貴族が通う学院に通う平民は、平穏な学院生活を送りたい

第1章 貴族は平民を貶めたいようです

第2話 学院の日常

「貴様ッ！　公爵家の俺を馬鹿にしたなッ！」

　雲一つない空の下、穏やかな天気とは裏腹に、王立ハストル学院の広い廊下で、長身の燃えるような赤い髪の少年が罵声を放つ。
　その矛先は、赤い髪の少年よりも少し背が低い青い髪の少年だ。

「貴方に座学の才能が無いのは事実ですよね？　まさか、ご自覚がないのですか？」

　無表情で淡々とそう言う青い髪の少年の名はハルク・グランシード。平・民・にしては珍しく家名を持っていた。

「平民風情がぬけぬけと……この俺に恥をかかせたこと、後悔させてやるッ！」

　王立ハストル学院の昼休みにこの騒ぎを聞きつけて集まった人だかりを赤い髪の少年が紳士らしからぬ足音を立てながら立ち去っていく。
　彼の名前はシャルア・ゼリシア。この王国に名を連ねる五大公爵家の一つ、ゼリシア公爵家の長男だ。

　ドカドカと足音を立てる彼と反対の方にハルクは歩いていく。

　そのハルクが食堂の椅子に腰を下ろした時には、授業が終わってから十分が過ぎていた。

「お隣、いいかしら？」

　そう言って、金髪の少女がハルクの隣に腰を下ろした。
　身に纏っている服は他の生徒と同じ制服だが、絹のようにしなやかな金髪に、整った美しくも可愛らしさのある美貌の彼女は良い意味で注目の的だ。

「王女様があの平民の隣に……」

　離れた席からそんな事を噂する者もいるが、二人は気付かない。

　ちなみに、公爵家の人間と一戦やらかしてきた平民なハルクは良くも悪くも注目の的だ。

「僕はこれで失礼します」

　あっという間にランチを平らげたハルクは隣に座る王女と会話を交える事なく、一礼してその場を去った。
　同時に、その空いた席を男子生徒達が狙って争いを繰り広げる。
　だが、その席についたのは銀髪の女子生徒だった。

　争いを繰り広げていた男子生徒達が残念そうに退散していく。

「レイシアも大変そうね？」

　銀髪の少女が王女にそう問いかける。

「私は平気よ。シルフィこそ、疲れたりしない？」

　王女が銀髪の少女、シルフィ・クリネアルに問い返す。
　周囲からは、魔導公家の異名を持つクリネアル公爵家の長女のシルフィと王女のレイシアが友人のように見えていた。
　実際そうなのだが。

「私はもう慣れたわ。レイシアは気疲れしてない？」
「大丈夫よ」
「無理はしないでね？　もし、あの人達が邪魔だったら、私に遠慮なく言ってね？　叩き潰すから」
「シルフィ……絶対にしないでね？」

　社交場のような雰囲気を漂わせる二人が物騒な事を話しているとは知らない周りの者（特に男子生徒）は美しい二人に見惚れていた。

　ちなみに、シルフィが言っている事は冗談ではない。彼女がその気になれば大半の生徒が地を舐めるだろう。
　魔導公家の異名は伊達ではない。

「しないわよ」

　シルフィが微笑みながらそう言う。

　……。

　同じ頃、ハルクは次の授業の教室で突っ伏して寝ていた。そして、貴族ばかりのこの学院で平民の彼にわざわざ話しかける者は今はいない。

「彼、また眠っているわね」
「平民の彼はご友人がいらっしゃらないのよ」
「そうだったわね」

　彼の後ろの席に腰かける女子生徒が割と大きな声でそんな会話をする。
　わざとらしい、彼を馬鹿にする会話が睡眠中の彼に届く事は無い。

　それからしばらくして、ハルクの背中を叩く者がいた。
　その時の乾いた音は、後ろで読書を楽しんでいた二人を彼に注目させた。

「ハルクっ！　いい加減起きなさいっ！　もう授業開始五分前よ！」

　銀髪の少女がそう声を上げる。彼女の隣には王女もいる。
　シルフィが声を上げたお陰で元々集まっていた視線がさらに増える。

「……ん？　なんだ、お前達か……」
　ゆっくり起き上がったハルクがそう口にした瞬間、この場にいるほとんどの者が目を剥いた。
　何故ならハルクが「お前達」と言った相手は公爵家の長女と王・女・なのだ。
　公爵家の人間が同じような事をしてもただでは済まないのに、平民のハルクがそんな事をしたらどうなるか、容易に想像がつく。

「直前まで寝たいから、授業始まるときに起こしてくれ」

　無礼を働くばかりか、ふてぶてしくシルフィに指図する始末。
　この場にいた赤い髪の少年シャルアは、ハルクが辿るであろう残酷な運命を想像して内心歓喜した。

「その時は本気で殴るわよ？」
「あ、お願いします」

　それなのに、また突っ伏して眠り出すものだから、周囲の者達は開いた口が塞がらなかった。

　それから十分、脳天に巨大なたんこぶを作ったハルクは黙々と板書を帳面に写していた。