引きこもりたい伯爵令嬢

朱式あめんぼ

文字の大きさ
40 / 41
Episode.05 始まりの鐘

しおりを挟む


 朝、目が覚めると、あれほど不調を訴えていた体は驚くほど軽くなっていた。昨日のあれが嘘のように思えるほど。

 「ルクリア様、おはようございます。」

 礼をしてベッドへと歩み寄ったソフィは、安心した様子で笑っていた。

 最初に日と比べると、素の表情が多くなったように感じる。もしかすると、彼女自身が白衣のフレッドの言葉を意識しているのかもしれない。



 「汗もかいたようですので湯浴みにいたしましょう。」

 珍しく積極的なソフィに連れられて浴場へ入ると、薔薇の匂いがそこを満たしていた。


 「…薔薇の、香り。」


 肺まで満たす香りにそう零すと、ソフィはええ、とどこか嬉しそうに頷く。

 「ルクリア様はいつも薔薇の香りがするハンカチをお使いになられていますよね。お部屋も薔薇の香りがしますし。」

 明るい表情でソフィは話す。

 「きっと薔薇の香りがお好きなのだろうと考えまして、庭師の方に協力していただきました。」

 ソフィの話を聞きながら、すうっと薔薇に浸された空気を吸い込む。この匂いが、学院の庭に咲く薔薇の香り。

 …いつか、この目で、この鼻で、この手で触れることができればいいな、と思った。


 湯浴みをしながら、ソフィはわたしに言う。

 「私はまだまだ未熟で、ルクリア様がどういった方なのかわかっておりません。」

 ソフィーナ以外の他人に頭を洗われる感覚はまだ慣れない。ソフィーナとは違う違和感を感じながら目を閉じる。

 しかし、聴覚はしっかりとソフィの言葉を捉えていた。

 「ですから、私、ルクリア様が安心できる空間を作れるよう精進いたします!」

 バシャバシャと髪の毛を雫が伝う。良い人だなあ、と思った。

 「私に言いたいことかあれば不平不満でも、何でもでも仰ってください。私、へこたれませんし、より良いものへと改善してみせますので!」

 振り返ると、その瞳をキラキラとやる気に満たしたソフィがいた。

 本当に、初めて会った日の彼女とはまるで別人。やる気に満ちたソフィは美しかった。

 「…ありがとう、ソフィ。…そう言ってくれると、とても嬉しい。」

 頑張って浮かべた精一杯の笑みに、ソフィはメイドらしく、でも嬉しそうに「はい。」と応えた。


 「…ソフィ、せっかくだから一つだけ、…良い?」

 恐る恐る尋ねたわたしに、ソフィは意気揚々と応えてくれる。



 「わたしは薔薇の香りが好きというより、〝ルクリ・スア〟という薔薇の香りが好きなの。」


 ソフィのやる気に満ちた瞳がショックに染まった。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

処理中です...