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リーネ編②孤高の魔女
リーネの過去
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広間での話し合いが終わったあと、健司は深く息を吐いた。
重たい空気がまだ体にまとわりついているようだった。アナスタシアやカリオペの言葉は確かに正しかったが、グルバルやハートウェルの顔に浮かんだ影は消えていない。純血をめぐる対立は、これからも続くだろう。
「……はぁ」
思わず漏れた溜息に、隣で歩いていたリーネがちらりと視線を向けた。彼女の横顔は少し強張っていて、まだ怒りが消えていないように見える。
そのまま健司は足を止めた。
「リーネ、少し話せる?」
彼女は驚いたように瞬きをして、それから小さく頷いた。二人は用意されていた部屋に入る。扉を閉めると、広間のざわめきが遠ざかり、静けさが訪れた。
部屋には小さなランプが灯されていて、柔らかな光が二人の顔を照らしていた。
健司はベッドに腰を下ろし、リーネを見つめる。
「さっきの……魔法を放ったときのリーネ、少し怖かった」
正直に言うと、彼女は目を伏せた。
「ごめん。抑えられなかった」
「いや、謝らなくていいよ。でも……リーネ、昔何かあったの?」
健司の声は優しく、責める響きはなかった。
リーネはしばらく沈黙した。膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、唇をかみしめる。そして、ぽつりと口を開いた。
「……村にいた時にね。謎の集団が来たの」
健司は息をのむ。リーネの声は震えていて、その記憶がどれほど深い傷になっているかが伝わってくる。
「彼らは突然現れて、私たちに薬を試したの。強制的に。子どもから大人まで、関係なく……」
リーネの目には、遠い記憶の光景がよみがえっていた。
⸻
あの日、青空の下で遊んでいた。村の子どもたちと、木の実を拾ったり、川で水を浴びたり。
だが突然、白い外套をまとった一団が現れた。
彼らの顔は仮面で隠されていて、表情が分からなかった。
「この薬を試してもらう」
それは命令のように告げられた。
大人たちが抵抗しようとしたが、杖の一振りで倒れた。誰も逆らえなかった。子どもたちは泣き叫び、リーネも腕をつかまれて薬を飲まされた。
「……苦しかった。体が焼けるみたいに熱くて、吐き気も止まらなくて。誰も助けてくれなかった」
健司は拳を握りしめる。彼女の言葉に、怒りが胸を突き上げた。
「その集団は、村を出ていくときに言ったの。『有望な結果が出れば、白い塔に連れて行ってやろう』って」
「白い塔……」
健司は思わず繰り返す。アナスタシアやカリオペが言っていた、あの国の名が頭に浮かんだ。
「今思えば、あれは白い塔の国だったかもしれない」
リーネは苦しげに笑った。
「だからね、自分たちが偉いとか、血がどうとか……そういうのを見せつけられると、いらつくの。自分の都合で他人を実験台にした人たちと、重なって見えるのよ」
沈黙が流れる。健司は言葉を探した。
彼女の痛みに、安易な慰めは届かないかもしれない。けれど、黙っているだけでは何も伝わらない。
「……なるほど。確かに、嫌いかもしれないね。血だけで決まるなんて。そんなの間違ってる」
リーネが顔を上げると、健司は穏やかに微笑んでいた。
「でも、リーネの魔法はすごいよ。みんなを守ってきたし、今だって俺たちを助けてくれてる」
その言葉に、リーネの目がわずかに潤んだ。
「……ありがとう」
彼女は小さな声でつぶやいた。心の奥に閉じ込めていた不安や怒りが、少しだけ和らいでいくのを感じた。
「アスフォルデのみんなのことは好き。健司や、仲間たちも。アナスタシアさんや審問官の人たちとも、きっと分かり合えると思う。でも……血統主義の人たちとは、分かり合えないかもしれない」
その告白は、弱さでもあったが、同時に彼女の正直な気持ちだった。
健司は優しく頷いた。
「いいんだよ。無理に分かり合う必要はない。リーネがリーネでいることが大事なんだ」
「……いいの?」
「うん。僕はそう思う。分かり合えなくてもいい。ただ、リーネが自分を責める必要はないよ」
リーネの胸の奥に、じんわりと温かさが広がった。
自分を否定せず、まるごと受け入れてくれる存在がいる。その事実が、どれほど救いになるか。
「健司って、ずるい」
涙をぬぐいながら、リーネは微笑んだ。
「どうして?」
「そんな風に言われたら、もう……泣けちゃうじゃない」
健司は照れくさそうに笑い、彼女の肩にそっと手を置いた。
「泣いていいんだよ。全部出しちゃえばいい」
リーネは、こらえていた涙を流した。村での恐怖、怒り、無力感――それらが涙となって頬を伝う。健司は黙って寄り添い、その背中を優しくさすった。
やがて、涙が落ち着いた頃。リーネは深く息を吐いて、健司を見上げた。
「ありがとう。少し、軽くなった」
「それならよかった」
二人の間には、以前よりも強い信頼が生まれていた。
外の世界ではまだ純血派の思想がはびこり、争いは続いていくだろう。だが、少なくともこの瞬間、リーネは一人ではなかった。
健司は彼女の心に寄り添い、彼女はまた歩き出す力を取り戻した。
――そして、リーネは思う。
自分が怒りを抱えているのは事実だ。だが、その怒りをただぶつけるのではなく、未来を変えるために使わなければならない。
その決意を胸に、彼女は静かにランプの光を見つめた。
重たい空気がまだ体にまとわりついているようだった。アナスタシアやカリオペの言葉は確かに正しかったが、グルバルやハートウェルの顔に浮かんだ影は消えていない。純血をめぐる対立は、これからも続くだろう。
「……はぁ」
思わず漏れた溜息に、隣で歩いていたリーネがちらりと視線を向けた。彼女の横顔は少し強張っていて、まだ怒りが消えていないように見える。
そのまま健司は足を止めた。
「リーネ、少し話せる?」
彼女は驚いたように瞬きをして、それから小さく頷いた。二人は用意されていた部屋に入る。扉を閉めると、広間のざわめきが遠ざかり、静けさが訪れた。
部屋には小さなランプが灯されていて、柔らかな光が二人の顔を照らしていた。
健司はベッドに腰を下ろし、リーネを見つめる。
「さっきの……魔法を放ったときのリーネ、少し怖かった」
正直に言うと、彼女は目を伏せた。
「ごめん。抑えられなかった」
「いや、謝らなくていいよ。でも……リーネ、昔何かあったの?」
健司の声は優しく、責める響きはなかった。
リーネはしばらく沈黙した。膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、唇をかみしめる。そして、ぽつりと口を開いた。
「……村にいた時にね。謎の集団が来たの」
健司は息をのむ。リーネの声は震えていて、その記憶がどれほど深い傷になっているかが伝わってくる。
「彼らは突然現れて、私たちに薬を試したの。強制的に。子どもから大人まで、関係なく……」
リーネの目には、遠い記憶の光景がよみがえっていた。
⸻
あの日、青空の下で遊んでいた。村の子どもたちと、木の実を拾ったり、川で水を浴びたり。
だが突然、白い外套をまとった一団が現れた。
彼らの顔は仮面で隠されていて、表情が分からなかった。
「この薬を試してもらう」
それは命令のように告げられた。
大人たちが抵抗しようとしたが、杖の一振りで倒れた。誰も逆らえなかった。子どもたちは泣き叫び、リーネも腕をつかまれて薬を飲まされた。
「……苦しかった。体が焼けるみたいに熱くて、吐き気も止まらなくて。誰も助けてくれなかった」
健司は拳を握りしめる。彼女の言葉に、怒りが胸を突き上げた。
「その集団は、村を出ていくときに言ったの。『有望な結果が出れば、白い塔に連れて行ってやろう』って」
「白い塔……」
健司は思わず繰り返す。アナスタシアやカリオペが言っていた、あの国の名が頭に浮かんだ。
「今思えば、あれは白い塔の国だったかもしれない」
リーネは苦しげに笑った。
「だからね、自分たちが偉いとか、血がどうとか……そういうのを見せつけられると、いらつくの。自分の都合で他人を実験台にした人たちと、重なって見えるのよ」
沈黙が流れる。健司は言葉を探した。
彼女の痛みに、安易な慰めは届かないかもしれない。けれど、黙っているだけでは何も伝わらない。
「……なるほど。確かに、嫌いかもしれないね。血だけで決まるなんて。そんなの間違ってる」
リーネが顔を上げると、健司は穏やかに微笑んでいた。
「でも、リーネの魔法はすごいよ。みんなを守ってきたし、今だって俺たちを助けてくれてる」
その言葉に、リーネの目がわずかに潤んだ。
「……ありがとう」
彼女は小さな声でつぶやいた。心の奥に閉じ込めていた不安や怒りが、少しだけ和らいでいくのを感じた。
「アスフォルデのみんなのことは好き。健司や、仲間たちも。アナスタシアさんや審問官の人たちとも、きっと分かり合えると思う。でも……血統主義の人たちとは、分かり合えないかもしれない」
その告白は、弱さでもあったが、同時に彼女の正直な気持ちだった。
健司は優しく頷いた。
「いいんだよ。無理に分かり合う必要はない。リーネがリーネでいることが大事なんだ」
「……いいの?」
「うん。僕はそう思う。分かり合えなくてもいい。ただ、リーネが自分を責める必要はないよ」
リーネの胸の奥に、じんわりと温かさが広がった。
自分を否定せず、まるごと受け入れてくれる存在がいる。その事実が、どれほど救いになるか。
「健司って、ずるい」
涙をぬぐいながら、リーネは微笑んだ。
「どうして?」
「そんな風に言われたら、もう……泣けちゃうじゃない」
健司は照れくさそうに笑い、彼女の肩にそっと手を置いた。
「泣いていいんだよ。全部出しちゃえばいい」
リーネは、こらえていた涙を流した。村での恐怖、怒り、無力感――それらが涙となって頬を伝う。健司は黙って寄り添い、その背中を優しくさすった。
やがて、涙が落ち着いた頃。リーネは深く息を吐いて、健司を見上げた。
「ありがとう。少し、軽くなった」
「それならよかった」
二人の間には、以前よりも強い信頼が生まれていた。
外の世界ではまだ純血派の思想がはびこり、争いは続いていくだろう。だが、少なくともこの瞬間、リーネは一人ではなかった。
健司は彼女の心に寄り添い、彼女はまた歩き出す力を取り戻した。
――そして、リーネは思う。
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その決意を胸に、彼女は静かにランプの光を見つめた。
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