1 / 88
1
1
しおりを挟む「!!!!」
身体に伝わる衝撃。
けたたましい破壊音。
響く悲鳴。
視界の端に移るのは大きな金属の塊。
「大丈夫ですか!?」
「誰か、救急車!!!」
何かを言われているようだが俺の耳には届かない。
耳鳴りのようにキーンと高い音が響き、目の前がかすんでいく。
意識も薄れてきて、不思議と痛みも恐怖もなく俺は悟った。
(これ、俺終わったな)
ゆっくりゆっくりと視界が暗闇に覆われていく。
ごくごく普通の会社員だった俺の人生はそこで幕を閉じた。
……と、思っていたのだが。
*
ある日突然、記憶が蘇ってきた。
(あれ、俺……?)
何かに押しつぶされそのまま死んでしまった『前世』の俺。
蘇ってきたのはそれまで過ごした長い期間の記憶だ。
ここはクリサンテムムという王国。
金の花という意味を持つこの国には、至るところに金色の花が咲き乱れている。
年中気候が穏やかで、長い事戦争もなく商業の盛んな平和な国だ。
今いるのは王国の中にある全寮制の学園の中。
各国から良家の坊ちゃんお嬢ちゃん達が将来の為の知識や教養を身につけるために通う学園だ。
一般教養はもちろん、魔法学や剣術などの学科もある。
今の俺はこの国王の側近の一人の長男。
名前はエル、16歳。
おお、まだこんなに若いのか俺。
すげー違和感。
でも若返った感じがしてちょっと嬉しい。
しかも魔法が使えるなんて素晴らしい。
「おい、聞いているのか?」
「え?」
蘇った記憶により何やら新鮮な気持ちを抱いてしまった俺の意識が目の前の男に引き戻される。
声をかけてきたのは俺の婚約者、この国の第二王子ダリアだ。
俺よりも少し高い背丈。
がっしりとした体躯は鍛えているのだろう、服の上からでもがっしりしているのがわかる。
彫の深い顔立ちに切れ長の瞳、紅い瞳と艶やかな髪。
どこをどう見ても完璧で、まるで彫刻のように整った造りをしている。
ダリアと俺は親同士の決めた婚約者。
愛情の欠片もない政略結婚だ。
何故この男に俺は睨まれているのだろうか。
ああ、そうだそうだこの王子に呼び出されたんだ。
前世の記憶と今の記憶がごっちゃになりそうだが、きちんと整理出来ている。
(婚約者かあ、なるほどなるほど、色男だけどタイプじゃねえなあ)
というよりも元々前世では俺は女の子大好きだった。
男と付き合うというのは未知の世界だ。
とはいえこの国では普通の事のようだ。
前世の記憶を取り戻す前の俺は、気が弱く親に言われるがままこの婚約を受け入れた。
いやいや、良いと思うよ男同士でも。
好き同士なら性別も年齢差も関係ないと思うし。
おおっとこれは参ったなあ、と考えたが悩む必要なんてなかった。
「お前との婚約は解消する。愛のない結婚など無意味だ」
呼び出された広場ではっきりきっぱりと再度告げられる。
愛のない結婚が無意味というのには大賛成だ。
ラッキー。
何々、他に好きな人でも出来た?
そうだよなあ、王子って言ってもまだ高校生だもんな。
好きな人の一人や二人いるだろうな。
王子から婚約破棄してくれるなら俺のせいじゃないから良いよな?
願ったり叶ったりだ。
さすがに前世で普通に生活してきた記憶を取り戻したばかりで男とのいちゃいちゃはハードルが高い。
「返事はどうした?」
「ショックなんじゃないのー?もしかして」
「ダリア様の事、好きだったんでしょうからねえ」
王子や取り巻き達が何やら言っている。
は?ショック?
ていうか俺こいつの事好きだったの?
まあ確かに好きだったし憧れてもいたけどそれは俺であって俺じゃねえからなあ。
難しいけど、記憶を取り戻した今、全く憧れなんてない。
ショックでもない。
「何とか言ったらどうなんだ?」
「あ、はい、わかりました。婚約解消ですね」
「そうだ、解消だ」
「はいはい、了解です」
「……それだけか?」
「え?他に何か?」
「い、いや……」
一応王子だから敬語使った方がいいよな?
前の俺もそうしてたし。
あっけらかんと頷く俺に王子を含む周りがぽかんとしている。
何だよ自分達から言いだしといて何ぽかんとしてんだ?
あっさり頷いたから驚いてんの?
泣いて縋るとでも思ってたのかもしかして。
今までの俺ならそうしてたかもしれないけど、残念ながらその俺はもう過去の俺なんですわ。
「お話は以上ですか?では失礼します」
「あ、ああ」
ぺこりと一応頭を下げ、未だぽかんとしている王子達を後目に俺はその場を立ち去った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,107
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる