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三話:整頓するラジオ部
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「そんなわけで、放送で読み切れなかったお便りを整頓するわよ皆んな」
『はーい』
部長の合図で、僕たち・・・月見さん、柑菜ちゃん、木崎先輩、僕は、全員で返事をした。
六月初めの今日。いつもなら適当な世間話を駄弁っているラジオ部メンバー。会話内容は、超・たわいもない話。お気軽な雰囲気になっている。だが、今日はそうもいかない。お喋りより先にやらなければならない事があるのだ。
長机の上には、乱雑に置かれた無数のハガキ。それが重なり合って溶岩台地のようになっていた。今日は、その整理整頓作業をしないといけないのだ。
部長は両手でパンパンと叩いて合図すると。
「さぁ! 始め!」
作業開始を宣言した。
僕たちはラジオネームの後に書かれた学年を一枚ずつ確認し、それを一年生、二年生、三年生と学年ごとに分けていく。この仕分け作業、思っていた以上に大変。何せ、分けるハガキの数が多いのだから。
こりゃあ、今日中に終わるかな? 終わる気がしないんだが。
ハガキの量に圧倒され、弱気になってしまった。しかし、やらなければ終らない。僕は、両頬を軽く叩いて気合いを入れ直す。そして、次の一枚を手に取り中身を見る。
お便りの中には学年が書き忘れているものがある。そうなると、仕分けが困難になる。
「うー・・ん。早速、引いてしまったか」
それを、今まさしく僕が引いてしまったわけで。この場合、仕分けペースが遅くなるから本当に困る。
「菊川先輩、もしかして引いてしまったっすか?」
横で仕分け作業している柑菜ちゃんが、疲れた顔をしながら僕に話しかけてきた。
「うん。久々に引いてしまったよ」
僕は柑菜ちゃんの方を向き、頷き応える。
「どうするんすか?」
「学年が書かれていないから、お便りの内容を確認して、思い当たりそうな学年に分けるしかない」
「まさかの引いた人のさじ加減。それでいいんすか?」
「まぁ、今までそうやってきたから、別にいいんじゃね? 誰も文句は言わんでしょ」
柑菜ちゃんが「ちなみになんですけど」と僕が持つハガキを指差す。
「そのハガキに何て書かれているか、聞いてもいいっすか?」
柑菜ちゃんが内容を知りたがっていたので、僕は力なく朗読する。
「ん? えっと、ね。『ラジオネーム ウホホさん 皆さんこんばんみー。この場を使い、生徒会に一言申したい。部費が足りないので増やせ!』だって」
「わざわざラジオ部を通して言うことっすか!? 直接、生徒会に申し出て下さいよ!」
「いや。ラジオネームだと、本人特定されにくいからね。直接、言ったら論破されるのがオチだと思ったんだと思うよ、ウホホさんは」
「とんだ意気地なしっすね。生徒会室に乗り込むべきでしょうに」
柑菜ちゃんの言葉に僕は自然と苦笑してしまった。
それは柑菜ちゃんだからやれるんだよ。君は気合いで乗り越えるゴリ押しタイプだからね。
「だぁああああーーーーー! つっかれたぁあああ! ずっと下向いてるから首が痛いよぉ」
部長が急に叫んだ。持っていたハガキを火山台地に放り投げ、リバースする。
・・・ちょいと部長。仕分けてから叫んでくれませんか? ほら。投げた所為で、机の上のハガキが何枚か弾き飛ばされてしまったじゃないか。
「ほい! (パシッ!)」
あ、柑菜ちゃんが全てキャッチしてる。ナイス、我が後輩。相変わらず反射神経いいな。
部長は、飛ばしたことを特に謝ることなく喋り続ける。
「もうやってられるか! 何で私たちこんな面倒臭いことやってるの?」
部長は両腕に顔を乗せて、うつ伏せの体勢になる。完全に嫌になっていた。そんな部長に、メンバーの誰も部長を注意しなかった。
月見さんが首筋を揉みながら、部長に顔を向ける。
「それは、桜が仕分けるって言ったからじゃない。私たちはそれに従っただけよ」
そう月見さんが言うと、部長が顔をあげた。
「確かに私の指示だけど・・・。ことの発端は、山田先生じゃん。勝手に部室に入ってきたら、何を言うのかと思えば、『これ、今まで溜まっていたお便りな。仕分けしとけよ。じゃあ、よろしくぅ』って。この大量のハガキを置いていったんじゃない。完全に投げやりだよ、あのイタズラ大好き教師!」
「そうね。でも、桜も悪いわよ。簡単な挑発に乗ってしまったのだから」
「そうですね」「そうっすね」「だねぇ」
月見さんの言葉に、全員が冷めた目を部長に向けて同意の返事をした。
「うぐっ・・・!」
部員からシラーと冷めた目を向けられてしまい、部長が怯んだ。
まぁそうですね。断った後に、山田先生から『部長と呼ばれても、お前はその程度人間だったんだな。私は悲しいぞ』と言われた部長が、『やってやるわよ!』と、挑発に乗ってしまったのだ。乗せられやすい部長が悪い。助け舟を出す価値なし。
張り詰めた空気に耐えられなくなった部長は、慌てた表情で「と、とりあえず」と語り出す。
「手を進めよ! このままだと、お、終らないからねっ! ねっ?」
「それもそうね。皆んな、不本意だけど頑張りましょう」
『了解』
月見さんの言葉に部長以外が賛同。作業を再開。
部長は作業再開する前に、小さな声で「すいませんでした」と謝っていた。
※
作業を再開してから約15分後。
静寂に満たされた部室に、突然、稲妻のような声が響き渡る。
「きゃははっ! こんな面白いことが身近に起きていたなんてっ! これは傑作っすぅ」
横の後輩が手に持っているハガキを持って騒いでいた。
このままだと気が散って作業に集中できない。柑菜ちゃんに話しかける。
「学年ごとに仕分けするだけなのに、爆笑なんて一体どったの?」
「ああ、菊川先輩。五月蝿くして、すいません。面白いお便りだったんで、つい笑ってしまったんすよ」
両目の端に溜まった小粒の涙を拭いながらそう言う。
「こらこら。読む前に、ちゃんと仕事しようよ。このままじゃ、活動時間終了まで間に合わないこと、分かってる?」
「もちろん分かってますとも。分かってはいるんすが・・・、同じ作業ばかりで飽きてきたんすよねぇ」
「それはこの場にいる全員、同じだと思うよ。僕だって飽きがピークまできてるし、投げ出したいよ・・・。でもさ」
「ん?」
「そこの人を見てみな。こんな作業を強制されても、粘り強くやってるいるんだよ。それ見たら投げ出せないよ」
心の中で『山田先生ふぁ◯きゅー』って連呼しているだろうけど・・・。
僕は部長を見ながらそう言う。
話題にした部長は「山田先生めっ! この! この!」と、怒りを打つけながら仕分け作業をしていた。完全に『職場の理不尽なしわ寄せ』を受けた社員状態だ。そんな部長のリアクションを見て、柑菜ちゃんと一緒に苦笑した。
怒りながらもサボらずに、ちゃんと仕事しているあたり、さすが部長といった所だろうか。
僕は「ちなみに、」と柑菜ちゃんに話を切り出す。
「他にどんなお便りが寄せられていたの?」
僕の問いに、柑菜ちゃんが「えぇっと」と言うと、机の片隅に仕分けされていたハガキの山から数枚を取り出し、答えてきた。
「一年のお便り。『ラジオネーム 亀仙人
かめ◯め波は、どうやったら撃てますか?』」
「知らんっ! 習得できるものから、むしろ僕が知りたいわ!」
「ニ年。『ラジオネーム トビウオ
レ◯ドブルを毎日飲んでいるのに翼を授かれません! どうなってるんですか!?』」
「本気にするなよ! CM上のキャチコピーだからね、あれ!」
「三年。『ラジオネーム 変態マン
妹のスカートを興味本位で着たら、妹に殴られました。何故でしょうか?』」
「気付けっ! というか、ラジオネームを『変態』にする時点で自覚しますよね?」
「とまぁ、こういったお便りばっかり。いやぁ。可笑しなお便りばっかですね」
柑菜ちゃんは、楽しそうにしている。だいぶお気に召しているようだ。
「この学校、変人が多いからね。むしろ真面目なお便りは珍しいんだ」
柑菜ちゃんは、「へぇ」と無関心な返答。
続いて、月見さんが「私も変なお便りを沢山みつけたわ」と呟く。まだあんのかよ・・・。
ぐったりとして月見さんに話しかける。
「例えば? どんな感じですか?」
「三年のお便りだと、『ラジオネーム サピエンスさん
進路希望が決まらないので、とりあえず総理大臣と書いておきました』ですって」
「もう少し真面目に進路を考えようか、サピエンスさん」
「ニ年のお便り。『ラジオネーム ひまわり
この前、ラジオ部の皆さんが山田先生を追いかけ回してたのを見かけました。
何かあったんですか?』」
「ううん! 別に! 何もないよ」
「菊くん。そんな必死に否定しなくても」
「あの出来事を思い出したくないんですよ。はい、次、次」
「一年のお便り。『ラジオネーム 空白さん
質問とかは、特にありません。 以上』」
「じゃあ送ってくるな。予め決めてから送ってこい」
「これは・・学年が書かれてないわね。
『ラジオネーム 森のパンさん
どうぶつ◯森で毎日釣りをしているのに、シーラカンスに出会うことができません。
私はどうしたらいいのでしょうか? 悟りでも開くべき?』ですって。菊くん、どう思う?」
「知るかぁああああ! 粘り強く釣れっ!」
「光くん、何でさっきからハガキにツッコミしてるの? 大丈夫?」
騒がしくする僕に木崎先輩が声をかけてきた。
木崎先輩の目付きは、鬱陶しい奴を見ているときのそれになっていた。
分かる、分かるぞ。あれは、『お前五月蝿いぞ』と目線で言っているのが分かる。
「大丈夫です。僕が『ボケに対し、敏感に反応してしまう体質』というだけですから」
「だとしてもよ。少しは抑えられないのかな?
さっきから君が大声出すもんだから、気が散って作業に集中できないんですけどぉ・・・」
木崎先輩は文句を言いながらも、ハガキを仕分けしながらそういう。僕はぎこちない笑顔で対応する。
「ああ、それはすいません。どうしても抑えられなくて・・・。
まぁ、あれですよ。一種の病気だと思って頂ければいいかと」
「そんな自虐を堂々と言われても私が困る。
というか、自分からそういう事を喋るなんて恥ずかしいとは思わないの?」
「は、恥ずかしいわけないですよ! ええ、本当に!慣れてますからね。
ははっ! ははは、ははっ・・は・・・うぅ・・・グスッ」
「え!? 泣いてるぅうう!? ねぇ、泣いてるよねぇ! もしかして私、地雷踏んじゃった!?」
木崎先輩の呆れていた態度が一変、突然、気にかける態度に変わる。
あれ? おかしいな? 過去を振り返っていたら自然と涙が。
「僕はどうしてこんな体質になってしまったんだろうか? 何で?」
「急に自問自答されても、なぁ。敢えて言うなら・・・育った環境・・・?」
環境・・・、環境ぉ?
問題しか生まないトラブルメーカー、部長。
普段は会話に参加せず、読書で自分の世界に入りっぱなしの月見さん。
全てにおいて脳筋スタイルの柑菜ちゃん。
そして、実家の旅館仕事の手伝いで、あまり部活に参加しない、ほぼ空気の木崎先輩。
バランス取れてねぇ・・・。此処の部員・・・。しかも、ボケが激しいから、ツッコミする人は負担にしかならない。・・・まぁ、ほとんど僕がツッコミに回るから、僕だけが疲れるんだけどね。
「なるほどぉ。そこら辺に人生リセットボタンとかないですかね」
「ないね。そんな便利アイテム。あったら、それはそれで問題だし、夢物語だよ」
「ないなら、作ってもらおう。開発部に」
「一生かけても無理だと思うけど?」
「ですよねぇ。ファンタジーだけの話だもんな。あっ、なら転生だ。転生しよ」
「どうしてそうなる? 次元飛び越えちゃったじゃない。てか、それはもうファンタジーじゃん」
「ほら。輪廻転生って言葉があるくらいですし、転生はできると思うんです」
「た、確かに。なら、仮に転生したら何になりたい?」
木崎先輩の問いに、僕は顎に手を当てて考える。
そして数刻後、僕は口を開く。
「・・・魔王に転生したいな」
「転生した先が、すでに悪魔のトップ!?」
「魔王なら、日常で特に考えることもなく、ボーッとして過ごせそうだし」
「魔王らしくない!? 堕落魔王だ!」
「城の周りには自分用の畑を耕し、野菜を育て。その野菜を家来や人間にあげて平和に過ごす。ああ・・・、いい」
「振る舞いが全然魔王らしくない! しかもそれって、定年退職した年配の人の生活と変わらないよ!」
「そして、この世界にも自分の畑を耕したい」
「転生先の土地だけでは飽き足らず、こっちも耕すんだ!? しかも、一周回って戻ってくるんだ! というか、耕すならわざわざ魔王に転生する必要性もないよねぇ!」
「木崎先輩・・・」
「な、なに? その真剣な表情で見つめてきて」
「貴方、天才か?」
「君が馬鹿なだけだぁああああああああ!」
木崎先輩がそう叫ぶと、「まったく! 心配した私が馬鹿みたい」と言って仕分け作業に戻った。
怒っている理由が分からん。そして、何故か会話を聞いていた月見さんと柑菜ちゃんも溜め息をついてるし。僕、なんか変なこと口走ったかな? う~ん、分からん。とりあえず、今日の学校帰りにスーパーに寄ろう。植木鉢と土。そして種を買おう。トマトあたりから育ててみよ。いやぁ、楽しみだ。
新しい趣味を見つけワクワクしていた時、今まで必死に作業していた部長が口を開いた。
「やめだ、やめ! ずっと作業してるのに減ってる気がしないわ!」
部長が再び両手に持っていたハガキを、無数のハガキが重なってできた山に放り投げた。
だから飛ばすなっての! ああ、また数枚のハガキが弾き出されてー、
「ほい! (パシッ!)」
柑菜ちゃんが全てキャッチ。ナイスだ柑菜ちゃん。僕は静かにグッとサインを柑菜ちゃんに送った。
部長はハガキを投げたことを謝らず、喋り続ける。
「そもそもなんで私たちが、こんな作業をやらなきゃいけないのよ。こういった書類業務って教師がするもんじゃないの?」
「ハガキが書類部類に入るのかは分かりませんが、部長の言い分も分からなくもないです。ですが、これを引き受けてしまった部長が悪いかと」
「それはごめん! 私が悪いと思ってる。だとしても、丸投げはないわよ! 丸投げは!」
「結局、何が言いたいの?」
気怠げに月見さんが横から話かけた。
すると、部長が「決まってるわ!」と言うと、一呼吸置いてから語り出す。
「頼むなら山田先生自身も手伝うべきよ!」
それは皆んな思っていることだよ、部長。
「だいたい! こんな溜めるまで放ったらかしにしたのが原因じゃない」
まぁ、確かに。まさか部長の口から正論が出るとは驚きだ。
「詫びとして、私に、甘い物でも持ってきてもいいくらいよ!」
無駄に偉そうだな、この人。しかも、『私たち』じゃなくて、そこは『私』なんだ・・・。
「ねぇ? 皆んな?」
いや、同意を求められても・・・困る。えっと、他の方々の反応は、如何程?
『・・・・・(プイッ!)』
おぉとっ? 何で僕と目が合うと、逃げるように目をそらすの、皆さん?
「・・・そう。分かったわ」
『何が(っすか)!?』
「よし。これから職員室に殴り込みよ!」
『ダメでしょ!?』
「え? 今の沈黙って、『暗黙の了解』的なやつじゃないの?」
『そう捉えたの!?』
なんて自分勝手な思考! 全員で止めなかったら、そのままの勢いでテロってた!
「部長。山田先生に期待はしない方がいいかと」
「え? なんで?」
「自分から無駄話で授業を脱線させる程の教師ですよ? この場に呼び出しりなんかしたら、あの手この手使って、邪魔されますよ」
「くっ・・・! そうだったわ。そういう好き勝手やる人間だったわね、あいつ」
山田先生のこと、『あいつ』呼び・・・。信頼されてないな、これ。
「教育者として、あの態度はクソよね」
部長、ついに教師を『クソ』呼びだよ。これが、日々の行いのツケというやつか。
山田先生。ご愁傷様です・・・。
すると、柑菜ちゃんが「そうっすね」と部長の意見に賛同する。
「あれを教師にするとか。この学校の基準、おかしいとしか思えないっす」
後輩にも、バカにされてるし。まぁ、当然か・・・。
すると今度は月見さんが軽く手を上げ、「ちょっといい?」と部長に呼び掛ける。
「この作業はいつまでかしら。納期は決まっているの?」
「期限は今日の最終下校時刻までだったはず」
「だとしたら、もう間に合わないことは確定ね」
「あっ! 本当だ・・・」
部長の視線が斜め上に向け、驚きの声を上げる。
視線に釣られ、その場の全員が一斉に部長と同じ方角を見る。そこには掛け時計が掛けられていた。
「あのぉ、部長。最終下校時刻って何時でしたっけ?」
「6時半・・・」
「僕の気のせいですかね? 最終下校時刻間近に見えるんですが・・・」
今現在時刻、6時20分。
「絶対、間に合わないですよねぇ。これ」
『・・・・・』
全員で無数のハガキを凝視した。ハガキは、未だ溶岩台地を形取っている。そして、何処か崩れたのだろう。ハガキが数枚、長机の下に落ちた。
・・・無理ぃ。終わらねぇ~。
「部長。もし、もしですよ。仕分け作業が終わらない場合って・・・、どうなりますぅ?」
「山田先生が教頭に、こっぴどく怒られる」
「ん? なら問題ないのでは?」
「へ?」
部長は頭を傾げ、腑抜けた返事をした。
僕たちに実害が出ないのなら、真面目にやる必要性もないじゃないか。
それに、あの教師だ。一度痛い目にあわない限り、あのいい加減な性格を治すこともないだろう。これをきっかけに、まともな人間になれるなら、いい薬になる!
「部長。・・・帰りましょう」
「な、なんで!?」
「なんでって・・・えっと・・・」
部長は、僕の思惑に気付いていない様子。・・・鈍いな、この人。
木崎先輩が「はぁ」と嘆息して、部長に話しかける。
「別に私たちが罰を受けるわけでもないから、終わらせなくてもいいじゃないかってことだよ、愛」
「ああ。なるほど、ね。でもさ、それって仕事放棄と変わらないような」
「仕事放棄じゃないよ。私たちは、ちゃんと仕事をしてこの結果。誰も文句言わないと思うけど?」
「う・・ん。そう・・だね」
「それに、ほら。期限ギリギリになって渡してきた山田先生が悪いんだから。無理してやる必要もないと思うのよねぇ」
「うぅ~ん。・・確かに・・・そう、なんだ・・けど」
ここまで言われても、部長は歯切れの悪い返事だ。
恐らく部長のことだ。『自分勝手に引き受けてしまった。受けてしまったからには終わらせないといけない』という使命感。そして、『部員の意見も一理ある。意見を取り入れたい』という共生感。この二つが部長の中でせめぎ合っているのだと思う。
「えっと、えっとね」
だからだろうか。この先の行動がなんとなくだが、分かる。部長のことだから、この後に言うセリフは、こうだ。
「私が残ってやっていく」(残ってやっていく、とかね)
『えっ・・・』
あー、やっぱりな。もう一年くらいの付き合いだから、嫌でもなんとなく分かってしまう。
「ちょっと、桜。正気?」
月見さんが心配そうに部長に話しかけていた。それに対し部長は苦笑いしながら答える。
「ほら。私が引き受けてしまったのが原因だし。頼まれた時に断らなかった私が悪い」
「いや、でも。残ってまでやってく必要あります?」
柑菜的ちゃんも心配そうに声をかける。
「そこら辺は、あれよ・・・。気合いで・・なんとか」
「その響きは柑菜的には共感できますが。桜先輩の場合、無茶がありますよ・・・」
うん。そうだね。
木崎先輩が「ちょいちょい」と言って、部長を呼んだ。
「やっぱ、職員室に殴り込みする? 私、サポートに回るわよ」
そこは、あくまで『サポート』なんだ・・・。
木崎先輩は、自分の手を汚す気はないらしい。
その後、僕の目の前で女子メンバー。
部長、月見さん、柑菜ちゃん、木崎先輩が、『やる? やらない?』と言い合っていた。
なぁにやってんだ、この人たちは?
こんなやり取りを傍観して、数刻後。
♪~ キーンコーンカーンコーン ~♪
最終下校時刻を知らせるチャイムの音が、水を差す。
『あ・・・』
僕は、深ぁく溜め息をついた。ぐだぐだに一日が終わったのであった。
※
誰もいなくなった部室。その室内で僕は、一人でボチボチと寂しくハガキの仕分け作業をしていた。
「一年。二年。三年。これは一年。これは三年か。・・・げっ! 学年書かれてないし。えっと、なになに?『ラジオネーム』ー、」
現在、一人寂しく仕事中。
自分で言うのもなんだが、なにしてんだろ僕は。こんな狭い教室で一人でこんなことを・・・。でもま、一人は慣れている。中学生時代のボッチ状態に一時的に戻っただけのこと。頑張れ、菊川 光。ファイトだ、菊川 光。終われば天国ぞ!
コンコン。
部室の閉まりきった扉からノックする音が聞こえる。扉を見る。扉の窓から人影が映っていた。
「どうぞぉ~」
僕は仕分け作業をしながら入ってくるよう、適当に促す。
コンコン。
しかし、入ってこない。それどころか外の人影はずっとノックを続ける。
「ど、どうぞぉ~」
コンコン。
再度、案内したのに入ってくる気配がない。
もしかして、からかっている?
「いや」
コンコンコン。
「あの」
コンコンコン。
「だから」
コンコンコンコンコンー、
「・・・・・」
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンー、
「う、うるさいっ! 早よぉ、入ってこいやっ!」
そういうと、ノック音はピタリと止まった。そして、扉が開かれると、外の人影は扉を開けて中に入ってきた。
「そんなに怒らんでもいいじゃないか・・・」
人影の正体は、イタズラ大好き山田先生だった。山田先生は、長机の近くまで歩いてくると。
「よっ!」
片手を上げて挨拶してきた。非常に腹立たしい。さっきのやり取りがまるで無かったかのような態度。特に気にした様子もない。僕は怒りを押し殺し、山田先生に語りかける。
「ノックは一回でいいでしょうに。必要以上にノックをしないでくれますか?」
「それは聞けん」
「えぇ?」
「私の趣味は嫌がらせだからな。無理な相談だ」
「貴方、教師ですよね?」
「教師だが、何か問題か?」
問題しかない気がするが? 問題なさげにしている意味が分からん。
「ところで他のメンバーはどうした?」
山田先生は部室を見回しながらそういう。
「帰しました」
「何故お前だけ残っている?」
「・・・」
「そんな嫌な顔で私を見るな。とりあえず経緯だけでも教えてくれんか?」
僕は溜め息をついた後、数十分前の出来事を話し始めた。
※
「え? 菊川。今、なんて言ったの?」
僕の提案に部長が驚きの声を上げた。
「で・す・か・ら! 僕が残ってやっていくって言ったんです」
「えぇ!?」
部長が再度驚く。柑菜ちゃんは苦笑。月見さんは肩をすくめ嘆息した。木崎先輩に至っては、机に肘をついて項垂れていた。だがしかし、皆んなの反応を僕は気にせず、言葉を続ける。
「部長。確か申請すれば、最終下校時刻時間外でも部室に残っていられますよね?」
「そ、そうね」
「じゃあ、今から職員室に行って申請してきますわ」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!」
席を立つと、部長が僕の制服の袖を引っ張ってきた。
「・・・なんですか?」
「『なんですか?』じゃないわよ! 自分が言った言葉の意味分かってる!?」
「もちろん。理解してますよ」
こう言うと、部長がさらに困惑していた。他のメンバーも困惑している。
全員、意味が分からないと言いたげな顔だ。
うん? 僕は何か不味いことを口走ったか?
「菊くん。貴方の決意も立派だけど、何で桜の肩代わりみたいことを? 普通だったら、そんな面倒ごとは後回しにしない?」
「まぁ、確かにそうなんですが・・・。ほら、あれですよ! 仕事のやりがいを感じたいと言いますか」
「菊くんって、まさか・・・マゾ?」
「断じて違うっ!」
僕の性癖に月見さんが青ざめた。
僕がマゾ? そんなわけないでしょ!
「違いますよ。僕は帰宅時間を気にしてるんです」
『帰宅時間?』
「僕は学校から家まで近いからいいですが、皆さんは違うでしょ? だって僕以外、帰宅時間、一時間以上かかるじゃないですか。作業が終わる頃にはだいぶ夜遅い時間になってしまいますよ?」
部長たちは一度、黙って互いを見合う。そして、僕に視線を戻す。
「遅くなったら、学校に泊まればいいのよ」
部長がその発言の後、全員が一斉にグッとサインを送ってきた。
「うん。帰れっ。月見さんたちもグッとじゃないですよ!」
僕は笑顔でお帰りを願ったのだった。
※
「で。無理やり帰らせたわけか」
「そうでぇす」
僕は作業しながら適当に答える。山田先生は、呆れた表情に変化する。
「少しは手伝わせてやればいいじゃないか。あいつらも思うところがあるんだからさ」
「・・・」
「ところでマゾー、」
「ちょっと待って。今、マゾって呼びましたか?」
「一つ言いたいことがあってな」
「聞けよっ!」
生徒の意見、無視かっ!
「すまんな。今回ばかりは私のミスだ」
「えっ、なんですか急に?」
「ハガキを仕分けするのは教師たる私の仕事だったんだが、すっかり忘れていてな。気が付いたら今日までに整理しとけと教頭に言われて、思い出したんだ。だが今日色々と予定が入っていてな、手を付けられる状態じゃあなかった」
いつもだったら、イタズラに全神経を注ぐ問題教師が人のために軽い頭を下げている。
誰だ、この人? 気持ち悪い。
見たことがない山田先生の対応に、冷や汗が止まらない。
「どうした? 熱か?」
「本当に山田先生ですか?」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味ですよ。あれですか? 怪盗キ◯ドみたいに皮を顔に付けた別人とか?」
「そんなわけないだろ。お前、アニメの影響受けすぎだ。ああっ、そうだ。これを渡しておく」
そう言うと、小さな紙袋を渡してきた。これは?
「爆発とかしませんよね?」
「ボンバー◯ンなんじゃないんだ。そんなことにはならない。いいから、中を開けてみろ」
「?」
中身を恐る恐る開けてみる。紙袋の中には、一つのメロンパンと手紙が入っていた。
一体誰が?
「先に言っておくが、私ではないぞ。それは、あいつらからだ」
あいつら? もしかして、部長たちのことを言っているのだろうか?
「職員室に桜たちが出向いてな。それを私に渡してきたんだよ。『菊川に渡してくれ』ってな」
「そうだったんですか・・・。ありがとうございます」
「礼は私ではなく、桜たちに言え」
「そうですね。はい。そうします」
山田先生は一瞬、ふっと優しい笑顔で笑った。そして、「ところで、」と切り出す。
「仕分け作業は終わりそうか?」
「このペースなら、ざっと10分くらいで終わりそうです」
「うむ。そうか。じゃあ私は渡すものは渡したことだし帰るぞ。戸締りはしっかりしとけ」
「了解です」
そう返事すると、山田先生は満足げに部室を出て行った。
あの人、意外に人情味があったんだな。
「さてと。小腹も空いたことだし、メロンパンを頂きますかね。と、いきたいところだけれども。手紙を先に読むか。えっと、何々?」
『【ありがとう】菊川へ。
時間帯を考えると小腹も空くと思ったので、これをあげます。
メロンパンとあんパンを買っておいたから、これ食べて残りの作業、頑張りなさいっ!
桜より』
・・・ありがとう、ね・・・。
なんと言うか。中学時代を思い返してみると、僕が他人からお礼を言われる立場になるなんて考えられなかったなぁ。この部に関わった所為で、良くも悪くも変わっているようだ。てか、何故だろう。この手紙を読んでから、顔のニヤニヤが止まらないんだが・・・。どうしよう。自分のことなのに凄く気持ち悪いぞ。これは、すぐ病院に行かなければ。
・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待て。
僕は再度、手紙に目を通している時。あることに気付いた。手紙の文字の一点を凝視する。
「メロンパンと・・あんパン?」
あんパン・・・だと? んなの入ってないが? だって中にメロンパンしか入ってないぞ。
・・・あ!
※
部室の扉の小窓から見える菊川の人影。私はその人影の動向をしばらく観察していた。
「全く動かんな。一体何をしている?」
廊下で待機して約5分。
私が仕掛けたイタズラに、そろそろ気付いて欲しい頃合いなのだが、動く気配がない。
これは失敗か?
と、私がそう思った瞬間。小窓に映る菊川の人影が足音と共に大きくなっていく。
そして、扉のすぐそこまで来ると、勢いよく開かれた。
「うわっ! 山田先生まだ廊下にいたんですか!?」
私の顔を見るなり、菊川がお化けを見たように驚いていた。
『うわっ!』とは、なんだ。『うわっ!』とは。その反応は失礼ではないかね?
「あ、いや。驚いている場合じゃあなかった。山田先生、お聞きしたいことが!」
菊川が手紙を私の顔の前まで持ってくると、そう言うのだった。
※
「この手紙には、2種類のパンのことが書かれているんです。一つは入ってました。ですが、もう一つは入ってなかったんですよ。先生、知りませんか?」
「知らん」
即答で否定はするものの、顔をそらす山田先生。怪しい・・・。誤魔化すなら僕にも手がある。
「あー、なんでしたっけ? ちょっと中身見たんですけど、パンの名前が思い出せないんですよね。メロ・・なんとかと、あん・・あん。なんだったかなぁ?」
「ん? メロンパンとあんパンと手紙じゃないのか?」
「あ、そうそう。それですそれです! で。ですね山田先生。なんで紙袋の中身知ってるんですか?」
「あー・・・、しまったぁ」
首筋を触り、やれやれ、といわんばかりの露骨な表情を浮かべた。完全に黒だ。
「あんパン。紙袋に入ってませんでしたが、どうしました?」
「うん。あれだ。・・・美味かったぞ」
「食ったの!? 他人のものを勝手にぃいい!?」
「ああ。あの粒の食感と風味がいい感じにマッチングしていてー、」
「感想とか要らんからっ! 別に聞いてないしっ!」
勝手に食うとか何考えてんのっ、この人!
「そもそも私に渡す桜が悪い。我慢できずに食ってしまうに決まってるじゃないか」
「しつけのなってない犬か、あんたは!? 我慢して僕に渡して欲しかったよ!」
「そう怒るな。代わりに私の家から持って来た、あんパンをあげよう」
「持ってんの!? 持ってんなら、尚更食うな・・・」
「『粒あん』と『こしあん』。どっちがいい?」
しかも、選べるのね。用意周到すぎ・・・。
「え? あ・・・。じゃあ『粒あん』ください」
「2万になります」
「おいぃいいいい! 高いし、生徒に金を要求すなっ!」
「まぁ、元々200円くらいのあんパンだけどな」
「詐欺じゃねぇか! 教師が平然と詐欺師まがいなことしないでくださいよ。もういいです。こしあん。こしあんをください」
「・・・・・りょぉおかい、しましたぁぁ」
「その不貞腐れした顔は何っ!? なんか不満!? ふざけないで早く戴けません? 仕分け作業を終わらせて、帰りたいんですから」
そういうと山田先生が着ている白衣のポケットから、渋々、あんパンを取り出した。
「ほらよ」
僕は山田先生の手からあんパンを受け取る。
「もう他人のものを食うとか。もうやめてくださいね。マジで」
「分かった分かった。なるべく我慢する」
「なるべく、じゃなくて絶対!」
「絶対。絶対かぁ・・・」
「なんで不満な顔をするのっ! もういいですよ。時間もないので早く退散してください」
「それもそうだな。あまり遅くならないように。終わらせたら真っ直ぐ帰れ。いいな」
半分以上は山田先生の所為なんですがね。 此処でツッコムとやり取りが終わらなさそうなので、ぐっと我慢しよう。偉いぞ菊川。非常識な山田先生との違いを見せてけ。
「了解しました」
僕が受け取ったことを確認した山田先生は、体の方向を変え、「じゃあな」と言って帰っていった。
※
その後、仕事を終わらせることができた僕は、ご褒美感覚でメロンパンとあんパンを頂戴した。しかし、山田先生から貰ったあんパンの消費期限が一年前のだと後で発覚。つまりゴミを渡されたわけだ。で、不運なことに。僕の腹は毒物に対しての耐性がなかった為、腹を壊してしまい、長いことトイレから出られないという始末。結果、家に着いたのは、日付けが変わるタイミングというね。
翌日、山田先生に問い詰めたところ。一室の棚の奥に長いこと放置されていたあんパンだったらしい。
そして、山田先生曰く。
「私の家宝を食べれて良かったじゃないか」
「良かねぇえええええええええええ!!」
そんな安物の家宝なんて聞いたこともねぇわ。
それからラジオ部メンバーで山田先生について相談した。今回の件を全て教頭先生に暴露することにした。
暴露してから数時間後、教頭から山田先生を説教したことを知らされる。
しかし、この時の僕たちは忘れていた。その程度では、あの教師が止まるはずがないことを・・・。結果、山田先生から僕たちへ復讐劇が始まるのだが・・・、それはまた別の話・・・。
三話:整頓するラジオ部 END
『はーい』
部長の合図で、僕たち・・・月見さん、柑菜ちゃん、木崎先輩、僕は、全員で返事をした。
六月初めの今日。いつもなら適当な世間話を駄弁っているラジオ部メンバー。会話内容は、超・たわいもない話。お気軽な雰囲気になっている。だが、今日はそうもいかない。お喋りより先にやらなければならない事があるのだ。
長机の上には、乱雑に置かれた無数のハガキ。それが重なり合って溶岩台地のようになっていた。今日は、その整理整頓作業をしないといけないのだ。
部長は両手でパンパンと叩いて合図すると。
「さぁ! 始め!」
作業開始を宣言した。
僕たちはラジオネームの後に書かれた学年を一枚ずつ確認し、それを一年生、二年生、三年生と学年ごとに分けていく。この仕分け作業、思っていた以上に大変。何せ、分けるハガキの数が多いのだから。
こりゃあ、今日中に終わるかな? 終わる気がしないんだが。
ハガキの量に圧倒され、弱気になってしまった。しかし、やらなければ終らない。僕は、両頬を軽く叩いて気合いを入れ直す。そして、次の一枚を手に取り中身を見る。
お便りの中には学年が書き忘れているものがある。そうなると、仕分けが困難になる。
「うー・・ん。早速、引いてしまったか」
それを、今まさしく僕が引いてしまったわけで。この場合、仕分けペースが遅くなるから本当に困る。
「菊川先輩、もしかして引いてしまったっすか?」
横で仕分け作業している柑菜ちゃんが、疲れた顔をしながら僕に話しかけてきた。
「うん。久々に引いてしまったよ」
僕は柑菜ちゃんの方を向き、頷き応える。
「どうするんすか?」
「学年が書かれていないから、お便りの内容を確認して、思い当たりそうな学年に分けるしかない」
「まさかの引いた人のさじ加減。それでいいんすか?」
「まぁ、今までそうやってきたから、別にいいんじゃね? 誰も文句は言わんでしょ」
柑菜ちゃんが「ちなみになんですけど」と僕が持つハガキを指差す。
「そのハガキに何て書かれているか、聞いてもいいっすか?」
柑菜ちゃんが内容を知りたがっていたので、僕は力なく朗読する。
「ん? えっと、ね。『ラジオネーム ウホホさん 皆さんこんばんみー。この場を使い、生徒会に一言申したい。部費が足りないので増やせ!』だって」
「わざわざラジオ部を通して言うことっすか!? 直接、生徒会に申し出て下さいよ!」
「いや。ラジオネームだと、本人特定されにくいからね。直接、言ったら論破されるのがオチだと思ったんだと思うよ、ウホホさんは」
「とんだ意気地なしっすね。生徒会室に乗り込むべきでしょうに」
柑菜ちゃんの言葉に僕は自然と苦笑してしまった。
それは柑菜ちゃんだからやれるんだよ。君は気合いで乗り越えるゴリ押しタイプだからね。
「だぁああああーーーーー! つっかれたぁあああ! ずっと下向いてるから首が痛いよぉ」
部長が急に叫んだ。持っていたハガキを火山台地に放り投げ、リバースする。
・・・ちょいと部長。仕分けてから叫んでくれませんか? ほら。投げた所為で、机の上のハガキが何枚か弾き飛ばされてしまったじゃないか。
「ほい! (パシッ!)」
あ、柑菜ちゃんが全てキャッチしてる。ナイス、我が後輩。相変わらず反射神経いいな。
部長は、飛ばしたことを特に謝ることなく喋り続ける。
「もうやってられるか! 何で私たちこんな面倒臭いことやってるの?」
部長は両腕に顔を乗せて、うつ伏せの体勢になる。完全に嫌になっていた。そんな部長に、メンバーの誰も部長を注意しなかった。
月見さんが首筋を揉みながら、部長に顔を向ける。
「それは、桜が仕分けるって言ったからじゃない。私たちはそれに従っただけよ」
そう月見さんが言うと、部長が顔をあげた。
「確かに私の指示だけど・・・。ことの発端は、山田先生じゃん。勝手に部室に入ってきたら、何を言うのかと思えば、『これ、今まで溜まっていたお便りな。仕分けしとけよ。じゃあ、よろしくぅ』って。この大量のハガキを置いていったんじゃない。完全に投げやりだよ、あのイタズラ大好き教師!」
「そうね。でも、桜も悪いわよ。簡単な挑発に乗ってしまったのだから」
「そうですね」「そうっすね」「だねぇ」
月見さんの言葉に、全員が冷めた目を部長に向けて同意の返事をした。
「うぐっ・・・!」
部員からシラーと冷めた目を向けられてしまい、部長が怯んだ。
まぁそうですね。断った後に、山田先生から『部長と呼ばれても、お前はその程度人間だったんだな。私は悲しいぞ』と言われた部長が、『やってやるわよ!』と、挑発に乗ってしまったのだ。乗せられやすい部長が悪い。助け舟を出す価値なし。
張り詰めた空気に耐えられなくなった部長は、慌てた表情で「と、とりあえず」と語り出す。
「手を進めよ! このままだと、お、終らないからねっ! ねっ?」
「それもそうね。皆んな、不本意だけど頑張りましょう」
『了解』
月見さんの言葉に部長以外が賛同。作業を再開。
部長は作業再開する前に、小さな声で「すいませんでした」と謝っていた。
※
作業を再開してから約15分後。
静寂に満たされた部室に、突然、稲妻のような声が響き渡る。
「きゃははっ! こんな面白いことが身近に起きていたなんてっ! これは傑作っすぅ」
横の後輩が手に持っているハガキを持って騒いでいた。
このままだと気が散って作業に集中できない。柑菜ちゃんに話しかける。
「学年ごとに仕分けするだけなのに、爆笑なんて一体どったの?」
「ああ、菊川先輩。五月蝿くして、すいません。面白いお便りだったんで、つい笑ってしまったんすよ」
両目の端に溜まった小粒の涙を拭いながらそう言う。
「こらこら。読む前に、ちゃんと仕事しようよ。このままじゃ、活動時間終了まで間に合わないこと、分かってる?」
「もちろん分かってますとも。分かってはいるんすが・・・、同じ作業ばかりで飽きてきたんすよねぇ」
「それはこの場にいる全員、同じだと思うよ。僕だって飽きがピークまできてるし、投げ出したいよ・・・。でもさ」
「ん?」
「そこの人を見てみな。こんな作業を強制されても、粘り強くやってるいるんだよ。それ見たら投げ出せないよ」
心の中で『山田先生ふぁ◯きゅー』って連呼しているだろうけど・・・。
僕は部長を見ながらそう言う。
話題にした部長は「山田先生めっ! この! この!」と、怒りを打つけながら仕分け作業をしていた。完全に『職場の理不尽なしわ寄せ』を受けた社員状態だ。そんな部長のリアクションを見て、柑菜ちゃんと一緒に苦笑した。
怒りながらもサボらずに、ちゃんと仕事しているあたり、さすが部長といった所だろうか。
僕は「ちなみに、」と柑菜ちゃんに話を切り出す。
「他にどんなお便りが寄せられていたの?」
僕の問いに、柑菜ちゃんが「えぇっと」と言うと、机の片隅に仕分けされていたハガキの山から数枚を取り出し、答えてきた。
「一年のお便り。『ラジオネーム 亀仙人
かめ◯め波は、どうやったら撃てますか?』」
「知らんっ! 習得できるものから、むしろ僕が知りたいわ!」
「ニ年。『ラジオネーム トビウオ
レ◯ドブルを毎日飲んでいるのに翼を授かれません! どうなってるんですか!?』」
「本気にするなよ! CM上のキャチコピーだからね、あれ!」
「三年。『ラジオネーム 変態マン
妹のスカートを興味本位で着たら、妹に殴られました。何故でしょうか?』」
「気付けっ! というか、ラジオネームを『変態』にする時点で自覚しますよね?」
「とまぁ、こういったお便りばっかり。いやぁ。可笑しなお便りばっかですね」
柑菜ちゃんは、楽しそうにしている。だいぶお気に召しているようだ。
「この学校、変人が多いからね。むしろ真面目なお便りは珍しいんだ」
柑菜ちゃんは、「へぇ」と無関心な返答。
続いて、月見さんが「私も変なお便りを沢山みつけたわ」と呟く。まだあんのかよ・・・。
ぐったりとして月見さんに話しかける。
「例えば? どんな感じですか?」
「三年のお便りだと、『ラジオネーム サピエンスさん
進路希望が決まらないので、とりあえず総理大臣と書いておきました』ですって」
「もう少し真面目に進路を考えようか、サピエンスさん」
「ニ年のお便り。『ラジオネーム ひまわり
この前、ラジオ部の皆さんが山田先生を追いかけ回してたのを見かけました。
何かあったんですか?』」
「ううん! 別に! 何もないよ」
「菊くん。そんな必死に否定しなくても」
「あの出来事を思い出したくないんですよ。はい、次、次」
「一年のお便り。『ラジオネーム 空白さん
質問とかは、特にありません。 以上』」
「じゃあ送ってくるな。予め決めてから送ってこい」
「これは・・学年が書かれてないわね。
『ラジオネーム 森のパンさん
どうぶつ◯森で毎日釣りをしているのに、シーラカンスに出会うことができません。
私はどうしたらいいのでしょうか? 悟りでも開くべき?』ですって。菊くん、どう思う?」
「知るかぁああああ! 粘り強く釣れっ!」
「光くん、何でさっきからハガキにツッコミしてるの? 大丈夫?」
騒がしくする僕に木崎先輩が声をかけてきた。
木崎先輩の目付きは、鬱陶しい奴を見ているときのそれになっていた。
分かる、分かるぞ。あれは、『お前五月蝿いぞ』と目線で言っているのが分かる。
「大丈夫です。僕が『ボケに対し、敏感に反応してしまう体質』というだけですから」
「だとしてもよ。少しは抑えられないのかな?
さっきから君が大声出すもんだから、気が散って作業に集中できないんですけどぉ・・・」
木崎先輩は文句を言いながらも、ハガキを仕分けしながらそういう。僕はぎこちない笑顔で対応する。
「ああ、それはすいません。どうしても抑えられなくて・・・。
まぁ、あれですよ。一種の病気だと思って頂ければいいかと」
「そんな自虐を堂々と言われても私が困る。
というか、自分からそういう事を喋るなんて恥ずかしいとは思わないの?」
「は、恥ずかしいわけないですよ! ええ、本当に!慣れてますからね。
ははっ! ははは、ははっ・・は・・・うぅ・・・グスッ」
「え!? 泣いてるぅうう!? ねぇ、泣いてるよねぇ! もしかして私、地雷踏んじゃった!?」
木崎先輩の呆れていた態度が一変、突然、気にかける態度に変わる。
あれ? おかしいな? 過去を振り返っていたら自然と涙が。
「僕はどうしてこんな体質になってしまったんだろうか? 何で?」
「急に自問自答されても、なぁ。敢えて言うなら・・・育った環境・・・?」
環境・・・、環境ぉ?
問題しか生まないトラブルメーカー、部長。
普段は会話に参加せず、読書で自分の世界に入りっぱなしの月見さん。
全てにおいて脳筋スタイルの柑菜ちゃん。
そして、実家の旅館仕事の手伝いで、あまり部活に参加しない、ほぼ空気の木崎先輩。
バランス取れてねぇ・・・。此処の部員・・・。しかも、ボケが激しいから、ツッコミする人は負担にしかならない。・・・まぁ、ほとんど僕がツッコミに回るから、僕だけが疲れるんだけどね。
「なるほどぉ。そこら辺に人生リセットボタンとかないですかね」
「ないね。そんな便利アイテム。あったら、それはそれで問題だし、夢物語だよ」
「ないなら、作ってもらおう。開発部に」
「一生かけても無理だと思うけど?」
「ですよねぇ。ファンタジーだけの話だもんな。あっ、なら転生だ。転生しよ」
「どうしてそうなる? 次元飛び越えちゃったじゃない。てか、それはもうファンタジーじゃん」
「ほら。輪廻転生って言葉があるくらいですし、転生はできると思うんです」
「た、確かに。なら、仮に転生したら何になりたい?」
木崎先輩の問いに、僕は顎に手を当てて考える。
そして数刻後、僕は口を開く。
「・・・魔王に転生したいな」
「転生した先が、すでに悪魔のトップ!?」
「魔王なら、日常で特に考えることもなく、ボーッとして過ごせそうだし」
「魔王らしくない!? 堕落魔王だ!」
「城の周りには自分用の畑を耕し、野菜を育て。その野菜を家来や人間にあげて平和に過ごす。ああ・・・、いい」
「振る舞いが全然魔王らしくない! しかもそれって、定年退職した年配の人の生活と変わらないよ!」
「そして、この世界にも自分の畑を耕したい」
「転生先の土地だけでは飽き足らず、こっちも耕すんだ!? しかも、一周回って戻ってくるんだ! というか、耕すならわざわざ魔王に転生する必要性もないよねぇ!」
「木崎先輩・・・」
「な、なに? その真剣な表情で見つめてきて」
「貴方、天才か?」
「君が馬鹿なだけだぁああああああああ!」
木崎先輩がそう叫ぶと、「まったく! 心配した私が馬鹿みたい」と言って仕分け作業に戻った。
怒っている理由が分からん。そして、何故か会話を聞いていた月見さんと柑菜ちゃんも溜め息をついてるし。僕、なんか変なこと口走ったかな? う~ん、分からん。とりあえず、今日の学校帰りにスーパーに寄ろう。植木鉢と土。そして種を買おう。トマトあたりから育ててみよ。いやぁ、楽しみだ。
新しい趣味を見つけワクワクしていた時、今まで必死に作業していた部長が口を開いた。
「やめだ、やめ! ずっと作業してるのに減ってる気がしないわ!」
部長が再び両手に持っていたハガキを、無数のハガキが重なってできた山に放り投げた。
だから飛ばすなっての! ああ、また数枚のハガキが弾き出されてー、
「ほい! (パシッ!)」
柑菜ちゃんが全てキャッチ。ナイスだ柑菜ちゃん。僕は静かにグッとサインを柑菜ちゃんに送った。
部長はハガキを投げたことを謝らず、喋り続ける。
「そもそもなんで私たちが、こんな作業をやらなきゃいけないのよ。こういった書類業務って教師がするもんじゃないの?」
「ハガキが書類部類に入るのかは分かりませんが、部長の言い分も分からなくもないです。ですが、これを引き受けてしまった部長が悪いかと」
「それはごめん! 私が悪いと思ってる。だとしても、丸投げはないわよ! 丸投げは!」
「結局、何が言いたいの?」
気怠げに月見さんが横から話かけた。
すると、部長が「決まってるわ!」と言うと、一呼吸置いてから語り出す。
「頼むなら山田先生自身も手伝うべきよ!」
それは皆んな思っていることだよ、部長。
「だいたい! こんな溜めるまで放ったらかしにしたのが原因じゃない」
まぁ、確かに。まさか部長の口から正論が出るとは驚きだ。
「詫びとして、私に、甘い物でも持ってきてもいいくらいよ!」
無駄に偉そうだな、この人。しかも、『私たち』じゃなくて、そこは『私』なんだ・・・。
「ねぇ? 皆んな?」
いや、同意を求められても・・・困る。えっと、他の方々の反応は、如何程?
『・・・・・(プイッ!)』
おぉとっ? 何で僕と目が合うと、逃げるように目をそらすの、皆さん?
「・・・そう。分かったわ」
『何が(っすか)!?』
「よし。これから職員室に殴り込みよ!」
『ダメでしょ!?』
「え? 今の沈黙って、『暗黙の了解』的なやつじゃないの?」
『そう捉えたの!?』
なんて自分勝手な思考! 全員で止めなかったら、そのままの勢いでテロってた!
「部長。山田先生に期待はしない方がいいかと」
「え? なんで?」
「自分から無駄話で授業を脱線させる程の教師ですよ? この場に呼び出しりなんかしたら、あの手この手使って、邪魔されますよ」
「くっ・・・! そうだったわ。そういう好き勝手やる人間だったわね、あいつ」
山田先生のこと、『あいつ』呼び・・・。信頼されてないな、これ。
「教育者として、あの態度はクソよね」
部長、ついに教師を『クソ』呼びだよ。これが、日々の行いのツケというやつか。
山田先生。ご愁傷様です・・・。
すると、柑菜ちゃんが「そうっすね」と部長の意見に賛同する。
「あれを教師にするとか。この学校の基準、おかしいとしか思えないっす」
後輩にも、バカにされてるし。まぁ、当然か・・・。
すると今度は月見さんが軽く手を上げ、「ちょっといい?」と部長に呼び掛ける。
「この作業はいつまでかしら。納期は決まっているの?」
「期限は今日の最終下校時刻までだったはず」
「だとしたら、もう間に合わないことは確定ね」
「あっ! 本当だ・・・」
部長の視線が斜め上に向け、驚きの声を上げる。
視線に釣られ、その場の全員が一斉に部長と同じ方角を見る。そこには掛け時計が掛けられていた。
「あのぉ、部長。最終下校時刻って何時でしたっけ?」
「6時半・・・」
「僕の気のせいですかね? 最終下校時刻間近に見えるんですが・・・」
今現在時刻、6時20分。
「絶対、間に合わないですよねぇ。これ」
『・・・・・』
全員で無数のハガキを凝視した。ハガキは、未だ溶岩台地を形取っている。そして、何処か崩れたのだろう。ハガキが数枚、長机の下に落ちた。
・・・無理ぃ。終わらねぇ~。
「部長。もし、もしですよ。仕分け作業が終わらない場合って・・・、どうなりますぅ?」
「山田先生が教頭に、こっぴどく怒られる」
「ん? なら問題ないのでは?」
「へ?」
部長は頭を傾げ、腑抜けた返事をした。
僕たちに実害が出ないのなら、真面目にやる必要性もないじゃないか。
それに、あの教師だ。一度痛い目にあわない限り、あのいい加減な性格を治すこともないだろう。これをきっかけに、まともな人間になれるなら、いい薬になる!
「部長。・・・帰りましょう」
「な、なんで!?」
「なんでって・・・えっと・・・」
部長は、僕の思惑に気付いていない様子。・・・鈍いな、この人。
木崎先輩が「はぁ」と嘆息して、部長に話しかける。
「別に私たちが罰を受けるわけでもないから、終わらせなくてもいいじゃないかってことだよ、愛」
「ああ。なるほど、ね。でもさ、それって仕事放棄と変わらないような」
「仕事放棄じゃないよ。私たちは、ちゃんと仕事をしてこの結果。誰も文句言わないと思うけど?」
「う・・ん。そう・・だね」
「それに、ほら。期限ギリギリになって渡してきた山田先生が悪いんだから。無理してやる必要もないと思うのよねぇ」
「うぅ~ん。・・確かに・・・そう、なんだ・・けど」
ここまで言われても、部長は歯切れの悪い返事だ。
恐らく部長のことだ。『自分勝手に引き受けてしまった。受けてしまったからには終わらせないといけない』という使命感。そして、『部員の意見も一理ある。意見を取り入れたい』という共生感。この二つが部長の中でせめぎ合っているのだと思う。
「えっと、えっとね」
だからだろうか。この先の行動がなんとなくだが、分かる。部長のことだから、この後に言うセリフは、こうだ。
「私が残ってやっていく」(残ってやっていく、とかね)
『えっ・・・』
あー、やっぱりな。もう一年くらいの付き合いだから、嫌でもなんとなく分かってしまう。
「ちょっと、桜。正気?」
月見さんが心配そうに部長に話しかけていた。それに対し部長は苦笑いしながら答える。
「ほら。私が引き受けてしまったのが原因だし。頼まれた時に断らなかった私が悪い」
「いや、でも。残ってまでやってく必要あります?」
柑菜的ちゃんも心配そうに声をかける。
「そこら辺は、あれよ・・・。気合いで・・なんとか」
「その響きは柑菜的には共感できますが。桜先輩の場合、無茶がありますよ・・・」
うん。そうだね。
木崎先輩が「ちょいちょい」と言って、部長を呼んだ。
「やっぱ、職員室に殴り込みする? 私、サポートに回るわよ」
そこは、あくまで『サポート』なんだ・・・。
木崎先輩は、自分の手を汚す気はないらしい。
その後、僕の目の前で女子メンバー。
部長、月見さん、柑菜ちゃん、木崎先輩が、『やる? やらない?』と言い合っていた。
なぁにやってんだ、この人たちは?
こんなやり取りを傍観して、数刻後。
♪~ キーンコーンカーンコーン ~♪
最終下校時刻を知らせるチャイムの音が、水を差す。
『あ・・・』
僕は、深ぁく溜め息をついた。ぐだぐだに一日が終わったのであった。
※
誰もいなくなった部室。その室内で僕は、一人でボチボチと寂しくハガキの仕分け作業をしていた。
「一年。二年。三年。これは一年。これは三年か。・・・げっ! 学年書かれてないし。えっと、なになに?『ラジオネーム』ー、」
現在、一人寂しく仕事中。
自分で言うのもなんだが、なにしてんだろ僕は。こんな狭い教室で一人でこんなことを・・・。でもま、一人は慣れている。中学生時代のボッチ状態に一時的に戻っただけのこと。頑張れ、菊川 光。ファイトだ、菊川 光。終われば天国ぞ!
コンコン。
部室の閉まりきった扉からノックする音が聞こえる。扉を見る。扉の窓から人影が映っていた。
「どうぞぉ~」
僕は仕分け作業をしながら入ってくるよう、適当に促す。
コンコン。
しかし、入ってこない。それどころか外の人影はずっとノックを続ける。
「ど、どうぞぉ~」
コンコン。
再度、案内したのに入ってくる気配がない。
もしかして、からかっている?
「いや」
コンコンコン。
「あの」
コンコンコン。
「だから」
コンコンコンコンコンー、
「・・・・・」
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンー、
「う、うるさいっ! 早よぉ、入ってこいやっ!」
そういうと、ノック音はピタリと止まった。そして、扉が開かれると、外の人影は扉を開けて中に入ってきた。
「そんなに怒らんでもいいじゃないか・・・」
人影の正体は、イタズラ大好き山田先生だった。山田先生は、長机の近くまで歩いてくると。
「よっ!」
片手を上げて挨拶してきた。非常に腹立たしい。さっきのやり取りがまるで無かったかのような態度。特に気にした様子もない。僕は怒りを押し殺し、山田先生に語りかける。
「ノックは一回でいいでしょうに。必要以上にノックをしないでくれますか?」
「それは聞けん」
「えぇ?」
「私の趣味は嫌がらせだからな。無理な相談だ」
「貴方、教師ですよね?」
「教師だが、何か問題か?」
問題しかない気がするが? 問題なさげにしている意味が分からん。
「ところで他のメンバーはどうした?」
山田先生は部室を見回しながらそういう。
「帰しました」
「何故お前だけ残っている?」
「・・・」
「そんな嫌な顔で私を見るな。とりあえず経緯だけでも教えてくれんか?」
僕は溜め息をついた後、数十分前の出来事を話し始めた。
※
「え? 菊川。今、なんて言ったの?」
僕の提案に部長が驚きの声を上げた。
「で・す・か・ら! 僕が残ってやっていくって言ったんです」
「えぇ!?」
部長が再度驚く。柑菜ちゃんは苦笑。月見さんは肩をすくめ嘆息した。木崎先輩に至っては、机に肘をついて項垂れていた。だがしかし、皆んなの反応を僕は気にせず、言葉を続ける。
「部長。確か申請すれば、最終下校時刻時間外でも部室に残っていられますよね?」
「そ、そうね」
「じゃあ、今から職員室に行って申請してきますわ」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!」
席を立つと、部長が僕の制服の袖を引っ張ってきた。
「・・・なんですか?」
「『なんですか?』じゃないわよ! 自分が言った言葉の意味分かってる!?」
「もちろん。理解してますよ」
こう言うと、部長がさらに困惑していた。他のメンバーも困惑している。
全員、意味が分からないと言いたげな顔だ。
うん? 僕は何か不味いことを口走ったか?
「菊くん。貴方の決意も立派だけど、何で桜の肩代わりみたいことを? 普通だったら、そんな面倒ごとは後回しにしない?」
「まぁ、確かにそうなんですが・・・。ほら、あれですよ! 仕事のやりがいを感じたいと言いますか」
「菊くんって、まさか・・・マゾ?」
「断じて違うっ!」
僕の性癖に月見さんが青ざめた。
僕がマゾ? そんなわけないでしょ!
「違いますよ。僕は帰宅時間を気にしてるんです」
『帰宅時間?』
「僕は学校から家まで近いからいいですが、皆さんは違うでしょ? だって僕以外、帰宅時間、一時間以上かかるじゃないですか。作業が終わる頃にはだいぶ夜遅い時間になってしまいますよ?」
部長たちは一度、黙って互いを見合う。そして、僕に視線を戻す。
「遅くなったら、学校に泊まればいいのよ」
部長がその発言の後、全員が一斉にグッとサインを送ってきた。
「うん。帰れっ。月見さんたちもグッとじゃないですよ!」
僕は笑顔でお帰りを願ったのだった。
※
「で。無理やり帰らせたわけか」
「そうでぇす」
僕は作業しながら適当に答える。山田先生は、呆れた表情に変化する。
「少しは手伝わせてやればいいじゃないか。あいつらも思うところがあるんだからさ」
「・・・」
「ところでマゾー、」
「ちょっと待って。今、マゾって呼びましたか?」
「一つ言いたいことがあってな」
「聞けよっ!」
生徒の意見、無視かっ!
「すまんな。今回ばかりは私のミスだ」
「えっ、なんですか急に?」
「ハガキを仕分けするのは教師たる私の仕事だったんだが、すっかり忘れていてな。気が付いたら今日までに整理しとけと教頭に言われて、思い出したんだ。だが今日色々と予定が入っていてな、手を付けられる状態じゃあなかった」
いつもだったら、イタズラに全神経を注ぐ問題教師が人のために軽い頭を下げている。
誰だ、この人? 気持ち悪い。
見たことがない山田先生の対応に、冷や汗が止まらない。
「どうした? 熱か?」
「本当に山田先生ですか?」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味ですよ。あれですか? 怪盗キ◯ドみたいに皮を顔に付けた別人とか?」
「そんなわけないだろ。お前、アニメの影響受けすぎだ。ああっ、そうだ。これを渡しておく」
そう言うと、小さな紙袋を渡してきた。これは?
「爆発とかしませんよね?」
「ボンバー◯ンなんじゃないんだ。そんなことにはならない。いいから、中を開けてみろ」
「?」
中身を恐る恐る開けてみる。紙袋の中には、一つのメロンパンと手紙が入っていた。
一体誰が?
「先に言っておくが、私ではないぞ。それは、あいつらからだ」
あいつら? もしかして、部長たちのことを言っているのだろうか?
「職員室に桜たちが出向いてな。それを私に渡してきたんだよ。『菊川に渡してくれ』ってな」
「そうだったんですか・・・。ありがとうございます」
「礼は私ではなく、桜たちに言え」
「そうですね。はい。そうします」
山田先生は一瞬、ふっと優しい笑顔で笑った。そして、「ところで、」と切り出す。
「仕分け作業は終わりそうか?」
「このペースなら、ざっと10分くらいで終わりそうです」
「うむ。そうか。じゃあ私は渡すものは渡したことだし帰るぞ。戸締りはしっかりしとけ」
「了解です」
そう返事すると、山田先生は満足げに部室を出て行った。
あの人、意外に人情味があったんだな。
「さてと。小腹も空いたことだし、メロンパンを頂きますかね。と、いきたいところだけれども。手紙を先に読むか。えっと、何々?」
『【ありがとう】菊川へ。
時間帯を考えると小腹も空くと思ったので、これをあげます。
メロンパンとあんパンを買っておいたから、これ食べて残りの作業、頑張りなさいっ!
桜より』
・・・ありがとう、ね・・・。
なんと言うか。中学時代を思い返してみると、僕が他人からお礼を言われる立場になるなんて考えられなかったなぁ。この部に関わった所為で、良くも悪くも変わっているようだ。てか、何故だろう。この手紙を読んでから、顔のニヤニヤが止まらないんだが・・・。どうしよう。自分のことなのに凄く気持ち悪いぞ。これは、すぐ病院に行かなければ。
・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待て。
僕は再度、手紙に目を通している時。あることに気付いた。手紙の文字の一点を凝視する。
「メロンパンと・・あんパン?」
あんパン・・・だと? んなの入ってないが? だって中にメロンパンしか入ってないぞ。
・・・あ!
※
部室の扉の小窓から見える菊川の人影。私はその人影の動向をしばらく観察していた。
「全く動かんな。一体何をしている?」
廊下で待機して約5分。
私が仕掛けたイタズラに、そろそろ気付いて欲しい頃合いなのだが、動く気配がない。
これは失敗か?
と、私がそう思った瞬間。小窓に映る菊川の人影が足音と共に大きくなっていく。
そして、扉のすぐそこまで来ると、勢いよく開かれた。
「うわっ! 山田先生まだ廊下にいたんですか!?」
私の顔を見るなり、菊川がお化けを見たように驚いていた。
『うわっ!』とは、なんだ。『うわっ!』とは。その反応は失礼ではないかね?
「あ、いや。驚いている場合じゃあなかった。山田先生、お聞きしたいことが!」
菊川が手紙を私の顔の前まで持ってくると、そう言うのだった。
※
「この手紙には、2種類のパンのことが書かれているんです。一つは入ってました。ですが、もう一つは入ってなかったんですよ。先生、知りませんか?」
「知らん」
即答で否定はするものの、顔をそらす山田先生。怪しい・・・。誤魔化すなら僕にも手がある。
「あー、なんでしたっけ? ちょっと中身見たんですけど、パンの名前が思い出せないんですよね。メロ・・なんとかと、あん・・あん。なんだったかなぁ?」
「ん? メロンパンとあんパンと手紙じゃないのか?」
「あ、そうそう。それですそれです! で。ですね山田先生。なんで紙袋の中身知ってるんですか?」
「あー・・・、しまったぁ」
首筋を触り、やれやれ、といわんばかりの露骨な表情を浮かべた。完全に黒だ。
「あんパン。紙袋に入ってませんでしたが、どうしました?」
「うん。あれだ。・・・美味かったぞ」
「食ったの!? 他人のものを勝手にぃいい!?」
「ああ。あの粒の食感と風味がいい感じにマッチングしていてー、」
「感想とか要らんからっ! 別に聞いてないしっ!」
勝手に食うとか何考えてんのっ、この人!
「そもそも私に渡す桜が悪い。我慢できずに食ってしまうに決まってるじゃないか」
「しつけのなってない犬か、あんたは!? 我慢して僕に渡して欲しかったよ!」
「そう怒るな。代わりに私の家から持って来た、あんパンをあげよう」
「持ってんの!? 持ってんなら、尚更食うな・・・」
「『粒あん』と『こしあん』。どっちがいい?」
しかも、選べるのね。用意周到すぎ・・・。
「え? あ・・・。じゃあ『粒あん』ください」
「2万になります」
「おいぃいいいい! 高いし、生徒に金を要求すなっ!」
「まぁ、元々200円くらいのあんパンだけどな」
「詐欺じゃねぇか! 教師が平然と詐欺師まがいなことしないでくださいよ。もういいです。こしあん。こしあんをください」
「・・・・・りょぉおかい、しましたぁぁ」
「その不貞腐れした顔は何っ!? なんか不満!? ふざけないで早く戴けません? 仕分け作業を終わらせて、帰りたいんですから」
そういうと山田先生が着ている白衣のポケットから、渋々、あんパンを取り出した。
「ほらよ」
僕は山田先生の手からあんパンを受け取る。
「もう他人のものを食うとか。もうやめてくださいね。マジで」
「分かった分かった。なるべく我慢する」
「なるべく、じゃなくて絶対!」
「絶対。絶対かぁ・・・」
「なんで不満な顔をするのっ! もういいですよ。時間もないので早く退散してください」
「それもそうだな。あまり遅くならないように。終わらせたら真っ直ぐ帰れ。いいな」
半分以上は山田先生の所為なんですがね。 此処でツッコムとやり取りが終わらなさそうなので、ぐっと我慢しよう。偉いぞ菊川。非常識な山田先生との違いを見せてけ。
「了解しました」
僕が受け取ったことを確認した山田先生は、体の方向を変え、「じゃあな」と言って帰っていった。
※
その後、仕事を終わらせることができた僕は、ご褒美感覚でメロンパンとあんパンを頂戴した。しかし、山田先生から貰ったあんパンの消費期限が一年前のだと後で発覚。つまりゴミを渡されたわけだ。で、不運なことに。僕の腹は毒物に対しての耐性がなかった為、腹を壊してしまい、長いことトイレから出られないという始末。結果、家に着いたのは、日付けが変わるタイミングというね。
翌日、山田先生に問い詰めたところ。一室の棚の奥に長いこと放置されていたあんパンだったらしい。
そして、山田先生曰く。
「私の家宝を食べれて良かったじゃないか」
「良かねぇえええええええええええ!!」
そんな安物の家宝なんて聞いたこともねぇわ。
それからラジオ部メンバーで山田先生について相談した。今回の件を全て教頭先生に暴露することにした。
暴露してから数時間後、教頭から山田先生を説教したことを知らされる。
しかし、この時の僕たちは忘れていた。その程度では、あの教師が止まるはずがないことを・・・。結果、山田先生から僕たちへ復讐劇が始まるのだが・・・、それはまた別の話・・・。
三話:整頓するラジオ部 END
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