魔女達に愛を

リーゼスリエ

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ヴェリシア編③カルナの炎

伝説の魔女カルナ

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ラグリオンの空は、燃えていた。
 街全体を覆うように赤い霞がかかり、遠くの塔からは炎の柱が立ち上っている。
 燃えているのは戦ではない。呼吸のように、鼓動のように、この街の生命そのものが「燃焼」でできていた。

 アナスタシアは立ち止まり、遠くの炎の塔を見上げた。
 彼女の目は一瞬だけ、懐かしさのような色を帯びた。

「アナスタシアさん、カルナって……誰なんですか?」

 健司が問う。
 隣ではヴェリシアが炎を収め、深く息を吐いていた。バーネを倒した直後で、まだ周囲の空気は焦げた匂いが立ち込めている。

 アナスタシアは答える前に、一歩前へ出て、燃え続ける瓦礫を指先でなぞった。
 その手が、かすかに震えている。

「……カルナはね。炎の魔女の中で、最も強かった人よ。いや──”炎そのもの”と呼ばれていた」

 炎そのもの。
 その言葉に、ヴェリシアが息を呑んだ。

「最強って……どういう意味ですか?」

「単純な強さじゃない。あらゆる炎を操るの。赤、青、黒、そして白。魂を燃やす紫の炎までもね。彼女は炎の色すべてに意味を見出し、そしてそれを“愛して”いた」

「炎を……愛して?」

健司が繰り返した。

 アナスタシアは微かに笑った。その笑みは、痛みを含んでいた。

「そう。彼女は炎を恐れなかった。どんなに人を焼こうと、街を焦がそうと、炎は世界の理の一部だと信じていたの。
 だから、炎に呑まれた人々の叫びを聞いても、涙一つ流さなかった。彼女にとってそれは“正義”だったから」

 ヴェリシアが唇を噛んだ。
 炎の魔女として、わずかに心が疼く。

「でも、ある日──彼女は消えたのよ」

「消えた?」

健司が眉を寄せた。

「ええ。突然ね。炎の都の記録にも、彼女の最後は残っていない。ただ、一説によれば……自分の創った炎に焼かれて、消えたとも言われている」

「まるで、炎と共に生きて、炎と共に死んだような……」

「そうね。皮肉なことに、カルナは“炎の愛”に殉じた最初の魔女だったのよ」

 アナスタシアは遠くの空を見上げた。
 灰色の雲の隙間から、赤い光がこぼれてくる。

 そのとき、倒れていたバーネが呻き声を上げた。
 
「……はぁ、はぁ……アナスタシア……今さら……何の用だ……?」

 アナスタシアは振り返り、静かに彼女のそばへ歩いた。
 ヴェリシアが一歩踏み出しかけたが、健司が手で制した。
 彼女の瞳に宿る何か──懐かしさとも、痛みとも言えぬ感情が、健司を黙らせたのだ。

「私は、戦いに来たんじゃない」

「なら何しに?」

「……愛を、探しに来たのよ」

「愛? ふざけるな!」
 
バーネは声を荒げた。
 
「お前が“愛”だと? アナスタシア、お前はかつて炎の子ども達を氷に閉じ込め、泣き叫ぶ声を聞きながら笑っていたではないか! “愛”の対極にいた女が、今さら何を語る!」

 健司は息を呑んだ。
 ヴェリシアも目を見開いた。

 アナスタシアは一瞬だけ表情を曇らせ、しかし、すぐに穏やかに微笑んだ。
 
「……そうね。昔の私は、そうだったわ」

 彼女の声には、確かな自嘲と、過去を認める潔さがあった。

「私は“冷たさ”こそが生きる術だと信じていた。感情を持つことは弱さで、心を凍らせれば誰も傷つけられないと。
 けれど──それは違っていた。氷のような正義は、何も救わなかった」

「……何が、お前を変えた?」

 アナスタシアは静かに健司の方を見た。
 その眼差しは、まるで炎を吸い込む水のように穏やかで、しかし芯があった。

「彼よ」

 その言葉に、バーネは呆然とした。
 
「……は?」

「彼に出会って、私は自分がどれだけ世界を閉ざしてきたかを知ったの。
 “愛”は、奪うものでも支配するものでもない。包むものだったのよ」

 健司は照れたように目を逸らした。
 けれど、アナスタシアの言葉には、確かな“真実”があった。
 冷徹だった彼女が、いまや誰よりも柔らかい声で“愛”を語っている。

 それを聞いていたヴェリシアが、微笑みを浮かべた。
 
「アナスタシアさん……もしかして、カルナも、そうだったのかな」

「え?」

「炎を愛して、炎に焼かれた。
 でももし、その炎の中に誰かを守る願いがあったとしたら……彼女も、最後は“愛”に殉じたのかも」

 アナスタシアは目を閉じた。
 静かに頷く。

「……かもしれないわね。カルナは、自分が何のために炎を灯していたのか、最後まで理解しようとしていた。
 もしかすると、彼女の炎が残したのは“憎しみ”じゃなく、“想い”だったのかも」

 その時、風が吹いた。
 燃え残った建物の影から、何かが舞い上がった。
 灰ではない。赤く、淡い光の粒。
 それは、炎の残滓のようでいて、まるで誰かの祈りのようでもあった。

 バーネが呟いた。
 
「……カルナ様……」

 アナスタシアは静かに手を差し出した。
 
「バーネ、もう戦わなくていい。私は、かつてのように争いを望まない」

「……信じられない」

「それでいい。でも、私はもう誰かを凍らせたくない。炎も氷も、どちらも生きるための力だと、今は思ってる」

 健司が一歩前に出て、バーネの前に立った。
 
「アナスタシアさんが変わったのは本当です。彼女は、守るために戦う。あなたの国を壊しに来たんじゃない」

「……あんた、何者だ?」

「ただの人間です。でも、人間にも“魔法”はあると思うんです。
 それは“信じる力”です」

 バーネはその言葉に目を見開き、やがてゆっくりと目を閉じた。
 炎の光が、静かに彼女の髪を照らしていた。

「……カルナ様の炎も、そんなものだったのかもしれないな」

 アナスタシアは微笑んだ。
 
「カルナは、炎の意味を誰よりも知っていた。だからこそ、消えたのよ。炎が争いではなく、希望を灯すものだと知ってしまったから」

 その言葉と共に、ラグリオンの上空で炎がゆらめいた。
 まるで誰かがその会話を聞いて、応えるように。

 ――そして、空に白と紫の二つの炎が、ゆっくりと重なった。
 それは、過去と現在、そして“愛”の融合を象徴する光だった。

 ヴェリシアが静かに囁いた。
 
「カルナ……あなたの炎、まだ消えていないよ」
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