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リーネ編⑥ブラッジ
作戦
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白い塔の石造りの回廊は、しんと静まり返っていた。
先ほどまでの激しい戦闘の気配は消え、ただ冷たく硬質な空気が漂う。
壁に埋め込まれた青白い魔石が、幽かな光を放ち、無機質な影を延ばしていた。
その回廊を、ひとりの女が歩いていた。
マリエ――時空を操る魔女。野蛮な魔女の一員にして、残酷な笑みを常に浮かべる存在。
彼女の歩みはゆるやかで、まるで散歩でもしているかのような軽やかさだった。
だが、その背後にまとわりつく異様な気配は、獲物を弄ぶ捕食者のそれであり、近づく者を戦慄させる。
「さて……」
マリエの唇が、ゆがんだ笑みを描いた。
「ベルンドは死んだか。……あの死神が、まさかあんな最期を迎えるとはね。」
言葉には冷笑が混じっていたが、彼女の目の奥には微かな興味の色が宿っていた。
健司たちが見せた、ベルンドとの戦い。そしてその死に際。
「絶望から幸福を奪う」ことを喜びとするマリエにとって、それは理解を超える光景だった。
そんな時だった。
回廊の先、ゆがむように空間が揺らぎ、一人の影が姿を現した。
「不意打ちとは、らしくないね。」
マリエが足を止め、目を細めた。
そこに立つのは、薄緑色の髪を持つ女。
その目はどこまでも無機質で、感情というものが欠落しているかのようだった。
「シミラ……」
マリエは呟いた。
野蛮な魔女の一員、そして「返す魔法」を操る異能の持ち主。
それは対象を選ばない――魔法、武器、傷、あらゆるものを「持ち主に返す」。
彼女が一度でも相対すれば、敵は自らの攻撃に苦しみ、味わった痛みを再び受けることになる。
仲間であっても決して気を許せない、底知れぬ存在だった。
「マリエ、失敗したね?」
シミラは抑揚のない声で言った。
その声音には非難も嘲笑もなく、ただ事実だけを述べる冷たさがあった。
マリエは肩をすくめて、くすりと笑う。
「失敗じゃないわ。ただ、噂の健司たちを見に行っただけよ。……なかなか面白かったわよ。死神ベルンドを相手にしながらも、彼らは怯まなかった。絶望を喰らう前の顔は、やっぱり格別ね。」
「……だが、ベルンドは死んだ。」
「そう。その最期を飾ったのは、あなたの魔法でしょう? 鎌を返したのは――シミラ、あなたね?」
シミラは答えなかった。ただ瞬きを一度し、その無表情のまま視線を落とす。
それだけで肯定と分かる。
「やれやれ、相変わらずね。」
マリエは皮肉混じりに笑った。
「あなたの返す魔法は、誰にとっても絶望そのものよ。攻撃すれば自らに返り、抵抗すれば苦しみが戻る。……まるで世界そのものが裏切るかのようにね。」
「……世界は常に返す。」
シミラが静かに言った。
「与えたものは、必ず返ってくる。喜びも、絶望も、痛みも。」
「ふふ、説法みたいなことを言うのね。でも、あなたの言う通りよ。だから楽しいの。ベルンドも、健司も、いずれはすべてを返される……絶望という形でね。」
二人の会話は、氷と炎のように交わりながらも決して溶け合わない。
その緊張感は、回廊全体を支配し、魔石の光をさらに冷たく見せた。
「ところで――」
マリエは話題を変えるように声を落とした。
「リーダーは今、どこに?」
シミラは視線を上げる。
「ブラッジの部屋。幹部は勢揃いしている。……ただし、ボスはいない。」
「ボスは、ね。」
マリエはわずかに目を細めた。
「……そう、孤高の魔女に邪魔されたから。」
その言葉に、シミラの瞳がかすかに揺れた。
「孤高の魔女……奴がいるのか?」
「間違いないわ。」
マリエは断言した。
「この塔に残った魔法の痕跡……アナスタシアのものではない。模倣された孤高の魔女の魔法よ。時空と氷を絡めた、あの特異な波長。見間違うはずがない。」
「アナスタシアは……今はリヴィエールにいるはず。」
「ええ、だから違うのよ。あれは彼女じゃない。本物が、ここに関わっているの。」
シミラはしばし沈黙し、無表情のまま小さく頷いた。
「なら、早くしないと。」
「そうね。」
マリエは妖しい笑みを浮かべた。
「孤高の魔女が何を狙っているのか確かめなければ。……それに、幹部たちも待っているでしょうし。」
ふたりは並んで歩き出す。
その背を照らす魔石の光が揺れ、長い影を伸ばす。
音もなく、ただ冷たい足音だけが塔の奥へと響いていった。
――やがて、その行く先には、最強と謳われる剣士ブラッジの間が待ち受けている。
幹部勢揃い、そして野蛮な魔女の策略。
健司たちが辿り着く頃、そこはすでに死地と化しているのだろう。
マリエとシミラは、互いに背を預けることなく、それでも同じ道を進んでいった。
その姿は、まるで二匹の獣が血の匂いに導かれ、同じ獲物を求めて歩むかのようであった。
先ほどまでの激しい戦闘の気配は消え、ただ冷たく硬質な空気が漂う。
壁に埋め込まれた青白い魔石が、幽かな光を放ち、無機質な影を延ばしていた。
その回廊を、ひとりの女が歩いていた。
マリエ――時空を操る魔女。野蛮な魔女の一員にして、残酷な笑みを常に浮かべる存在。
彼女の歩みはゆるやかで、まるで散歩でもしているかのような軽やかさだった。
だが、その背後にまとわりつく異様な気配は、獲物を弄ぶ捕食者のそれであり、近づく者を戦慄させる。
「さて……」
マリエの唇が、ゆがんだ笑みを描いた。
「ベルンドは死んだか。……あの死神が、まさかあんな最期を迎えるとはね。」
言葉には冷笑が混じっていたが、彼女の目の奥には微かな興味の色が宿っていた。
健司たちが見せた、ベルンドとの戦い。そしてその死に際。
「絶望から幸福を奪う」ことを喜びとするマリエにとって、それは理解を超える光景だった。
そんな時だった。
回廊の先、ゆがむように空間が揺らぎ、一人の影が姿を現した。
「不意打ちとは、らしくないね。」
マリエが足を止め、目を細めた。
そこに立つのは、薄緑色の髪を持つ女。
その目はどこまでも無機質で、感情というものが欠落しているかのようだった。
「シミラ……」
マリエは呟いた。
野蛮な魔女の一員、そして「返す魔法」を操る異能の持ち主。
それは対象を選ばない――魔法、武器、傷、あらゆるものを「持ち主に返す」。
彼女が一度でも相対すれば、敵は自らの攻撃に苦しみ、味わった痛みを再び受けることになる。
仲間であっても決して気を許せない、底知れぬ存在だった。
「マリエ、失敗したね?」
シミラは抑揚のない声で言った。
その声音には非難も嘲笑もなく、ただ事実だけを述べる冷たさがあった。
マリエは肩をすくめて、くすりと笑う。
「失敗じゃないわ。ただ、噂の健司たちを見に行っただけよ。……なかなか面白かったわよ。死神ベルンドを相手にしながらも、彼らは怯まなかった。絶望を喰らう前の顔は、やっぱり格別ね。」
「……だが、ベルンドは死んだ。」
「そう。その最期を飾ったのは、あなたの魔法でしょう? 鎌を返したのは――シミラ、あなたね?」
シミラは答えなかった。ただ瞬きを一度し、その無表情のまま視線を落とす。
それだけで肯定と分かる。
「やれやれ、相変わらずね。」
マリエは皮肉混じりに笑った。
「あなたの返す魔法は、誰にとっても絶望そのものよ。攻撃すれば自らに返り、抵抗すれば苦しみが戻る。……まるで世界そのものが裏切るかのようにね。」
「……世界は常に返す。」
シミラが静かに言った。
「与えたものは、必ず返ってくる。喜びも、絶望も、痛みも。」
「ふふ、説法みたいなことを言うのね。でも、あなたの言う通りよ。だから楽しいの。ベルンドも、健司も、いずれはすべてを返される……絶望という形でね。」
二人の会話は、氷と炎のように交わりながらも決して溶け合わない。
その緊張感は、回廊全体を支配し、魔石の光をさらに冷たく見せた。
「ところで――」
マリエは話題を変えるように声を落とした。
「リーダーは今、どこに?」
シミラは視線を上げる。
「ブラッジの部屋。幹部は勢揃いしている。……ただし、ボスはいない。」
「ボスは、ね。」
マリエはわずかに目を細めた。
「……そう、孤高の魔女に邪魔されたから。」
その言葉に、シミラの瞳がかすかに揺れた。
「孤高の魔女……奴がいるのか?」
「間違いないわ。」
マリエは断言した。
「この塔に残った魔法の痕跡……アナスタシアのものではない。模倣された孤高の魔女の魔法よ。時空と氷を絡めた、あの特異な波長。見間違うはずがない。」
「アナスタシアは……今はリヴィエールにいるはず。」
「ええ、だから違うのよ。あれは彼女じゃない。本物が、ここに関わっているの。」
シミラはしばし沈黙し、無表情のまま小さく頷いた。
「なら、早くしないと。」
「そうね。」
マリエは妖しい笑みを浮かべた。
「孤高の魔女が何を狙っているのか確かめなければ。……それに、幹部たちも待っているでしょうし。」
ふたりは並んで歩き出す。
その背を照らす魔石の光が揺れ、長い影を伸ばす。
音もなく、ただ冷たい足音だけが塔の奥へと響いていった。
――やがて、その行く先には、最強と謳われる剣士ブラッジの間が待ち受けている。
幹部勢揃い、そして野蛮な魔女の策略。
健司たちが辿り着く頃、そこはすでに死地と化しているのだろう。
マリエとシミラは、互いに背を預けることなく、それでも同じ道を進んでいった。
その姿は、まるで二匹の獣が血の匂いに導かれ、同じ獲物を求めて歩むかのようであった。
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