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しおりを挟む「……」
「……あ」
目の前の光景が信じられなくて一瞬固まってしまった。
じっと穴の空く程に見つめると男もこちらに気が付き、明らかにやばいという顔をしている。
ライオンの鬣のような髪に、白く細い腕が絡まる逞しい腕に嫌味なくらい甘い顔立ちの持ち主は間違えようもなく、声を大にしては言えないが、俺の恋人であるはずの男だった。
「……」
「……」
お互いに無言のまま固まる事数秒。
周りの喧噪も聞こえないくらいに飛んでいた意識を呼び戻したのは恋人、ユキの腕に腕を絡めている女の声だった。
「あれー?シマくんじゃーん」
それに呼び戻されたのはユキも一緒だったらしい。
しどろもどろになりながらおろおろと俺を見て女を見てという行動を繰り返している。
これはもう誰がどう見ても明らかに浮気の現場だろう。
いや、もしかしたら俺の方が浮気相手だったのかもしれない。
付き合い始めて早三年。
今まで一度もなかったとは言い切れない。
気付いていないだけで一度や二度やそれ以上もあったかもしれない。
ユキは目立つ男で常に周りに人がいて、男も女も常に彼の隣をキープしようと頑張っていたから。
だがまさか自分がその現場に鉢合わせるとは思ってもいなかった。
「ち、ちがっ、シマ!違うから!」
「違うって何が?」
「だから……っ」
ショックといえばショックだ。
恋人の浮気現場に遭遇したのだからそれは当たり前。
一瞬、聞いた事はないがもしかして妹だとか離れて暮らす従姉妹だとかありそうな事を思い浮かべてみたが、この焦りようはもはや黒としか言いようがない。
(浮気、浮気か……)
なるほど、と心の中で気持ちを落ち着かせる。
この場で取り乱すのは得策ではない。
というよりも、大きな大きな衝撃と戸惑いの次に俺を襲ったのは悲しみではなく紛れもない怒り。
(ふざけやがって)
そんな思いのままつかつかとユキの目の前まで歩み寄る。
しどろもどろになりながら言い訳をしようとするユキに手を差し出した。
「は?」
主語のみの言葉に訳がわからなかったのか首を傾げるユキ。
「スマホ。出して」
「え、なんで?」
「出せ」
「は、はい」
「あと鍵も寄越せ」
表情を表に出さないままずいっと手を差し出し、取り出されたスマートフォンと鍵束を奪う。
女はこれ見よがしにユキの腕に抱き付き意識を向けようとしているがユキは呆然とこちらを見つめている。
「シマ?」
おずおずと伺いをたてるユキをも無視してロックを解除させ画面を弄る。
ロックは以前教えてもらっていた。
俺達が付き合った記念日だと、可愛い奴めとキュンとした覚えがある。
自分のと機種は違うが、大して差はないので目的のものはすぐに探し出せた。
それを選択し、躊躇う事なく決定ボタンを押すのと同時に画面をユキに見せる。
「じゃあな。二度と連絡すんな」
「……え」
小さなその中心に表示された文字を見てユキの目が驚きに見開かれる。
「え!?ちょっ、シマこれ……!?」
背後から戸惑う声も聞こえるがそれに構うことなく、返事も待たず、呆然とするユキにスマートフォンを押し付け目当てのものを抜き取った鍵束を投げつけてその場を去った。
画面に表示されていた『削除しました』の文字はすぐに消える。
掌に握り締めた小さな金属が、異様に冷たく感じられた。
*
連絡先を消去したところで俺への連絡手段が途絶えたわけではない。
今朝まで連絡をとっていたアプリにも着信にも履歴は残っている。
なんならパソコンのフリーアドレスにも俺のアドレスが残っている。
いっその事スマートフォンを踏みつけて壊してしまえば良かったのだろうが、ユキの使っている携帯は最新式でしかも買ったばかり。
貧乏性の俺にそんな勿体無い事は出来いしそもそも人の物は勝手に壊せない。
というのは建て前で。
本当はどこかで繋がっていたかったし、どこかであいつからの連絡を待っている。
こちらから番号を消去して連絡もするなと言っておいて随分虫のいい話だとは思う。
だが、やはりまだ好きなのだ。
目の前であの腕に絡む女の手を乱暴に引き離し、俺のものだと叫びたい衝動を必死に堪えていた。
浮気現場を目の当たりにしたというのにそれが悔しい。
たった一度と言われればそうかもしれないが、一回だろうが百回だろうが浮気は浮気。
しかも元々女好きの奴なんだから、いつこちらが切られてしまうかわからない状況だったのだ。
(……三年、か)
自分のスマートフォンをいじりながら目を伏せる。
長いようで短かった三年間。
あいつにしては持った方なのだろうか。
喧嘩もたくさんしたし、男同士というのもあり遠慮なんてしなかったから殴り合いも多々あった。
それでも好きだと、ごめんと、お前じゃなきゃダメなんだと宥められる度に、嬉しくて。
そんな時でも決して泣いたりはしなかったのに……
「……っ」
テレビもつけず、暗くなった外の空に電気をつけることもせず。
しんと静まり返った独りきりの部屋に、つん、と何かが鼻を抜ける感覚がした。
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