1 / 78
第1章
1.海斗side
しおりを挟むミケと出会ったのは、トイレだった。
旧校舎の理科準備室の隣にある、薄暗いトイレ。
ドアを開けると、そこにあいつはいた。
「………」
「………」
短い沈黙のあと、先に口を開いたのはあいつだった。
「……何?」
「……何してんの?」
「何って、見てのとおりだけど」
あいつは洋式便所の蓋に座って、お札を数えていた。
……いやだから、何でだよ?
俺から目を逸らし、あいつは再び金を数え始める。
はだけたシャツから白い肌が覗いている。
きれいな形の鎖骨に思わず見入っていると、あいつは顔をあげずに言った。
「なんか用?」
「……いや、」
「相手してほしいなら、金払って」
「………」
俺は無言で、ドアを閉めた。
「海斗、何してんのー?」
昼休み。
顔をあげると、席の前に裕太が立っていた。
「……エロいこと考えてた」
「俺と一緒じゃん!でもそんなアナタに朗報です!来週末、S女と合コ…」
「パス」
「早ッ」
「フラれてやんの」
近くにいたクラスの奴らがけらけら笑う。
「うっせーな!…ってゆうかァ、海斗なんか最近付き合い悪くなーい?」
「やめろその言葉づかい」
「もしかしてぇ、好きな子できたとかー?」
「まじキモいから」
「キモいって!良ちゃああん」
「よしよし、お前のキモさは元からだから仕方ないよなー」
さらっともっとひどいことを言い、裕太の頭を撫でる良平。
二人はまるで仲のよい兄弟、もしくは飼い主と犬。
「てか、まじどうしたの海斗。調子わりーの?」
「別に。てかさぁ、裕太おまえこの間から合コン合コンって…」
正直、そういうのは苦手だ。
ただ騒いで遊ぶだけならいいけど。
……男と女を意識した、あの空気がやなんだよ
「だって彼女ほしーじゃん!もうすぐ夏だし?やっぱひと夏の思い出をさぁ」
「てゆうかおまえ、冬もクリスマスがなんたらって」
「そーそー。で、春は新しい季節がどうたらって」
「……わりーかよ!!」
裕太が顔を赤くすると、良平が噴き出した。
明るい教室、くだらない会話、笑っているクラスメイト。
それは、あの薄暗い部屋にはあまりにも遠くて。
リアリティが、ない。
別に調子が悪いとか、そんなんじゃない。
裕太とか良平とかクラスメイトはノリがいい奴らばっかだし、男子校ならではの気楽さがある。
そんな毎日は楽しいし、別にこれといって深刻な悩み事もない。
ただモヤモヤするだけだ。
何かがずっと、胸につかえている感じ。
その原因がなんなのかはわからないけど。
あの日、あのトイレであいつと会ってから…俺は、その忘れかけていた感覚を思い出してしまった。
放課後、カラオケに行くという裕太たちの誘いを断って学校の近くにある河川敷に向かった。
別に無視してもよかったのだ。
むしろ、そうするべきだったのかもしれない。
「………」
河川敷は結構広くて、ジョギングや犬の散歩コースになっている。
自分を含め、大半の生徒が利用している駅とは反対方向にある為、下校中の生徒の姿は殆どない。
あいつもまだ来ていないようだった。
あの日、あの旧校舎のトイレに行ったのはほんの思いつきだった。
去年新校舎ができてから殆ど使われなくなった旧校舎には、生徒はあまり立ち入らない。
トイレなんて尚更だった。
一服するにはうってつけだと思い、俺はそこに足を踏み入れた。
まさか先客がいるとは思いもせずに。
隣の個室に誰かがいることに気づいたのは、煙草に火をつけようとした時だった。
――…い…、…時間…
途切れ途切れに聞こえてくる声と、小さな笑い声。
場所が場所だけにぎょっとしたが、まさかこの歳で幽霊なんか信じるはずもなく。
ただ自分と同じことを考えた奴が他にもいたんだな、くらいにしか思わなかった。
……電話でもしてんのか?
早くどっか行けと思っていると、すぐにドアが開く音がした。
――じゃあな
電話は終わったらしい。
トイレの入り口のドアが閉まる音を確認してから、煙草に火をつける。
と、その時。
コン、と何かが壁に当たる音がした。
……?
続いて、ガサガサという物音。
……まだ誰かいんのか?
不思議に思い、煙草をくわえたままそっと個室を出る。
隣の個室のドアを見ると、鍵は開いていた。
何の気なしにドアを開ける。
そこに、あいつがいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる