貴族が通う学院に通う平民は、平穏な学院生活を送りたい

秋月 史明

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序章 嵌められた少年

第1話 プロローグ

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 追放――それは貴族社会においてはよくある話だ。
 家の名誉を守るために罪を犯した家族を追い出す。簡単に言えばこんな理由が多い。

 そして、3年後に貴族が通うことが慣例となっている学院に入学する予定の少年、ハルク・グランシードがたった今より追放される理由もそれだった。

「ハルク……力になれなかった。すまない……」

 重苦しい空気の中、ハルクの父であり、グランシード公爵家の当主のユクルス・グランシードが放った言葉は、謝罪だった。
 そもそも、ハルクが追放される原因になったのが冤罪なのだ。それも、かなり仕組まれていた。
 王家が本気で疑って、ようやく冤罪だと分かったのだ。

 ユクリスにはそれが分かっていたし、ここミランス王国の国王にも分かっていた。
 だが、糸は掴めても肝心の証拠が出てこなかった。

 故に、裁判では状況証拠を元に判決が出された。
 禁錮1週間。それが判決だった。

 それでもハルクが追放される事になったのは、ゼリシア公爵家を筆頭に他の貴族が圧力をかけてきたからだ。
 貴族の中で一番権力を持っているグランシード公爵家でも、数には勝てないのだ。

 王女の婚約者争いでハルクに負けたゼリシア公爵家の長男がハルクを嵌めた。これが国王をはじめ、ゼリシア派以外の貴族達の見解だった。
 だが最大派閥のゼリシア派には、やっぱり勝てなかった。

 仮に、ハルクが王家から信頼を得ていなければ、彼の首は繋がっていなかっただろう。

聖なる鶏セイント・グエ……いや、聖国研究会には気を付けろよ」
「はい」
「では……この時をもってハルク・グランシードをグランシード公爵家から追放とする」

 この瞬間、ハルクは王女に毒を送りつけた疑いで、グランシード公爵家の人間ではなくなった。つまり、平民になった。

   * * *

 聖国研究会――王国の者からは聖なる鶏セイント・グエと呼ばれるこの組織を知らない者は王家直属の組織にはいない。

 王室親衛隊は王族をこの組織の暗殺計画から幾度となく守ってきた。
 宮廷魔導師団は、この組織の様々な計画を諜報活動や戦闘で阻止してきた。

 そんな彼らは、聖国研究会の王室乗っ取り計画というネーミングセンスに欠ける呼び名の計画を洗い出していた。

 ……。

「ハルク・グランシードが追放されましたわ。これで、王女の婚約も破棄されました。聖国計画ホーリー・ネイション・プロジェクトは順調ですわ」

 薄暗い部屋の中に女の声が響く。
 聖国研究会でも知る者が限られているこの場所が王国の人間に知られた事も疑われたことも無い。

 そんな場所にいる彼女の名前はエリアナ。聖国研究会に5人しかいない第一階級に名を連ねている。

「この先も抜かりないように」
「分かっておりますわ。全ては聖なる国のために」

 聖国研究会の息がかかった者を王女の婚約者にし、王国を牛耳ぎゅうじって聖なる国を手段を選ばずに作り上げる。そんな聖国計画ホーリー・ネイション・プロジェクトを進めるために。

   * * *

「ハルク様、お待ちしておりました」

 追放され、平民の身となったハルクはグランシード公爵家の騎士団と魔導師団が共同で使用している宿舎に来ていた。
 公爵家の当主が恩情でハルクを騎士として雇った。表向きはそうなっているからだ。

「敬語はいらないですよ、自然な感じでお願いします。騎士団長のルメスさん」
「おう、そうか。部屋を教えるからついてきな」
「分かりました」

 ――それから1年の間、ハルクは剣術と魔術の鍛練を血を吐く思いで重ねた。
 というのも、騎士と魔術師の練習に付き合った時に馬鹿にされ、その悔しさが彼を奮い立たせたから。

 結果、騎士団の団長に剣で、魔導師団の団長の魔術師に魔術で勝つことが出来るようになった。
 かなり高い素質を持っているハルクが本気で鍛練を重ねたのだから、この結果は当然だろう。

 そして、彼はその実力を買われて王家直属の宮廷魔導師団に引き抜かれ、学院の試験に合格した後も入学する半月前まで鍛練に励み続けた。
 だが、12歳で親から引き離された苦い記憶が消えることは無かった。

 そして、公爵家から追放されても王家に近付くハルクを良く思わない者は当然いた。
 かつてハルクに王女の婚約者争いに敗れ、妬んだ挙げ句、聖国研究会の力を借りて彼を嵌めた者が。
 その者は家の権力に物を言わせて学院に入学する事が決まっていた。

 王国で自分達の願望を実現するために日人道的な手段も駆使して計画を進める聖国研究会。そして、その力を借りてライバルを蹴落とした者。
 対する、嵌められ、親から引き離され、名誉を失ったハルク。

 彼らの戦は春に行われる入学式から王立ハストル学院で幕を開けようとしていた。
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