消した番号消せない番号

うりぼう

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あれから何時間経ったのだろうか。
チャイムの音に微睡みから覚める。

「ん……?」

ああ、そうか。
あのまま寝てしまったのか。

ぼんやりとした頭でそんな事を考える。
時計を見るとさほど時間は経っていなかった。

ピンポーン

「……」

再び鳴るチャイムにうるさいな、なんて思ってクッションに顔をうずめその場にうずくまる。
今他人の相手なんて出来る状態じゃない。

と、思ったけれど。

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン

「……っ」

チャイムを連打されてぷちりと何かが切れた。

ピン…、

「うるっせえなあ誰だ!?」

どたどたと足音を立てて玄関まで行き次のチャイムが鳴りきる前に怒鳴りドアを開けると……

「シマ……!」
「!」

その向こうにいたのはさっき街中で別れを告げた男、ユキがいた。

相手が誰なのか確認する事なくドアを開けてしまった自分を罵る。
目を見開いて即座にドアを閉めた。

いや、閉めようとした。

出来なかったのはユキが閉まる寸前のドアの隙間に足を挟んだからだ。

「いいっ、て……!!」
「っ、足どけろ!」
「どいたら閉めるじゃん!」
「当たり前だろうが!どの面下げて来てんだよ!」

二度と連絡をするな、と。
二度と会う気はないというつもりで言ったセリフ。

でも会いにきてくれた事に嬉しいと感じてしまっている。
矛盾している自分の心がもどかしい。
だからといって素直に応じたりは出来ないのだけれど。

「話くらい聞いてくれよ!」
「話す事なんて何もない」
「なんでだよ!連絡先消して鍵まで取り上げやがって!」
「俺んちの鍵なんだからどうしようが俺の勝手だろ!それに……」

連絡先を消したところで、俺への連絡手段を絶ったところでこいつに不都合があるとは思えない。
それどころか……

「番号消しちゃった方が都合良いんじゃねえの?これで心置きなくあの女と遊べるじゃねえか」
「……っ」

ああもう、最悪だ。
かっこ悪い。
こんなの嫉妬してヤケになってるようにしか聞こえない。

いや、事実だけど。

「なんだよ、あれくらいで……」
「はあ!?」

あれくらい、というユキのセリフに青筋が立つ。

「くらいって何だよ!」
「だって、あれは本当に誤解で……!」
「誤解?どこが?ホテル街に続く道を仲良さそうに腕組んで歩いてて何が誤解?」

腹が立つ。
ユキにとっては「くらい」かもしれないが俺にとっては大問題だ。
今まで女としか付き合った事のないユキが男の俺と付き合うという事がどれだけ嬉しかったか。
だからこそ女と比べられるのが嫌で、色んな場面で自分を押し殺してきたというのに。
今だって、こんな玄関で明らかな痴話喧嘩をするのすら嫌だというのに。

「大体、良く考えりゃお前が俺だけで満足出来る訳がねえよな」

ユキの顔色が変わった。
キレそうな表情だというのはわかっているけれどやはり俺の口は止まってくれない。

「俺なんかより女の子の方が可愛いし、一緒にいても不思議じゃないし、堂々と付き合えるし」
「!」
「……っ、俺よりも、よっぽどお似合いだったよ」
「は?」
「とにかく、もう帰っ……」

帰ってくれと言おうとした瞬間。
押し合いへし合いで僅かしか開いていなかったドアが勢い良く全開にされた。

「!」
「……何だよそれ」
「……っ」

低い声と睨んでいる目に怯む。
こいつ相手に怖いだなんて思ったのはこれが初めてかもしれない。

「俺なんかって何?お似合いって何?」

ずいっと中に押し入るユキに後ずさるが、狭い玄関ではさほど距離が取れない。
ドアが閉じる音がして、すぐ横の壁に押し付けられるようにして囲まれた。

「シマは、俺と付き合ってんの後悔してるわけ?」
「それはお前の方だろ」
「別れてそれで終わり?」
「……っ」
「そんなにあっさり俺との縁切れるんだ?」
「だからそれは……」

お前の方だろう。
でなければ他の女と出掛ける必要なんてないじゃないか。
なのにどうしてこちらが凄まれなければならないんだ。
睨みたいのはこちらだ。

俺では満足出来ないから他の女を誘ったか誘いに乗ったんだろう?
俺では補えない何かを女に求めたんだろう?
だったら俺なんかとは別れて今日の彼女とでも他の女とでも改めて付き合えば良い。
その為の障害である俺がいなくなってやると言っているんだ。
何の不満があるんだ。

逆ギレし始めているユキに苛つきつつも別れ話に食い下がられ戸惑う。

「ああ、それとも他に好きな人でも出来た?だからそんなに簡単に俺を消せるんだ?それ女?男?」
「は?」
「女なわけないか」

普段の口調とは全く違う話し方。

好きな人なんていやしない。
俺はずっとユキしか好きじゃないのに。
付き合う前から、友達だった時からずっと、ユキしか見えてなかったのに。

ユキの口元に浮かぶ嘲るような笑み。
それとは正反対の射るような視線。

そのどちらもが胸に突き刺さって痛い。

「な、に……」

辛うじて出した言葉は掠れて、震えていた。
ユキが口を開くのが妙にゆっくりと感じられる。

そして……

「俺に突っ込まれて悦んで腰振ってんだもんな。今更女なんか抱けるわけねえよな」
「……っ」

外の音など何も聞こえないくらい、その言葉だけが頭の中に酷く響いた。












一瞬だけ目を見開いてくしゃり歪められた目元と口元。
すぐに俯いてしまったシマに、泣かせてしまったかとどこかで冷静に感じた。

酷い事を言った自覚はある。
けれど一度口から出た言葉を取り消す事なんて出来ない。

誓って言うが俺は浮気なんてしていない。
しつこい女に誘われて鬱陶しくて一度だけデートしてくれたら諦めるというから付き合っていただけだ。
条件を飲まないならシマと付き合っている事を周りに言いふらすとまで言われた。
俺はどれだけ周りに吹聴されても痛くも痒くもないが、シマは違う。
俺が何度好きだ愛していると言っても受け入れはするがどこか自信なさげで人目を常に気にしてしまっている。
今日鉢合わせた時だって、逆の立場なら俺は相手を無理矢理にでも引き離してシマを攫って行っただろう。

でもシマは違った。
俺を突き放した。

誤解されるような行動をした俺が悪いのは百も承知だが、言い訳すら聞いてくれないなんて。

シマに酷い事を言わせたのも自分。
自業自得だ。

だが『最初から女と付き合えば』『俺よりもお似合い』だなんて言われて、頭に血が上ってしまったこの状態では止める事は出来なかった。
最低な言葉が更に口をついて出てくる。

「もう男なしじゃ生きていけないくせにー
「……っ」
「ああ、もしかしてまた普通の奴好きになった?俺みたいな」

びくりとあからさまに震える肩。
もしかして図星なのだろうか。
そう思うと腹の底からムカムカとしたものが込み上げてくる。

「はっ、図星?誰?そいつにお前の良いとの教えといてあげようか?」

誰かもわからないシマの想い人が心底憎らしい。

「お前が男好きだって知らないだろうから驚くだろうね。どうせなら皆にも知ってもらう?」

今までも、これからも。
その身も心も。
ずっと俺のものなのに。

俺以外を見ないで閉じ込めておけたらと、何度考えたか知れない。
ベッドの上で囲って、誰にも会わせず誰とも会話をさせず俺だけを見ていれば良いと何度思った事か。
安っぽい誘いに乗ってしまった今、そんな事を言っても信じてはもらえないだろうけれど。

「どうしようか?なあ」

シマ。

名を呼ぼうとした声は、発する事が出来ず。

「……っ!!!!」

突然襲ってきた衝撃に、俺は歯を食いしばる事すら出来なかった。

頬にシマの拳が当たり、よろけた隙に思い切り蹴飛ばされた。
踏ん張る事など出来ずに無様にドアに激突する。

ガシャンという大きな音に一気に頭が冷めて、自分の言ったセリフにハッとした。

「あ……っ」

しまった。
何て事を。
自分が悪いのを棚に上げて、他の誰かがシマの心を奪ったかもだなんて嫉妬に駆られてあんな事を言ってしまうだなんて。

違う。
あんな事が言いたかったんじゃない。
かっこ悪くてもすがりついて喚いて許しを請うはずだったのに。

(どうしよう……っ)

どうしようもこうしようもない。

謝らなければならない。
遅すぎるその思いにシマの方を見ると……

「言いたい事はそれだけか」
「!」

低い声。
泣かせたか、なんてとんでもない。
怒りを必死に抑えた様子でシマが呟く。
握られた拳が震えるのが見えた。

「言いたきゃ言えよ」
「シマ」
「周りにもバラしたきゃバラせ」

見上げると冷たい視線が突き刺さる。

「どうせ俺は、男に突っ込まれて悦ぶような最低な奴だよ」
「っ、ちが、待っ……!」
「二度と、そのツラ見せんな」
「シマ!」
「出て行け!」

怒鳴り声と同時にドアが開かれ蹴り出される。
直後に乱暴に堅く閉じられ、大きな音を立てて掛けられる鍵。

シマの目は俺を捉える事はなく。
ただただずっと地面を睨みつけていた。




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