快傑!紅烏(ベニカラス) 蘇る大江戸ヒーロー伝

冨井春義

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序章 紅烏登場

三羽烏

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「岡田様、あともう少しです。その先にある階段を上れば外へ抜けられます」

花鳥の間の抜け穴から続く通路は長く暗い。
入り口に用意されていた提灯を灯しているが、せいぜい自分たちの身の回りしか照らされないので、臆病な岡田は怯え切って後ろを何度も振り返っていた。

「駒三、紅烏は追って来てはいまいか?」

「大丈夫です。仮に追って来ているとしても、外に出れば石の重しで通路を塞げますゆえ奴は袋の鼠ですよ。まあそれ以前におそらく、すでにうちの二百名以上の手勢が奴を殺していることでしょう」

「そ、そうか。階段はまだか」

駒三が手に持った提灯の灯りが上に登る階段を照らし出した。

「岡田様、上の様子を見ますので、その場でしばしお待ちください」

駒三は階段を音を立てないよう注意して登り、木の蓋を押し上げる。
そこから顔を出して、辺りの様子をうかがった。

「岡田様、大丈夫なようです。ささ、足元にお気を付けてお上りください」

岡田は慌てて階段を駆け上がった。
階段を上った先は、なにやら薄暗い屋内であった。

「駒三、ここはどこだ」

「河豚善のすぐ向かいあたりの小料理屋の裏手にある物置小屋でございます。汚いところで申し訳ございませんが、騒ぎが鎮まるまでしばらくここで様子を見ましょう」

駒三は抜け穴に蓋をすると、すぐそばに置かれていた石の重しを数個その蓋に乗せる。
岡田はひと安心すると、途端に尊大な態度が戻ってきた。

「駒三、お前は今回こそは紅烏に邪魔はさせぬと申したな。なのにこの有様は何事じゃ」

「へい、誠に申し訳ございません。しかしまさか奴めが空を飛んで来るとは思いもしませんでしたもので」

「言い訳はよい。この穴埋めは安くはないぞ。心せよ」

(何言ってやがる・・この好色奉行めが。てめえに利用価値が無ければこの場に生き埋めにしてやるところだ)

駒三は心の中で悪態をついた。

「それにしも汚い小屋じゃな。先ほどから何か上から埃が降ってきているぞ」

岡田は自分の肩口を手で払った。
言われて見ると駒三も頭がどうにもくすぐったいので、手で払う。
そうしてはらはらと二人の足元に散らばった物は、紅い鳥の羽であった。

「・・・・・!」

駒三は慌てて上を見上げた。
天井の梁の上に何か大きな黒い影が蠢いているのが見えた。

「な、なんなんだ・・?」

その影が声を発した。

「三山の使い、紅烏だよ」

「うわああああああーーっっ!!」

渡世人の世界では度胸でのし上がってきた駒三も、この時は恐怖の声を上げた。
岡田に至っては完全に腰を抜かし、尻餅をついている。

天井から黒い影がふわりと大きな翼を広げて舞い降り、ふたりに覆いかぶさった。

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「行方不明だった黒河豚の駒三と奉行の岡田は、翌朝、物置小屋の屋根の梁から素っ裸で縛られ吊るされていたのを発見されたそうだ。駒三のイカサマ賭場での女集めや、それをお目こぼしするのと引き換えに、金品を授受し罪もない娘たちを手籠めにしていた岡田の悪行をしたためた書状と共にな」

源三郎は立ち寄った幸助宅で、彼が聞き込んだその後の顛末を説明していた。

「ふーむ。いったい何者だ?そんなことをしたのは」

幸助が尋ねる。

「紅烏の仕業だともっぱらの噂だぜ。ふたりが縛られていた所には赤いカラスの羽が散らばっていたし、例の書状には赤い八咫烏の紋が描かれていたそうだ」

「すると俺たちの他にもうひとり、紅烏が居たということか。源内先生め、どうやら俺たちの知らない筋書をもうひとつ用意していたようだ」

「俺たちがしくじることも見越してな。まったく食えない先生だぜ」

「しかし岡田達を見つけたのは奉行所の同心たちだろう?結局悪事は闇に葬られるのでは?」

「いや、さすがに騒ぎが大きくなり過ぎた。老中の耳にも入っているし、すでに幕府の知るところになっている。もはや岡田は只ではすまねえし、駒三もだ。今、岡場所はひっくり返ってるぜ」

そこまで言うと源三郎は立ち上がった。

「ちょっと黒河豚一家に寄ってみるかな。まだ手当も貰ってねえしな」

しかしその黒河豚一家はもはや一家の体を成していなかった。
只働きとなった助っ人たちが怒鳴り込んで来ているが、無い袖は振れない。
元居た子分・子方のほとんどはすでに逃げ出している。
そんな中、蝮の松吉が後始末に必死の様子であった。

「よう松吉、大変そうだな」

松吉は源三郎の顔を見ると、意外に明るい笑顔を返した。

「へえ、親分がお縄になっちまいましたんでね。黒河豚一家の息のかかった茶屋、置屋、それに賭場もすべて役人に踏み込まれやした。おかげで女たちは晴れて自由の身でさあ。一家は解散するしかねえでしょうが、黒河豚一家が無くなってもやくざは無くなりやせんから、すぐに他の一家が深川を仕切りますよ」

「まあそうだろうな。しかしおめえは駒三なんかより小増しな器量なんじゃねえか?おめえが深川を仕切ればどうだい」」

「へっへっへ・・先生おだてちゃいけやせん。こんな状態ですからおだててもお手当はお支払できねえんですよ。まことに申し訳ねえことです」

源三郎は頭をボリボリと掻いた。

「まあ、当てにしちゃいねえよ。俺は明日から浅草の的矢の用心棒で稼ぐから気にすんな。まあ気張ってやんな」

「へえ、ありがとうござんす。おや、今度は黒頭巾組の組頭が参られましたぜ」

振り返るとそこに佐藤平右衛門が居た。
源三郎の顔を見ると、親しげに話しかけてきた。

「これは三浦殿。このたびはとんだ事になりましたな。雇い主が居なくなりましたので黒頭巾組も解散です。また働き口を探さねばならん」

「佐藤さん、あんたが三羽目だったんだな?」

源三郎の言葉を聞いて、平右衛門は視線を左上に泳がせた。

「はて、何のことかな」

「どうやって抜け穴の出口がわかった?」

平右衛門は大きくため息をついて、最早観念した口調で答える。

「もともと河豚善の建築には源内先生が一枚噛んでいたのだよ。抜け穴は後で付け加えたものだが、先生がひと目見れば見当がつく。出口は俺が見回りながら見つけておいたのさ」

「なるほどな。俺たちもすっかり欺かれたぜ」

「まあそういいなさんな。源内先生は常にいくつもの策を同時に立てているのさ。俺が失敗したときの策も用意していたのかもしれない。あの先生の頭の中身は俺たちには到底理解出来っこないよ」

「確かにな」

このようにして空飛ぶ快傑・紅烏(ベニカラス)は一躍江戸の評判となったのである。
この後も、江戸にさらなる悪党が現れ、紅烏の正義の鉄槌がくだされるであるが、それはまた次回のお話。
    
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