迷子猫(BL)

kotori

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第1章

20.ミケside

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――違和感。

今までそんな事はなかったのに、受け入れることになんの抵抗も感じなかったのに。
水飲み場で、蛇口から勢いよく出てくる水を眺めていた。

「………」

それは今まで見ていたものが急に形を変えてしまったような…もしくは、はじめから全く違うものだったことに気づいてしまったような、そんな感覚。
ここ数日、ずっとそんな感じだった。
バイトにも身が入らず、昨日は客を怒らせてしまった。

……なんだってゆうんだよ…

理由がわからない。





「おい、見ろよあれ。海斗じゃね?」

ふと顔をあげると、寺嶋のクラスの奴らが廊下の窓から外を見ていた。

「ンだよあいつ、最近付き合い悪いと思ったら女かよー」
「しかもS女?!」

外を見ると、確かに寺嶋がいた。
校門の前で、他の学校の制服を着た女子生徒と話している。

「……っておい裕太、どこ行くんだよっ」

窓の傍にいた三人のうちの一人が、鞄を放りだして階段を駆け降りていく。

「……なんだあ?あいつ」
「ああっ、もしかしてアレじゃね?!ミサキちゃん!」
「ミサキって…あぁ、合コンの。ってじゃあ、あの子が海斗の元カノ?!」

マジかよーっ、と残った二人は興味津々で窓から身を乗りだしている。



「………」

――あいつ、女がいるぞ

河西の言葉を思い出す。
だからなんだよ、と思うのに、なぜかその場から動けない。
二人から目が離せない。

――好きだ

寺嶋にそう言われたことが、もうずっと昔のことように感じられた。

「裕太、完全に邪魔だろ…」
「あ、戻ってくる」
「……慰めてやっかぁ」
「てゆうかあいつら、楽しそうだな」
「ヨリ戻すんじゃね?したら、合コン頼もうぜ」



「……バカみたい」

遠ざかっていく声を聞きながら、ぽつりと呟く。
そして、濡れている自分の手をじっと眺めた。





 
「……じゃあ九時に、いつもの店で」

電話を切ると、ぼんやりと夕焼け空を眺めた。
疲れていた。
さすがに毎日は無理があったのかもしれない。
でも今は、何も考えたくなかった。



「……久しぶりだな」

ここで会うのは二週間ぶりだった。
学校でもほとんど顔を合わせなかった。

「………。なんの用?」

川を眺めたまま言った。

「おまえ何してんだよ、学校こねえし家にもいねえし」
「……ストーカー対策」

立ち上がりながら、彼を見る。

「てゆうか、用は何?俺、忙しいんだけど」
「……まだあのバイト、」
「あんたには関係ない」
「またそれかよ、」

溜め息混じりに寺嶋が言う。
それを無視して歩きだすと、ぐいっと腕を掴まれた。

「……離せよ」
「これ」

差し出された封筒。

「……なに、」
「……ラブレター?」
「まじキモい」

無理矢理押しつけられたそれの中身を見て、目を見開いた。

「………なんだよ、これ」
「全然足りてねぇんだけどさ、取りあえず先に渡しとこうと思って」
「……は?」
「飯はちゃんと食えよ?」

寺嶋はそう言って笑った。

「……なんで、」
「言ったじゃん、俺が買うって。足りねえ分はちょっと待ってろよ、月末までにはなんとかすっから」
「………」
「なぁミケ、バイトやめろよ」

ただ呆然として突っ立っている俺に、寺嶋は真剣な顔で言った。

「……なんの為に、こんな、」

言葉が上手くでてこない。

「……俺さ、」

夕日が彼の頬を照らす。

「……俺の知らないところでおまえが誰と何してるのか考えると、頭がおかしくなりそうになる」

穏やかに流れる、川の音。
夏の夕方の匂い。

「もうそういうの、耐えらんねぇ」
「………。あのさ、確かに俺は、あんたのこと嫌いじゃないけど別に好きでもない」
「………」
「てゆうか俺、そういうのよくわかんない」

今まで誰かを、好きになったことなんてないから。

「それにやっぱり、あんたのこと信用できないし」

誰かを信じたこともないから。
だからそれがどういうことなのか、よくわからないけど。

「……ミケ、」
「……けど、もしかしたら信じられるようになるかもしれない」
「……え?」
「それでも、いい?」

あんたが何を望んでるのか、わからないけど。

「それでもあんたは、俺のことを好きでいてくれる?」

俺がそれを叶えてやれるのかもわからないけど。

「……人に見られてる」

腕のなかで呟くと、いいよと寺嶋は言った。

「そんなん、どうでもいい」
「………」
「……もう、どこにも行くな」
「………」

ぶっと吹きだした。

「あんたほんと、恥ずか…」

からかう言葉は途中でかき消される。

「………」

重なる唇の温度を感じながら、俺は静かに目を伏せた。


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