空手バックパッカー・リターンズ

冨井春義

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バンコク(タイ)

修羅場

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「*******!!!」

 中田さんの部屋に近づくと、早くも聞こえる女の怒鳴り声。
 それにしても、中田さんと言う人はやたら女とケンカしてる人だ。。。
 しかし、今回のケンカ相手は私も知っている人物です。

 とりあえずドアをノックしました。

「中田さん。冨井です」

 中から

「あートミーさん。どうぞ入ってください。開いてますから」

 まるでも何事もなかったかのように普通の声です。

「失礼しまーす」

 ドアを開け部屋に入る私とタカ。

 部屋にはベットのスペース以外のいたるところに、中田さんがあちこちから買い付けた品物が積み上げられています。 


「トミーッ!!*******!!!」

 その山済みの荷物の間で仁王立ちする女。白いブラウスにタイトなパンツ。
 黒くて長い髪。そして眉間にしわを寄せて鋭い目でこちらを睨み、早口のタイ語でまくしたてます。

「ちょっと待てプラー。そんな早口じゃわからん。ゆっくり喋れ」

 私は中田さんほどタイ語が堪能ではないので、聞き取れません。 

「トミー。あなた、何でお金を払わない?あなたがナカタに払うなと言ってるんでしょう!」

 ・・・は?お金??何のことだ。

「君が何を言ってるのか理解できない。お金って何だ?」 

「トミーさん・・」中田さんが日本語で話しかけます。

「いやあ、すみません。ちょっとした行き違いがあったんです」

「行き違いって?何で彼女、いきなりぶち切れてるのか?分けわかんないですよ」

 実際わけが分かりません。

「日本語で喋らないで!あなたたち、そうやってまた私を騙そうとしてるのね!この・・・」

 言うなり・・・ベットに置いてあった彼女のショルダーバッグを掴みます。

「あ!中田さん。バッグだ!ヤバい!!」

「おわあ!!」

 あわてて中田さんはプラーのバッグをひったくります。

 部屋に入るなりのわけの分からない展開に、タカは呆然と立ち尽くすしかなく、しかし、こっちはそれどころじゃなくなっている。。

「トミーさん!」中田さんがバッグをこっちにパスしてきます。

 バッグを受け取った私に、こんどは半狂乱になったプラーが、鬼の形相で掴みかかってくる。

「トミーイイイイイイイ!!!!」

「うわあああああああああ!!!」

 私、正直このときビビりました。怖いです。この女。。。

 しかし、次の瞬間。・・・・・バキッ!

 なんと中田さん。プラーの顔に思い切りパンチを入れました。

 ベットに倒れるプラー・・・私は後にも先にも女に顔面パンチを入れる男を目の前で見たのは、このときだけです。しかもナックルで。。。

「あああああ!!」泣き崩れるプラー。

「よくも・・・よくも・・やったわね。。あんたたち」

 ・・・いや、僕は何もしてないんですけど。。。 

「あんたたち!ひどいめに会わせてやるから!!」

 泣きながら、ポケットから取り出した携帯電話をどこかにかけるプラー。
 そして電話の相手に興奮した早口のタイ語で、何か訴えています。。

「トミーさん、ヤバい。。。すぐ引越したほうがいいよ」

「本当だ。ヤバそうですね・・・タカ、今すぐ部屋に戻って荷物まとめろ!」

「オ・・・押忍」

 わけが分からないタカにも、ヤバそうな空気だけは伝わったのか迅速に行動に移ります。 

「中田さんはどうするの?」私が訊ねると

「僕もとりあえず今夜は逃げます。サリカカフェで落ち合いましょう」

「師匠!荷物持って来ました!」

 タカが小さなバックパックふたつ持って、走りこんできました。

「よし、逃げるぞ!!」


 タクシーで、私とタカはスリウォンにある安ホテルに移動中。。。

「師匠、オレ、何がなんだかさっぱり分からないんですけど、一体何があったの?」 

「いや、実は僕にもさっぱりワカラン。とにかくプラーがめちゃくちゃに怒ってたのは間違いないんだけど。詳しくはあとで中田さんに聞くしかないな」

「そのバッグ、一体何なんですか?」

「え?ああ!」

 気が付くと、私はまだプラーのバッグをしっかりと持っていました。

「これな、こんなのが入ってるんだよ」バッグをあけて見せます。

 化粧ポーチなどに混じって・・・刃渡り20cmはある登山ナイフです。

「前にも一回、これを部屋ん中で振り回されて、大変だったことがあるんだ」

 なかば呆れ顔のタカが

「師匠たち、一体このバンコクで何をやってたんですか!?大体あの中田さんて人、あれなんですか?いくらなんでも女性の顔面をグーで殴りつけるのってヘンですよ、あの人!!」

「いや。。。まあ、いろいろクセの多い人なんだけど、悪い人じゃないんだ」

「かあッ!師匠もヘンですよっ!いいですか。悪いことは言わない。師匠はあの人とは絶対手を切るべきだ。そのうちもっとヤバいことに巻き込まれますよ」

 このセリフ。今日に至るまでタカの口から何十回聞いた事か。。。

(ゴメン。タカ。いまだに手が切れていない・・・)

 タカは完全に機嫌悪くなっています。  
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