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当日
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朝から構内はざわついていた。屋台の匂いと、どこか浮ついた笑い声。通りにはテレビカメラまで並び、校門前には「出演者の出待ち」と称する学生までいる。校内がまるで芸能イベントのようだ。
それでも、俺の胸の奥だけは妙に静まり返っていた。……いや、正確には、落ち着かない。
――悠里に言われた「覚悟しておいてね」。
あれが、何度も頭の中でリフレインしていた。冗談のようで、本気のようで。けれど、どんな意味なのか、結局わからないまま今日を迎えてしまった。
ステージ裏なんて関係者以外立ち入り禁止。関係者でもない俺はステージ裏に入ることもできず、朝から最前列の席を取って、ひたすら開始を待っていた。
心配だ……けど、今の俺にできるのは祈ることくらいだ。
落ち着かない指先でスマホをいじっては画面を閉じる。
「佐々木くん!」
後方から呼ばれて振り向くと、息を切らせた蔵元が駆け寄ってきた。
額には汗。どうやらバタバタしているらしい。
「実行委員の仕事がひとつ空いたんだ。よかったら、一緒に見ない?」
断る理由はなかった。俺はうなずく。
ただ、言っておきたいことが一つだけあった。
「……言っとくけどな。お前が悠里を“数合わせ”に使ったこと、一生忘れねぇからな。」
釘を刺すと、蔵元は顔をしかめて肩をすくめた。
「……本当に、ごめん。」
素直に頭を下げる姿に、少しだけ怒りが和らぐ。
けれど、まだ許したわけじゃない。
「なぁ、ひとつ聞いていいか。」
「うん?」
「ミスコンとミスターコンの優勝者って……やっぱ付き合う確率高いんだよな?」
「……あぁ、うん。ここ十年はそんな感じ。カップル成立率、七割超え。中にはそのまま結婚した人もいる。」
「……そっか。」
胸の奥がざらりと痛んだ。――もし悠里が優勝したら。
ミスコンの優勝者と、ステージの上で手を取り合って……付き合う、なんてこともあるのか。
あいつは顔も性格もいい。誰かに好かれても不思議じゃない。……でも、寂しい。俺の悠里は、俺が一番近くで見てきた。努力してる姿も、弱音を吐く夜も、全部知ってる。
誰よりかっこいいことを、俺が一番知ってる。世間に知らしめたいとも思うが、誰かに取られるなんて、嫌だった。そんな欲が顔を出していた。
「……はぁ。」
ため息が止まらない。
自分でも情けなくて、苦笑する。
そんなとき、アナウンスが響いた。
――「まもなく、ミス&ミスターコンテストを開始します!」
チャイムが鳴り響き、ざわめきが一段と大きくなる。
いよいよだ。
——
ミスコンが終わり、ざわめきの熱気がそのまま会場にこもっていた。
ステージの照明、カメラのフラッシュ、歓声。
まるで小さなフェスのような空気。
確かに、レベルが高い。どの出場者もすごかった。
全員がモデルみたいに華やかで、観客の目を惹きつける。SNSもテレビも、今この瞬間を逃すまいと盛り上がっている。
「いやー……ほんとにすごいな!」
蔵元が息を弾ませて言った。
「お前、毎年こんな感じなのか?」
「そうだよ。逸見くんも名前だけもSNSで話題だよ。」
「何で?」
「“唯一SNSで顔が特定されなかった候補者”として。逆にバズってる。」
「……はぁ。」
複雑すぎて、返す言葉もなかった。
そのとき、司会のマイクが高らかに響く。
「――続いては、ミスターコンテスト! 学内のイケメンたちによるステージです!」
歓声が一気に膨れ上がった。
ライトが落ち、ざわめきが静まり、ステージ中央に光が集まる。
一人目、二人目――。
登場するたびに歓声と拍手が上がる。どの候補者も堂々としていて、笑顔に自信があった。
確かに全員、華やかで完成された人たちだ。
けれど、俺の視線はただ一人を探していた。
最後に呼ばれる、その瞬間を。
「エントリーナンバー6番、工学部代表――逸見 悠里!」
呼ばれた瞬間、空気が変わった。
ライトが一点に集まり、白い靄のような照明の中から、悠里がゆっくりと姿を現す。
――誰だ、これ。
思わず息を呑んだ。
同じ顔のはずなのに、まるで別人みたいだった。
黒髪は軽くセットされ、前髪はすっきりと分けられている。
白のタートルネック、黒のロングコート。
あの日、俺と一緒に選んだ服だ。
でも今、その服を纏う悠里は、俺が想像した何倍も“完成されていた”。
姿勢は真っ直ぐ、歩くたびに空気が揺れるようだった。
「……ほんとに逸見くん……?」
隣の蔵元が小さく呟いた。
無理もない。俺でさえ、あんな悠里は知らない。
観客席がざわめく。
「誰!?」「見たことない!」「唯一特定されなかった人!?」「芸能人じゃないの?」「え、笑った……やば……」
そんな声が波のように広がる。
悠里はステージ中央で立ち止まり、ゆっくりと微笑んだ。
その瞬間、空気が一変した。
照明の色すら変わったように感じた。
あの笑顔ひとつで、観客を掴んだんだ。
やがて、特技発表が始まる。
サッカー、ギター、マジック……派手なパフォーマンスが続く中、最後に悠里の番が来た。
「では、逸見さん。何を披露されるんですか?」
司会がマイクを向ける。
悠里は少し間を置き、静かに答えた。
「……歌を歌います。この歌を、ある人に捧げます。」
会場の空気が、一瞬で変わった。
ざわめきが止み、照明が落ちる。
音楽が流れ始めた。
――それは、俺と一緒に練習したあの曲だった。
切ないバラード。
大切な人への想いをまっすぐに歌ったラブソング。
悠里はゆっくりと目を閉じ、柔らかく、けれど芯のある声で歌い出した。
静まり返る会場。
その声が空気を震わせ、まるで胸の奥を撫でるように響く。誰もが聴き入っていた。隣の席の女子は涙を拭っていた。男たちでさえ、息を詰めて見ている。
……ああ、やっぱり、逸見悠里は、世界一かっこいい。心の底から、そう思った。
曲が終わる。静寂。そして――爆発するような拍手。悠里は一礼し、観客席に微笑んだ。
その一瞬、――俺の方を見た。心臓が跳ねる。
あの目は、確かに俺を見ていた。そう感じた。
それでも、俺の胸の奥だけは妙に静まり返っていた。……いや、正確には、落ち着かない。
――悠里に言われた「覚悟しておいてね」。
あれが、何度も頭の中でリフレインしていた。冗談のようで、本気のようで。けれど、どんな意味なのか、結局わからないまま今日を迎えてしまった。
ステージ裏なんて関係者以外立ち入り禁止。関係者でもない俺はステージ裏に入ることもできず、朝から最前列の席を取って、ひたすら開始を待っていた。
心配だ……けど、今の俺にできるのは祈ることくらいだ。
落ち着かない指先でスマホをいじっては画面を閉じる。
「佐々木くん!」
後方から呼ばれて振り向くと、息を切らせた蔵元が駆け寄ってきた。
額には汗。どうやらバタバタしているらしい。
「実行委員の仕事がひとつ空いたんだ。よかったら、一緒に見ない?」
断る理由はなかった。俺はうなずく。
ただ、言っておきたいことが一つだけあった。
「……言っとくけどな。お前が悠里を“数合わせ”に使ったこと、一生忘れねぇからな。」
釘を刺すと、蔵元は顔をしかめて肩をすくめた。
「……本当に、ごめん。」
素直に頭を下げる姿に、少しだけ怒りが和らぐ。
けれど、まだ許したわけじゃない。
「なぁ、ひとつ聞いていいか。」
「うん?」
「ミスコンとミスターコンの優勝者って……やっぱ付き合う確率高いんだよな?」
「……あぁ、うん。ここ十年はそんな感じ。カップル成立率、七割超え。中にはそのまま結婚した人もいる。」
「……そっか。」
胸の奥がざらりと痛んだ。――もし悠里が優勝したら。
ミスコンの優勝者と、ステージの上で手を取り合って……付き合う、なんてこともあるのか。
あいつは顔も性格もいい。誰かに好かれても不思議じゃない。……でも、寂しい。俺の悠里は、俺が一番近くで見てきた。努力してる姿も、弱音を吐く夜も、全部知ってる。
誰よりかっこいいことを、俺が一番知ってる。世間に知らしめたいとも思うが、誰かに取られるなんて、嫌だった。そんな欲が顔を出していた。
「……はぁ。」
ため息が止まらない。
自分でも情けなくて、苦笑する。
そんなとき、アナウンスが響いた。
――「まもなく、ミス&ミスターコンテストを開始します!」
チャイムが鳴り響き、ざわめきが一段と大きくなる。
いよいよだ。
——
ミスコンが終わり、ざわめきの熱気がそのまま会場にこもっていた。
ステージの照明、カメラのフラッシュ、歓声。
まるで小さなフェスのような空気。
確かに、レベルが高い。どの出場者もすごかった。
全員がモデルみたいに華やかで、観客の目を惹きつける。SNSもテレビも、今この瞬間を逃すまいと盛り上がっている。
「いやー……ほんとにすごいな!」
蔵元が息を弾ませて言った。
「お前、毎年こんな感じなのか?」
「そうだよ。逸見くんも名前だけもSNSで話題だよ。」
「何で?」
「“唯一SNSで顔が特定されなかった候補者”として。逆にバズってる。」
「……はぁ。」
複雑すぎて、返す言葉もなかった。
そのとき、司会のマイクが高らかに響く。
「――続いては、ミスターコンテスト! 学内のイケメンたちによるステージです!」
歓声が一気に膨れ上がった。
ライトが落ち、ざわめきが静まり、ステージ中央に光が集まる。
一人目、二人目――。
登場するたびに歓声と拍手が上がる。どの候補者も堂々としていて、笑顔に自信があった。
確かに全員、華やかで完成された人たちだ。
けれど、俺の視線はただ一人を探していた。
最後に呼ばれる、その瞬間を。
「エントリーナンバー6番、工学部代表――逸見 悠里!」
呼ばれた瞬間、空気が変わった。
ライトが一点に集まり、白い靄のような照明の中から、悠里がゆっくりと姿を現す。
――誰だ、これ。
思わず息を呑んだ。
同じ顔のはずなのに、まるで別人みたいだった。
黒髪は軽くセットされ、前髪はすっきりと分けられている。
白のタートルネック、黒のロングコート。
あの日、俺と一緒に選んだ服だ。
でも今、その服を纏う悠里は、俺が想像した何倍も“完成されていた”。
姿勢は真っ直ぐ、歩くたびに空気が揺れるようだった。
「……ほんとに逸見くん……?」
隣の蔵元が小さく呟いた。
無理もない。俺でさえ、あんな悠里は知らない。
観客席がざわめく。
「誰!?」「見たことない!」「唯一特定されなかった人!?」「芸能人じゃないの?」「え、笑った……やば……」
そんな声が波のように広がる。
悠里はステージ中央で立ち止まり、ゆっくりと微笑んだ。
その瞬間、空気が一変した。
照明の色すら変わったように感じた。
あの笑顔ひとつで、観客を掴んだんだ。
やがて、特技発表が始まる。
サッカー、ギター、マジック……派手なパフォーマンスが続く中、最後に悠里の番が来た。
「では、逸見さん。何を披露されるんですか?」
司会がマイクを向ける。
悠里は少し間を置き、静かに答えた。
「……歌を歌います。この歌を、ある人に捧げます。」
会場の空気が、一瞬で変わった。
ざわめきが止み、照明が落ちる。
音楽が流れ始めた。
――それは、俺と一緒に練習したあの曲だった。
切ないバラード。
大切な人への想いをまっすぐに歌ったラブソング。
悠里はゆっくりと目を閉じ、柔らかく、けれど芯のある声で歌い出した。
静まり返る会場。
その声が空気を震わせ、まるで胸の奥を撫でるように響く。誰もが聴き入っていた。隣の席の女子は涙を拭っていた。男たちでさえ、息を詰めて見ている。
……ああ、やっぱり、逸見悠里は、世界一かっこいい。心の底から、そう思った。
曲が終わる。静寂。そして――爆発するような拍手。悠里は一礼し、観客席に微笑んだ。
その一瞬、――俺の方を見た。心臓が跳ねる。
あの目は、確かに俺を見ていた。そう感じた。
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