あなたの代わりに恋をする、はず、だった

清谷ロジィ

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海へ

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 別荘のドアを開けた瞬間、遥がリビングから飛び出してきた。

「どこ行ってたんだよ!」

 ものすごい剣幕で怒鳴りつけられて、汗ばんだ体がびくりと跳ねる。

「これを、買いに」

 パウンドケーキが入った紙袋をおずおずと差し出した。遥が大きく息をつく。

「……今度からは一人で行くな。絶対だぞ」
「う、うん。ごめんなさい」

 私がそう言うと、遥の表情がふっと緩んだ。

「暑かっただろ。すごい汗」
「ちょっと走ったから」
「もしかして、なんかあったの?」

――ぴーちゃん自身が遥くんを好きになってるってこと。

 瑛輔くんの言葉が頭をよぎって、私は首を大きく横に振った。
 そんなわけないって、全部振り切りたくて走ったのに、どこまでも「私」がついてくる。
 汗をかいて、心臓を鳴らして、息を弾ませて、遥の声に胸をときめかせてしまう。
 遥の指先が、私の額の汗をぬぐった。左側の生え際をそっと撫でられたとき、私はハッとして一歩後ずさった。

「傷、消えたんだな」

 バレないように唾を飲みこんだ。
 チーの額の左側には、五センチほどの傷跡があった。赤くて、触れると少し盛り上がっていて肉の感触がする傷跡が。
 痛そう、と顔をしかめる私に、チーは笑った。いつものチーとは違う、大人みたいな笑いかた。

――これはねぇ、わたしとはるかのひみつ。

 その秘密を抱えたまま、チーは消えた。私の中にも、すべてを記したあのノートの中にもない。だけど――。

「よかった」

 目の前で笑う遥の中にはそれがある。チーと遥をつなぐ二人だけの秘密に、私はどうやっても紛れ込むことができない。

「あ、チッカ戻ってきたんだ」

 瑞希がひょっこりと顔を出した。

「ダメだよ、遥くんめちゃくちゃ心配してたんだから」
「それは瑞希ちゃんが遥くんに『今ごろナンパされてるかも』なんて脅かすからだろ」

 桐原先輩が私の手からパウンドケーキの紙袋を受け取って、にっこりと笑う。

「千佳ちゃんは愛されてるね。さ、せっかくだし、お茶にしようか」
「じゃあお茶したらビーチバレーしようよ。夜のバーベキューに備えてお腹すかせておかないとね! あたし、午前中にボール買っておいたんだ」
「だったらケーキをやめたほうがいいと僕は思うけどね」
「甘いものは別腹なんですー。先輩、分かってないなぁ」

 くだらない会話をしながらキッチンに向かう二人の後ろで、遥が私の耳元に唇を寄せた。

「もう一人で行くなよ。俺が、千佳を守るって約束だろ」
「――うん」

 私が知らない約束。
 ねえ、チー。
 あなたと遥にはどんな秘密があって、どんな約束をして、どんな言葉を交わして、どんな恋をするはずだったの?
 傷のない額に触れる。
 それは、私がチーじゃない証。
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