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Lesson1 美容院
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「ねぇ、逸見悠里って知ってる?」
「知らないわ…他のメンバーはみんな特定できたのに…」
学内では、ミス&ミスターコンの話題で持ち切りだ。
学生たちは噂話に花を咲かせている。
ただし、誰一人として悠里のことを知らない。
当然だ。こいつはSNSをやっていない。
他のノミネートメンバーは本名で顔写真を載せているため、簡単に特定されてしまう。
そもそも学内でも、悠里は地味すぎて誰の印象にも残らない。
目立たず、静かに過ごすその姿は、まるで空気のようだ。
通学路ですれ違っても、挨拶ひとつ交わさなければ、存在にすら気づかれないだろう。
誰も知らない、謎に包まれた男。
俺が…番狂せをするんだ。
ダークホース(悠里)と共に。
———
「……当日、休む……」
放課後のカフェテリア。ぽつりと、俺の向かいに座る悠里が呟いた。
カップを手に握りしめ、指先で軽くつまむように動かしている。
「……は?」
聞き返すと、悠里は視線を床に落としたまま、膝の上で指をもじもじと動かしていた。
「だって、ミスターコンって……みんな見るじゃん。写真とか動画とか、SNSに上がるし……。叩かれそうで……怖い。」
その声は小さく震えていて、胸が締めつけられる。
――わかる。
悠里の不安は、決して大げさなんかじゃない。
実際、匿名の言葉なんて簡単に人を傷つける。
それでも。
「……誰が何を言っても、気にするな。俺はお前をかっこいいと思ってる。どんなに叩かれようが、笑われようが、俺はお前の味方だ。」
言葉に出した瞬間、胸の奥に熱がこもった。俺の、心の底からの本心だ。
「あ……ありがとう……」
悠里は顔を少し赤らめて、視線を逸らした。
瞳の奥にほんのり光が差し込む。
「で、まずはその前髪だ。」
俺はスマホを構えたまま、真剣に観察する。
机越しに彼の顔を覗き込み、細部をチェックする。
長い黒髪が目の大部分を覆っていて、まるで守られているかのようにも見える。
だが、今は“隠すための影”ではなく、“魅せるための影”に変える必要がある。
「えっ、ま、前髪……? 別にいいじゃん、これで……」
「よくねぇよ! 目が見えてねぇもん!!」
思わず机を軽く叩いた。
悠里の黒髪は、目のほとんどを覆っていて、見ようによっては儚げだが、それ以上に「暗い」印象のほうが勝っている。
「だ、だって……切ると視線、合っちゃうし……恥ずかしい……」
「なに照れてんだよ。人と目を合わせられないミスター候補とか前代未聞だぞ」
「ひ、人前に出る予定ないから……」
「出る。出るに決まってるだろ」
強めの口調になってしまった。
悠里がびくっと肩を揺らす。……あ。言いすぎたかも。
「……あのさ。」
少し声を落として、悠里が言った。
「僕がかっこよくなったら……歩は、嬉しい?」
俯いたまま、黒髪の隙間から覗く瞳が、かすかに光る。
その表情が、思っていたよりも真剣で——。
「……ああ、嬉しい」
俺は迷わず答えた。当然だ。俺の初恋であり、大切な幼馴染。世界に見せつけたい。
「……なら、頑張るよ、僕。」
悠里はふっと笑って、覚悟を決めたように顔を上げた。
その目に宿る光が、さっきまでよりもずっと強い。
胸の奥に込み上げるものを感じ、思わず拳を握る。
「どうせ出るなら、全員黙らせてやろう。俺が、お前を“世界一イケメン”にしてやる。」
そう宣言した瞬間、胸の奥が熱くなる。
悠里は一拍遅れて、真っ赤になりながら抗議した。
「せ、世界一は言いすぎだよ……!」
その顔が、あまりにも可愛くて。思わず、目を逸らした。
「次にコンタクトな。メガネも悪くないけど、垢抜けと言ったらやっぱコンタクトだ。明日、眼科行け。」
「わ、わかった……行くよ……目に異物を入れるとか嫌だけど…」
ぶつぶつ文句を言いながらも、小さくうなずく悠里。
俺は立ち上がって言った。
「ほら、行くぞ」
「えっ、どこに……?」
「美容室だよ。初陣はそこからだ」
——
美容室——それは陰キャ大学生にとって、
聖域にして最難関ダンジョンである。
「……なにこれ……オシャレなカフェ……?」
店の前に立った途端、悠里が呟いた。
わかる。その気持ちは痛いほどわかる。最近の美容院は、どこも異世界のように眩しい。
「……入るぞ」
そう言って、俺は無意識に悠里の手を取った。
——あれ。思ったより大きい。
指先が、少し震えている。
それでも、その手はちゃんと温かかった。
「……ちょ、手……離して」
「あ、ごめ——!」
慌てて離す。
一瞬で頬が熱くなる。やばい、俺いま完全に動揺してる。
ふと見ると、悠里の顔も同じように真っ赤だった。
店内に入ると、白を基調とした内装に、ほんのりミントの香り。
俺の友達がバイトしてる美容室で、事前に連絡を入れておいた。
担当は大学OBのスタイリスト、山中さん。
ちなみに、ミスターコン元ファイナリストだ。
「おー、君が噂の逸見くん? 話は聞いてるよ」
「ひ、はじめまして……」
「緊張しすぎ。大丈夫、イケメン素材だよ」
「えっ!? い、イケメン!?」
悠里は真っ赤になり、固まったまま口をぱくぱくさせる。
山中さんは笑って、軽くハサミを構えた。
「じゃあ、いくよ。“仮面の下の本当の顔”、見せてもらおうか。」
——チョキ、チョキ。
落ちていく黒髪の束。
鏡越しに見える横顔が、少しずつ変わっていく。
目元が明るくなり、輪郭がすっきりしていくたびに、
隠されていた“素顔”が、ほんの少しずつ現れていく。
——そして。
今まで髪に隠れていた目が、顔を出した。
黒くて、まっすぐで、透き通るような瞳。
不安と優しさを同時に宿した、あの目に。
思わず、息を呑んだ。
「……歩?」
鏡越しに視線がぶつかった瞬間、心臓が跳ねた。
あ、やばい。
これ、今までの悠里じゃない。
俺、本気でドキッとしてる。
「……なんか、似合ってる、な」
やっとの思いでそれだけ言うと、悠里は少し照れたように笑った。
「えへへ……ありがとう」
その笑顔は、
——あの日、幼稚園の運動会で見た笑顔と、同じだった。
「知らないわ…他のメンバーはみんな特定できたのに…」
学内では、ミス&ミスターコンの話題で持ち切りだ。
学生たちは噂話に花を咲かせている。
ただし、誰一人として悠里のことを知らない。
当然だ。こいつはSNSをやっていない。
他のノミネートメンバーは本名で顔写真を載せているため、簡単に特定されてしまう。
そもそも学内でも、悠里は地味すぎて誰の印象にも残らない。
目立たず、静かに過ごすその姿は、まるで空気のようだ。
通学路ですれ違っても、挨拶ひとつ交わさなければ、存在にすら気づかれないだろう。
誰も知らない、謎に包まれた男。
俺が…番狂せをするんだ。
ダークホース(悠里)と共に。
———
「……当日、休む……」
放課後のカフェテリア。ぽつりと、俺の向かいに座る悠里が呟いた。
カップを手に握りしめ、指先で軽くつまむように動かしている。
「……は?」
聞き返すと、悠里は視線を床に落としたまま、膝の上で指をもじもじと動かしていた。
「だって、ミスターコンって……みんな見るじゃん。写真とか動画とか、SNSに上がるし……。叩かれそうで……怖い。」
その声は小さく震えていて、胸が締めつけられる。
――わかる。
悠里の不安は、決して大げさなんかじゃない。
実際、匿名の言葉なんて簡単に人を傷つける。
それでも。
「……誰が何を言っても、気にするな。俺はお前をかっこいいと思ってる。どんなに叩かれようが、笑われようが、俺はお前の味方だ。」
言葉に出した瞬間、胸の奥に熱がこもった。俺の、心の底からの本心だ。
「あ……ありがとう……」
悠里は顔を少し赤らめて、視線を逸らした。
瞳の奥にほんのり光が差し込む。
「で、まずはその前髪だ。」
俺はスマホを構えたまま、真剣に観察する。
机越しに彼の顔を覗き込み、細部をチェックする。
長い黒髪が目の大部分を覆っていて、まるで守られているかのようにも見える。
だが、今は“隠すための影”ではなく、“魅せるための影”に変える必要がある。
「えっ、ま、前髪……? 別にいいじゃん、これで……」
「よくねぇよ! 目が見えてねぇもん!!」
思わず机を軽く叩いた。
悠里の黒髪は、目のほとんどを覆っていて、見ようによっては儚げだが、それ以上に「暗い」印象のほうが勝っている。
「だ、だって……切ると視線、合っちゃうし……恥ずかしい……」
「なに照れてんだよ。人と目を合わせられないミスター候補とか前代未聞だぞ」
「ひ、人前に出る予定ないから……」
「出る。出るに決まってるだろ」
強めの口調になってしまった。
悠里がびくっと肩を揺らす。……あ。言いすぎたかも。
「……あのさ。」
少し声を落として、悠里が言った。
「僕がかっこよくなったら……歩は、嬉しい?」
俯いたまま、黒髪の隙間から覗く瞳が、かすかに光る。
その表情が、思っていたよりも真剣で——。
「……ああ、嬉しい」
俺は迷わず答えた。当然だ。俺の初恋であり、大切な幼馴染。世界に見せつけたい。
「……なら、頑張るよ、僕。」
悠里はふっと笑って、覚悟を決めたように顔を上げた。
その目に宿る光が、さっきまでよりもずっと強い。
胸の奥に込み上げるものを感じ、思わず拳を握る。
「どうせ出るなら、全員黙らせてやろう。俺が、お前を“世界一イケメン”にしてやる。」
そう宣言した瞬間、胸の奥が熱くなる。
悠里は一拍遅れて、真っ赤になりながら抗議した。
「せ、世界一は言いすぎだよ……!」
その顔が、あまりにも可愛くて。思わず、目を逸らした。
「次にコンタクトな。メガネも悪くないけど、垢抜けと言ったらやっぱコンタクトだ。明日、眼科行け。」
「わ、わかった……行くよ……目に異物を入れるとか嫌だけど…」
ぶつぶつ文句を言いながらも、小さくうなずく悠里。
俺は立ち上がって言った。
「ほら、行くぞ」
「えっ、どこに……?」
「美容室だよ。初陣はそこからだ」
——
美容室——それは陰キャ大学生にとって、
聖域にして最難関ダンジョンである。
「……なにこれ……オシャレなカフェ……?」
店の前に立った途端、悠里が呟いた。
わかる。その気持ちは痛いほどわかる。最近の美容院は、どこも異世界のように眩しい。
「……入るぞ」
そう言って、俺は無意識に悠里の手を取った。
——あれ。思ったより大きい。
指先が、少し震えている。
それでも、その手はちゃんと温かかった。
「……ちょ、手……離して」
「あ、ごめ——!」
慌てて離す。
一瞬で頬が熱くなる。やばい、俺いま完全に動揺してる。
ふと見ると、悠里の顔も同じように真っ赤だった。
店内に入ると、白を基調とした内装に、ほんのりミントの香り。
俺の友達がバイトしてる美容室で、事前に連絡を入れておいた。
担当は大学OBのスタイリスト、山中さん。
ちなみに、ミスターコン元ファイナリストだ。
「おー、君が噂の逸見くん? 話は聞いてるよ」
「ひ、はじめまして……」
「緊張しすぎ。大丈夫、イケメン素材だよ」
「えっ!? い、イケメン!?」
悠里は真っ赤になり、固まったまま口をぱくぱくさせる。
山中さんは笑って、軽くハサミを構えた。
「じゃあ、いくよ。“仮面の下の本当の顔”、見せてもらおうか。」
——チョキ、チョキ。
落ちていく黒髪の束。
鏡越しに見える横顔が、少しずつ変わっていく。
目元が明るくなり、輪郭がすっきりしていくたびに、
隠されていた“素顔”が、ほんの少しずつ現れていく。
——そして。
今まで髪に隠れていた目が、顔を出した。
黒くて、まっすぐで、透き通るような瞳。
不安と優しさを同時に宿した、あの目に。
思わず、息を呑んだ。
「……歩?」
鏡越しに視線がぶつかった瞬間、心臓が跳ねた。
あ、やばい。
これ、今までの悠里じゃない。
俺、本気でドキッとしてる。
「……なんか、似合ってる、な」
やっとの思いでそれだけ言うと、悠里は少し照れたように笑った。
「えへへ……ありがとう」
その笑顔は、
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