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第4章
9.海斗side
しおりを挟むその日は週の中日だったせいか、客が少なかった。
「寺やんさぁ、なんか最近楽しそうだよねぇ」
洗い物をしていると、上原が絡んできた。
「そうっすか?」
「しかも、なんか日焼けしちゃってるしー」
「あ、海行ってきたんすよ、先週」
洗い終わったグラスを布巾で拭きながら、ふぅんと上原は言った。
「彼女とー?」
「あぁ、まぁ…そっすね」
今度は二人で行くのもいいかもな、と思った。
あいつ、喜んでたし…海だけじゃなくて、もっといろんなとこに連れてってやりたい。
そんなことを考えていると、春日さんの声がした。
「ちょっと上原さん!暇なら上、手伝ってください」
「……え~~」
お疲れっす、と言いながら振り返ってぎょっとした。
「春日さん…それ、」
彼女はあぁ、と呟いて恥ずかしそうに笑った。
「この前ちょっと、焼きすぎちゃって…」
小麦色に染まった肌。
それはそれで、彼女に似合ってはいるけれど。
「えー、春日っちの水着姿、俺も見たかった!勿論ビキニだよね?」
上原に茶化されて、彼女は僅かに頬を赤らめる。
「なに言ってんですか、もう」
「ふぅーん、いいなぁ寺やん」
「……は?」
意味深な視線を投げられて、どうやら致命的な勘違いをされている事に気づいた。
「いや、違いますよ?」
「いやいや、いいと思うよ?俺は」
いやいやいや、なに勝手に納得してんだよオイ。
「だから、そうじゃなくて…」
「まぁ、仲良くやんなさいよ」
上原はにやりと笑ってぽんと俺の肩を叩くと、キッチンから出ていった。
「………?」
春日さんは意味がわからない、という顔をしている。
……うまくいかないなぁ…
俺は苦笑いを浮かべつつ、皿を洗うことに専念することにした。
今日のバイトは七時までだ。
そのあと、ミケと一緒にユカリさんのお店に行くことになっている。
可奈さんは仕事が終わり次第、合流するとのことだった。
ユカリさんのお店がどういうところなのか興味はあったし、ミケと待ち合わせなんてちょっと新鮮なので楽しみだ。
交代間際にタイミング悪く客が増えてしまい、待ち合わせた場所には少し遅れて到着した。
姿が見えないので辺りを見回せば、こともあろうか男にナンパされている。
おいコラ、と割って入る前に、ミケが俺に気づいて走りよってきた。
その時ちょっとした優越感?を抱いてしまった自分も、どうかとは思うけど。
……油断できねえ…
海での事といい…今更だけどミケは男にモテる。
俺は意外と普通な感じのナンパ男を睨みつけながら、ぽこんとミケの頭をハタいた。
「なにしてんだよ」
「なんにもしてないよ。アイツがいきなり話しかけてきて…、てゆうかあんたが遅いから」
ミケは少しムクれた顔で言った。
「今日で補習、終わりだったんだろ?お疲れ」
「……うん」
携帯を出しながら、小さく頷くミケ。
「可奈さん、九時頃になるって」
「そっか」
夜の街を、並んで歩きながら話す。
「てゆうかさ、ユカリさんの店ってどんなとこ?」
「……行ってみれば、わかると思うけど…」
ミケの返答は、どことなく歯切れが悪い。
「………」
「………」
そもそもその店って、どこにあるんだ?
駅から結構、歩いたけど…。
……てゆうか、ここはどこだ?
周囲には瞬くネオン、そして客引きのお姉さん達。
そこは普通の高校生にはあまり縁がない、アダルティーな世界…。
だけどその時俺は、ある意味とんでもない事に気がついた。
聞こえてくる笑い声が、お姉さんじゃない。
ぎょっとして周辺を注意深く観察してみれば。
……男がいっぱい…
年齢層は様々だけど、まったくと言っていいほど女がいない。
「………」
俺は愕然として、標識を探した。
……てゆうかそうだよ、ユカリさんってあきらかに…
ちょうどその時、ミケが立ち止まった。
「……ここだよ」
そのお店の表には、周囲の店のようにネオンや写真のパネルはない。
……一見、普通のバーに見えるけど…
俺はごくりと息を飲みながら、おそるおそる木製の扉を開けた。
「あら、いらっしゃい。さっそく来てくれたの?」
カウンターのなかで、ユカリさんが笑顔で言った。
「……あ、こんばんは」
なんとか挨拶をしたものの…笑顔は引きつっていたと思う。
そんな俺の様子に気づいたのか、ユカリさんは慌てた表情になった。
「ごめんね海斗くん、びっくりしたわよね。もうミケっ、ちゃんと話しておきなさいって言ったでしょう?」
「……だって、」
ミケが口を尖らせる。
「あのね、海斗くん。ここは全然いかがわしいお店じゃないから。健全な、ゲイバーだから」
……ゲイバーって…
まじかよとミケを見ると、彼は気まずそうな顔をして目を逸らした。
「ええと…とりあえず何か飲む?アルコールは駄目だけど」
笑顔で言ったユカリさんは、相変わらず綺麗だった…。
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