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すみれとあおい③
しおりを挟む翌日、俺はいつものように花を教室に飾った。
昨日決めた通り、笹野の瞳と同じ色の菫だ。
(うん、今日もキレイ)
自宅で売れ残ったものだが、色はキレイでまだまだ楽しめる。
いつものように満足して頷いたところで……
――ガラッ
「!!!」
教室のドアが開いた。
びくりと飛び退き慌てて花から離れる。
そこにいたのは……
「あれ?結城?」
「さ、笹野」
そう、笹野だった。
「おはよう、随分早いんだな」
「え?あ、えっと、たまたま早起きしちゃって!笹野は?」
「俺は……」
と、言いかけた笹野の視線が花瓶に向けられる。
「その花……」
「……あ」
「新しいのに変わってる!結城、これって?」
「あ、あの、これは……!」
しまった。
どうやってごまかそう。
いや、いっそごまかさないで素直に言ってしまえば良いのか?
どうせ笹野に想いが伝わるはずがないんだ。
俺だってバラして『ごめん、まさか結城だとは思わなかったから』とか言われて清々しくフラれる方が良いのかもしれない。
そんな事を考えていると。
「それ、私が持ってきたの」
「!」
「……え?」
突然現れた第三者の声。
それはいつも笹野の傍にいる真辺という目立つタイプの女子のもので。
(……私がって、は?)
真辺のセリフに驚いたのは俺だけではない。
「私がって、真辺がこの花飾ったの?」
「うん、私お花好きだから。ふふ、今日のは崇の目の色と一緒なの。キレイでしょう?」
「……っ」
つらつらと告げられる明らかな嘘に呆然としてしまう。
「本当に真辺が?」
「そうよ」
「……」
「ねえ崇、花を持ってきてる子と付き合いたいって言ってたわよね?」
「……うん、付き合いたい」
「じゃあ私と付き合ってくれる?」
「!」
目の前で交わされるやりとり。
俺は笹野のその返事を聞きたくなくて……
「あ!あの!俺、ちょっと用事あるから……!」
「あ、結城……!」
笹野の俺を引き止める声を振り切り、ダッシュでその場を走り去った。
その後、笹野がどんな返事をしたのか。
あの告白がどうなったのか。
逃げてしまった俺にはわからないけれど……
(……あれは確実に付き合う事になったんだろうなあ)
教室の真ん中で笹野にべったりとくっつく真辺。
どう見てもいちゃついているようにしか見えない。
(本当は俺なのに)
花を持ってきているのも、教室に飾っているのも。
今日の菫が笹野の瞳の色と同じだからと選んだのも。
全部オレなのに。
(ちょっと期待したんだけどな)
あの花を見て、もしかしたら俺だと気付いてくれるのでは、と。
付き合ってくれなくても良い。
好きになってくれなくても良い。
ただ、俺だと気付いて欲しかった。
だが結局笹野はその事に触れて来ない。
それに、俺はあの場であの嘘を問いたださなかった。
自分が持ってきたという真辺の嘘を否定しなかったのだ。
完全に自業自得である。
(……ていうか、明日から花どうしよう)
真辺が自分だと名乗った以上、俺は余計な事をしない方が良いのだろうか。
でも俺の日課だし、今更止めるのも何だかもやもやする。
だが、そんな悩みは一瞬で解消された。
それは昼休みの事。
「結城くん、ちょっと良い?」
「……真辺さん」
真辺が俺を呼び出したのだ。
今朝の話だろうなあと思っていると、案の定だったようで。
「あの花持ってきてるのってさ、結城くんでしょ?」
「……知ってたんだ?」
「今朝知ったのよ。まあその前から何となく気付いてたけど。だってうちのクラスで身近に花があるのなんて結城くんくらいだし」
「そっか」
確かに良く考えればそうだ。
それでも笹野は気付いてくれなかったのだから、やはり儚くて可愛い女の子を想像しているのだろう。
俺だって自分が持ってきたんじゃなければ女の子がやっているんだと思っていたと思う。
「それで、何の用?」
「わからない?」
「花の事?もう俺に持ってくるなって?」
「違うわよ、逆逆!」
「……逆?」
「明日からも持ってきて欲しいの!」
「え?」
「ただし、それを私に教えて」
「……ああ」
なるほど、そういう事か。
(『本物』になる為にはオレの協力が必要って事か)
それもそうだ。
毎日の花を覚えている笹野の事だ。
きっと明日も明後日も、花の事を気にかけるに違いない。
今日はたまたまタイミングが合ったけど、明日からはそうもいかない。
だから俺に代わりに花を持ってこいと、そういう事なのだろう。
「結城くんは好きな花を飾れるし、私は崇と付き合える。ねえ良いでしょう?お願い!」
「……」
本当は拒否したかった。
あの花は俺の自己満足の為の花だったけど、真辺の嘘に利用されるのはごめんだ。
けれど、
「……」
俺も笹野が好きなんだ、だから嫌だと言った日にはどうなるかなんて目に見えている。
花どころか、笹野は目すら合わせてくれないようになるかもしれない。
うちの花屋が好きだと言ってくれた目が、嫌悪に染まるかもしれない。
二度と話しかけないでと言われるかもしれない。
それだけでも怖いのに、もしかしたら全員に自分の気持ちをばらされクラス中どころか全校から好奇の目で見られるかもしれない。
嫌な噂が出て親の店にまで影響が出るかもしれない。
ネガティブで深読みしすぎかもしれないが、そんな事まで考えてしまい……
「……わかった」
俺は真辺の言葉に抵抗する事が出来ず、こくりと小さく頷いた。
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