて真剣な授業の体制に戻った。
 英語のイディオムを解説する瑛輔くんの声を聞きながら。私はノートに増えていく「遥が知ってるチー」のことを考えていた。
 ひとつ増えるたびに、チーと私が遠くなっていく。
 チーとカー。私たちは二人で一人。一人だと半分。だったのに。
 これじゃあまるで――私たち、別の人間みたいだ。

「先生、千佳ちゃん。お紅茶いれましたから、ちょっと休憩しません?」

 ママの声とともにドアが開いて、華やかなアールグレーの香りと、焼き立てのマフィンの芳醇なバターの香りがした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...