消した番号消せない番号

うりぼう

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その後何度ドアを叩いてもシマは出て来てくれなかった。
何度連絡をしても返事はない。
一週間もすると、メールは宛先不明で戻ってきて、電話は機械の声でただひたすら『現在使われておりません』と繰り返されるのみ。

学校に行けば会えるかと思いきや、講義開始ぎりぎりにやってきて終了とともに出て行きどこかへ消えて行く。
合間の休憩時間などに一体どこへ行っているのかは全くわからない。
あちこちを探したけれど見つからなかった。

それから二ヶ月。
その間一度もシマに会うことは出来なかった。












『お客様のお掛けになった電話番号は……』

喫茶店の中。
一人席に座り、耳に流れこんでくるアナウンスに深く深く溜め息を吐く。
もう既に何回、何十回聞いたかわからない。
繋がらないのは嫌という程わかっているのに、往生際悪く掛けてしまう。

共通の友人に聞いたところによると、シマは携帯を買い換えたらしい。
随分と古い機種を使っていて、俺が替える時に一緒にと言ったのを「まだ使えるから」と断っていたのにこのタイミングで新しくするなんて。

やはりもう駄目なのだろうか。

会ってもくれないし新しい番号を教えてくれない辺りで大きな拒絶だというのはわかっている。
それほどの事を言ってしまったのだとも理解している。
友人が、喧嘩でもしたのかと心配して番号を教えてくれようとしたが断った。
聞きたかったが、本人から教わったのでなければ意味がない。

それ以前に、二度と連絡するなとの引導を渡されているのだから知ったところで連絡のしようがないのだが。

気が付けばあっという間に二ヶ月。
そんなに経ってしまったのは、喧嘩のすぐ後に長期の休みに入ってしまったからだ。
バイト先にも家にも行ったけれど、会ってはくれなかった。
休みに入ったら旅行でもするか、なんて話していたのが遠い昔のように感じる。

件の元凶になった女とはあのすぐ後に付き合いを絶った。
目の前で俺が捨てられるのを見て何をどうチャンスだと思ったのか知らないが擦り寄ってきたので強く拒絶した。
ぎゃんぎゃんと「バラしてやる!」と騒いでいたけど、シマに害を与えるような事をしたら許さないと凄んだら泣きそうな顔をして去って行った。
最初からこうすれば良かった。
それに例え周りに言いふらすと脅されてもシマと話して解決するべきだったのだ。
俺一人でどうにかしようとしたから、そんな事しなければ今もシマは俺の隣にいて笑っていてくれたはずなのに。

「……はあ」

会いたいという想いだけがどんどん膨らんでいく。
叶わない願いに再び大きな大きな溜め息を吐きながら額をテーブルに預けた、その時。

「なーに暗い顔してんだよ」
「あいた!?」

ゴスッと頭部に拳骨をくらった。
顔をあげるとそこにはミヤがいた。
この男とは長い付き合いで、シマとの事を唯一知っている友人でもある。
今日は相談しようと思い呼び出したのだ。

痛いと目で訴えると、ミヤはさらりと無視して正面の席に腰掛け、早速本題に入った。

「で、話って?」
「もうちょっとさ、休み中の話とかしてから……」
「黙れ彼女との時間割いてきてやったんだ勿体ぶってねえで話せ」
「う……」
「どうせシマの事なんだろ?休み入る前から様子おかしかったもんな。ほれ、とっとと吐け」
「……はい」

促されるまま、休み前にあった出来事を一から話す。
ミヤは時折相槌を打ちながら黙々と聞いてくれた。

「……って感じ、なんだけど……」
「そりゃお前が悪いだろ」
「うう……」

すっぱりばっさり一刀両断。
わかってはいたけれどグサリと突き刺さる。

「それでここ最近そんな腑抜けたツラしてたのかよ情けねえ」
「うるせえよ!」
「あ、悪い腑抜けたツラは元々だったな」
「酷い!!俺は真剣に悩んでんのに!!」
「いやあ、痛んでる奴を更に痛めつけるのって楽しいよな」
「ミヤーーー!?」

こいつの場合冗談ではないところが怖い。
生き生きとした表情がそれを物語っている。

「まあ冗談はさておき」
「冗談じゃねえだろ絶対!?」
「うるせえ、がなるな。つーか、俺言ったよな?」
「!」

がらりと変わる雰囲気。
さっきまでとは違う視線の強さに息を飲む。
ごくごく普通の容姿の普通の男なのに正直怖い。

「シマはああいう性格だから、浮気は絶対すんな。誤解されるような行動もするな。するなら別れを覚悟の上でやれって。言ったよな?」
「あ……」

そうだ。
今まで何故忘れていたのだろうか。

ミヤの視線と声に、昔の記憶が呼び起こされる。

あれはシマと付き合い始めた時の事。
元々俺が女の子大好きなのを知っていたからだろうか、静かに、けれど身震いしてしまうくらいに低い声で告げた言葉だ。

あの当時は、いや今もだけれど、本当にシマしか見えていなくて。
浮気なんてするはずねえじゃん、誤解されるような行動だってするはずがないなんて思っていたはずなのに。

「その様子だと忘れてたみたいだな」
「…….
「そんで調子こいて浮気して別れてくれって言われたからどうしようかって?ふざけんじゃねえぞ」
「浮気じゃない!」
「でも女とホテル街近く歩いてたんだろ?そんなんでよく俺に相談出来たもんだよな」
「ごもっともで……」

ぐうの音も出ない。

「てか何だよ、シマに他に男?女?そんなもん出来るはずねえだろ。あれだけお前しか見えてないのに。それに男に突っ込まれて悦んでるだ?そんなんお前がそう仕込んだんだろうが。自分が悪いの棚に上げてシマの事責めんのはお門違いじゃねえの?そうだろ?」
「その通りです……」

情けない事に一つも否定出来ない。
そうだ、シマは最初からずっと俺だけを見てくれていた。
俺だけを好きで、俺に全てを委ねてくれていた。
それなのに俺はあんなに酷い事を……

静かなクラシックと周りの喧騒が酷く近くに聞こえる。
遠くの笑い声すらも、自分が笑われているような錯覚を起こしてしまう程に気分が沈む。

ほどなくして、カチリとライターを使う音がした。
次いで僅かに背もたれの軋む音。
ミヤが足を組みそれに身を預け、煙草を銜えて深く吸い込み吐き出し、再び口を開いた。

「……で?」
「え?」
「え、じゃねえよ。どうしたいんだよ」
「俺は……」

問われて考える。
いや、考える必要などない。
答えは初めから出ている。

「シマに、謝りたい」

誤解されるような事をした事。
酷い言葉で傷つけた事。
全てを謝って、そして……

「……また、付き合いたい」

出来ることならやり直したい。
それが無理なら、これはもっと無理かもしれないけれど、せめて友達に戻りたい。
無視され続けるのはもう嫌だ。

せめて顔が見たい。
話がしたい。

顔を上げてまっすぐ前を見据えると、ミヤが目元を緩めるのがわかった。

「だったらとっととシマのトコ行ってこいよ」
「行き……たいのは山々なんだけど、会ってくれねんだもん」
「はあ?だから何だよ。じゃあ粘れよ。どうせお前の事だから一回とか二回断られただけで諦めてたんだろ?」

その通り。
門前払いや居留守を使われて意気消沈してしまっていた。

「だからヘタレって言われんだよアホ」
「ヘタレじゃねえひ!」
「黙れヘタレ。とにかく、ちゃんとシマに会って話してくるまで連絡寄越すんじゃねえぞ」

言いながら立ち上がるミヤ。
寄越しやがったらぶっコロスからなと凄む。
マジで怖い。

「根性見せろよ、ユキ」
「……っ」

去り際、まっすぐに目を見て肩口に拳を当ててそう言われた。

俺はというと、どうやら思った以上に緊張していたらしく。
張り詰めていた体を弛め、テーブルに頬を預けた。

そして目を閉じ店内の音楽に耳を傾け。
一回、二回と静かに息を吸っては吐き。
ゆっくりと気持ちを落ち着けて、覚悟を決めた。




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