快傑!紅烏(ベニカラス) 蘇る大江戸ヒーロー伝

冨井春義

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序章 紅烏登場

突入

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「日が落ちるのも随分と早くなりましたな」
黒河豚の駒三は、広い花鳥の間の回廊側のあけ放たれた障子から見える深川の風景を眺めながら言った。

「さて、岡田様には遠路たいへんご足労おかけいたしました。先だっては思わぬ悪賊の邪魔が入りましたが、今宵こそは新しい花鳥の水揚げをよろしくお願いいたします」

「駒三、今宵は本当にあの紅烏の邪魔は入らんのだろうな?」

好色だが臆病者の岡田は、不安を隠しきれていない。

「はいどうぞご心配なく。階下には二百名の強者どもが控えておりますし、岡場所内も多くの身内の者が見回っております。紅烏は空でも飛べない限り、この花鳥の間に近づくことさえできません」

そう言うと駒三はポンポンと手を打った。
仲居が料理の膳を運んでくる。

「今宵、岡田様には五人の生娘を水揚げしていただかねばなりませんですからな、ひときわ精の付くお食事をご用意いたしました」

駒三の言う通り、料理は河豚の白子や鰻の胆、そしてスッポンの吸い物など、精力料理が主であった。
しかし岡田はもはや待ちきれない様子で急かした。

「料理も良いが早く女たちを呼んでくれ。何、儂にとって五人の相手など日常茶飯事、精力料理に頼ることなど無用だわ」

駒三が目配せすると、仲居のひとりが襖を開けた。
奥の間から五人の娘たちが恐る恐るといった足取りで部屋に入ってきた。
年のころは最年長の娘でも十八、まだ十五にも満たない娘も居る。
華やかに着飾ってはいるが、その表情は一様に固い。
娘たちは駒三に指図され、岡田からよく見える場所に並んで座らされた。
岡田はその娘たちをひとりひとりを舐め回すように眺めると、ごくりと生唾を飲む音をたてて言った。

「うーむ、さすが音に聞こえた花鳥よな。いずれ劣らぬ美形揃いだ」

「はい、容姿のみならず育ちも良い娘たちを選んでおります。しかしなにしろ花ならまだ蕾の生娘たちでございますゆえ、何かと不調法かとは存じますがお許しください」

駒三の言葉を聞いた岡田の顔はもはや涎を垂らさんばかりである。

「なになに、お前たちそう固くなるでない。この岡田が蕾のお前たち皆を女として立派に花開かせて進ぜようぞ。安心して任せい。ぐふふふ」

そう言うと奥の間に敷かれた寝具に視線を送った。

その時である。
外の様子が何やら騒がしいことに駒三が気づいた。

「おや、なんでございましょうな。岡田様、ちょっと様子を見てまいります」

駒三は立ち上がると回廊に出て外を眺めた。
往来の群衆の様子がおかしい。
皆一様に空を見上げ、指さしたり騒いだりしている。

(ん?何の声だ?カラス?いやまさかこんな時刻に・・)

駒三は目線を上に向けた。
遠くに何やら飛行する影が見える。
それは大きな翼を持ち、深川の空をゆっくりと旋回していた。

(なんだあれは?鳥か?いや、それにしては大きすぎる・・・まさか!)

月明りに照らされたそれは、紅い翼の大きなカラスのように見えた。
慌てて花鳥の間に戻った駒三は大声で岡田に言った。

「岡田様すぐにお発ちを。残念ながら今宵の水揚げはお預けです。紅烏の野郎はやはり人間じゃねえ、ほんとうに空を飛んでやがる」

--------------------------------------------------------

三階の回廊の障子を突き破り、幸助の紅烏凧は花鳥の間にものすごい勢いで飛び込んだ。
飛び込むと同時に幸助は凧に身体を吊るしている帯を素早く外す。
乗り手を失った凧はそのまま襖を倒しながら奥の間に飛び込んでいった。

幸助は激しく広間に叩きつけられたが、畳の間であったのが幸い、転がりながらもなんとか受け身を取った。
それでも一瞬意識を失いそうになったほど身体のあちこちが痛い。

(ううむ・・いかん、のんびりしている時間は無い。岡田と駒三はどこだ?)

辺りを見回すと、部屋の隅にひと固まりになって震えて縮こまっている五人の娘たちが居た。
しかし、岡田と駒三の姿は無い。

階下から声が聞こえる。

『上の様子がおかしい。俺がちょっと見てくるから半助、おめえは人を集めろ』

源三郎の声である。
すぐに階段を駆け上がる声がしてその源三郎が飛び込んできた。

「どうした?段取りと違うぞ。岡田と駒三は?」

「見当たらん。俺が探すから、お前は少し時間を稼いでくれ」

そう言った幸助の紅烏は、懐より炭団のような黒い球を取り出すと、座敷の敷居を素早くこすった。
そしてその黒い球を階段に向けて投げる。

階段の方から勢いよく白い煙幕が噴き出した。
これも平賀源内の発明品、煙玉である。

源三郎は懐から紅烏の衣装を取り出すと素早く身にまとった。
手に持った長さ一尺ほどの紅い金属の棒を一振りすると、三段の蛇腹になった棒が飛び出し、二尺五寸ほどの棍棒になった。

「あまり長くは持たねえぞ。早くふたりを探してくれ」

「わかった」

紅烏に変身した源三郎はそのまま階段を駆け下りて行く。
そして幸助の紅烏は怯えている娘たちに近づいて言った。

「俺は本所三山神社の使いベニカラス、悪党どもからお前たちを救う者だ、恐れることは無い。あの悪党ふたりはどこへ行った」

娘たちが一斉に奥の間に目を向ける。
そのうちのひとりがなんとか声を振り絞った。

「あちらに、抜け穴がございます」

奥の間に入ると、さらに奥の襖を突き破り、紅烏凧が見える。
そのすぐ隣の隅の畳が外され穴が開いている。
そこには下に通じる階段が見えた。

(まさか抜け穴が用意してあったとは・・・しくじったか?)

階下からは激しい戦闘の音が聞こえる。
しかし加勢に行くわけにはいかない。
敵に紅烏はひとりであるように見せるのも、源内の書いた筋書きだからだ。

階下から大きな炸裂音が鳴り響いた。
すぐに源三郎の紅烏が飛び込んで来る。

「辛子爆竹を使った。ほんの少しは時間が稼げるが長くはねえ。奴らは見つかったか?」

「この先に抜け穴がある、そこから逃げたようだ」

「追うか?」

「いやだめだ、筋書きは破れた。抜け穴のむこうがどうなっているか分からないし、出口を塞がれたら袋の鼠だ。今は逃げることだけを考えよう」

「紅烏凧は使えるか?」

幸助は紅烏凧を破れた襖の間から引っ張り出して確認した。
そして凧の帯を身体に繋ぐ。

「意外に頑丈だな。骨も折れていないし翼も無事なようだ。ここからでは遠くには飛べないが、岡場所の外くらいまでは飛んで逃げられるだろう。しかしお前はどうするつもりだ」

源三郎は紅烏の衣装を脱ぐと素早く畳んで懐に仕舞った。
そして刀を引き抜く。

「俺はなにしろ黒頭巾組の先生だからな。ここでお前と斬り合っていたことにするさ。さあ、早く行け」

幸助は紅烏凧を背負い、回廊に向かって駆け出す。
そのとき階段を何者かが駆け上がってくる音が響いた。
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