魔女達に愛を

リーゼスリエ

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セレナ編⑥ノイエルとヴァルディア

夢を見た気分

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戦いは終わった。
 焦げた匂いと、破壊された地面の余熱がまだ残っている。
 雷と土の魔女は既に拘束され、魔力を封じる鎖が光を放っている。
 そして――残ったのは審問官、ノイエルとヴァルディア。

 二人は敗北を認めたわけではない。
 ただ、周囲を囲む魔女たちに、抵抗しても無駄だと悟って立ち止まっていた。
 その瞳は未だ冷たく、誇り高い鋼の色を失ってはいない。


 スラリーへの道のり、前を歩くリセルに向かってノイエルが口を開いた。

「……捕らえても無駄だ」

 声には疲労が滲んでいたが、その奥底にある確信は揺るがない。
 彼女にとって捕らわれることは屈辱ではなく、一時的な足止めにすぎなかった。

 リセルは歩みを緩めず、横目で彼女を見やる。

「夢を見せてあげる」

 ノイエルは眉を寄せる。

「何を言っている」

 だがリセルはそれ以上答えず、街の方角を見据えて歩き続けた。


 やがて、高原の街スラリーが視界に広がる。
 標高の高い場所に建てられたこの街は、夏でも涼しい風が吹き抜け、白い石造りの家々が陽光を反射して輝いている。
 市場の賑わいはすでに落ち着き、広場には市民たちが足を止め、鎖につながれた審問官たちを見つめていた。

 その視線には恐れと好奇心が入り混じっている。
 権威の象徴であった審問官が、今や敗者として連れられている光景は、誰にとっても異様だった。


 市庁舎の前――そこには健司と仲間たちが待っていた。
 カテリーナは腕を組み、冷ややかな視線をノイエルに向ける。
 クロエは長い髪を後ろで束ね、立っている。
 アウレリアは杖を片手に、二人の審問官を睨みつけていた。

 ノイエルとヴァルディアは、鎖につながれながらも堂々と健司の前に進み出た。
 ヴァルディアの口元がわずかに歪む。

「人間が……!」
 
その声音には侮蔑がはっきりと込められていた。

「誇り高い血統の魔女と相いれない」

 ノイエルも続く。

「人間の価値観と、我らの誇りは交わらない」


 その言葉に、カテリーナの瞳が怒りに燃える。

「何ですって……?」

 クロエも眉を吊り上げた。

「健司に向かってそれを言うの……?」
 
アウレリアは杖を一歩前に突き出し、今にも呪文を唱えそうな気配を見せる。

 周囲の空気が瞬時に張り詰める。
 だが、健司はその場で小さく笑った。
 挑発でも嘲笑でもない――不思議と温かみを帯びた笑みだった。

「血統の魔女とは……確かに、相いれないかもしれない」

 健司の声は穏やかだった。
 ノイエルとヴァルディアは、一瞬だけ表情を固くする。
 敵意をぶつければ反撃されると予想していたのに、予想外の同意が返ってきたからだ。

 健司はさらに言葉を続けた。

「でも、ノイエルさんとヴァルディアさんは……血統じゃないよね」

 
その瞬間、二人の目が揃って細くなる。

「……何を言っている?」

 健司は一歩前に出た。

「血統っていうのは、基本属性に準ずるものだから」
 
その説明は簡潔だったが、重みがあった。

 火、水、風、土、光、闇――
 そのいずれかの属性に極端に偏り、純粋で圧倒的な力を持つ者。それが血統の魔女。
 だが、ノイエルの氷と音の複合魔法、ヴァルディアの封印術は、それとは違う系譜に属している。

「だから、無理しなくていい」

健司は静かに続けた。

「審問官の本当の敵は、血統の魔女だろ?」


 健司の瞳がまっすぐ二人を見据える。

「だから、アナスタシアさんのこと……憎かった」

 その名が告げられた瞬間、二人の心に過去の記憶が甦る。
 水属性の血統として生まれ、常に先頭に立つアナスタシア。
 審問官にとって、彼女は恐怖であり、脅威であり、そして――羨望の象徴だった。

 だが、認めることはできない。
 彼女の存在は、自分たちの誇りと立場を根底から揺るがすものだから。


 ノイエルは口を開きかけて閉じた。
 ヴァルディアは視線を逸らし、何かを飲み込むように唇を噛む。
 健司の声は、まるで氷を溶かす春の陽光のように、二人の中に染み込んでいく。

「敵とか味方とか、そんな線引きよりも……」

 健司はゆっくりと言葉を選ぶ。

「あなたたちは、あなたたち自身でいればいい」


 長い沈黙のあと、ヴァルディアが低く呟いた。

「……なるほど」
 
ノイエルもまた、俯きながら息を吐く。

「夢を見た気分だ……」

 それは皮肉ではなかった。
 長く信じてきた絶対の価値観が、今、ほんのわずかに揺らいだのだ。
 敗北の悔しさよりも、その揺らぎの方が胸を締めつけていた。
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