快傑!紅烏(ベニカラス) 蘇る大江戸ヒーロー伝

冨井春義

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第二章 桜吹雪の男

浅草の的矢

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「先生、先生。起こしてすみません。ちょっとややこしいお客さんが来ているんです」

浅草寺の参道いわゆる仲見世にある的矢まとや「あたりや」の奥にある控え部屋で、昼間からちびちびと酒を舐めつつ居眠りをしていた源三郎は店で働く若い娘に起こされた。
的矢とは弓矢を使った射的のことで、難易度の異なる的を射て、当たればその的に応じた景品がもらえる、現代のパチンコに類する射幸性のある遊技である。
またこの種の店では矢を射ながら酒を飲むこともできる。店には数名の若い娘が居て酌をしたり、話し相手にもなるが身体は売らない仕来りだった。
パチンコとスナックが一緒になったような店と考えてもらえば近いかもしれない。

「ややこしい客だと?やくざ者か?」

源三郎は幸助の紹介でひと月ほど前より、この店の用心棒をしていた。
女ばかりの店ゆえに、時には質の悪い客がやってきて、娘たちに悪さしようとすることがあるのだ。

「いえ、お侍様なんですよ。的矢について何かと難癖をつけてこられまして」

「侍か。そいつは面倒だな。よしわかった行こう」

店に顔を出すと、なるほど身なりの良い若い侍が、店の女将であるお銀と言い争っている。
お銀は仲見世で的矢を営んでいるだけあって、男顔負けの度胸と気風きっぷの良さで知られた女である。

「ふざけんな、どサンピン。女だと思っておかしな因縁つけてんじゃねえよ」

侍を相手に一歩も引かない態度だ。

「仮にも旗本に向かってサンピンなどと申したな。許しておけん、無礼打ちにしてくれるわ」

若侍が刀の柄に手をかける。

(旗本の放蕩息子か・・たしかにこいつは面倒くさいな)

源三郎は慌てて割って入った。

「ちょっと待ちねえ。こんな真昼間に浅草寺の参道で刃物振り回すたあいただけねえ。いったい何を揉めてるんだ?」

「何だお主は?ここの用心棒か。この店はインチキだ。ちっとも当たらんぞ。矢が曲がっておるのだ」

そこでまたお銀が口を出す。

「曲がってんのはお前さんの腕の方だよ。それとも性根の方かい」

「なんだと!」

余計なひと言を言うお銀と若侍の間に、源三郎はまたも割って入る。

「まあまあお客さん、ここの女将は口は悪いが女手ひとつで稼業を背負っているから気が張ってるんだ。すまねえが勝負は時の運ということで勘弁してもらえねえか?」

すると若侍は源三郎に手に持った弓矢を差し出して言った。

「お主も当たらないのは拙者の腕のせいだと申すのだな。ではお主がこの弓矢で的を射てみろ。見事当てたら拙者の非を認めよう」

(さて、困ったな・・・)

源三郎は思った。
実際のところ、的矢の矢は微妙に曲がっているものなのだ。
客に簡単に当てられたのでは商売にならないからだ。

そのときである。
他の的で遊んでいたやくざ風の若い男が声を掛けてきた。

「お侍えさん、あっしもさっきからここで遊ばせてもらってますがね、当たらねえのはやはりあんたの腕のせいだと思いますぜ」

「なんだと!下郎の分際で愚弄するか」

「いや、よかったらあっしにその矢を射させてください。もし当たらなければ、どうぞこの首差し上げやすぜ」

男は自分の首を掌でポンポンと叩きながら言った。

(また妙な野郎が絡んできやがったな・・・)

源三郎はそう思った。

「面白い。その言葉忘れるな。戯言とは言わさんからな。やってみろ」

若侍は弓矢を男に手渡した。
男はにやりと笑ってそれを手に取ると、的に向かって引き絞る。
袖から覗く両の腕に、ちらりと見事な彫り物が見えた。

(おや?こいつは・・・)
その弓矢の構えを見て源三郎はその男に興味を持った。

矢が放たれるとそれは見事に的に命中した。
若侍は「ぐっ」と息を呑む。

「当りやしたぜ。さあてあっしはこの首を賭けたんですがね?お侍えさん、あんたはこのオトシマエ、どうつけてくださるつもりで?」

顔を真っ赤にした若侍が懐に手を突っ込み、財布より一両小判を取り出し床に叩きつけた。

「くそっ、覚えてろよ」

捨て台詞を残して若侍は足早に店を出て言った。

「お兄さん、ありがとうございます。それにしてもいい男っぷりだねえ。ウチの先生とは大違いだわ」

お銀は男に飛びつかんばかりである。
源三郎は苦虫を嚙み潰したような顔でお銀を睨む。

「お兄さん、名を聞かせておくれよ」

「名乗るほどのもんじゃねえが、遊び人の金の字とでも呼んでおくんなさい」

「金さんかい?よかったら私の奢りで飲んでおくれ。ほら、あんたたち金さんにお銚子お持ちしな」

「はーい」

店の娘も金さんに色目を使っている。
そして源三郎はすっかり用心棒の立場が無い。

「ええと、あんた金さんか?」

「へえ、なんでしょう」

ここで源三郎は、金さんと名乗る男にだけ聞こえる小声で話した。

「おめえさん・・・侍だな」
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