魔女達に愛を

リーゼスリエ

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リーネ編⑧救出

魔法の代償

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夕暮れのカリストは、今までにないほど穏やかだった。
 長く続いた戦いようやく終わり、街のあちこちから笑い声が響く。
 王都の広間では、カリオペが催した祝勝の宴が始まっていた。

「さあ、杯を掲げなさい!」
 
カリオペの凛とした声が響き、光の魔法が天井を照らす。
 まるで星空のようにきらめく光の中で、健司、クロエ、リセル、エルネア、カテリーナたちは顔を見合わせ、微笑んだ。

 長い戦い。
 失われた命。
 それでも、今日だけは涙よりも笑顔を選びたかった。

「お疲れさま、健司」
 
リセルが杯を差し出した。
 健司は受け取り、軽く笑う。

「ありがとう。みんなのおかげです」

 その笑顔に、クロエは胸の奥が温かくなった。
 誰よりも傷つき、誰よりも優しかった男。
 彼が今、こうして隣にいる――それだけで救われる気がした。

「ねえ、健司。これから、どうするの?」
 
クロエが尋ねる。
 健司は少し考え、優しく言った。

「……この光景を、忘れないように生きていきたい」

 その言葉には、確かな誓いがあった。
 あの血と絶望の中で得た希望。
 この平和が、ただの一時の夢ではないように。

 グルバルが酒を飲みながら、笑った。

「おいおい、真面目すぎるぜ。お前がいなかったら、私たち今頃灰だぜ?」

「そうですね、もう少し肩の力を抜きましょう」

ハートウェルがからかうように言った。
 健司は苦笑しながら、グラスを傾けた。

 笑い声が絶えず続き、夜はゆっくりと更けていった。
 宴の終わり、カリオペが立ち上がった。

「今日、我らが勝利を手にできたのは、すべて――この旅人の勇気と愛のおかげです」

 その言葉に、会場は静まり返った。
 カリオペは杯を高く掲げる。

「健司に、感謝を!」

 次の瞬間、無数の杯が掲げられた。

「健司に!」

 歓声とともに光が弾け、祝福の風が吹き抜けた。

 健司は少し顔を赤らめ、笑った。

「みんな、本当にありがとう……」
 
その笑みを見て、クロエとリセルは胸がいっぱいになった。



 夜が深まるころ、健司たちはそれぞれの部屋へ戻った。
 クロエとリセルは同じ部屋に泊まることになっていた。
 豪華なシーツ、窓の外に見える満月。
 戦いの緊張から解放され、ようやく安堵のため息をつく。

「……今日は、夢みたいだったね」
 
リセルが呟いた。

「うん。みんな笑ってた。カテリーナだって、少しだけ優しい顔してた」
 
クロエがベッドに腰を下ろし、柔らかく笑う。

 窓から差し込む月の光が、2人の横顔を照らしていた。
 その時――ノックもなく、扉が開いた。

「え……健司?」
 
クロエが驚きの声をあげる。
 部屋に入ってきたのは、確かに健司の姿だった。

「どうしたの、こんな時間に?」
 
リセルが立ち上がり、少し頬を赤らめながら言う。
 健司は静かに近づき、2人の前で立ち止まった。

「……クロエ、リセル。愛している」

 その言葉に、2人は一瞬動けなかった。
 顔が真っ赤になり、視線が泳ぐ。

「ちょ、ちょっと……いきなり何を……!」

「健司、酒が残ってるの?」
 
クロエとリセルが慌てる中、健司――いや、“それ”は、静かに笑った。

「ばれたか」

 その瞬間、健司の姿がふっと揺らぎ、次の瞬間には赤い髪の女性へと変わっていた。
 艶やかな笑み、そして挑発的な瞳。
 孤高の魔女――ルメだった。

「あなた……どうしてここに?」
 
クロエの声には警戒が混じる。
 だがルメは肩をすくめ、軽く微笑んだ。

「別に、怪しい者じゃないわよ。今日はお祝いでしょう? ちょっと挨拶に来ただけ」

「それにしては、登場が紛らわしいです!」

リセルが頬を膨らませる。
 ルメは楽しそうに笑った。

「ふふ、あの子に似せてみたら面白いかと思って。……でも、違和感に気づくなんて、やっぱりあなた達ね」

 クロエが息を整え、真剣な目で尋ねた。

「それで、何しに来たの? 本当の理由を」

 ルメの表情が、少しだけ陰を帯びた。
 部屋の空気が変わる。
 冗談や笑みが消え、静かな緊張が漂った。

「……健司の魔法について話しに来たの」

 クロエとリセルが同時に顔を見合わせる。

「魔法? まさか――」

「ええ。“なかったことにする”あの魔法。あれには、代償があるのよ」

 ルメの声は穏やかだが、どこか切なげだった。

「代償って……何なの?」

クロエが問い詰めるように言う。

 ルメは一瞬、目を伏せた。

「――“感覚”を失うの。少しずつ、ね」

 その言葉に、2人は息を呑んだ。
 リセルの手が震える。

「感覚って……痛みとか、温度とか、そういうこと?」

「そう。彼は代償として、自分の“感情の触覚”を失っていく。魔法を重ねるほどに、心が静かになり、痛みも、愛も、薄れていく」

 クロエの目から涙がこぼれた。

「……そんなの、いや」

「あるわ」

リセルが声を震わせながら言った。

「カテリーナ達と対峙した時……健司が傷を負っても、顔色ひとつ変えなかった。あれは、そういうことだったのね……」

 ルメは静かに頷いた。

「ええ。あの時すでに、彼は一部を失っていた」

 沈黙が流れた。
 部屋の中の時計の音だけが、ゆっくりと響く。

「……でも、彼はそのことを気づかせないようにしてる。
 きっと、“自分が痛みを感じなくなっても、誰かを救えるなら構わない”って思ってるから」

 ルメの瞳が、少しだけ潤んでいた。
 その横顔には、悲しみと尊敬が混じっていた。

「だから――お願い。あの子を守って」

 クロエは涙を拭い、顔を上げた。

「守るわ。絶対に。彼がどれだけ自分を犠牲にしても、今度は私たちが守る番」
 
リセルも頷いた。

「うん。彼は優しすぎるから。私たちが、そばにいなきゃ」

 ルメは小さく微笑み、2人を見つめた。

「……それでいい。あの子は、“愛”を信じる力を持ってる。
 もし、彼の心が完全に静まり返る前に、あなた達がその心を呼び戻せるなら――
 セイラさえも、救える」

 クロエとリセルの瞳に、光が宿った。

「セイラを……?」

「ええ。彼女もまた、愛を失った女。
 でも、健司の光なら、届くはずよ」

 ルメは踵を返した。
 扉の前で振り返り、にこりと笑う。

「それじゃ、いい夢を。……次に会う時、あの子を支えているのが、あなた達であることを願ってる」

 月光の中で、ルメの姿が消えた。
 残されたクロエとリセルは、しばらく言葉を失っていた。

「健司が……感覚を、失ってる……」
 
リセルの声が震える。
 クロエは彼女の手を握り、強く言った。

「でも、彼の心はまだある。私たちが信じれば、絶対に戻ってくる」

 窓の外では、月が静かに輝いていた。
 その光が、まるで健司の優しさそのもののように感じられた。

 クロエはそっと目を閉じ、心の中で誓う。
(健司……あなたが痛みを忘れても、私が覚えている。
 あなたが涙を流せなくても、私が代わりに泣く。
 だから、どうか――自分を失わないで)

 風が静かに吹き抜け、二人の頬を撫でた。
 その夜、クロエとリセルは互いに寄り添いながら、眠りについた。
 穏やかな眠りの中で、遠く、孤高の魔女ルメの声が聞こえた気がした。

――“彼なら、セイラを救える。
 その時こそ、真の“愛の魔法”が目覚める”――

 夜は、静かに明けていった。
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