九尾の狐、監禁しました

八神響

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三章 壊れゆく日常編

四話

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「ちょ、ちょっと別の所から出よっか。あそこは通りづらそうだし……」

 相生も校門にいる不審な男を目撃し、引きつった顔で方向転換しようとする。

 相生は人を見た目で判断する性格はしていない。そんな相生でも近付きたくない『ナニカ』がその男にはあった。

 本来妖怪が人間に変化すると、妖気は限界まで抑えられ、普通の人間相手なら関わっても違和感を覚えられることすら無い。

 変化が上手い妖怪なら陰陽師でさえも騙すことも可能である。もちろん感知能力が高い陰陽師や同じく変化を得意とする妖怪には、どれだけ上手く变化しても見破られることはままあるが。 

(善人代表みたいな委員長ですら避けたくなる、か。まああんな圧迫感のある人間なんかいるはずないし、本能で警戒するのも頷ける)

 大黒の見た限り、校門にいる男の変化は決して下手ではない。

 しかし、隠しきれていない力の一端がその男を妖怪だと断定させる。 

(……誰かを探してるみたいだけど、まさか俺じゃあないよな。いや、違う。俺が今すべきことは観察じゃない)

 男を警戒するあまり一瞬その場に立ち尽くしてしまった大黒だったが、頭を振って自分のなすべきことに目を向ける。

「そうだな、別にどこから出ても大して距離も変わらないし裏門から帰るか」

 大黒の返事に相生は安堵して少し早足になりながら裏門に向かう。

 大黒が今やるべきこととは一刻も早くこの場から離れること。さらに言うなら相生を男から離れさせることだった。

 あの男の目的が大黒ではなかったとしても、霊力の高い大黒の姿を見られたら絡まれる可能性が高い。

 陰陽師に恐怖心を抱いている妖怪や人間に友好的な妖怪であればいいが、男が纏っている暴力の気配はどう見ても人間に害する側の存在である。

 そして戦いに発展してしまったら大黒の近くにいる相生は確実に巻き込まれる。

 見知らぬ人間がいくら命を落とそうとも意にも介さない大黒だが、知己に対してはそうもいかない。

 特に今は磨を見殺しにしてしまった直後ということもあり、そういうことには普段以上に敏感になっていた。

(こうなるとむしろ委員長には家に来てもらった方がいいかもしれないな。あいつの目的は分からないが、もし暴れられでもしたら構内にいる委員長にも被害が及びそうだし)

 大黒は相生があの男の近くに行くことのないように画策する。

 だがそれも、

「お! やーっと見つかったぜ! おいちょっと待てよそこの腕なし!」

 男の声によって全て無駄となってしまう。

「ね、ねぇ、もしかしてあの人大黒くんの知り合い……?」

 ある程度の距離があったにも拘わらず、その声は相生や大黒の耳にきちんと届いていた。

 そして内容が無視できるものではなかったため、相生の足は止まってしまう。

「そんなわけないだろ。あんなヤクザみたいな奴見たこともない。きっと向こうの勘違いだよ。それか片腕の奴が俺以外にもいるとかだ」

 相生の質問を口早に否定し、今度は逆に大黒が相生の手を引いていく。

「おい! 止まれって! 黒いTシャツにチノパンの腕なし!」

 しかし男は大黒の事情など関係ないと言わんばかりに、大黒の特徴を羅列していく。

「あそこまで言われると大黒くんのことを言ってるようにしか聞こえないんだけど……」
「気のせい気のせい。そんな量産型大学生みたいなのそこら辺にいっぱいいるって」
「片腕に関しては大黒くん専用装備だと思うよ?」

 大黒も大黒で男や相生の言うことは聞かず、どんどん男から遠ざかっていく。

「ちっ!!」

 どう見ても止まる気はない大黒に業を煮やしたのか、男は強く舌打ちをした。

 それも聞こえていたが大黒は変わらず無視をし続ける。すると次に聞こえてきたのはドッ! という激しい音だった。

「!」
「えっ……?」

 そして激しい音を大黒が聞いたとほぼ同時に、男は大黒と相生の目の前に現れた。

「これでもう無視出来ねぇだろ。会いたかったぜお前によぉ。」
「……誰だよ、こっちはお前みたいなのに覚えはない。これ以上絡んでくるなら警備員呼ぶぞ」
「か、か、か。好きに呼べばいいじゃねぇか。どうせ困るのは俺じゃあねぇ」

 大黒は渋い顔になり、男は笑う。

 相生は状況についていけておらず、直前まで男がいた場所と目の前の男とを交互に見て目を白黒させていた。

「はぁー……、何の用なんだ。こちとら心も体も調子が悪くてお前みたいなのに構ってる余裕は無いんだよ。そもそも普段から面倒事には関わりたくないのに……」
「そう邪険にするなって。勘違いしてるかもしれねぇが俺はお前と話がしてぇだけなんだ。暴れるつもりもねぇし、取って食おうなんてこれっぽっちも考えちゃあいねぇ」
「それをわざわざ言う時点で信用出来ないんだって。その選択肢がある奴しかそういう注釈はしないしな」
「ちょ、ちょっと待って!」

 睨み合いになりかけていた二人の間に、相生が割って入る。

「あなたが誰かは知らないけど、大黒くんは本当に体調が悪いので話をするなら別の日にしてあげてくれませんか……? 今日は家で休ませてあげたいんです!」
「あぁん?」

 そこで初めて男の目に相生の姿が映る。

 成熟した体で足を震わせている相生を見て、男はニィっと歯を見せて笑う。

「お……」
「分かった! 話をするだけだな、じゃあ付いていってやるからお茶くらいは奢ってくれよ?」

 笑顔のまま男は何かを言おうとしたが、その前に大黒が相生の体を自分の背中に隠して男の提案を飲む。

「何だよ、急に物分りがいいじゃねぇか」
「人間急に心変わりすることくらいあるんだよ。朝令暮改って言うだろ、それくらい人間の心はふわふわしてるものなんだ」
「えっ……、でも、大黒くん……!」

 話がまとまりそうになり、相生は慌てて大黒を引き止めようとする。

 そんな相生を安心させようと、大黒は振り返って苦笑いをする。

「まあ、多分大丈夫だって。話をするだけみたいだし、あんまり時間もかからないだろ。話さえ終わったら直帰してちゃんと家で休む、だから委員長が心配することじゃないさ。それより今日はありがとな、……今日はっていうか今日も、か。とりあえず代返と教授への弁解だけは頼んだ。そこだけは俺じゃどうしようも出来ないし」
「そ、それはするけど……!」
「てなわけでまたな、委員長。……おい、行くならとっとと行くぞ。周りの目が痛すぎる」

 言うだけ言って大黒はスタスタと学校を出ていく。 

「おーおー、勝手な人間だなぁ。か、か、あんたもあんな男の傍にいるなんて大変だ。ま、わりぃな。あんたの男借りてくぜ」

 男も相生に少しの言葉をかけて、大黒の後をのしのしと付いていく。

(……良かった、委員長には悪いけど今はこれが最善だ)

 大黒は男が素直に付いてきたことに心から安堵する。

 そして先程、男が相生に向けていた目を思い出して背筋を震わす。


 ――――男が相生に向けていた目、それは捕食者の目に他ならなかった。
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