婚約者の恋

うりぼう

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通りを歩き、雑貨や衣料品が売られているエリアを抜けると辺りに良い匂いが漂ってきた。
甘辛いタレの香りや魚を焼く匂い、音、換気扇らしき穴から溢れる煙。
この通りが全て食べ物屋さんらしい。
屋台風のところもあればちゃんとしたお店として構えている場所もある。

「さあ、どこにする?」
「気になるお店がありすぎるんですが」

魚の専門店に肉専門店、カフェのような店もあれば『あさひ』のような定食屋、居酒屋のようなお店もある。

「この辺はほとんど新しい方のシーラ料理だな。あっちに昔ながらのシーラ料理の店がある」

そういえばリュイさんと食べに行った時にそんな話をちらっとした気がする。
元のシーラ料理とは違うと。
例の勇者の料理人とやらが流行らせたのが新しい方のシーラ料理なのだろう。

本当に、どこの誰かわかりませんけど日本食流行らせてくれてありがとうございます勇者の料理人さん!

以前同様、見知らぬ料理人に手を合わせ感謝をする。

「エルはどっちが良いんだ?新しい方と昔ながらの方と」
「新しい方が良いです」

昔ながらのシーラ料理は、あちらの世界で言うアジアンテイストの物が多い。
そちらにはあまり馴染みがないし、パクチーの味が苦手だった覚えがあるので新しい方一択だ。
機会があれば食べてみたいとは思うけれど、今日は絶対新しい方!
きょろきょろと見回して良さげな店を探す。

あっちの店も気になるし、あそこのお肉専門店も気になる。
久しぶりに煮魚も食べたいなあ、ああ、角煮、トンカツ……!
どうしようどのお店にしよう。
お店を見て匂いを嗅いでいるだけでお腹が鳴りそうだ。

「王子、肉と魚どっちが良いですか?」
「肉だな」
「牛、豚、鳥、どれが良いですか?」
「三択なのか?」
「一番無難かなと思いまして」
「エルの好きなものを食べれば良いじゃないか」
「そりゃ食べますけど、王子も一緒に食べるんだから一応聞いておこうと思って」
「……そうか」

俺のセリフに何やら嬉しそうに微笑むダリア。
ただ希望を聞いただけなのに何でそんなに嬉しそうなのか謎だ。

「で、王子は何肉が良いですか?」
「俺は、そうだな……牛肉が良い」
「牛ですね」

牛肉ならすき焼きかな、ステーキかな、焼肉かな……って牛肉って高いご飯のイメージしかないな。
ローストビーフにビーフシチューなんかはシーラよりもクリサンテムムの方が本場だし。
ああでも焼肉食べたいなあ。
焼肉屋さんなんてあるだろうか。
でもそもそも焼肉食べるだけの金がない。
ユーンのご飯の関係もあるしなあ。

って、ん?金?

はたと気付く。

「お、お、王子!」
「どうした?」
「俺、お金持ってきてません……!」

なんてこった。
朝突然王子が来て全速力で準備をしたせいで着の身着のままやって来てしまった事に今気付いた。
何故もっと早く気付かなかったんだ。

「何だ、そんなことか」
「そんなことじゃありませんよ重大事件です!」

お金がないと何も出来ない。
となると恥を忍んでお願いするしかない。

「お金なら……」
「貸して下さい!」
「は?」
「ですから、お金貸して下さい。帰ったらすぐに返しますから……!」

本来なら人からお金を貸し借りするのは気が進まない。
金の切れ目は縁の切れ目。

でもせっかくシーラまで来たのに何も食べずに帰るなんて辛い。
辛すぎる。

「……はあ」

苦渋の決断をした俺のセリフにダリアが呆れたような溜め息。

その反応はやはり駄目だろうか。
そうだよな、親しき仲にも礼儀ありだもんな。

「何故そうなる」
「何故って……」
「金は貸さない。その変わりご馳走してやる」
「え?」

いやいやいや、金借りるよりも破格の条件になっていますが。
ダリアに驕ってもらう理由なんてひとつもない。

「驕らなくていいです、貸して下さい。絶対返します」
「エル、これはデートだぞ?」
「だから何です?」
「デートなんだから俺が全部出すに決まっているだろう」
「デートじゃありませんし」
「『だから何です』と言った口でよく言えるな」
「王子に出してもらう理由がありません」
「デートだからだと言っているだろう。とにかくその件は問題ない」

問題ありまくりですけど!?

「驕られるのが嫌ならこうするが……」
「ちょ……!」

普通に繋がれていた、いや掴まれていたと思い込んでいた手が離され、改めて指と指を絡めるように繋ぎ直される。
こんなの恋人同士がやるやつじゃないか。
冗談じゃない。
これならさっきの方がマシだ。
というよりも驕る驕らないでどうして手の繋ぎ方が変わってくるんだ。
とはいえ王子は本気のようだ。

「どうする?」
「……わかりました。だからコレはやめてください」
「残念だな」

そう言いながらも全く残念そうじゃない。
黙って驕られるつもりはないから、借りなくても帰ったらお金を返せば良いだけだ。
よし、そうしよう。

気を取り直して見せ選びを再開し、一軒のお店に目を付けた。
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