快傑!紅烏(ベニカラス) 蘇る大江戸ヒーロー伝

冨井春義

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序章 紅烏登場

紅烏現る

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「先生方には今夜も一仕事お願いいたします。深川で水揚げなさる、町奉行・岡田新右衛門様の警護です」

黒頭巾組の詰め所になっている部屋で、黒河豚の駒三がそう言った。

黒河豚一家最大の縄張りは深川の岡場所だ。
岡場所とはつまり遊郭のことであるが、吉原のような幕府公認の遊郭ではない。
つまり、非合法な私娼なのである。

では非合法であるにもかかわらず、なぜこれほど堂々と営業できるのか?
それは考えるまでも無いことであるが、代官、奉行といった幕府の要人たちを抱き込んでいるからである。

要人たちは金品の授受はもちろんであるが、様々な接待も受ける。
たとえば新しい娘たちが集められると、その中から選りすぐりの器量の良い生娘たちが彼ら要人の夜伽に供されるのだ。
これを「水揚げ」と称していた。

今夜「水揚げ」するのは町奉行の岡田らしいが、もちろんこれはお忍びのお遊びであるから、奉行所の役人に警護させるわけにもいかない。
そこで黒河豚一家に雇われた剣客集団である黒頭巾組の出番というわけだ。

「仕事までにはまだ時間があります。酒とお食事を運ばせますから、それまではゆっくりとお寛ぎください。では後ほど」

言い残すと駒三は部屋を出て行く。



「三浦さん、先ほどのあなたの剣技。ほんとうに感服いたしました。あなたほどの使い手に出会ったのは初めてです」

運ばれて来た飯を食う源三郎に、さかんに話しかけているのは庭で立ち合った山村宗助である。

「いくら感服されてもな、武芸なんざ戦がなきゃ無用の長物よ。太平の世じゃやくざの使い走りにしかならねえ。あまりのめり込まずに学問でもやれよ」

「学問も大切ですが、武芸を極めないでは武士とは言えません」

「何が武士だ。その大層な武芸で今夜何をするかわかっているのか?腐れ奉行がイカサマ博打の借金のかたに連れてこられた、人様の娘子を手籠めにして苦界に堕とす手伝いだぜ」

「そ・・それは。。」

「おめえみたいな若い者がなんでこんな外道な仕事をやってるんだ?悪いことは言わねえ。早く足を洗いな」

うなだれた宗助は立ち上がるとそのまま部屋を出て行く。
その様子を見ていた組頭の佐藤平右衛門が話しかけた。

「あまり言ってやるな。浪人は皆金に困っている。おぬしもそうだろう?誰も好き好んでこんな仕事しているわけじゃない。山村にも事情があるんだよ」

「・・ふん」

源三郎はそのままゴロリと横になった。


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夜道を進む駕籠かごの一行がある。
駕籠の周りを取り囲むのは、六人の覆面の侍たち『黒頭巾組』だ。
その前後には黒河豚一家の代紋を背負った半被はっぴを纏った十名ほどの若衆たち。
それぞれ手にはやはり代紋の入った提灯を持っている。
そして籠に乗っているのは町奉行の岡田新右衛門である。

「松吉、あとどのくらいだ」

籠の中から岡田の声が聞こえた。
岡田の案内役は蝮の松吉である。

「へい、岡田様。あと一町ばかりでございます」

「そうか。良い娘が揃っておるのだろうな?」

「それはもちろんでさあ。器量の良い娘を選んでおります。しかしなにしろ皆生娘ですからな、どうかお手柔らかにお願いいたしやす」

「くっくっく。最初は多少痛い目にあわすかもしれんがな・・・じきに悦楽を味合わせてくれよう」

「へえ。たっぷりと仕込んでやってくださいまし」

黒頭巾組の一味として警護に加わっている源三郎も反吐が出そうなほどに腐り果てた会話である。
元はと言えば長屋の顔なじみの平吉の苦境を救うためだったとはいえ、自らも外道になり果てたことに愛想が尽きる。
しかし、自責の思いにふけっている時間はそれほど長くはなかった。

(ん?なんだあれは)

行く手に何やらひらひらと動く赤い物が見える。
大きな鳥の翼のようなものだ。

「おい、みんな。用心しろ!何か来るぞ」

源三郎が皆に声を掛けると

「ふん、やはり出やがったな・・」

松吉がつぶやくのが聞こえた。

黒頭巾組と黒河豚一家の若衆たちの間に緊張が走る。

鳥のように見えた物は、こちらに向かって歩いてくる異形の者であった。
袖と裾を派手な赤いだんだら模様に染め上げた、やたらと丈の長い黒羽織を着こんでいる。
これが翼のように見えたのだ。
羽織には赤い三本足のカラスの紋が付いている。
源三郎たちと同様に黒い頭巾と覆面で顔を隠しているが、これにも赤い縁取りがある。
そして朱塗りの鞘の太刀を一本差し。

(・・紅烏?)

源三郎は昨日、静音から聞いた噂話を思い出した。
三山神社の使い、紅い八咫烏。。。

その紅烏が人語を発した。

「無用な殺生は望まん。駕籠を置いて立ち去れば良し。さもなくば・・・」

はらりと紅烏が長い羽織を翻えす。
するといつの間にか左手に朱塗りの鞘、右手には抜き身の刀を持っている。
それらを翼のように広げて立ちふさがりつつ、こう告げた。

「斬る!」
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