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2巻
2-3
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「おい。今、失礼なこと考えてなかったか?」
「そ、そそそんなことないですよ!」
グランさんに心を見透かされ、僕は慌てて否定した。
「ふん。まぁいい。さて、食事が来る前に話を聞こうか」
グランさんはそう言うと席につくように促し、僕に何があったかを尋ねた。
「実は……」
僕は簡潔に、商人ギルドと職人ギルドに行ったときの出来事を話した。
二つのギルドへの登録は問題なくできたこと。
冒険者ギルドが商人ギルドの店舗販売を取得していれば、問題なく果物ポーションを供給できること。
店舗販売とは、店を構えて商売をするために必要な資格だ。
そして、商人ギルドの横暴とも言える金額設定により、今売られているポーションは原価の十倍以上の金額になっている現状について話した。
「あのクソ商人め……おっとすまない。子供の前だったな」
グランさんは、商人ギルドのせいでどれほど冒険者が苦しめられているかを一番知っている。
だからこそ怒りを露わにしたんだろう。
「俺が店舗販売を取得してるからその点は問題ない。安心してくれ」
グランさんはすぐに感情を落ち着かせ、店舗販売を取得してることを教えてくれた。
それなら話が早く進みそうだ。
「僕はこのリンゴポーションとミカンポーションを、コップ一杯分で大銅貨一枚程度の値段にして冒険者に提供できるようにしたいと思っています」
果物ポーションは生命力も魔素量も闘気量も、たったコップ一杯でステータスが中回復――三千程度回復できる。
並の冒険者であれば、一杯で全回復するほどの一品。
それが、大銅貨一枚程度。日本でいえば五千円という価格設定。
現行の中級ポーションは一種類につき銀貨二枚程度。
闘気回復、魔素回復、生命力回復の三種類揃えれば、銀貨六枚、つまり日本円で言うと六万円。
もし実現できれば、冒険者の負担は十二分の一になる。
「それだけ安価であれば、間違いなく冒険者の懐事情は助かるだろうな。とくに駆け出しの者ほど助かる」
グランさんは安心した様子でそう言った。
「かなり破格の値段なんですけど、よくない市場を変えたいと思って」
僕がそう言うと、グランさんは「本当に規格外な奴だな」と嬉しそうに答えた。
「そこで相談なんですが、グランさんに、お金に溺れて悪いことをしないことを誓ってもらった上で、転売の防止策を考えてほしいんです」
「ああ。任せてくれ。そんなことはしないと約束しよう。問題は転売の管理だな。アニィたちにも相談してみるよ」
僕もグランさんが金で人間性が変わる人だとは思っていない。
微かな不安をなくすために言っただけだ。
「よろしくお願いします。あと、現行のポーションの売れ行きが悪くなると、三人の調合師さんが職を失うそうなので、面談をして問題なければ僕たちが雇うことにしました。一応情報を共有しておきますね」
僕がそう言ってユグドラシルさんを見ると、ユグドラシルさんは少し嬉しそうな表情で頷いた。
「雇うって……まさか精霊様の森に入るってことか? 前代未聞だぞ……」
グランさんはそう言って驚いている。
「三人には森で働いてもらうことになりますね。あとは販売開始予定時期ですが、十日後くらいでどうですか? ポーションは僕たちが今度街に来るときに持ってきます」
僕がそう言うと、グランさんは「分かった。それくらい時間があれば、準備できるだろう」と答えた。
「リルとドラコ。僕たちが忙しくしていたら、今まで通りひまちゃんといっぱい遊んであげてほしい」
僕がそう言うとリルとドラコは頷き、すぐに快諾してくれた。
しかし、先ほどは嬉しそうな顔をしていたユグドラシルさんが暗い表情になって黙っている。
「ど、どうかされましたか?」
僕が尋ねると、しばしの沈黙のあと、ユグドラシルさんは口を開いた。
「どうしても納得できないことがあります」
やはり、未だに精霊の森への人間の立ち入りは許可できないのだろうか。
その昔、ユグドラシルさんは人間たちの横暴な態度に腹を立てて精霊の森への人間の立ち入りを禁じた。
はたまた、僕たち以外の人間への果物の供給自体を断るのだろうか。
そうなれば、今までの話はなかったことになる。
ユグドラシルの意思を尊重しようと僕はユグドラシルさんの言葉を待った。
「そして、ずっと気になっていたことでもあります」
ひょっとしたら僕のやることがずっと気に入らなかったのだろうか。
そうだとしたら、本当に申し訳ない。
「私だってヒマちゃん様と遊びたいんです。それをいつもいつも……」
ユグドラシルさんはそう言いながら恨めしそうに、ひまちゃんに毛を掴まれて体をよじ登られているリルを見た。
「我に言われてもな……」
僕は拍子抜けして、思わず体勢を崩してしまった。
それを見てユグドラシルさんが「どうされました?」と不思議そうに僕へ尋ねてきた。
「すみません。ユグドラシルさんがあまりにも深刻な表情をしていたので、他の答えを想像してました」
「深刻です! この街に来てから、私はろくにヒマちゃん様を抱っこしていないんですよ!? 毎回毎回、他の者ばかり!」
ユグドラシルさんはそう言うと、次は、ひまちゃんがよじ登りやすいようにお尻を支えているドラコを見た。
「わ、私に言われても……」
流石のリルやドラコも、ユグドラシルさんにはあまり強く言い返せないんだな。
これは単純な強さの問題ではなく、幼馴染のお姉さんには誰も逆らえない、あの感じだろう。
今までひまちゃんがリルの背中に乗るたびに微笑んでいたのは、苛立ちを隠す笑顔だったのかもしれないな。
「ヒマワリ隊員! 緊急ミッションだ! こっちに来てくれ!」
「あい!」
僕が唐突に発したごっこ遊びのきっかけとなる言葉に対するひまちゃんの順応速度は速かった。
掴んでいたリルの毛を手離して地面に下り、綺麗に着地のポーズを決めた。
アクションスターのように着地した雰囲気は出ているが、高さは三十センチメートル程度だ。
そして素早く僕の元に駆け寄り「ひぃちゃんたいいん! きました!」と敬礼をしながら返事した。
僕はそのままひまちゃんを抱き上げ、ユグドラシルさんの膝に乗せてから尋ねる。
「ひまちゃんは、ユグドラシルさん好き?」
「うん! だいすき! やさしくてねぇ。つおくてねぇ。あまいのくれるの!」
最後に食い意地が張った言葉が出てしまっているけど、そこはユグドラシルさんには聞こえていないようだ。
「はぁ! ヒマちゃん様ぁ!」
ユグドラシルさんはそう言いながら、栄養不足を補うように膝に乗るひまちゃんを抱き締めた。
しばらくそっとしておこう。
「今のうちに聞きたいんですけど、街で聖女って言葉を聞いたので、どんな人なのかを教えてもらえませんか?」
驚きながらユグドラシルさんを見ているグランさんに僕は質問する。
「ん? あ、ああ。それは構わないが……これで大丈夫だったのか?」
「大丈夫です。きっと協力してくれますから。今はそっとしておきましょう」
僕が果物ポーションの事業に影響は出ないことを説明すると、グランさんは癒しの聖女アオイについて教えてくれた。
「聖女と呼ばれていたのはアオイ・ミカドグニという女性でな。二百年以上前に現れた異界人だ。周囲の者の精神を癒し、欠損部すらも瞬時に回復させる強力な支援魔法を使う女性だったと聞いている」
漢字にしたら帝国葵とでも書くのだろうか。
タナカ・タロウという名前の勇者とは違って、いかにも主人公って感じの名前だ。
「それがどうかしたのか?」
そうグランさんに聞かれ、僕は瞬時に考えを巡らせた。
癒しの聖女。
ひまちゃんのパッシブスキルの『癒し』と同じ効果のスキルを持っていたのだろうか。
そのスキルを持っていたから聖女と崇められていたのであれば、ひまちゃんもそうなる可能性があるな。
僕はひまちゃんのスキルについては伏せておこうと思い、「シューを広めたと聞いたので、この世界でどんな風に過ごしていたのか気になっただけです」と答えた。
「ふむ。この世界について知るいい機会だ。少し教えてやろう」
シューを広めただけじゃなく、元々あった先ほどの神殿に孤児院を併設したこと。
世界中を旅してあらゆる怪我や病気を治療して回ったことなどをグランさんは教えてくれた。
「勇者さんの子孫がグランさんなら、聖女様のご子孫もどこかにいるんですか?」
話を聞いて桜が尋ねた。
するとグランさんは「いいや。聖女様はその生涯の全てを、人々の救済のために捧げられ、子孫は残していない。本当に偉大なお方だ」と答えた。
称えるように言うグランさんをよそに、僕はひまちゃんの加護やスキルを知られないようにした方がいいのかもしれないと思った。
「聖女様は幸せだったのかな……」
どうやら桜も僕と同じように聖女様を少し可哀想に思ったのか、呟くように言った。
「無理やりさせられたんじゃなくて、自分で決めてしたことなら、それはそれで一つの選択だからいいのかもしれないね」
僕は桜にそう言ってから「僕も桜とひまちゃんが決めたことならなんでも応援したいとは思うけど……」と言葉を濁した。
「ああ。そうだな。俺にも娘がいる。聖女様のような人生を歩むことは素晴らしいことだと思うが、親として応援しきれるかと言われると難しいものがある」
グランさんはそう言いながらひまちゃんを見る。
「おーい! 熱いのが通るぞぉ!」
なんとも言えない空気が流れる中、ベアードさんが美味しそうな香りのする料理を運んできてくれた。
「おお! やっと来たか! さぁ冷める前にいただくとしよう! ベアードの作る飯は本当に美味いんだ!」
グランさんがそう言うとベアードさんは「まだまだあるぞ! ドンドン食いな!」と言って店の中を見る。
すると、店内にいた二人の猫耳の獣人族の若い女性が、料理を運んできた。
テーブルに並ぶ料理は、どれも香りだけで美味しいと分かる。
「果物ポーション販売の大枠は決まったので、詳細は明日に話し合いましょう。職人ギルドのガバルさんとも、もう少し話したいですし」
「ああ。そうだな。さぁ! 食事にしよう!」
話し合いを終え、僕たちは輝き草の光に囲まれながら料理をいただくことにした。
ベアードさんの作ってくれた料理はどれも美味しく、あっという間に食べ終わってしまった。
「おててをあわせて! ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
ひまちゃんの挨拶に合わせて、僕たちは手を合わせた。
「そういえば、食事の前にもそんなことをしていたな。それはなんだ?」
「これは食材を作ってくれた人への感謝を表すための挨拶です」
グランさんに聞かれて、僕が説明をすると、グランさんは僕らを真似て「ごちそうさまでした」と言い、ひまちゃんに「ヒマワリ。これで合ってるか?」と作法ができているかを尋ねた。
「うん! じょーず!」
ひまちゃんに褒められ、グランさんは嬉しそうな表情を浮かべている。
まるで娘を溺愛する父親のような表情だ。
「それにしても……本当にすげぇ食ったな。精霊様たちに振舞うってので気合入れて作りすぎちまったってのに……」
ベアードさんは山のように重ねられている空いた皿を見て驚いている。
「とても美味しかったです。ありがとうございました」
「俺たち獣人族に感謝するなんて……お、お前ら本当に人族か?」
僕の言葉にベアードさんが驚いていると、グランさんが「ははは! うちでも、同じような会話があったぞ!」と言った。そして、僕たちがミミィさんが食器を運ぶのを手伝ったときのことを、ベアードさんに話し始める。
「りるぅ……」
グランさんたちと話していると、ひまちゃんが眠そうにリルに寄りかかった。
「眠るのか……ヒ、ヒマワリよ。今日はユグドラシルが寝かせてくれるそうだ」
それをいつものようにリルは受け入れかけたが、途中でユグドラシルさんの視線に気がつき拒んだ。
「ゆぐちゃん……」
「はぁ。ヒマちゃん様。どうぞお眠りください」
ひまちゃんがふらふらと歩いて近寄ると、ユグドラシルさんは心の底から嬉しそうな表情を浮かべながら、ひまちゃんを抱き上げた。
「精霊様も、あれほど幸せそうな表情をするのだな……」
「あ、ああ。精霊様を敬っているエルフ族の奴らにこの姿を見せたら、ヒマワリのことも崇めだすだろうな」
グランさんとベアードさんは、驚きを隠せない様子だ。
「そういえば、お前ら宿はどうするんだ?」
グランさんに聞かれ、僕が「今から探します」と答えた。
「なら俺の経営する宿屋が近くにあるから部屋を用意しておいてやるよ。本来は獣人族限定だが、お前らは特別だ」
「ベアードさん、ありがとうございます。助かります」
ベアードさんの宿屋は部屋数も多く、広さの割に値段も安く、冒険者には特に人気だそうだ。
「俺はこれからギルドに戻る。ベアード。食事代と宿代は俺が払う。これで足りるか?」
グランさんは金貨一枚をベアードさんに渡した。
「ああ。問題ない。釣りを取ってくるから待っててくれ。それと、宿の場所を描いた紙を用意しよう」
ベアードさんはそう言うと店の中に入っていった。
「何から何まですみません。ありがとうございます」
「気にするな。ゆっくり休むといい。明日、職人ギルドでの話が終わったら、冒険者ギルドに来てくれ」
僕が感謝を伝えると、グランさんは戻ってきたベアードさんからお釣りを受け取った。
「じゃあ、また明日な」
店を出ようとするグランさんに桜とひまちゃんが挨拶をする。
「グランさん、ありがとうございました」
「ぐらんのおじさん……またねぇ……」
ひまちゃんはユグドラシルさんに抱かれて今にも寝てしまいそうだ。
「おじさんじゃないぞ! グランのお兄さんと言うように! ははは! 二人とも夜更かしせずに寝るんだぞ!」
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
グランさんはそう言って四度目の鐘が鳴る中、冒険者ギルドに戻っていった。
「グランの奴、えらく上機嫌だな。まぁいい。これが地図だ」
「ありがとうございます」
僕たちはベアードさんから手書きの地図を預かり、お礼を伝えてから小熊のしっぽをあとにした。
飲食街の香りが途切れるか途切れないか程度の距離を歩くと、窓がいくつもある二階建ての大きな宿屋が見えてくる。
肉球の前に家のマークが描かれた看板がかかっており、その下には眠り熊と書かれている。
リルを外に残して中に入ると、受付の奥からベアードさんと同じ黒い毛で覆われた丸耳の細身の女性が出てきた。
黒髪のショートヘアで可愛らしい顔立ちをしている。
ベアードさんの娘さんだろうか。
「いらっしゃいませ」
なんだか表情も態度も冷たい感じがするな。
まぁ、これだけ人族の悪い噂を聞いていれば、これも仕方がないと思う。
ひまちゃんが寝ていてよかった。
「こんばんは。グランさんとベアードさんの紹介で泊まりに来たのですが……」
僕がそう言うと、熊耳の女性は「あ、レン様ですね。主人から聞いてます」と答えた。
え?
「主人って言いました!? ベアードさんの娘さんじゃないんですか!?」
「私も絶対娘さんだと思いました!」
僕と桜が勘違いしたことを大きな声で伝えると、熊耳の女性は「あ、ありがとうございます。妻のツキノと申します」と嬉しさと照れを混ぜ合わせたような笑みを浮かべて答えた。
ツキノさんとベアードさんが並んだ姿を見て、美女と野獣と言っても誰も責めはしないだろう。
「従魔は裏の小屋で休ませてあげてください。他の方は二階の一番奥の201号室にお願いします」
「ありがとうございます」
僕はツキノさんから部屋の鍵を受け取って桜に渡した。
そして桜たちに先に部屋に向かうように伝えてから、僕はリルを裏の小屋に案内する。
「リル。一緒じゃなくてごめんね」
小屋で寝かせることを申し訳なく思い、リルに謝ると「我は今までずっと一人で外で寝ていたのだ。どうということはない」という言葉が返ってきた。
気を遣わせないために言ってくれた言葉だろうけど……なんだか寂しい言葉だな。
「警戒は任せておけ。ほれ。サクラたちの元へ戻れ」
リルがそう言って見た先には、窓からこちらを見る桜がいた。
きっと桜も、リルを小屋で寝かせることを心苦しく思ってるんだろうな。
「ありがとう。おやすみ」
僕はそう言って部屋に向かった。
中に入るとすでにひまちゃんはベッドに寝かされていた。
「蓮兄。リルは大丈夫そう?」
「うん。気にするなって。それにしてもよく寝てるね」
僕はリルが言った悲しい表現を使用せず、言葉を要約して答え、ベッドに寝かされたひまちゃんを見て話題を変えた。
「ベッドが四つあったから、引っ付けて一つにしたの。川の字で寝ればいいかなって」
「流石は桜。頭がいいね。ありがとう」
これだけ広かったら、よく動くひまちゃんでも落ちないだろう。
「さぁ今日はもう寝ようか。あ、ユグドラシルさん。ここまで抱っこしていただきありがとうございます」
「いいえ。こちらこそです」
どうやら「抱っこさせていただきありがとうございます」という意味のようだ。
負担になっていないならよかった。
「桜も一日お疲れ様。ドラコもありがとね」
「すっごく楽しかったぁ! 明日も色々見て回りたいな」
「べ、別に礼を言われることなんてしてないわよ」
僕の言葉に、桜は明るく、ドラコは腕組みをしながら答えた。
僕が話しながら外を見ると、リルのいる小屋が見えたので手を振ってみた。
するとリルは少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「明日は朝から職人ギルドと冒険者ギルドで話をしてくるよ。桜は自由にしてて大丈夫だよ」
「そしたら観光しながら、お買い物と食べ歩きしようかな」
初めての土地で、怖がらずに出かけられることはいいことだ。
昔は何をしていても僕についてきていたのに……大きくなったなぁ……
僕は出会ってすぐの小学校の低学年だった頃の桜を思い出した。
「ユグドラシルさん。明日もお願いします」
僕がそう言うと、ユグドラシルさんは嬉しそうに「お任せを」と答えた。
「ドラコもお願いね。頼りにしてるよ」
僕がドラコに言うと、ドラコはなぜか少し突き放すような言い方で答える。
「こ、こっちのことはいいから、あんたもしっかり話してきなさいよね!」
怒ってる感じはしないけど、どうしたんだろう?
ドラコの言葉を聞いていた桜は「大切な人に優しくするのが苦手な人っているよねぇ」とドラコを見ながら言った。
「サ、サササクラ!? 何言ってんのよっ! そ、そそんそそんんそんなんじゃないわよっ!」
「ははは。そうだぞ桜。ドラコは守護者として言ってくれてるんだよ」
ドラコが慌てて否定して、僕がドラコの言葉を肯定すると、それはそれでドラコがどこかバツの悪そうな表情を浮かべた。
いったいどうしたんだろう。
それにしても桜は面白いことを言うな。
第二章
翌朝。
僕たちは宿の食堂で、薄切りの肉と目玉焼きの載ったトーストと野菜のスープを食べた。
それから、ツキノさんに感謝を伝え、宿を出て、リルがいる小屋にやってきた。
「リル、お待たせ」
「うむ。気にするな。しかし、我も腹が減った」
僕の言葉を聞いたリルはそう答えながら桜を見た。
ドラコは人型だったから従魔と気づかれず人間として計算されて朝食が付いていたけど、リルの分の朝食は付いていなかったのだ。
「ごめんね。すぐご飯を用意するね」
桜はそう言いながらウマドリの肉塊をアイテムボックスから取り出し、結界魔法で作った板の上に置いて火魔法で焼き始めた。
「それにしても朝食は美味しかったね。いかにもベーコンエッグトーストって感じだった。リルにも食べさせたかったな」
「うん! ひぃちゃんおなかいっぱい!」
僕が朝食の感想を言うと、ひまちゃんは自分のお腹をさすりながら答える。
「ツキノさんに聞いたんだけど、ピッグカウのお肉とガーデンバードの卵なんだって。普通にお店で売ってる食材らしいから家でも作れるようにあとで買っておくね」
桜がそう言うと、ひまちゃんは嬉しそうに「わーい! ひぃちゃんがこんこんぱかしてあげるね!」と答えた。
こんこんぱかとは目玉焼きを作るときに卵を割る作業のことだ。
「ひまちゃんもお料理上手だもんね。お姉ちゃんの言うことを聞いて火傷しないようにお手伝いしようね」
僕は料理を手伝う気満々のひまちゃんに優しく伝えた。
「あとは昨日買った塩胡椒を軽くまぶして……」
桜はそう言いながら塩胡椒をそよ風に乗せて焼けたウマドリの肉にまぶした。
僕の風魔法じゃ、こうはいかないだろうな。
きっと加減ができずに塩胡椒を吹き飛ばしてしまう。
「そ、そそそんなことないですよ!」
グランさんに心を見透かされ、僕は慌てて否定した。
「ふん。まぁいい。さて、食事が来る前に話を聞こうか」
グランさんはそう言うと席につくように促し、僕に何があったかを尋ねた。
「実は……」
僕は簡潔に、商人ギルドと職人ギルドに行ったときの出来事を話した。
二つのギルドへの登録は問題なくできたこと。
冒険者ギルドが商人ギルドの店舗販売を取得していれば、問題なく果物ポーションを供給できること。
店舗販売とは、店を構えて商売をするために必要な資格だ。
そして、商人ギルドの横暴とも言える金額設定により、今売られているポーションは原価の十倍以上の金額になっている現状について話した。
「あのクソ商人め……おっとすまない。子供の前だったな」
グランさんは、商人ギルドのせいでどれほど冒険者が苦しめられているかを一番知っている。
だからこそ怒りを露わにしたんだろう。
「俺が店舗販売を取得してるからその点は問題ない。安心してくれ」
グランさんはすぐに感情を落ち着かせ、店舗販売を取得してることを教えてくれた。
それなら話が早く進みそうだ。
「僕はこのリンゴポーションとミカンポーションを、コップ一杯分で大銅貨一枚程度の値段にして冒険者に提供できるようにしたいと思っています」
果物ポーションは生命力も魔素量も闘気量も、たったコップ一杯でステータスが中回復――三千程度回復できる。
並の冒険者であれば、一杯で全回復するほどの一品。
それが、大銅貨一枚程度。日本でいえば五千円という価格設定。
現行の中級ポーションは一種類につき銀貨二枚程度。
闘気回復、魔素回復、生命力回復の三種類揃えれば、銀貨六枚、つまり日本円で言うと六万円。
もし実現できれば、冒険者の負担は十二分の一になる。
「それだけ安価であれば、間違いなく冒険者の懐事情は助かるだろうな。とくに駆け出しの者ほど助かる」
グランさんは安心した様子でそう言った。
「かなり破格の値段なんですけど、よくない市場を変えたいと思って」
僕がそう言うと、グランさんは「本当に規格外な奴だな」と嬉しそうに答えた。
「そこで相談なんですが、グランさんに、お金に溺れて悪いことをしないことを誓ってもらった上で、転売の防止策を考えてほしいんです」
「ああ。任せてくれ。そんなことはしないと約束しよう。問題は転売の管理だな。アニィたちにも相談してみるよ」
僕もグランさんが金で人間性が変わる人だとは思っていない。
微かな不安をなくすために言っただけだ。
「よろしくお願いします。あと、現行のポーションの売れ行きが悪くなると、三人の調合師さんが職を失うそうなので、面談をして問題なければ僕たちが雇うことにしました。一応情報を共有しておきますね」
僕がそう言ってユグドラシルさんを見ると、ユグドラシルさんは少し嬉しそうな表情で頷いた。
「雇うって……まさか精霊様の森に入るってことか? 前代未聞だぞ……」
グランさんはそう言って驚いている。
「三人には森で働いてもらうことになりますね。あとは販売開始予定時期ですが、十日後くらいでどうですか? ポーションは僕たちが今度街に来るときに持ってきます」
僕がそう言うと、グランさんは「分かった。それくらい時間があれば、準備できるだろう」と答えた。
「リルとドラコ。僕たちが忙しくしていたら、今まで通りひまちゃんといっぱい遊んであげてほしい」
僕がそう言うとリルとドラコは頷き、すぐに快諾してくれた。
しかし、先ほどは嬉しそうな顔をしていたユグドラシルさんが暗い表情になって黙っている。
「ど、どうかされましたか?」
僕が尋ねると、しばしの沈黙のあと、ユグドラシルさんは口を開いた。
「どうしても納得できないことがあります」
やはり、未だに精霊の森への人間の立ち入りは許可できないのだろうか。
その昔、ユグドラシルさんは人間たちの横暴な態度に腹を立てて精霊の森への人間の立ち入りを禁じた。
はたまた、僕たち以外の人間への果物の供給自体を断るのだろうか。
そうなれば、今までの話はなかったことになる。
ユグドラシルの意思を尊重しようと僕はユグドラシルさんの言葉を待った。
「そして、ずっと気になっていたことでもあります」
ひょっとしたら僕のやることがずっと気に入らなかったのだろうか。
そうだとしたら、本当に申し訳ない。
「私だってヒマちゃん様と遊びたいんです。それをいつもいつも……」
ユグドラシルさんはそう言いながら恨めしそうに、ひまちゃんに毛を掴まれて体をよじ登られているリルを見た。
「我に言われてもな……」
僕は拍子抜けして、思わず体勢を崩してしまった。
それを見てユグドラシルさんが「どうされました?」と不思議そうに僕へ尋ねてきた。
「すみません。ユグドラシルさんがあまりにも深刻な表情をしていたので、他の答えを想像してました」
「深刻です! この街に来てから、私はろくにヒマちゃん様を抱っこしていないんですよ!? 毎回毎回、他の者ばかり!」
ユグドラシルさんはそう言うと、次は、ひまちゃんがよじ登りやすいようにお尻を支えているドラコを見た。
「わ、私に言われても……」
流石のリルやドラコも、ユグドラシルさんにはあまり強く言い返せないんだな。
これは単純な強さの問題ではなく、幼馴染のお姉さんには誰も逆らえない、あの感じだろう。
今までひまちゃんがリルの背中に乗るたびに微笑んでいたのは、苛立ちを隠す笑顔だったのかもしれないな。
「ヒマワリ隊員! 緊急ミッションだ! こっちに来てくれ!」
「あい!」
僕が唐突に発したごっこ遊びのきっかけとなる言葉に対するひまちゃんの順応速度は速かった。
掴んでいたリルの毛を手離して地面に下り、綺麗に着地のポーズを決めた。
アクションスターのように着地した雰囲気は出ているが、高さは三十センチメートル程度だ。
そして素早く僕の元に駆け寄り「ひぃちゃんたいいん! きました!」と敬礼をしながら返事した。
僕はそのままひまちゃんを抱き上げ、ユグドラシルさんの膝に乗せてから尋ねる。
「ひまちゃんは、ユグドラシルさん好き?」
「うん! だいすき! やさしくてねぇ。つおくてねぇ。あまいのくれるの!」
最後に食い意地が張った言葉が出てしまっているけど、そこはユグドラシルさんには聞こえていないようだ。
「はぁ! ヒマちゃん様ぁ!」
ユグドラシルさんはそう言いながら、栄養不足を補うように膝に乗るひまちゃんを抱き締めた。
しばらくそっとしておこう。
「今のうちに聞きたいんですけど、街で聖女って言葉を聞いたので、どんな人なのかを教えてもらえませんか?」
驚きながらユグドラシルさんを見ているグランさんに僕は質問する。
「ん? あ、ああ。それは構わないが……これで大丈夫だったのか?」
「大丈夫です。きっと協力してくれますから。今はそっとしておきましょう」
僕が果物ポーションの事業に影響は出ないことを説明すると、グランさんは癒しの聖女アオイについて教えてくれた。
「聖女と呼ばれていたのはアオイ・ミカドグニという女性でな。二百年以上前に現れた異界人だ。周囲の者の精神を癒し、欠損部すらも瞬時に回復させる強力な支援魔法を使う女性だったと聞いている」
漢字にしたら帝国葵とでも書くのだろうか。
タナカ・タロウという名前の勇者とは違って、いかにも主人公って感じの名前だ。
「それがどうかしたのか?」
そうグランさんに聞かれ、僕は瞬時に考えを巡らせた。
癒しの聖女。
ひまちゃんのパッシブスキルの『癒し』と同じ効果のスキルを持っていたのだろうか。
そのスキルを持っていたから聖女と崇められていたのであれば、ひまちゃんもそうなる可能性があるな。
僕はひまちゃんのスキルについては伏せておこうと思い、「シューを広めたと聞いたので、この世界でどんな風に過ごしていたのか気になっただけです」と答えた。
「ふむ。この世界について知るいい機会だ。少し教えてやろう」
シューを広めただけじゃなく、元々あった先ほどの神殿に孤児院を併設したこと。
世界中を旅してあらゆる怪我や病気を治療して回ったことなどをグランさんは教えてくれた。
「勇者さんの子孫がグランさんなら、聖女様のご子孫もどこかにいるんですか?」
話を聞いて桜が尋ねた。
するとグランさんは「いいや。聖女様はその生涯の全てを、人々の救済のために捧げられ、子孫は残していない。本当に偉大なお方だ」と答えた。
称えるように言うグランさんをよそに、僕はひまちゃんの加護やスキルを知られないようにした方がいいのかもしれないと思った。
「聖女様は幸せだったのかな……」
どうやら桜も僕と同じように聖女様を少し可哀想に思ったのか、呟くように言った。
「無理やりさせられたんじゃなくて、自分で決めてしたことなら、それはそれで一つの選択だからいいのかもしれないね」
僕は桜にそう言ってから「僕も桜とひまちゃんが決めたことならなんでも応援したいとは思うけど……」と言葉を濁した。
「ああ。そうだな。俺にも娘がいる。聖女様のような人生を歩むことは素晴らしいことだと思うが、親として応援しきれるかと言われると難しいものがある」
グランさんはそう言いながらひまちゃんを見る。
「おーい! 熱いのが通るぞぉ!」
なんとも言えない空気が流れる中、ベアードさんが美味しそうな香りのする料理を運んできてくれた。
「おお! やっと来たか! さぁ冷める前にいただくとしよう! ベアードの作る飯は本当に美味いんだ!」
グランさんがそう言うとベアードさんは「まだまだあるぞ! ドンドン食いな!」と言って店の中を見る。
すると、店内にいた二人の猫耳の獣人族の若い女性が、料理を運んできた。
テーブルに並ぶ料理は、どれも香りだけで美味しいと分かる。
「果物ポーション販売の大枠は決まったので、詳細は明日に話し合いましょう。職人ギルドのガバルさんとも、もう少し話したいですし」
「ああ。そうだな。さぁ! 食事にしよう!」
話し合いを終え、僕たちは輝き草の光に囲まれながら料理をいただくことにした。
ベアードさんの作ってくれた料理はどれも美味しく、あっという間に食べ終わってしまった。
「おててをあわせて! ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
ひまちゃんの挨拶に合わせて、僕たちは手を合わせた。
「そういえば、食事の前にもそんなことをしていたな。それはなんだ?」
「これは食材を作ってくれた人への感謝を表すための挨拶です」
グランさんに聞かれて、僕が説明をすると、グランさんは僕らを真似て「ごちそうさまでした」と言い、ひまちゃんに「ヒマワリ。これで合ってるか?」と作法ができているかを尋ねた。
「うん! じょーず!」
ひまちゃんに褒められ、グランさんは嬉しそうな表情を浮かべている。
まるで娘を溺愛する父親のような表情だ。
「それにしても……本当にすげぇ食ったな。精霊様たちに振舞うってので気合入れて作りすぎちまったってのに……」
ベアードさんは山のように重ねられている空いた皿を見て驚いている。
「とても美味しかったです。ありがとうございました」
「俺たち獣人族に感謝するなんて……お、お前ら本当に人族か?」
僕の言葉にベアードさんが驚いていると、グランさんが「ははは! うちでも、同じような会話があったぞ!」と言った。そして、僕たちがミミィさんが食器を運ぶのを手伝ったときのことを、ベアードさんに話し始める。
「りるぅ……」
グランさんたちと話していると、ひまちゃんが眠そうにリルに寄りかかった。
「眠るのか……ヒ、ヒマワリよ。今日はユグドラシルが寝かせてくれるそうだ」
それをいつものようにリルは受け入れかけたが、途中でユグドラシルさんの視線に気がつき拒んだ。
「ゆぐちゃん……」
「はぁ。ヒマちゃん様。どうぞお眠りください」
ひまちゃんがふらふらと歩いて近寄ると、ユグドラシルさんは心の底から嬉しそうな表情を浮かべながら、ひまちゃんを抱き上げた。
「精霊様も、あれほど幸せそうな表情をするのだな……」
「あ、ああ。精霊様を敬っているエルフ族の奴らにこの姿を見せたら、ヒマワリのことも崇めだすだろうな」
グランさんとベアードさんは、驚きを隠せない様子だ。
「そういえば、お前ら宿はどうするんだ?」
グランさんに聞かれ、僕が「今から探します」と答えた。
「なら俺の経営する宿屋が近くにあるから部屋を用意しておいてやるよ。本来は獣人族限定だが、お前らは特別だ」
「ベアードさん、ありがとうございます。助かります」
ベアードさんの宿屋は部屋数も多く、広さの割に値段も安く、冒険者には特に人気だそうだ。
「俺はこれからギルドに戻る。ベアード。食事代と宿代は俺が払う。これで足りるか?」
グランさんは金貨一枚をベアードさんに渡した。
「ああ。問題ない。釣りを取ってくるから待っててくれ。それと、宿の場所を描いた紙を用意しよう」
ベアードさんはそう言うと店の中に入っていった。
「何から何まですみません。ありがとうございます」
「気にするな。ゆっくり休むといい。明日、職人ギルドでの話が終わったら、冒険者ギルドに来てくれ」
僕が感謝を伝えると、グランさんは戻ってきたベアードさんからお釣りを受け取った。
「じゃあ、また明日な」
店を出ようとするグランさんに桜とひまちゃんが挨拶をする。
「グランさん、ありがとうございました」
「ぐらんのおじさん……またねぇ……」
ひまちゃんはユグドラシルさんに抱かれて今にも寝てしまいそうだ。
「おじさんじゃないぞ! グランのお兄さんと言うように! ははは! 二人とも夜更かしせずに寝るんだぞ!」
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
グランさんはそう言って四度目の鐘が鳴る中、冒険者ギルドに戻っていった。
「グランの奴、えらく上機嫌だな。まぁいい。これが地図だ」
「ありがとうございます」
僕たちはベアードさんから手書きの地図を預かり、お礼を伝えてから小熊のしっぽをあとにした。
飲食街の香りが途切れるか途切れないか程度の距離を歩くと、窓がいくつもある二階建ての大きな宿屋が見えてくる。
肉球の前に家のマークが描かれた看板がかかっており、その下には眠り熊と書かれている。
リルを外に残して中に入ると、受付の奥からベアードさんと同じ黒い毛で覆われた丸耳の細身の女性が出てきた。
黒髪のショートヘアで可愛らしい顔立ちをしている。
ベアードさんの娘さんだろうか。
「いらっしゃいませ」
なんだか表情も態度も冷たい感じがするな。
まぁ、これだけ人族の悪い噂を聞いていれば、これも仕方がないと思う。
ひまちゃんが寝ていてよかった。
「こんばんは。グランさんとベアードさんの紹介で泊まりに来たのですが……」
僕がそう言うと、熊耳の女性は「あ、レン様ですね。主人から聞いてます」と答えた。
え?
「主人って言いました!? ベアードさんの娘さんじゃないんですか!?」
「私も絶対娘さんだと思いました!」
僕と桜が勘違いしたことを大きな声で伝えると、熊耳の女性は「あ、ありがとうございます。妻のツキノと申します」と嬉しさと照れを混ぜ合わせたような笑みを浮かべて答えた。
ツキノさんとベアードさんが並んだ姿を見て、美女と野獣と言っても誰も責めはしないだろう。
「従魔は裏の小屋で休ませてあげてください。他の方は二階の一番奥の201号室にお願いします」
「ありがとうございます」
僕はツキノさんから部屋の鍵を受け取って桜に渡した。
そして桜たちに先に部屋に向かうように伝えてから、僕はリルを裏の小屋に案内する。
「リル。一緒じゃなくてごめんね」
小屋で寝かせることを申し訳なく思い、リルに謝ると「我は今までずっと一人で外で寝ていたのだ。どうということはない」という言葉が返ってきた。
気を遣わせないために言ってくれた言葉だろうけど……なんだか寂しい言葉だな。
「警戒は任せておけ。ほれ。サクラたちの元へ戻れ」
リルがそう言って見た先には、窓からこちらを見る桜がいた。
きっと桜も、リルを小屋で寝かせることを心苦しく思ってるんだろうな。
「ありがとう。おやすみ」
僕はそう言って部屋に向かった。
中に入るとすでにひまちゃんはベッドに寝かされていた。
「蓮兄。リルは大丈夫そう?」
「うん。気にするなって。それにしてもよく寝てるね」
僕はリルが言った悲しい表現を使用せず、言葉を要約して答え、ベッドに寝かされたひまちゃんを見て話題を変えた。
「ベッドが四つあったから、引っ付けて一つにしたの。川の字で寝ればいいかなって」
「流石は桜。頭がいいね。ありがとう」
これだけ広かったら、よく動くひまちゃんでも落ちないだろう。
「さぁ今日はもう寝ようか。あ、ユグドラシルさん。ここまで抱っこしていただきありがとうございます」
「いいえ。こちらこそです」
どうやら「抱っこさせていただきありがとうございます」という意味のようだ。
負担になっていないならよかった。
「桜も一日お疲れ様。ドラコもありがとね」
「すっごく楽しかったぁ! 明日も色々見て回りたいな」
「べ、別に礼を言われることなんてしてないわよ」
僕の言葉に、桜は明るく、ドラコは腕組みをしながら答えた。
僕が話しながら外を見ると、リルのいる小屋が見えたので手を振ってみた。
するとリルは少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「明日は朝から職人ギルドと冒険者ギルドで話をしてくるよ。桜は自由にしてて大丈夫だよ」
「そしたら観光しながら、お買い物と食べ歩きしようかな」
初めての土地で、怖がらずに出かけられることはいいことだ。
昔は何をしていても僕についてきていたのに……大きくなったなぁ……
僕は出会ってすぐの小学校の低学年だった頃の桜を思い出した。
「ユグドラシルさん。明日もお願いします」
僕がそう言うと、ユグドラシルさんは嬉しそうに「お任せを」と答えた。
「ドラコもお願いね。頼りにしてるよ」
僕がドラコに言うと、ドラコはなぜか少し突き放すような言い方で答える。
「こ、こっちのことはいいから、あんたもしっかり話してきなさいよね!」
怒ってる感じはしないけど、どうしたんだろう?
ドラコの言葉を聞いていた桜は「大切な人に優しくするのが苦手な人っているよねぇ」とドラコを見ながら言った。
「サ、サササクラ!? 何言ってんのよっ! そ、そそんそそんんそんなんじゃないわよっ!」
「ははは。そうだぞ桜。ドラコは守護者として言ってくれてるんだよ」
ドラコが慌てて否定して、僕がドラコの言葉を肯定すると、それはそれでドラコがどこかバツの悪そうな表情を浮かべた。
いったいどうしたんだろう。
それにしても桜は面白いことを言うな。
第二章
翌朝。
僕たちは宿の食堂で、薄切りの肉と目玉焼きの載ったトーストと野菜のスープを食べた。
それから、ツキノさんに感謝を伝え、宿を出て、リルがいる小屋にやってきた。
「リル、お待たせ」
「うむ。気にするな。しかし、我も腹が減った」
僕の言葉を聞いたリルはそう答えながら桜を見た。
ドラコは人型だったから従魔と気づかれず人間として計算されて朝食が付いていたけど、リルの分の朝食は付いていなかったのだ。
「ごめんね。すぐご飯を用意するね」
桜はそう言いながらウマドリの肉塊をアイテムボックスから取り出し、結界魔法で作った板の上に置いて火魔法で焼き始めた。
「それにしても朝食は美味しかったね。いかにもベーコンエッグトーストって感じだった。リルにも食べさせたかったな」
「うん! ひぃちゃんおなかいっぱい!」
僕が朝食の感想を言うと、ひまちゃんは自分のお腹をさすりながら答える。
「ツキノさんに聞いたんだけど、ピッグカウのお肉とガーデンバードの卵なんだって。普通にお店で売ってる食材らしいから家でも作れるようにあとで買っておくね」
桜がそう言うと、ひまちゃんは嬉しそうに「わーい! ひぃちゃんがこんこんぱかしてあげるね!」と答えた。
こんこんぱかとは目玉焼きを作るときに卵を割る作業のことだ。
「ひまちゃんもお料理上手だもんね。お姉ちゃんの言うことを聞いて火傷しないようにお手伝いしようね」
僕は料理を手伝う気満々のひまちゃんに優しく伝えた。
「あとは昨日買った塩胡椒を軽くまぶして……」
桜はそう言いながら塩胡椒をそよ風に乗せて焼けたウマドリの肉にまぶした。
僕の風魔法じゃ、こうはいかないだろうな。
きっと加減ができずに塩胡椒を吹き飛ばしてしまう。
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