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第3章 1
しおりを挟む祐希の母親に会ったのは、一緒に住みはじめて二週間が経った頃だった。
待ち合わせた喫茶店には時間よりも早く着いたが、彼女は既に窓際の席に座っていた。
なぜすぐにわかったのかというと、その横顔が祐希によく似ていたからだ。
――遅くなってすみません、
そう声をかけると彼女はびくりと反応して立ち上がり、深々と頭を下げた。
――……息子が、お世話になってます
小柄で線が細いところも祐希にそっくりだった。
ただその表情は硬く、少しやつれているように見えた。
とても寒い日だった。
空は厚い雲に覆われ、昼間だというのに外は薄暗かった。
「俺には理解できねえよ」
ビールを飲みながら那波は言った。
「自分の子どもがボコられてんの知ってて、何もしなかったんだろ?信じらんねぇ」
そんな奴母親でもなんでもねぇよ、と那波。
「……俺も、そう思う」
祐希の身体に残る幾つもの傷跡は、思わず目を背けたくなるほどの痛々しさで。
もう平気だからと笑う祐希を見ていると、余計許せなくなった。
彼を傷つけた養父。
それを止めなかった母親。
……だけど、その理由があったとしたら
祐希の母親は実際に会ってみると、想像していたイメージとかなり違っていた。
顔は確かに似ていたし、若い頃はさぞ美人だったであろうという面影もあった。
けれど態度も話し方も控えめで、終始何かに怯えているような様子だった。
彼女はひとしきり謝罪の言葉を述べた後、涙を浮かべながら話し始めた。
祐希が生まれてすぐ、彼の父親が借金を残して蒸発したこと。
それをなんとかする為に、昼も夜も必死で働いていたこと。
――……それであの子には、とても淋しい思いをさせてしまって…
数年前に再婚した時、彼女はこれですべてが上手くいくと思った。
――ようやくあの子にも、家族のぬくもりを与えてあげられると思いました
ところが、再婚相手の男は連れ子である祐希に暴力を振るうようになる。
そしてそれは日々、エスカレートしていった。
――……だけど、私には止められなかった
なぜならその頃にはもう、彼女は働けない身体になっていた。
――でもあの子には、幸せになってもらいたかったんです
せめて高校だけでも、卒業させてあげたかった。
けれど長年無理を続けてきた彼女の身体は、もう限界だった。
それに今離婚して家を出たところで、この先自分が息子に負担をかけてしまうのは目に見えていた。
どうにもならない負の連鎖のなかで、ずっと耐え続けていた祐希。
けれど母親である彼女もまた、苦しんでいた。
――……私が、いけなかったんです
彼女は俯き、声を震わせながら言った。
――私が、間違えてしまったから、
テーブルの上にぽたぽたと涙が落ちる。
――あの子を守れるのは、私しかいなかったのに…
――……祐希は、あなたを恨んでなんかないですよ
俺はぽつりと言った。
――むしろ、感謝してました。一生懸命育ててくれたって
――………
――あなたには、幸せになって欲しいって言ってました
いつの間にか、降りだした雨。
俺は泣いている彼女を残して、喫茶店を出た。
交錯する思い。
彼女もまた、追い詰められていたんだと思う。
そしてもしかしたら、祐希を傷つけたその男も、また。
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