魔女達に愛を

リーゼスリエ

文字の大きさ
70 / 200
ミリィ編②水の都リヴィエール

 ―リヴィエールの記憶―

しおりを挟む
リヴィエール。かつて水の都として栄え、多くの魔女と人間が共に生きていた地。

その中心にいたのが、アナスタシアという名の魔女だった。

――水の女王。
そう呼ばれた彼女は、他の魔女たちからも畏敬され、リヴィエールの長として都を治めていた。

澄みきった川、流れるような都市の景観、そして穏やかに共存していた人々。
そこには、力だけではない、魔女の品格と民への愛情が息づいていた。

アナスタシアの胸に、今も鮮やかに蘇るその日々。
しかし、ある時から歯車は狂い始めた。

――アナスタシア様。
側近の魔女たちは、昔から仕えていた優秀な者たちばかりだった。

その中でも、フィーネ、ラグリナ、ノエル。
三人は特に信頼していた。魔法だけでなく、心も通じ合っていた仲間だった。

だが、ある日。

「……最近、皆の様子が変です」

リヴィエールの西側地区を任されていたノエルが、苦しげにそう告げた。
明らかに、市民との関わりを避ける魔女たちの姿が目立つようになっていた。

最初は体調不良や、日々の疲れかと思われた。
しかし、それはまったく別の「病」だった。

「カリストの者が来ている」

そう口にしたのは、ラグリナだった。
その言葉を聞いた瞬間、アナスタシアの胸に警鐘が鳴る。

カリスト。
血統こそが魔女のすべてと信じる魔女国家。
外の魔女を見下し、混血や人間との関係を「汚れ」として排除する思想を持つ、強硬な勢力。

リヴィエールとは、まったく異なる理念を掲げていた。

「……まさか、この街にまで」

アナスタシアは、急ぎ街の巡回に出る。
そこには、市民を見下し、冷笑するような態度を見せる魔女の姿があった。
いつもなら笑顔で挨拶していた者が、今や無言で通り過ぎる。

「人間と暮らしても、力は弱まるだけだ」

そんな言葉を、はっきりと耳にした時。

アナスタシアは確信した。

――これは、侵食だ。
外からの思想が、確実に街を蝕んでいる。

フィーネは泣きながら報告した。

「カリストに忠誠を誓えば、新たな魔法を教えてくれるって……。そんなこと、あり得ないのに」

だが、信じる者は増えた。
魔女たちは次第に、アナスタシアの言葉に耳を貸さなくなっていく。

「あなたの理想は古い」

「人間と共存して、何の得があるのか?」

「力ある者が支配するのが、自然の摂理」

魔女達の瞳は、もうアナスタシアを見ていなかった。

そして、ある夜。

街の南門が開いた。

そこには、黒いローブを羽織った魔女が立っていた。
白銀の髪。冷たい瞳。まるで感情を持たない人形のような表情。

「……ようこそ、リヴィエールへ。カリストの……」

アナスタシアが言い切る前に、その者は微笑んだ。

「私達はカリストという国から来ました。血統正しき魔女の集いの代表です」

魔女たちはひれ伏した。

フィーネさえも。

「……何をしているの!」

アナスタシアが叫んだ時。

カリストの指が動いた。

魔法陣が広がり、青い水の輝きが黒く染まる。
まるで、都の水脈すら操るような感覚だった。

「力は正しき者に与えられる」

「血統、それがすべて」

アナスタシアの心が、凍った。

この街を守るために、どれほどの時を費やしてきたか。
人と共に歩むことの大切さを伝え、理解しあい、少しずつ育んできたのに。

そのすべてが、黒い染みのように崩れていった。

数日後。
魔女たちは一斉に街を出た。カリストに従い、アナスタシアに別れも告げず。

市民は、恐れた。

「魔女が去った」

「また、戦が起きるのでは」

「カリステが、街を滅ぼすのでは」

そして、逃げた。

――一人になった。

アナスタシアは、その日から静寂の中に身を置いた。

それでも、街を離れなかった。

このリヴィエールは、今は誰もいないかもしれない。
だが、過去に確かにあった愛と調和を、無にするわけにはいかなかった。

一人で街を守った。
水を清め、建物を直し、噴水を動かし続けた。

それは誰のためでもなかった。
ただ、ここが「帰る場所」になれるように。

「……誰か、来る気がするね」

空を見上げ、アナスタシアは微笑む。
昔の仲間の名を思い出しながら。

そして、噂を耳にした。

――ザサンの街が、開放されたという。
――アスフォルデの環の魔女達が、姿を消したと。

「……もしかして」

その予感は、確信へと変わっていた。

「アスフォルデの環が来るのかもしれないね」

水面が揺れた。

そこに映るのは、まだ見ぬ者たちの姿。

誰もいないはずの街。
だが、そこに流れる水は、今日も澄んでいた。

アナスタシアはゆっくりと、階段を降りた。
都の中心、かつて皆が集まっていた広場へと向かう。

迎えるために。
再び、この都に笑顔が戻る日を信じて。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴方がLv1から2に上がるまでに必要な経験値は【6億4873万5213】だと宣言されたけどレベル1の状態でも実は最強な村娘!!

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
この世界の勇者達に道案内をして欲しいと言われ素直に従う村娘のケロナ。 その道中で【戦闘レベル】なる物の存在を知った彼女は教会でレベルアップに必要な経験値量を言われて唖然とする。 ケロナがたった1レベル上昇する為に必要な経験値は...なんと億越えだったのだ!!。 それを勇者パーティの面々に鼻で笑われてしまうケロナだったが彼女はめげない!!。 そもそも今の彼女は村娘で戦う必要がないから安心だよね?。 ※1話1話が物凄く短く500文字から1000文字程度で書かせていただくつもりです。

勘当された少年と不思議な少女

レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。 理由は外れスキルを持ってるから… 眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。 そんな2人が出会って…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

処理中です...