迷子猫(BL)

kotori

文字の大きさ
16 / 78
第1章

16.

しおりを挟む
 
――あんた本気で、人を好きになったことある?



「………」

染みだらけの天井と、ちかちかと点滅する蛍光灯。

「何ぼんやりしてんの、」
「……気持ちよかったから、」
「ははっ、そりゃよかった」

心にもない言葉に、男は笑いながら煙草に火をつけた。
今時珍しいくらい狭いアパートの部屋。
ここはいつ来ても、そこら中に物が散乱していた。



この男の名前は、忘れてしまった。
確か初めて会った時は、大学生だと言ってた気がする。
俺が初めて、抱かれた相手。



二年前の冬、いろんな事を諦めかけていた時に彼と出会った。
その頃は金髪だったお兄さんは、人の良さそうな笑みを浮かべて言った。

――おまえ、なんぼなん?

初めは歳を訊かれたのかと思った。

――そうやなくて

俺はその時初めて、自分自身に値段があることを知った。
抵抗がなかった訳じゃない。
それまで自分を売るなんて、考えてもみなかった。
お兄さんは、色々な事を教えてくれた。
俺に新しい生き方を示してくれた。



「おまえ、上手くなったなぁ。今まで何人と寝たん?」
「……そんなの、いちいち覚えてない」

すっかり万年床と化しているぺたんこの布団に寝そべって、素っ気なく答える。

……何が違うんだろう

やってることは、同じなのに。
またぼんやりと薄汚れた天井を眺めた。



 

――相性の問題なんじゃない?

可奈さんは言った。

――エッチが上手いとか

――いや、むしろ下手だし。なんか必死こいてて超ダサい

あははっ、と可奈さんは笑った。

――じゃあきっと、気持ちの問題だよ

――気持ち?

――確かにさ、あんたの言うとおりやることは一緒かもしんないけど…気持ちがあるのとないのでは、全然違うと思うよ?

――……そんなもんなの?

――そんなもんよ



たとえばこうやって他の男と寝たって、別に何も感じない。
身体はともかくとして心はいつも冷静で、まるで自分を他人として見ているような、そんな感覚があった。

……でもあいつとヤる時は、その余裕がなくなるってゆうか…

あんな風に優しく抱かれたのは、初めてで。
だけど優しくされればされるほど追い詰められて、なんともいえない気持ちになった。

河西とする時もそうだ。
寺嶋とは逆に、あの男はすべてが自分本位で乱暴だけど。



――あんたさ、もうちょっと勇気持ちなよ

――……勇気?

――そう。大切な人と、向き合う勇気

――……別に大切なんかじゃ…

――あと、自分自身の気持ちにもね

――………



「向き合う…」

……なんの為に?

「なんか言ったか?」

テレビを観ていたお兄さんが振り返ったので、別に、と答えた。

「それより今日、泊めてくれる?」
「そりゃあ、構わへんけど。エアコンないで?」
「平気」

開いてる窓の向こうから聞こえてくる虫の鳴き声。
古い扇風機のカタカタいう音と、畳の匂い。
俺はこの部屋が、案外好きだった。

「さっきからずーっと、鳴ってんで」
「……いいよ、放っておいて」

誰からの電話なのかは、わかってるから。
それよりさ、と彼の膝にすり寄る。

「続き、やろうよ…」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

彼は当て馬だから

藤木みを
BL
BLです。現代設定です。 主人公(受け):ユキ 攻め:ハルト

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...