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しおりを挟むあの後、ちょうどバイト代が入ったのでスマホを買い替えた。
番号も変え、フリーアドレスも捨てて新しいのを取得した。
行けば会うのがわかっていたから本当は学校もサボりたかったがそうもいかない。
直前に教室に入り即出て行く。
空き時間は絶対に人が来ないようなところを狙って潜んでいた。
講義の最中はユキの視線を痛い程感じてはいたが、話なんてしたくなかった。
そうこうしているうちに休みに入ってあっと言う間に二ヶ月。
休みの間、家やバイト先にユキがやってきたが、居留守を使ったり同僚に伝言を頼み悉く断った。
一度二度断っただけですぐ諦めて来なくなったのだから、所詮はその程度だったのだろう。
そんなので気持ちを試すような自分が情けない。
ごめん、なんて。
伝言された言葉に自嘲するように笑う。
今更信じられるかそんなもの。
あいつにとって俺は「男に突っ込まれて悦んでる奴」なんだ。
あんなの蔑み以外の何物でもない。
大体別れたんだから、連絡を取る術もこちらから断ってやったのに。
いつまでも未練がましい奴め、なんて思ったけれど。
瞼を閉じると今でもあいつの顔が浮かんでくる。
鮮明に。
こちらを見て笑っている顔が、まざまざと。
(……未練たらたらなのはどっちだっつーの)
バカみたいだ。
一人で勝手に勘違いして。
女好きのアイツが俺を選んでくれた事に自惚れすぎていた。
同じだと思っていたのに。
お互いを想う気持ちはどちらも負けないくらいあると思っていたのに。
俺だけがこんなに好きでも意味がない。
顔を思い浮かべるだけで未だに締め付けられる胸をどうにか出来ないものか。
いっその事新しい恋人でも見つけれれば良いのだが、そんな気分になれるはずがなかった。
結局俺はどんなに否定しようともユキの事が好きなのだ。
「………はあ」
「なーに溜め息なんか吐いてんだよ。幸せ逃げるぞ?」
「沢木」
大きな溜め息を吐くとぽかりと背後から頭を叩かれる。
犯人はバイト先である居酒屋の同僚の沢木という男。
ここで知り合ったため、ユキも知らない。
チャラい外見とは裏腹に、何というか、物凄くお人好しで世話好きな奴。
前にあいつがここに来た時に断ってもらったのもこいつだ。
ちなみに今は休憩中だ。
「逃げるような幸せなんかないって」
「うーわー、寂しいお言葉。お兄さんが幸せをわけてあげよう」
「やめろ!」
わしゃわしゃと頭を撫でる手を振り払う。
何がお兄さんだ同い年のくせに。
沢木はそんな俺の態度を嫌な顔一つせずに笑い飛ばした。
周りのバイト仲間は、またやってるよと微笑ましく見守っている。
「そういや客来てたぜ」
「客?」
「前に来てたあの兄ちゃん」
「……あー」
沢木のセリフに一体誰だろうと寄せた眉。
疑問が戸惑いへと変わる。
また来やたのか。
でも、なんで。
何をしに来たのだろう。
そう思ったのが表情でわかったのか、沢木が笑う。
「ははっ、まあそーゆー顔すると思って丁重にお断りしたから安心しろよ」
「え?」
「会いたくないんだろ?」
「……」
ずばりと言い当てられた。
実際は会いたくないというか、会えないというか。
わざわざ来てくれたのは嬉しい。
正直、かなり。
思った以上の喜びに驚く。
けど、どうしても悪い方悪い方へと思考が一人歩きしてしまって怖い。
『突っ込まれて悦んで腰振ってるくせに』
『男なしじゃ生きられねえんじゃねえの』
またあんな風に嘲るような言葉に、蔑みの混じった視線で見られたらと思うと怖い。
あの時は言葉がショック過ぎて、頭が真っ白になってしまいキレて殴って蹴飛ばしてしまったのだが今もそのショックは根強く心に刻まれている。
男のくせにいつまでもうじうじと情けないとは思うのだが、割り切ろうとしても割り切れない。
「……」
「……シマ?」
しゅんと影を落とす俺に何を勘違いしたのか沢木は焦りを滲ませる。
「あれ、もしかして俺余計な事した?うわっ何か約束とかしてたんならごめん!」
「あ、いや、大丈夫。ありがとな」
必死に謝る姿に、ぎこちなく笑みを返す。
その後。
休憩中ずっと手持ち無沙汰に握り締めていたスマホの未だに消せない番号を思い出して再び漏れそうになった溜め息を押し殺しながら仕事に戻った。
*
その日の帰り。
「!」
店から出たところで見えた姿に息を呑み足を止める。
裏口から少し離れた場所にあいつがいた。
埃や泥で薄汚くなった白いガードレールに腰掛けている。
(なんで)
追い返されて帰ったのではなかったのか。
別れてから今日までこんな風にバイトが終わるまで待たれていたのは初めてだ。
(ユキ……)
俯く顔に、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
付き合っていた頃は、何度かこうして迎えにきてもらっていた。
いらないというのに『心配だから』なんてセリフがかなり恥ずかしかったが嬉しかった。
男だから心配なんていらないのに、と突っぱねたけれど喜びは隠しきれていなかったと思う。
少し離れた場所で待っているというのに何故わかるのか、俺が出て来た瞬間に顔を上げて満面に笑みを浮かべ、声を弾ませ……
「シマ」
「……っ」
記憶と現実の声が重なった。
俺の彷徨う視線がまっすぐにこちらを見つめるユキのものと絡まる。
腰を浮かせ、今にもこちらに駆け出してきそうなユキの姿に俺は怖くなり……
「シマ!」
背中にかかる焦ったような声を振り切り思い切り走り出した。
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