36 / 41
Episode.05 始まりの鐘
4
しおりを挟む国王が壇上を降りると、貴族の誓いが無事終わったらこともあり講堂内の空気が少し軽くなった。しかし、式は続く。
学院長の話が終わると、学徒会の会長が壇上へ上がった。薄灰色の髪に、同じ色をした目尻の上がった瞳が印象的なその会長は、国王のいる緊張するであろうこの場面で堂々と話している。
その自信溢れる姿に惹かれ、羨望する。そして、次の瞬間には劣等感や、この場所にこんな自分がいることを恥ずかしく感じて、逃げたくなるのだ。人の視線が急に気になって、怖くて、俯いて、震える体を抑えて、せり上がる気持ちの悪さに涙が零れそうになる。
そっと、静かに取り出したハンカチを口元にあて、ゆっくりと息を吸う。慣れた薔薇の匂いに息の吐き方を思い出す。
堂々とした会長の話は終わらない。他の新入生たちが聞き惚れている中、一人、わたしはただひたすらに早く終わるようにと願い続けた。
「あの方、宰相の息子なのか。」
「ええ、今年の学徒会長には期待したいところですからね。」
「それにしても宰相に似た風貌だな。」
「見事な演説だと言えよう。」
「本当に、いつ見てもここは貴族社会の縮図のようだ。」
長い式典に気が緩んだらしい来賓たちの声。会長。期待。貴族社会の縮図。
手に持つハンカチを握りしめ、会長へと視線を上げる。
パチリ
視線が合う。強い薄灰の目が細められるのを見て、これが偶然などではなく、見られていたということに気付く。
強くこみ上げる吐き気。口の中に溢れる唾液に限界を悟る。しかし、ここで退席すれば目立つことは間違いない。
必死に呼吸をしていると、会長は壇上を下り、新入生の代表である公爵令嬢が短い挨拶を述べて式典は静かに終わりを迎えた。
頭に響く鐘の音。
一人ひとり退場するそのゆっくりさがもどかしく、それでも、お母様の姿を描いて後に続く。
講堂を出たところで、慌てるように一歩踏み出しーーー目が合った。藤色の髪が美しいその公爵令嬢は、にっこりと微笑んでみせた。
せり上がったのは〝こわい〟という感情。
逃げるように辺りを見回しても当然のように知る顔はいない。冷や汗が背中を伝い、指先がやけに汗ばんでいた。優雅なんてそんなこと考える余裕はなく、この場から逃げることだけを考える。
周囲で行われる軽やかな挨拶は恐怖心やら焦燥感やらを急き立てる。おかしな自分に視線が集まるのがわかって、それらは募るばかりだった。
そして、唯一、わたしの記憶にある白い、雪のような色が視界に入る。
「せ、セネシオ様…っ!」
見つけた唯一の知り合いに駆けると、彼が驚くのがわかった。大きく見開かれた美しい白に、混乱状態にあった頭が冷静さを取り戻す。
ダメだ、これではお兄様のときと何も変わらない。
「すみません、私…失礼いたします…っ。」
周りの反応を見るのも怖く、自室への道を一心に辿った。
0
あなたにおすすめの小説
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる