快傑!紅烏(ベニカラス) 蘇る大江戸ヒーロー伝

冨井春義

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序章 紅烏登場

黒河豚(くろふぐ)の駒三

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夕暮れ時に源三郎は深川の裏長屋に戻った。
長屋の入り口にある木戸をくぐり抜けると、何やら騒々しい。
男たちの怒鳴り声、そして泣きわめく娘の声。

「いったいどうしたんだい?」
源三郎はその場に集まっている長屋の住民たちに声をかけた。
振り返ったしじみ売りの助蔵が応える。

「ああ、旦那。大工の平吉のところにやくざ者が押しかけてきて大変なんでさあ」

見ると源三郎の二軒隣の平吉宅の玄関から、三人のやくざ者が泣きわめく、まだ十になるかならないかの平吉の娘の髪を掴み引きずりだそうとしている。
平吉はおそらく殴られたのであろう顔を泣き腫らして座り込んでいた。

「おいおい、おめえら。子供に何乱暴してやがる」

思わず源三郎は声を上げた。
やくざ者たちは一斉に源三郎に目を向ける。
そのうちのひとり。頬に刃物傷のある目つきの悪い男が源三郎に歩み寄ってきた。

「お侍さん、これは平吉のこさえた借金の取り立てなんでさあ。十両払えねえってんなら娘を貰っていくのが約定なんですよ。口を出さねえで貰いてえ」

「平吉、ほんとうか?」

「・・博打でやられたんです。しかし十両なんてとんでもねえ金は借りてねえはずなのに。。」

平吉はうなだれたまま応えた。

「利息ってものがあるんだよ。十両払えねえなら娘は貰っていく。なあお嬢ちゃん、これも親孝行だと思いねえ。それにこれからは綺麗な着物着て、毎日美味いもの食って暮らせるんだ。有難く思いな」

「いやだ、いやだ!おとっつあん、助けて!」

懸命に泣きわめき助けを求める平吉の娘を見て源三郎は意を決した。

「おいおめえら、どこの身内だ」

「あっしは黒河豚一家の代貸を務めるまむしの松吉というケチな野郎でさ」

「そうか、なるほどな。イカサマ博打で借金を負わせ、年端も行かねえ娘を掠め取ろうとはたしかにケチな野郎だ」

その言葉を聞いた松吉の顔色が変わった。

「なんだと!食い詰め浪人が俺たちの稼業にアヤ付けようってのかい。おい、お前らこのお侍にちっと世間てもんを教えて差し上げな」

「へい」
弟分のふたりのやくざどもが源三郎に掴みかかろうとしたその刹那。
蝮の松吉の喉元に冷たく嫌な感触が走った。

(いつの間に?)

まさにいつの間にか・・誰にも見えないうちに抜き放たれた源三郎の刀の刃が、ピタリと松吉の喉元に触れるか触れないか紙一重の位置で止められていた。
源三郎は抜刀したそのままの姿勢で啖呵を切る。

「おうおう!てめえらガタつくんじゃねえ。俺の手元がちょいと狂えば兄貴分の首と胴が泣き別れになるぜ。今日のところは平吉と娘に手を出すんじゃねえ。いいか」

やくざどもは声も出ずその場に立ちすくんだ。
松吉も同じくピクリとも動けなかったが、この状況で言葉を返したのはさすがに度胸を売り物にする渡世人ではあった。

「てめえ抜きやがったな。斬れるものなら斬ってみやがれ。しかしそれで済むと思うなよ」

「思ってねえよ。俺は武州浪人、三浦源三郎ってもんだ。要は十両払えばいいんだろうが。だが代貸じゃ話にならんな。貸元のところへ案内してもらおう」


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「お武家様にうちの若い衆が粗相いたしましたかな」

黒河豚一家の根城は立派な大店おおだなのような構えである。
いや、もともとは本物の商家から巻き上げた店なのかもしれない。
帳場に座りキセルを盆に叩きつけながら、野太く凄みのある声で話す黒河豚の駒三は、その稼業名のとおり関取のような体躯の持ち主である。

「しかしうちも稼業ですからな。他人の米びつに足突っ込むような真似されちゃ黙っちゃいられやせんぜ、ええと三浦様でしたな」

対面する源三郎の周りを囲むように、黒河豚の代紋を背負った半被を着た男たちが六名ほど座っている。
何か事があれば源三郎を袋叩きにする陣形だ。

「ああ俺は武州の三浦源三郎だ。武士が名乗ったからにはおめえとはきちんと話をつけるつもりだよ」

駒三は大きな目をギョロリと動かし源三郎の顔を睨みつけた。

「ほお。いったいどのように話をつけたいとおっしゃる」

「平吉の借金の十両は俺が肩代わりするぜ。だがな、実をいうと俺も十両なんて大金持ち合わせちゃいねえんだ」

「ではさらにこの駒三から借り入れなさるおつもりですかね?利息はお安くありませんぜ」

「いや、黒河豚の親分は剣の腕を高く買ってくれると聞いたのでな。それで支払いたい」

「三浦様とやら。あなたの腕に十両の値打ちがございますかね?」

「それは代貸に聞いてみな」

その言葉を聞いた松吉は思わず目を伏せた。
駒三はその様子を見て、荒い鼻息をたてながらくぐもった笑い声を立てた。

「代貸の松吉は蝮の二つ名を持つ油断ならねえ野郎でしてな。その松吉が大人しくあなたをここまで案内してきた。しかもここに来て若い衆に囲まれていてもまったく恐れていやせんな。それは空度胸じゃねえ。腕に絶対の自信を持っていなさる」

駒三は慣れた手つきでキセルに煙草を詰めて火を着ける。
それを一服して煙を吐き出しながら話をつづけた。

「たしかに十両なら安い買い物かもしれませんな。ようござんしょう。早速、明日は一仕事していただきやすぜ。代わりにたった今、平吉の借金は破り捨てましょう。それでいいですな・・・先生」
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