迷子猫(BL)

kotori

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第1章

14.海斗side

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目が覚めると、ベットで寝ていたはずのミケの姿がなかった。
慌てて立ちあがろうとしたら、背中掛けてあった毛布がずり落ちる。

「おはよ」

ミケの声。
彼は、備えつけのキッチンにいた。

「コーヒーとか、いる?」

今いち状況が把握できないまま、飲むと答える。

「腹減ってるなら、食べなよ」

バターのいい匂い。
部屋の中央テーブルの上には、ベーコンエッグとサラダとトーストがのった皿が置いてあった。

……なんでいきなり、新婚夫婦の朝みたいなことになってんだ…

「……えっと、」

戸惑いながら、コーヒーカップを受け取る。

「……大丈夫か?身体…」
「うん」
「……おまえは食わねえの?」
「もう食べたよ。まずかったけど」

あんた料理下手だね、とミケは笑いながら言った。

「……悪かったな」

具合は悪くなさそうなのでほっとしつつ、散々心配させといてそれかよ、とちょっとムッとする。



昨日玄関先で倒れたミケは、そのまま力尽きたように眠ってしまった。
ポケットにあったカギで部屋に入ってベットに寝かせたものの、そのまま放置してもよいものか散々迷った。

熱はなさそうだったけど顔色が悪かったので、とりあえず薬を飲ませようと思いついたものの、この部屋のどこに薬があるのかがわからない。
それで近くの薬局に行こうかと思ったけど、彼を一人にするのもなんだか不安だった。
結局お粥を作ろう、というよくわからない結論に辿りついたけれど、作り方もよくわからなかったというわけだ。

「首とか、痛くねぇの?あんな格好で寝て」
「あぁ俺、結構どこでも寝れるし」
「ああ…そっか」

野宿の件を思い出したのか、ミケはまた笑った。

「……おまえは痛くないの?」
「え?」
「手首」

ミケの顔から笑顔が消える。
昨日、ベットに運んだ時に気がついた。

「……どうしたらそんな痣ができるんだよ」
「……別に、」

手首を覆うようにしながら、ミケは目を逸らす。

「ちょっと縛られただけ」
「しばっ…何やってんだよ、おまえは!」

唖然として言うと、平気だよとミケ。

「すぐ治るから」
「……そういう問題かよ…」
「……やめろよ、説教なんて聞きたくねぇし。てゆうか、あんたは一体何しにきたわけ?」
「……俺は、」

おまえを、待ってた。





ミケの部屋に向かう途中、電車の中でずっと考えていた。

――生きてる場所なんて、みんな違うだろ

河西の言葉が、ずっと頭から離れなかった。
確かにそうだった。
誰だって、自分の世界を生きている。
たとえば、今この車両にいる人間全員にだって、それぞれの世界がある。
今まで生きてきた場所も今生きている場所も、向かう場所も帰る場所も、違う。
今この場所に居合わせたのは、単なる偶然だ。
そんなあたりまえな事を、実感した。

人はみんな孤独で、本当にわかりあう事なんて出来ないのかもしれなくて、でもそれでも誰かと一緒にいたいと思う。
寄り添いたいと思う。
共に生きたいと、願う。



部屋の灯りはついてなかった。
インターホンを鳴らしても、やっぱり出ない。
溜め息をついて扉の前にしゃがみ込んだ。

……これじゃマジでストーカーじゃん…

煙草に火をつけて、外廊下の白い蛍光灯をぼんやりと眺める。

……どこに行ったんだろ…

また、例のバイトだろうか。
外でもやるって言ってたし。

……身体は、誰にでも開くんだな…

今この瞬間にも、彼は知らない誰かに抱かれているのかもしれない。
甘い声をあげながら、その誰かの背中に爪をたてているのかもしれない…。

――……あー、くそっ

髪をぐしゃぐしゃとかきむしっていると、他の部屋の住人らしき女の人が訝しげな表情を浮かべたまま前を通りすぎていった。
不審者だと思われたかもしれないけど、そんな事はもうどうでもいい。

金の為にそんな事をして欲しくないというか、あいつにそんな事をして欲しくない。
あいつを他人に抱かせたくない…つまりは、そういう事なのだ。
それをようやく、俺は認めた。



帰ってきたミケは青白い顔で俺を睨むと、もう来るなって言ったじゃん、と呟いた。
明らかに様子がおかしい。

――おい…大丈夫か?

――……帰れ、よ…

――ミケ?!

よろめいた身体を受け止める。

――何があったんだよ

――……うるせぇよ

腕のなかで、ミケは煩わしそうに言った。





「……てゆうかさ、」

俺が口を開く前に、ミケが言った。

「学校、どうすんの?もう余裕で遅刻だけど」
「え、」

時計を見ると、十時過ぎだった。

「げっ…確か今日、物理の試験…!」
「先に行けよ」
「なんでたよ、一緒に出ればいいだろ」

早く支度しろよと言うと、俺はいいからとミケ。

「……前にも言ったけど、俺と一緒にいたら誤解されるよ?」
「誤解?なんだよそれ」
「だから、」
「いいよそんなん、どうだって」
「よくない。営業妨害」

そっぽを向いたミケにカチンときて、腕を掴む。

「……なんだよ」
「……っおまえはっ、生きてる場所が違うとか言ってたけど、実際そうかもしんないけど」
「……は?」
「それでも今はいるんだよ、俺とおまえは、こんなに近くに!」
「………」

たとえ生きる場所が違っても。
理解できなくても、今、ミケは確かにこの腕のなかにいる。
互いの心臓の音が聞こえてくるくらい、近くに。

「……俺はおまえと一緒にいたい」
「………」

ぶっ、とミケが吹き出した。
そしてもう我慢できないというように、ゲラゲラと笑いだす。
顔がかあっと熱くなるのを感じた。

「おいっ、俺は真面目に、」
「……あんたさ、俺のことが好きなの?」

ミケは笑いながら、俺の首に腕を絡める。

「……ああ」
「……そっか。俺もあんたのこと、嫌いじゃないよ。一緒にいたい、なんて初めて言われたし」

ミケは笑うのをやめて、俺を見た。

「でも悪いけど俺、そういうのムリだから。バイト、辞めるつもりないし」

ごめんと言ってミケは身体を離し、背を向ける。

「………」

その肩を掴んで再び抱き寄せると、ミケはどこか悲しそうな顔で俺を見た。


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