引きこもりたい伯爵令嬢

朱式あめんぼ

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Episode.05 始まりの鐘

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 小さく笑って差し出した手。

 「触れます。」

 頼りなく震える手にディルクはそう告げて、左手でわたしの手を支え、右手に持つ短剣で親指をピッと軽く切った。


 〝汝、我に誓うか〟


 国霊が問う。その言葉に、誓わなくて済むならどれほど楽だろうかと笑って、〝誓うよ、誓いたくはないけれど〟と心の中で答えた。

 〝逃げなくて良いのか〟

 そんな国霊の反応に驚く。わたしの声が聞こえたのだろうか。少しの間をおいて、〝逃げないよ。逃げたいけれど〟と応える。

 〝おやしなやつだ〟

 国霊が笑う気配がした。

 〝ならば良い。汝、誓いを〟

 ぷくりと膨らみ出た赤い血目の前の紙へと押し付ける。赤い色はジワリと滲んで、しかし、指を離すと滲みは見えなくなった。


 〝誓いは果たされた。汝、名を〟


 王が微かに笑っていた。まさか、聞かれていたのだろうかと冷や汗を垂らしながら礼をし、壇上を降りる。

 〝ルクリア・ピンセアナ〟

 ディルクの手を支えに進みつつ、言葉を返す。こちらを見る多くの人間が一気に視界に入り、一瞬、足が止まった。

 込み上がる吐き気を堪えて、国霊に尋ねた。

 〝貴方の名は?〟

 ディルクの手が離れ、元の場所へとゆったり戻れば、また別の人間が壇上へと上がった。一人ひとり、話すことのできる国霊は違うのだろうかと、喉元の気持ち悪さに気づかないフリをする。

 〝我が名を決めるのお前だ、ルクリア。国霊は名を持たない〟

 声だけの、見えない国霊の名前。せめて其の姿が見えればいいのにと思いながら、自分の中にある単語を探す。

 ふわり、と髪から匂ったあの薔薇の香り。ルクリ・スア。

 〝スア、は?〟

 こんな決め方でいいのかわからない。それでも、わたしの中ではとてもとても、大切な名だ。

 〝短い名だ。ーーーしかし、良い〟

 どうやら、国霊はその名を気に入ってくれたようだった。


 〝我が名はスア。白きグレイスを咲かせしモノ〟


 国霊、スアは高らかに告げる。


 〝汝が望めば力を貸そう。見えずとも、我は汝のそばに〟


 なんとなく。本当になんとなく、スアはそこ・・にいるのだと思った。

 〝我の力が必要ならば、一言あれば良い〟

 鐘が鳴る。いつの間にか、全員の誓いが終わったらしい。


 〝呼べ、ルクリア。ーーー我が名を〟



 姿の見えないスアは、そう言って、私の胸に咲く白いグレイスをより一層美しく成長させてみせた。



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