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回想6
しおりを挟む――ごめん、俺…おまえの気持ちには応えられない
あの日俺は、戸倉にはっきりとそう告げた。
そして、いつもの日常が戻ってきた。
あれから戸倉とは時々飯を食べに行ったりはしたけど、それはあくまで同僚としてだ。
お互いに終始そういう態度を崩さなかったし、必要以上に深い話をしたり部屋に遊びに行ったりはしなかった。
いくら部署が違うとはいっても同じ会社で働いてる以上、これからも関わることはあるだろうし出来れば気まずい関係にはなりたくない。
だから、そういうふうに割りきって貰えて助かったのは事実だけど。
「………」
それでもまったく意識しなくなったわけではない。
……いや、てゆうかむしろ、前より…
「……マキちゃん?」
「え?」
はっとして顔をあげる。
そこには心配そうな顔をしたアヤちゃんがいた。
「大丈夫?疲れてるみたいだけど…」
「あ、あぁ。うん」
「最近忙しいもんね…。私も今月は残業ばっかりだよ」
溜め息混じりに言う。
「まぁでも、その分(萌えを)補充してるし平気なんだけど!」
「……補充?」
「それでね、話を戻すけど…先方が出来ればもう一度話を聞きたいって言ってるの。出来れば同席してもらえると助かるんだけど…」
「あぁ、うん。いいけど」
「本当?!じゃあ日時が決まったらすぐ連絡するね。セッティングや資料の準備はこっちでやるから」
今度何かお礼するね、と笑顔で言ってアヤちゃん去っていった。
……あぁ…やっぱ癒される…
「頼られてんねぇ、」
ぼーっとしていると、いつの間にか隣りに立っていた桑原さんがにやにや笑いながら言う。
「や、たまたま担当と顔見知りなだけで…」
「いやいや、ポイント高いよ?こういう時に頼りになる男は」
ぽんぽんと肩を叩かれる。
「解決したみたいだな」
「何がです?」
「なんか最近、ぐだぐだ悩んでたじゃん」
「ぐだぐだって…」
まぁ、そうなんだけど…。
……解決、したのか?
「ところでマキちゃん」
「へ?」
「報告書、まだ出てないんだけど」
「……あ」
やべえ忘れてた!
「すみません、すぐに!」
あああ今日こそ早く帰ろうと思ってたのに!
「オミ!」
と、そこに現れたのは中沢だった。
「あ、桑原さん。お話し中すんません」
「いや、いいけど」
「どうしたんだよ」
「どうしたやない、おまえなんやのこれ」
「……あ、」
目の前に突き付けられたのは、領収証の束。
「ごめん…うっかり忘れてて」
「うっかりて…これ半年分はあるで?」
呆れ顔で中沢が言う。
「経理の可愛い新人ちゃんが泣きついてきてん。てことで、おまえこれ責任持って自分で処理せぇ」
「えええ?!」
「今日中やで!できんかったら自腹覚悟な」
「マジかよ…」
「自業自得だな」
桑原さんは苦笑いだ。
「それ出来たら、上手いこと言うて上に通したるから。頑張りや」
「ううぅ…」
ほな、と中沢は領収証の束を置いて去っていった。
「いい同期に恵まれてよかったなぁマキちゃん。あ、その報告書は明日までね」
「ハイ…」
ああああ結局今日も残業かよ…。
そしてなんとか、報告書は完成させたものの。
「あー…」
手付かずの領収証の束を見て、大きな溜め息を吐く。
「まだ残ってたんですか」
突然声がして振り返ると、そこには戸倉が立っていた。
お疲れ様ですと言って部屋に入ってくる。
「おう、お疲れ」
「最近忙しそうですね」
「まぁ…今はどこもそうだろ」
先日大手の取引先との契約が打ち切られ、各部署がその対応に追われているのだ。
「戸倉はなんで居残り?」
さすがにこの時間ともなると、社内に残っている人間は少ない。
「実は昨日から、新人の教育係を任されたんですが…」
その新人が何かとやらかしてくれるらしい。
「始末書なんて書いたのは、生まれて初めてですよ」
「へー、それは大変そうだな…」
新人の扱いに手を焼いている戸倉の姿を想像すると、なんだか笑ってしまう。
「おまえの教育係は中沢だったんだっけ?」
「はい。やたらと色んな店を連れまわされました」
「はは、あいつ気に入った後輩にはそうすんだよ」
「よく合コンのセッティングを頼まれましたが」
何やってんだよあいつは…。
「……あの、」
「ん?」
「よかったらそれ、手伝いましょうか?」
「え?」
「計算してまとめるんですよね?」
「ええっ、や、でも」
それは正直、すごく助かるけど…!
「もう、時間も遅いし…」
「二人でやった方が早いですよ」
戸倉は笑顔でそう言うと、領収証を手にとった。
「すげぇ速ぇ…」
「専門分野ですから」
山のようにあった領収証をあっという間に計算してしまった戸倉は、書類の方も手伝ってくれた。
「……いや俺、こういうのすげぇ苦手で」
「先輩はデスクワークよりも、アクティブな仕事の方が向いてそうですもんね」
くすくすと笑いながら戸倉は言った。
「いや助かったよマジで!」
領収証をホッチキスで留めながら言う。
「お役にたてたなら、良かったです」
戸倉が浮かべた笑顔に思わず気を取られた、その瞬間。
バチン、と嫌な音がした。
「いっ…つ!」
「何してるんですか」
「や、たいしたことないから…」
人差し指に刺さった針を抜きながら言う。
傷はそんなに深くはなく、ほんの少し血が出た程度だ。
「ちょっと待っててください」
部屋を出ていった戸倉が持ってきたのは、救急箱だった。
「そんな大げさな、」
「バイ菌が入ったらどうするんですか」
そう言って俺の手をとり、消毒液を傷口にかける。
「いっ…」
「我慢してください」
手当てをする彼の手つきは、とても優しくて丁寧だった。
「………」
……あれ?
なんか俺、どきどきしてる…?
……ってゆうか、顔があつい…
その時、ふと顔をあげた戸倉と目が合った。
「……あ、」
「あ、いた!戸倉さぁん」
その時部屋に入ってきたのは、総務の橋本まどか。
「あのぉ、パソコンが壊れちゃったんですけどぉ。なんかぁ、全然動かなくなっちゃってぇ」
舌たらずな口調の彼女は、にこにこ笑いながら言った。
「だからぁ、もう帰っていいですかぁ?」
「いいわけないだろ!」
……え?
「えぇー?なんかもう面倒くさいし―」
「あぁもう…わかったから、」
戸倉は溜め息混じりに言うと席を立った。
「じゃあ蒔田さん、失礼します」
「お、おう…色々ありがとな!」
彼は爽やかな笑顔を残して、部屋を出ていく。
……そっか、あいつの担当って…
「………」
……あれ?
なんか…、胸がつかえるような…。
「……疲れてんのか?」
理由はよくわからなかったがまぁいいやと思いつつ、俺は席を立った。
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