nesessary(BL)

kotori

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早朝。

ベランダで煙草を吸っていると、隣りに祐希がやってきた。
貸してやったシャツはぶかぶかで、袖が余っている。

「俺も吸っていい?」
「未成年はだめー」

ちぇ、とむくれる祐希を見て笑い、髪を撫でた。

「おまえさー、家帰んなくていいの?」

つきあいはじめてから、祐希は頻繁にここに泊まる。
そして家には帰らずにそのまま学校に行っているようだった。
喫煙よりもむしろ、そっちの方が問題な気がする。

「俺んち、そういうの自由だから」
「心配とかされないのか?」
「さあ…興味ないんじゃない?」

ふうん、と言って煙を吐きだした。
あまり詳しくは知らないが、祐希の家は結構複雑らしい。

――母親が再婚してさ、連れ子が超感じ悪いの

いつかそんな事を言っていた。

――おまえが言うなら、相当だな

――なんで?俺、いい子じゃん

……自分の子どもに関心がない親なんて、いるんだろうか

単に祐希の場合、多感な年頃に親の再婚が重なって反抗期に拍車がかかっただけなのかもしれない。

……反抗期ねぇ…

なんだか懐かしい響きだ。

「学校にはちゃんと行けよ?」
「わかってるよ」

そう言いながらしがみついてくる祐希の身体は、少し冷たくなっていた。





祐希が学校に行ってからまた眠って、次に目が覚めたのは昼過ぎだった。
シャワーを浴びて飯を食い、仕事に行く準備をして部屋を出る。
日に日に暖かくなっていく外の空気を肌に感じながら、駅までの道のりを歩いた。
途中でスーパーに寄って、買い出しをする。



そしていつものように店を開ける準備をしていると、裏口のドアが開く音がした。
よく遅れてくるバイトの田浦かと思って顔をあげたけど、そうじゃなかった。

「おう」

ドアの向こうから現れたのは、無精ひげを生やした中年の男。
ド派手ウエスタンな格好が妙に似合う五十二歳。

「……いつ帰ってきたんですか」
「昨日」



「相変わらずだな、」

客のいないカウンターで、グラスを傾けながら男は笑う。

「オーナーも。どうでした?ラスベガス」
「永住したい」

酒と女とギャンブル。そして旅。
それがこの店のオーナーである山崎の生きがいであり、全てだ(と本人が言っていた)。
ろくでなしもここまでくると、なんだか潔さを感じる。

「みやげ」

どん、とカウンターに置かれた謎の物体。

「……なんですか、それ」
「さぁな、その辺に飾っとけ。ツキを吸い寄せるんだってさ」

放浪好きの山崎は、いろんな国を旅しては妙ながらくたを買ってくる。
それは店内の至る所に無造作に放置されているが、不思議とこの店の雰囲気に調和していた。
多国籍というよりは、無国籍。
それはまるで、この界隈で生きる人々のようだと思う。

「……ほどほどにしといた方がいいですよ」
「何が」
「いろんなことを」
「ははは、俺の人生だ。俺の好きに生きるさ」

くわえていた煙草を灰皿に押しつけながら、山崎は笑った。

「………」
「……そう言うおまえは、どうなんだ」
「俺ですか?まぁ、ぼちぼち…」

多くを求めることはなく。
かといって、諦めたり投げやりになったりすることもなく。
好きなように、生きてる。

「そうか」

どうでもよさそうなのに、決して視線を外そうとはしない。
俺は山崎の、その目が苦手だった。
何もかもを見透かされているような気持ちになる。

その時また裏口のドアが開いて、田浦が駆け込んできた。

「すいません!授業が長引いて…」
「いいからさっさと準備しろ」
「はい!……ってオーナー?帰ってたんですか?!」
「おう、久しぶりだな坊主」
「坊主って…」
「いいから早く着替えろ」

田浦は不満げな顔でロッカー室に向かう。

「あの子は?オレンジの髪の」
「ナツは休みです。……手ぇださないでくださいよ?」

だすかよ、と山崎。

「さすがに娘と同い年はなァ」
「………」

山崎には離婚した嫁との間に娘がいる。
今でもたまに会っているらしい。

「茜ちゃん、元気ですか?」
「おう、この間説教されたよ。もっとちゃんとしてくれって」

なんとなくその時の様子が想像できて苦笑いする。
茜ちゃんは昔会った印象だと、父親にはまったく似ていないとてもしっかりした子だった。

「心配してるんじゃないですか」
「どうだかな」

山崎は眉を寄せて、グラスの酒を飲み干した。

「……だけど幸せになって欲しいよ、あいつには」
「………」

俺は空になったグラスを受け取りながら、曖昧な笑みを浮かべた。


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